天然理心流(2)

 小助が街道でぶつかった少年は、大阪弁でぽんぽんと啖呵を切ったあげく、小助に詫び銭を要求するのです。
「でも、お金持ってないし……」
「ダァホ。そんな言い訳が世間で通ると思うてけつかんのか。無かったら身ぐるみ脱いでここに置いてってもらおか」
「でも……」
「デモもアモもあるかっちゅうんや。ガタガタ抜かしとったら尻から手ぇつっこんで奥歯ガタガタ言わしたるで。そやなかったら……」
 得意げにまくしたてる少年の襟首が、突然ぐいっと持ち上げられました。ぎょっとした少年が振り向くと、そこには若侍がにらみつけていました。
 若侍の歳のころは二十そこそこでしょうか。細面で、まだ前髪も上げていないその顔は、役者のように整っておりました。もっともその顔が、いまは怒っているのですが。
「うわっ、お師匠!」
「なにが師匠だ、この餓鬼!」若侍はどなりつけました。
「あれほど道中で厄介は起こすなって言っただろが! お前のような根性悪の小僧は、もう師匠でもなんでもない! どこへでも消え失せろ!」
「うひゃぁそれだけはお許しを! どうか、どうか破門だけは!」
「それなら、もう暴れたり騒いだりしないか」
「へえへえ」
「この子に謝るか」
「へえへえ」
「なら謝れ。荷物も拾ってやれ」
 子供はそれまでの居丈高な態度とは大違い、ぺこぺこと小助に頭を下げ、街道にはいつくばって蜆を集めて回り、むしろに入れて小助に捧げ出すのでした。

「迷惑かけたね。ごめんね。早くお家にお帰り」
 最後に若侍は、小助に声をかけて去っていきました。その声がとても優しくて、小助はどきりとしました。
 優しげな若侍。最後にぺこりと大きく頭を下げ、若侍のあとを追っていく少年。
 ふたりが見えなくなってしまうまで、小助はしばらく後ろ姿を見つめていました。


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