K237 自然通風シェルター内温度の応答時間


著者:近藤純正
野外の気温観測では、温度センサは放射除け(自然通風シェルター、または強制通風筒) の中に入れて観測する。自然通風シェルターの場合、その中に取り付けた温度センサの 示度は、内部の空気温度とシェルター内壁面温度の放射温度を合成した温度である。 また、シェルター本体とセンサ自体は共に熱容量を持つため、野外の気温(真値) が変化したときの示度は遅れて表示される。つまり応答時間は センサ自体の応答時間よりも長くなり、強制通風筒を使って観測した気温の時間変化と 同じにはならない。

これを確かめるために、自然通風シェルターの応答時間を調べた。 気温が変化したときの示度が真の温度をほぼ示すまで(変化量の95%まで変化し、 残りの5%で真値になるまで)の応答時間は、風速が0.5m/sのときは8分、 2.7m/sのときは1.8分である。これらの応答時間はセンサ自体の応答時間 (精密な強制通風筒で測ったときの応答時間)よりも長い。

参考までに、時定数は温度変化量の36.8% (1/e=0.368、eは自然対数の底で e=2.71828・・・ )になるまでの時間である。強制通風筒内(通風速=2.7m/s) の直径2.3mmのPtセンサの時定数は17秒(0.3分)、応答時間は50秒(=0.8分) である。これらと比較して、自然通風シェルターの応答時間は長い。
(完成:2024年3月22日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2024年3月18日:素原稿
2024年3月19日:注2を加筆


    目次
        237.1 はじめに
        237.2 試験の方法
        237.3 自然通風シェルター内温度の応答時間
        237.4  強制通風筒内温度の応答時間(温度センサー自体の応答時間)
        まとめ
        参考文献           


謝辞
本稿の査読は秋田大学の本谷 研 准教授にお願いした。 ここに厚く御礼申し上げる。


237.1 はじめに

野外の気温観測
野外の気温観測では温度センサに及ぼす放射の影響が大きく、 それを防ぐために温度センサは放射除け(自然通風シェルター、または強制通風筒) の中に入れて観測する。しかし晴天日中は放射除けが日射により加熱されて 気温は高めに、晴天夜間は天空の低温放射(放射冷却)によって逆に気温は 低めに観測される。この違いを放射影響誤差という(日中はプラス、 夜間はマイナス)。放射影響誤差は風速が弱いとき程大きく、 風速が強くなるにしたがって減少する。

自然通風シェルター内では、外気との換気はシェルターの狭い隙間を通して 自然に行なわれるため十分ではない。そのため、放射影響誤差は1℃前後、 最大5℃を超えることもある (近藤、2014「K98.自然通風式シェルターに及ぼす 放射影響誤差」)。

自然通風シェルターのもう一つの欠点は応答時間が長くなることである。 シェルターの中に取り付けた温度センサの示度は、内部の真の空気温度と シェルター内壁面温度の放射温度を合成した温度となる。また、 シェルター本体とセンサ自体は共に熱容量をもつため、示度は遅れて表示される。 つまり応答時間はセンサ自体の応答時間よりも長くなる。

こうした測器の特徴を理解して観測することにしよう。

本稿の目的
放射影響誤差の小さい改良型シェルター(近藤、2024 「K236.自然通風シェルター改良型の試作」) の応答時間について、シェルター付近の風速が無風に近い状態の微風(0.5m/s)と、 さほど強くないと感じる弱風(2.7m/s)の場合を調べる。


237.2 試験の方法

低温の戸外に自然通風シェルターを置き、高温の室内に基準の高精度通風筒を置く。 室内は温度むらのないように扇風機によって室内空気を混合した。 30分ほど経過して定常状態になったとき、戸外の自然通風シェルターを 室内に入れると、その瞬間から自然通風シェルター内の温度は、 しだいに室内温度に近づく。この過程における温度センサの示度の時間変化から、 応答時間を調べた。

