小助はその中で、ひとつの人形に目をとめました。
それはごく普通の姉さま人形に見えました。おかっぱ頭にかんざしをさし、木の身体に千代紙の振り袖を着せた人形でした。
なんとなくその千代紙の振り袖が、小助には、ずっと昔の、老夫婦といっしょにいた幸せだったころの感じがするのでした。
「おじさん、それ……」
おずおずと指さす小助の声ではじめて気づいたように、店番の若者は振り向くのでした。
「ん? これか?」
若者は姉さま人形をとりあげ、足元の小さな板のうえに立たせ、ふところから小さな、ほんの小さな茶碗を、姉さまの組んだ手の上に載せるのでした。
すると、からからから……というかすかな音とともに、姉さまはゆっくりと歩きだすのでした。
やがて若者が小さな茶碗をとりあげると、姉さまはくるりとふりむき、またもといたところへ歩きだすのでした。
その姉さま人形は、驚いたことに、小さな小さな、茶運びからくり人形なのでした。
「これが欲しいのか。……うーん」
若者は腕を組みました。目の前にいる小汚い子供は、どう考えてもお金を持っていそうに見えなかったからです。
「金、持ってるか?」
「……」
大事そうにふところから出した四文銭を差し出す小助の目を見た若者は、苦笑して、姉さま人形を手渡すのでした。
「わかったよ、俺の負けだよ、いいよ、毎度あり」
うれしそうに人形を抱いて駆けてゆく小助を見送りながら、若者はまた煙管に火をつけるのでした。
「ああああ、四文だよ四文。また赤字だよ。まったく俺としたことが」
ぷかりと煙を吐き出してから、しばらくして、若者はいぶかしそうに呟くのでした。
「しかし、男の子のくせに人形を欲しがるのは変だよな。ふつう男の子っていったら、こっちの空気鉄砲や河童駒引人形を欲しがらんか?」