小助転々(1)

 小助は両親のことをまったく覚えていません。ただ、幼いころ、老夫婦といっしょに暮らしていたような、そんなおぼろげな記憶があります。
 なぜだかわからないけれど、その家を出なければならなくなったとき、老婆が小助の身体を抱きしめ、
「お前は、女の子じゃからこのように呪われておるのじゃ。よいか、お前は、これから男の子として育つのじゃぞ。けっして、女であることを知られてはならんぞ」
 と言い聞かせた、その言葉だけを妙にはっきりと覚えています。
 それからいくつかの家を転々としたけれど、ずっと男の子で通してきました。

「あたしゃ転んで足をくじいて動けないんだからね。小助、あんた裏のお七婆さんとこへ行っといで」
 今日も小助は旅籠の女将にこき使われるのでした。
「いいかい、青菜を五把と大根十本だよ。言っとくけど、あそこの婆さんはいっつも泣き言ほざいて値を釣り上げようとするけどね、あんた、三十文以上出したらぶつからね」
 と言いながら女将は、行きがけの駄賃のように小助を殴るのでした。

 ぶつぶつとこぼす婆さんを相手にようやくのことで三十文に値切って、重たい大根をひきずるように運んで、三十文より安くならなかったことで女将にまたぶたれて、小助はようやく解放されたのでした。
 夕方の風呂釜焚きまでのわずかな時間。小助は、街道を歩き回るのでした。
 小助は街道を歩く人を見るのが好きでした。飛脚、侍、商人、女郎。いろんな人がいろんな顔をして歩くのを見るのが好きでした。そうしていると、自分もどこか遠くへ旅に出るかのような気がしてくるのでした。
 そんなとき、ふと地面ににぶく光るものを、小助は見つけました。
 ためらいながらもそっと拾い上げてみると、まぎれもない四文銭です。
 お小遣いというものを持たされたことのない小助は、それだけで心臓がどきどきとしてくるのでした。
(これがあれば、お菓子も買える、曲芸も見れる……)
 そんなことを考えて、ふわふわと浮かぶような気持ちで歩く小助の目に、細工物の店が入りました。店といってもむしろを敷いてその上にちまちました物を載せているだけのことで、その後ろで若い男が煙管をくゆらせながらのんびりと座っているのでありました。


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