天然理心流(1)

 そろそろ夕暮れになりかかったころ、小助はとぼとぼと街道を歩いていました。
 一升ほどもある蜆をむしろにくるみ、ずっしりと重いその荷物をかかえて歩いているのでした。小助はそれまで、朝の味噌汁に使う蜆を川で掘らされていたのです。そういえば、小助の小さい爪にはみんな泥がこびりつき、割れている爪もあります。
 むしろから蜆がこぼれないように、気をつけながら歩いていたせいでしょう。突然、だれかにどしんと突き当たりました。小助はたまらず転んでしまい、むしろを取り落とし、蜆がばらばらと道に転がりました。
「このドアホ! どこに目ぇつけとんねん!」
「ご、ごめんなさい」
 小助は謝るよりも、蜆をなくしたらまた折檻されるのが怖くて、とにかく落とした蜆を拾い集めようとするのでした。その蜆を、汚いわらじを履いた足が蹴飛ばすのです。
「ゴルァ、ロクに謝りもせんで、何拾いくさっとんね。人ナメとったらカチ食らわすぞボケェ」
「ご、ごめんなさい……でも蜆が」
「デモもアモもあるかゴルァ。蜆が何やっちゅうてけつかんねん。しばき倒したろかゴルァ」
「ご、ごめんなさい」
 小助は道端に正座してぶつかった人を見上げました。驚いたことに、罵詈雑言を投げつけるその人は、小助といくらも歳の違わない少年でした。縞がうっすらと見えるくらいに汚れた着物を尻からげにして、いっぱしの飛脚のような恰好です。日に焼けた丸い顔はまだ童顔ですが、憎々しげな目が小助を見下ろしています。
「あほんだら。謝ってはいそうですか、ちゅうので世間様が通ると思てんのか。誠意を見せんかい誠意を」
「せいい……?」
 少年はいらだたしげに人差し指と親指で丸をつくり、小助の目の前で振り回しました。
「せやからアズマのどん百姓はアホやっちゅうんや。誠意ゆうたらゼニやろ、銭。『すんまへんなあ、お着物が汚れましたやろ。まことに些少ではございますが、これでお着物の洗い張りでもしとくんなはれ』ちゅうてな、銀の十匁でも出してみぃや。そしたらわしかて、『そうかそうか。ま、こっちゃも落ち度がないこともないわけやし、ほなこれで穏便に済まそか』てなもんや。そやろ?」


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