天然理心流(5)

「なんじゃ、騒々しい」
 酒を運んできた女に、近藤内蔵之助は問いただしました。
「はあ、なんでも道場で子供が喧嘩とか」
 そんなやりとりを聞いて、楠蓮之進は「ちと失礼」と言い捨て、道場に駆けていきました。
(まさか、あいつ)

 やはり楠が連れていた少年でした。
 同じくらいの年格好の少年と、取っ組み合いの喧嘩をしていました。
 相手の少年は、百姓のせがれにしては小ざっぱりとした恰好でした。しかし組みあい殴り合い、あちこちほころびたり鼻血で汚れたりしているのは気の毒でした。
「こら! やめろ!」
 楠はふたりを怒鳴りつけ、引き分けようとしました。しかしふたりの子供はなおも闘志満々で暴れまわり、なかなかたいへんです。
「馬鹿者!」
 遅れてやってきた近藤の一喝。その雷のようなとどろきに、さすがのふたりもびくっとして、身が凍りついたようです。

「申し訳ありません。私の連れで泥吉といいます。たいへんご迷惑をおかけしました」
 楠が平身低頭して謝ると、近藤も同じように頭を下げました。
「いや、わしのほうこそ申し訳ない。こいつはわしの弟子になったばかりの、三助と申す者。この名主坂本どのの小せがれですじゃ。こら、なんで喧嘩なんぞはじめた」
 近藤が三助という少年をこづいて問いつめると、三助は目にいっぱい涙をためて言うのでした。
「だって……だって、こいつが、お師匠様のこと弱いって、負けたって……」
「こら」楠は怖い顔で、泥吉の襟首をつかみました。
「おまえはどうして、そういう悪口を」
「そやけど、こいつが今の試合インチキやて抜かすもんやから……」
「試合は試合。試合に勝っても負けても強い弱いはない。そういうこと言うと、破門するぞ」
「よいか、破門するぞ」近藤も三助に言い聞かすのでした。「一時の怒りで暴力を振るったりしたら」
 破門のコーラスに、楠と近藤は一瞬目を見あわせ、そして爆笑しました。
 ちなみにこの三助少年、のちに天然理心流の流派を嗣いで二代目となります。四代目天然理心流・近藤勇の師匠の師匠にあたる、近藤三助方昌です。


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