八王子沈没(2)

 酒を呑みながら、面白くもなさそうな顔で子供たちが遊ぶのをぼんやりと眺めていた内蔵介は、ふと、ひとりの子供の持っている玩具に目をとめました。
「おい、坊主。その人形を持ってこい」
 命じられた子供は、惜しそうな顔つきで、それでも素直に玩具を持ってきました。

 それは唐子が玉乗りしている人形でした。色糸でかがった手毬の両端から細い針金が出ており、その上に、木で作ってざっと彩色した唐子の人形が乗っているのです。毬をころころと動かすと、唐子の人形が弥次郎兵衛のようにバランスを取りながら毬の上の位置を保ち続けるのです。そのとき唐子の足がふらふらと揺れ、ほんとうに玉乗りをしているかのように見えるのです。
 掌でひねくってみると妙に重く、中でなにかが転がるかすかな音がしました。内蔵介は居酒屋の卓の上でそれを転がしてみました。唐子がわずかに足を動かしながら、その下で玉がころころと転がっていきます
 卓の端まで転がっていき、そこで落ちるか、と思ったのですが、どういうわけか、そこで玉の動きは止まりました。そしてゆっくりと逆に転がりはじめ、また元のところへ玉乗り唐子は戻ってきたのです。いったいどういう仕掛けでこんな動きができるのか、内蔵介にはさっぱりわかりませんでした。

「おい、これは、どこで買ってきた?」
 内蔵介の大きな声にびっくりしながらも、子供は、
「あっちの道のところで、お兄ちゃんが売ってるよ。ござ敷いて」
 と、答えるのでした。
 こんな人形をどこかで見たことがある。
 そんな気がしてならないのですが、どうしても思い出せません。
 ちょっと考えたのですが、それも面倒になり、内蔵介は子供に人形を放り投げて、それきり忘れることにしました。

 やがて夕暮れになり、子供たちは家に帰っていきました。
 内蔵介もふらりと立ち上がり、甲府二朱金を投げだして、店を出ました。
 ゆっくりと旅籠にむけ歩いていきます。
 旅籠でまた酒を出させ、眠くなるまで呑み続けるのが、内蔵介の習慣でした。


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