Köbenhavn, 1995/9/10&11
 

9月10日帰国の途につく。コペンハーゲンから乗り換えの成田便が満席になり、ID チケットの悲しさで、我々2人だけ乗せてもらえない。おまけに荷物だけ先に成田に送られてしまったため、物価の高い町で着た切り雀状態に。普通の客ではないので派手にごねられないのが残念。交渉して宿泊だけは何とかSASホテルに確保。
きんとんは何事もポジティブにとらえるタチなので、思いがけないコペンハーゲン滞在にウキウキしている。

ホテルに落ち着いてからTivoliへ。おそろしくつまらない所だということを再確認する。

↑脂っこい食事で胃が重くなり、財布が軽くなる。
気軽に美味しいものが食べられない町、という印象を増強する。
翌朝、駅のそばのホテルに移る。赤線地帯のど真ん中にもかかわらず、ヨーロッパ各国の家族連れが滞在する気持ちのいいホテル。午後シェラン島北部のお城めぐりツアーに参加。デンマーク史の勉強にもなった。
 
↓フレデリクスボー城
オランダルネッサンス様式のこのお城は、19世紀半ばに大火で大部分が焼失。その後カールスバーグ創始者の寄付により修復され、美術館も併設された。カールスバーグの社員証を見せると入場無料だそうだ。ここ以外にも、カールスバーグ社はデンマークの文化財保護に多大な貢献をしているとのこと。

←王室の夏の離宮フレーデンスボー城
9月でも日本人からするとすっかり晩秋の雰囲気。
さぶい。でも服はこれだけしかない。

↓ハムレットで有名なエルシノアのクロンボー城へ。
現在でも国際会議などに使われている。 ここの中庭でハムレットが上演されたこともあるんだって。

↑クロンボー城
わずか4.5kmの海峡を隔てて対岸はスエーデンのヘルシンボリ。スエーデンクローネ切下げ前は、対岸から買い物客が押し寄せていたそうだ。
海峡を通過する船から通行税を取り立てていたため、「デンマーク王の金の卵」と呼ばれていた。

  夜、ストロイエをぶらついた後、ミュージアム・エロティカへ。よくこんなにガラクタを集めたなって感じ。来場者もかなり変質者っぽい。