基準の高精度通風筒
本試験で用いる「基準の高精度通風筒」は、近藤式精密通風気温計(プリード社製) の原型となる手製の基準通風筒である(2重通風筒、KONDO-15S型、ただしガイド無し) (「K100.気温観測用の次世代通風筒」の図100.5参照)。

温度センサと記録計
試験に用いる2つの温度センサは4線式Pt100(受感部の直径は2.3mm)である。 記録計は分解能・精度0.01℃の高精度温度ロガー「プレシィK320」(立山科学製) を用いる。温度センサは検定済みであり、さらに高精度の比較検定により 相互の相対的誤差は0.003℃である (近藤、2017 「K145.高精度気温観測用の計器・Ptセンサの検定」の145.3節の (4)校正付き高精度Pt温度計による方法)。

記録の時間間隔
記録の時間間隔は10秒ごととした。


237.3 自然通風シェルター内温度の応答時間

図237.1は自然通風シェルターを低温(13.38℃)の室外から高温(21.17℃) の室内へ13時に取り入れたときの温度の示度の時間変化である。 ただし、縦軸は自然通風シェルター内温度の示度と室内温度 (基準の高精度通風筒内の温度)の温度差である。 この図は自然通風シェルターに当てる風速が約0.5m/sの場合である。 なお、13時以前の温度差が時間変動(±0.7℃ほど)しているのは、 室外気温の時間変動によるものである。

初期時刻13時(室外から室内へ取り入れた時刻)の温度差の絶対値(7.79℃) は経過時間と共に小さくなる。その傾向は指数関数に似ているが、 正しくはそうではない。その理由は、自然通風シェルター内の温度センサの示度は、 内部の空気温度とシェルター内壁面温度の放射温度を合成した温度であり、 さらに、シェルター本体とセンサ自体は共に熱容量をもつためである。

初期時刻の温度差の絶対値7.79℃の36.8%(2.87℃)になるのは80秒(1.3分)後、 13.5%(1.05℃)になるのは4分後、5.0%(0.39℃)になるのは8分後である。 この5%になるまでの時間を「応答時間」 と呼ぶことにすれば、温度が変化するとき応答時間は真の温度(この場合は室内温度) がほぼ示度に現れるまでの遅れの時間である。

注1:仮に示度の時間変化が指数関数に従う場合、36.8%になるのは1.3分後、 13.5%になるのは2.6分後(=1.3分×2)、5.0%になるのは3.9分後(=1.3分×3) である。しかし、前述の理由によって、図237.1が示す13時以後の曲線は 指数関数とは違う。


図237.1 自然通風シェルター内と基準の高精度通風筒内の温度差の時間変化。 自然通風シェルターを時刻13時に高温の室内に入れ、シェルターに当てる風速が 約0.5m/sの場合。


図237.2 前図に同じ、ただし時刻9時に高温の室内に入れ、シェルターに当てる 風速が2.7m/sの場合。


次に、図237.2は自然通風シェルターに当てる風速が2.7m/sの場合であり、 応答時間は1.8分である。なお、2.7m/sは次節に示す強制通風筒の通風速2.7m/s に偶然ながら等しくなっている。

応答時間1.8分は、風速が約0.5m/sのときの8分に比べて約1/4に短くなっている。 このことから、自然通風シェルターを用いて気温を観測する場合、 野外の風速が 3m/s 以下の弱風のとき示度はかなり遅れて表示されることに注意しよう。


237.4 強制通風筒内温度の応答時間(温度センサの応答時間)

念のために、強制通風筒内温度の応答時間も調べた。強制通風筒は ファンモータで外気を通風筒内に吸引して気温を測る装置であり、 精度の高い研究目的のほか気象庁などのルーチン観測で使われている。

