第9話 フランスへ

 前にも書きましたが、サクソフォーンの本場はフランス。やはりフランスに行ってみたいという強い誘惑に駆られ、フランスへの旅立つ計画を立てました。航空券は当然ディスカウント・チケット。アメリカとヨーロッパ間の航空運賃は、はっきり言って安い! その当時で5万円位だったように覚えています。日本に帰ってから行くより、かなりの節約になるし、日本に帰ってすぐ職にありつけるわけでもないしと、そんな理由をこじつけながら。そして、シカゴ大学の友人の知り合いにフランス人のフルート専攻の人がいて、こんどパリに帰るというので、その人に滞在先を探してもらうことをお願いしました。またパリでサクソフォーンのレッスンを受けられるように、ヘムケ教授から有名なサクソフォーン奏者の連絡先を教わったりと準備を整えていきました。そして、大学院の修士課程を修了した6月、念願のフランスへ旅立つことになります。
 6月29日、パリ・シャルルドゴール空港に無事到着しました。ありがたいことに、宿の手配をお願いしていた彼女が出迎えてくれ、地下鉄とバスを乗り継いで、さらにスーツケースを延々と転がして、と宿まで案内してもらいました。着いたところは、東南アジアからの留学生を受け入れるために建てられた学生会館。この一帯は"Cite-Universitaire"と呼ばれ、各国の学生会館があります。もちろん、日本の学生会館もあります。
 落ち着いたところで、パリ音楽院教授のダニエル・デファイエ氏宅に電話を入れました。レッスンをお願いしたところ、普段のレッスン料は高いからと、7月26日から8月15日まで南仏のニースで行なっている夏期講習会(25th Nice Academie Internationale d'ete)に誘われました。この講習会は、管楽器、打楽器、弦楽器、指揮、室内楽、音楽史など音楽全般の講習のほかにダンスやフランス語などのコースもあります。講師陣は、パリ音楽院をはじめ著名な先生ばかり。早速、その講習会の事務局にコンタクトをとって、手続きをしました。日本からの参加ツアーがあったようですが、ご自身で手続きをされた方が節約になるようです。
 ニースの講習会が始まるまでの間、パリ市内をいろいろと観光することにしました。ルーブルやオランジュリー美術館などで絵画を鑑賞したり、リードの製造会社のバンドーレン社で試し吹きしながらリードを選んだり、サクソフォーンの楽器メーカーの老舗セルマー社に行ったり、音楽出版のサラベール社などに行き、なかなか手に入らない楽譜を買ったりして過ごしました。気分は最高です。え!リードを試し吹きしながらリードを買う? そうなんです。日本ではパッケージされたリードを買うのが当たり前なのですが、パリでは大きめの木箱に無造作に入ったリードの中から、試し吹きをして自分にあったリードが選べるのです。気に入らないリードは当然買いません。低音域から高音域まで、硬さも適当なバランスの良いリードが選べるのです。この差は大きいですね。
 ある日、パリ中心部のシテ島にあるノートルダム大聖堂に行った時のこと、その前の広場でソプラニーノ・リコーダーを演奏する人がいました。その音色と響きは、なんともいえない時間と空間をつくりだしていていました。私はその響きが忘れられずに、何度かその場所に足を運んだものです。こういった演奏のほかにも、パリでは日曜日に教会で行われる無料のパイプオルガンのコンサートや、チャリティーのための演奏などが頻繁に行われていました。ヨーロッパでは、こんなふうに市民が音楽に親しんでいて、音楽が生活の一部として溶け込んでいんだということを思い知らされました。日本でもこのように地域社会に根差し、だれもが気軽に行ける音楽環境がつくれないものだろうかと思いました。(つづく)

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