「この子は! ぶつよ! えい、恩知らずめ! ぶつよ! ぶつよ!」
旅籠の女将はまたしても、小助を打擲しているのでした。しかし、それはいつもよりも執拗に、かつ憎しみをこめて力強いのでした。
「ええい、いつ家の金を盗んだ! 言え! 言わないとぶつよ!」
そう言いながらもどんどんと殴りつける女将でした。
「……いいえ、盗んでません」
さんざんに殴られ、息も絶え絶えになた小助は、そう言うのがやっとでした。
「嘘をお言い! なら、この人形はどこで買った! どうして買った!」
女将の足元には、先日小助が若者から買った、からくり姉さま人形が転がっていました。
「……本当です。おかね、拾ったんです……」
「拾った?! この嘘つき! いくら拾ったというのさ、さあお言い! 言わないとぶつよ!」
「……四文」
「馬鹿も休み休み言いな! こんな人形が、たった四文やそこらで、買えるもんかね! きっとうちの金をちょろまかしたに違いない。ああ、こんな盗人を養っていた妾が馬鹿だったよ。おまえなんかどこへでも行って野垂れ死にでもしな!」
「まあまあ、お茶々さん。出来心ってのは誰にでもあるもんさね。そのくらいで許してやんなよ」
なおも激怒して小助を殴りまくろうとする女将を止めたのは、この旅籠の飯盛女でした。
飯盛女とは旅籠で客のお給仕をしたりお酌をしたりする役目の女性です。というのは表向きのことで、実は男性客の夜のお相手をするのが仕事でした。八王子宿では飯盛女を置くことを許可されているのは横山と八日市の宿だけですから、八木のこの旅籠にいるのは、モグリの飯盛女ということになります。
この飯盛女、名は濃紫というしおらしい名前ですが、生来の怠け者でした。ふつう飯盛女は昼間は宿の掃除や炊事などの下働きや、畑仕事などをするのですが、この濃紫は昼間はぐうぐう寝てばかりいます。かといって夜も客がいないとぐうぐう寝ています。お客がつくと昼も夜もべったりつきまとい、三日も四日も永居をさせたりします。天性の男好きなのでしょう。
ここしばらくお客がつかず、内蔵介も濃紫にお酌をさせるばかりでしたから、男に飢えておりました。そこで目をつけたのが小助です。