この場合は前節の試験とは逆に、ほぼ一定の室内温度は自然通風シェルター内の 温度計で測る。強制通風筒は低温の室外に置いたのち、高温の室内に取り入れる。

図237.3は強制通風筒内温度の応答時間を調べたもので、 縦軸は強制通風筒内温度の示度と室内温度の差である。 試験した強制通風筒は塩ビ管を使った2重構造であり放射影響誤差が無視できるので、 応答時間は通風筒外壁に当たる風の影響は受けず、 通風筒内の通風速とセンサの大きさに依存する。この試験では通風速=2.7m/s、 センサの受感部の大きさは2.3mmである。

定義によれば、時定数は温度変化量の36.8%(1/e=0.368)になるまでの時間である。 図からわかることは、強制通風筒内の時定数(センサ自体の時定数)は17秒(0.3分)、 応答時間は50秒(=0.8分)である。10時(初期時刻)以後の示度は ほぼ指数関数にしたがっている。


図237.3 強制通風筒を低温の室外から時刻10時に高温の室内に入れたとときの示度と 室内温度との温度差の時間変化。


まとめ

一般の気温観測では、取扱が簡単な「自然通風シェルター」が広く利用されている。 今回、放射影響誤差を小さくするために、太陽直射光を遮蔽する2重の水平円板を付けた 「自然通風シェルター改良型」について、応答時間を調べた。

自然通風シェルターの場合、その中に取り付けた温度センサの示度は、 内部の空気温度とシェルター内壁面温度の放射温度を合成した温度である。 また、シェルター本体とセンサ自体は共に熱容量をもつため、野外の気温(真値) が変化したときの示度は遅れて表示される。 つまり応答時間はセンサ自体の応答時間よりも長くなる。試験の結果、 応答時間は風速が0.5m/sのとき8分、2.7m/sのとき1.8分であることがわかった。 これらの応答時間はセンサ自体の応答時間(精密な強制通風筒で測ったときの応答時間) よりも長い。

参考までに、時定数は温度変化量の36.8%(1/e=0.368)になるまでの時間である。 強制通風筒内(通風速=2.7m/s)の直径2.3mmのPtセンサの時定数は17秒(0.3分)、 応答時間は50秒(=0.8分)である。これらと比較して、 自然通風シェルター内温度の示度の応答時間は長くなることを確認した。

シェルターの大きさについて
シェルター本体を小型化することの利点は、
(利点1) 応答時間が短くなる。
(利点2) 上部に取り付ける太陽直射光の遮蔽水平板の直径も小さくできる。

しかし、小型化して現れる欠点は、
(欠点1) 温度センサの受感部も細くなる。すると、センサの追従性がよくなり 時間変動(下記の式のσ)が大きくなる。そのため、データの読み取り数 (下記の式の N )を大きくしなければならない。 それには記録の時間間隔を短くしなければならず、データロガーのメモリサイズが 大きくなり長期観測が難しくなる。
(欠点2) シェルター本体の皿と皿の隙間が狭くなり、換気が不十分になる。 その結果、放射影響誤差が大きくなり、応答時間も長くなる。

シェルター本体の材料
シェルター外側の日中の加熱(夜間の冷却)が内側に伝わらぬよう、 温度伝導率の低い材料で作る。また、熱容量を小さくするために壊れない程度の 薄い丈夫な材料で作る。

注2:記録の時間間隔
統計学によれば、気温の変動が仮にランダムで、その大きさは正規分布をもつとすれば、 N回の読み取りを行えば、誤差Δは次式で表わされる(近藤、2000)。

Δ=σ/N1/2・・・・[ 近藤(2000)の式1.26 ]

ここに、σは変動の標準偏差である。
例として、記録の時間間隔=10秒, 平均気温を求めたい平均化の時間=30分、 σ=0.5℃とすれば、N=6×30=180 となるので、誤差は、

Δ=0.5/(180)1/2=0.5/13.4=0.037℃

となる。これを目安として記録の時間間隔を決める。
なお、標準偏差σを目で見て知るには、変動の最大値と平均値 の差(あるいは平均値と最小値の差)の1/3がσの概略値である。


参考文献

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.


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