内蔵介が旅籠の暖簾をくぐると、妙に騒がしい光景が飛びこんできました。
「あんたはまたそんなことしでかして。しくじったらぶつって言ったろ。ぶつよ。本当にぶつよ」
騒がしいのは旅籠の女将で、ぶつよぶつよと言いながらも、男の子を箒の柄で殴っているのです。男の子は十をいくらか過ぎたくらいの年頃でしょうか。黙って、うつむきながら、それでも泣きもせずに、殴られるままになっています。
「家の子か」
内蔵介が声をかけると、女将ははじめて客に気づき、殴る手を止めて、怒鳴るのもやめて、ぺこぺことお辞儀をしながら、愛想笑いをするのでした。
「いいえ、あたしんとこじゃございません。みなし児でね、つい先だってまで親戚の夫婦が預かっていたんですが、どうにも置いてやれなくなったってんで、仏心を出して、まあ養ってやっているんでございますよ」
養ってやっているというほど食べさせていない証拠には、その子はすっかり痩せこけて、足も腕も骨ばっかりのように細っこいのです。その足も腕も、赤や青のあざがいっぱいについているのでした。青いあざは前に殴られたもので、赤いあざはいま箒で殴られたものでしょう。
「それがまあ、恩にも着ないで、ふにゃふにゃしやがって、まあ茶碗は割るわ汁はこぼすわ、ろくな働きもしないんでございますよ……」
女将がぺらぺらと喋りたてるのを聞き流して、内蔵介はゆっくりと足をすすぎ、上の階の座敷に歩いてゆきます。
階段をのぼりながら、内蔵介はぶつぶつと呟くのでした。
「生きるが修羅か、死ぬが修羅か。死ぬ奴は死ね、逃げる奴は逃げろ……」
その男の子――小助と呼ばれていました――は、そのあとも箒の柄と叱言をさんざん貰ったあげく、水汲みと風呂釜焚きと皿洗いにこき使われ、おまけに罰として食事抜きで、屋根裏の寝床に追いやられるのでした。
小助はいつものことですが、しまい風呂にも入れてもらえませんでした。熱い風呂にでも入ったら、傷だらけの身体がひりひりするので、入らないほうがよかったのかもしれません。洗い水に汚い布巾をひたし、ぎゅっと絞って、屋根裏へ行きます。
まず埃と煤でまっくろになった顔をぬぐいます。それから手足を、傷にしみないようにそろそろとぬぐって、それから、きょろきょろとあたりを見回し、誰もいないことを確かめてから、こっそりと、あちこちほころびた麻の小袖を脱ぎ、身体をぬぐいます。
その小助の身体は、……間違えようもありません。きゃしゃでなだらかな身体つきといい、わずかながらふくらみかけた胸といい。
小助は男の子でなく女の子だったのです。