K231 針葉樹林の蒸発効率と熱交換速度


著者:近藤純正・清水貴範
熊本県北部の鹿北試験地で観測された顕熱・潜熱輸送量(乱流フラックス)から、 針葉樹林の蒸発効率は季節によらず一定のβ=0.19であり、 熱交換速度は風速の0.66乗に比例する結果を得た。季節によらず一定のβは、 東京の自然教育園の自然林で得られた蒸発効率の季節変化(2月にβ=0.08、 8月にβ=0.30)とは異なる結果である。

一定のβ=0.19と k および入力放射量、気温、水蒸気圧の観測値を熱収支式に 用いて計算すると、鹿北試験地における晴天日中の顕熱・潜熱輸送量の季節変化の 観測値を高精度で再現することができた。

同じように、近傍の佐賀地方気象台の気象データを用いて計算すると、 昼夜全日数の月平均顕熱・潜熱輸送量の季節変化を再現することができた。 観測値と計算値の違いは鹿北試験地における熱収支インバランスのバラツキの大きさ、 つまり放射量と乱流フラックスの観測誤差および測定高度以下での 熱貯留・移流の値(±10W/m2)と同等である。 (完成:2023年5月30日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2023年5月21日:素原稿

    目次
        1 まえがき
        2 データ解析の準備
         2.1 10~15時の日射量と群落温度・気温差の関係
         2.2 晴天日10~15時の入力放射量(R)の季節変化
         2.3 晴天日10~15時の大気の放射率(L/σT4)
        3 針葉樹林の熱の交換速度(k)と蒸散効率(β)
        4 観測値の再現
          4.1 熱収支式の計算方法
          4.2 晴天日10~15時の熱収支量の季節変化
          4.3 気象台データから推定した鹿北試験地の熱収支量の季節変化
        5 蒸発効率の違いによる熱収支量の変化
        まとめ
        文献
        付録
          付録1 晴天日として選んだ日の10~15時の熱収支量と気象要素
          付録2 鹿北試験地と佐賀の月平均放射量の比較 
          付録3 佐賀の気象データを用いて計算した月平均熱収支量などの一覧表           


謝辞



1 まえがき

地表面には短波放射(太陽放射,日射)と大気中に含まれる温室効果ガスからの 長波放射(大気放射、遠赤外放射)が入射される。それによって地表面温度は上昇し、 顕熱 H と潜熱 ιE が大気へ放出される。ιE は蒸発散にともなう熱エネルギーである。 地表面温度の上昇量と顕熱・潜熱輸送量の大きさは、地表面の熱交換速度 k と 蒸発効率(蒸散効率)βによって変わる。

各地流域の降水量と流出量などの観測に基づく「流域水収支法」による 森林の蒸発散量と「熱収支法」の比較からβが求められている。 近藤ほか(1992b)によれば、βの季節変化は2月に最小値(β=0.10)、 8月に最大値(β=0.26)となる正弦関数で表わされる。 これを「共通β」と呼ぶことにする。

また、東京都港区白金台の自然教育園の自然林において、 近藤・菅原(2016)が渦相関法によって観測した顕熱・潜熱輸送量と 「熱収支法」の比較から求めた晴天日中の蒸発効率は、2月に最小値(β=0.08)、 8月に最大値(β=0.30)である。これを「自然β」と呼ぶことにする。

前報で示したように、熊本県北部の鹿北試験地の針葉樹林において 渦相関法による2007~2008年に観測された資料(Shimizu et al., 2015) から求めた蒸発効率は、「自然β」や「共通β」と違って季節変化の幅が小さい。 ただし、これは月平均値から見積もった概略的な結果である(近藤、2023b)。
「K230.東京都心部の森林蒸発散量は100年に約38%増加」

そこで本研究では、鹿北試験地で得られた2年間にわたる30分ごとの詳細データ (Shimizu et al., 2015)を再解析することにした。

鹿北試験地周辺の標高は150~220m、スギとヒノキからなる針葉樹林の 樹冠の平均的な高さはタワー周辺で約30m、観測塔の高さは50m (最高点の足場の高さ)である。フラックスと風速は高度51m、 気温と水蒸気圧は高度42mで観測された。

本論での研究目的は次の3つである。
目的の1:針葉樹林の蒸散効率(蒸発効率)βの季節変化を求めること。 精度の高い結果をえるために、日射量の強い晴天日中の10~15時のデータを解析する。

目的の2:得られたβを用いて熱収支式を解き、晴天日中の熱収支量の観測値が 再現できるか確認すること。

目的の3:近傍の佐賀地方気象台の気象データを用いて熱収支式を解き、 同様に熱収支量観測値の季節変化が再現できるか確認すること。

参考(植生群落の顕熱・潜熱輸送に対する有効温度Teと放射温度Trの違い)
樹冠層上面の数m上で観測される顕熱・潜熱輸送量を表わす有効温度Teは、 樹冠の上で測った上向きの長波放射量(L=σTr4) で定義される放射温度Trと異なる。ここにσはステファン・ボルツマン定数である。 放射計によるTrは、日中なら太陽光が当たっている葉面とそうでない葉面、 森林の上部・下部層、低温の林床面の平均的な温度を測定しており、 顕熱・潜熱輸送量を表わすTeを代表するとは限らない。 樹冠の葉面積密度が非常に密でない限り、多くの場合、日中はTr<Te となる。 そのため、通常はTrではなく熱収支式を満たす地表面温度を 有効温度として用いる (近藤、1994、9.4.5節を参照)。

本研究におけるデータの予備解析によれば、放射計は樹冠の葉面積密度が 特に密な場所の上方に取り付けられていたと思われ、Te≒Trとみなされる。 それゆえ、後掲の式(5)の顕熱輸送を表わす群落葉面温度(Ts)が Trに等しいとして交換速度を求めることになる。


2 データ解析の準備 

一般に、放射量や乱流フラックスの観測では、電気信号が用いられており、 異常値(ノイズ)が含まれやすい。2年間にわたる30分ごとのデータを エクセルに図示することで異常値を見つけ、「データ無し」とする、 あるいは前後のデータの平均値で補完した。本節では、 その結果を再度図示することによって、異常値が完全に除去されているか確認する。

2.1 10~15時の日射量と群落温度・気温差の関係
図1は鹿北試験地での測定に基づいて、横軸に毎日10~15時の日射量S (W/m2)を、縦軸に上向き長波放射量L (W/m2)と気温T(℃,下記のσがつくときの単位はK) に対する黒体放射量σT4の差(L-σT4) をとって、表わした関係である(σはステファン-ボルツマン定数, σ=5.67×10-8Wm-2K-4)。ここに、 上向きの長波放射量 Lについて、L=σTs4 と定義すれば、Tsは上方から樹冠を見たときの樹冠代表温度(樹冠の葉面温度、 単位:℃,σがつくときはK)である。Tは高度42mの測定値である。 図中の右方は日射量の多い夏6~8月の晴天日のプロットである。 横軸=800W/m2前後では縦軸が30~60W/m2であることから、 温度差(Ts-T)=6~10℃になっていることがわかる。

日射量と長波放射量の関係
図1 毎日10~15時の日射量Sの増加に対して上向き長波放射量 Lと気温に対する黒体放射量σT4の差が大きくなる関係


2.2 晴天日10~15時の入力放射量(R)の季節変化
森林の熱交換速度 k と蒸発効率(蒸散効率)βを精度よく知るには、 熱輸送量(H, ιE)が大きいときの条件のデータが必要であり、 日射量が強い日を選び出すことにした。図2は選び出した晴天日中の10~15時平均の 入力放射量(R=S-S+L、 単位はW/m2)の2年間にわたる季節変化であり、 異常値は含まれていない。

入力放射量
図2 晴天日として選んだ10~15時の入力放射量の季節変化


2.3 晴天日10~15時の大気の放射率(L/σT4
図3は晴天日として選んだ10~15時の大気の放射率L/σT4 と日射量Sの関係である。右方ほど日射量と水蒸気量の多い春~夏、 左方は日射量と水蒸気量の少ない秋~冬である。 大気の放射率は0.7~0.9の範囲内に分布しており、 近藤(2000)の図2.23を参考にすると、異常値は含まれていない (注意:近藤、2000の図2.23の縦軸のTは日平均気温、 図3のTは10~15時の平均気温である)。

大気の放射率
図3 晴天日として選んだ10~15時の大気の放射率


晴天日として選んだ日数は2年間で181日あり、月ごとの10~15時平均の放射量 などの一覧表は付録1に掲載してある。


3 針葉樹林の熱の交換速度(k)と蒸散効率(β)

顕熱輸送量Hの観測値は後掲の式(5)で表わされるので、 樹冠代表温度と気温の差(Ts-T)の観測値を用いれば、 熱の交換速度 k が得られる。

図4は晴天日中の10~15時データから求めた k(単位:m/s)と 風速(単位:m/s)の関係であり、次の実験式で表わすことができる。 Uを高度z=51mの風速として、次式が得られる。

   k=0.026U0.66 ・・・・・・・(1)

付録の表1に示すように、Uと佐賀地方気象台の地域代表風速UBとの関係は、

   U/UB=1.13/2.8=0.404 ・・・・・(2)

であり、式(1)は次式で表わすこともできる。

  k=0.0143UB0.66 ・・・・・・・・(3)

式(3)は、後掲の4.3項「気象台データから推定した熱収支量の季節変化」 で用いる。

なお、地域代表風速UBとは、内陸部の複雑な地形にある個々の地点ではなく、 100km程度の空間平均の風速であり、広域平均の地表面熱収支量の評価に 利用することを目的とし、日本の66地点について月単位の一覧表が作られている (近藤、1994、5.8.4節;近藤・中園、1993)。

交換速度
図4 晴天日中の10~15時データから求めた熱の交換速度と風速の関係


次に、蒸散の潜熱輸送量の観測値は後掲の式(6)で表わされるので、 樹冠代表温度Tsと気温Tの観測値を用いて飽和比湿qSAT(Ts)と qSAT(T)を計算し、蒸発効率βが得られる。

図5は晴天日中の10~15時データから求めた蒸発効率βであり、 明瞭な季節変化は認められず、平均としてβ=0.19を全期間に採用して検討を進める。

蒸発効率
図5 晴天日中の10~15時データから求めた蒸発効率βの季節変化


4 観測値の再現 

前節で得られた交換速度k と蒸散効率βを熱収支式に用いて、 熱収支量(H:顕熱輸送量、ιE:蒸散の潜熱輸送量、 ともに単位はW/m2)の観測値が再現できるか、確認しよう。

4.1 熱収支式の計算方法
注1:群落としての熱収支
高さ h の塔で観測した熱収支量には、樹冠から下向きの熱輸送量 G(W/m2)が生じる。午前中の下向きのG(プラス値)は樹体 (葉・枝・幹)および林床下の地中温度を上昇させ、 午後から夜間にかけての上向きのG(マイナス値)は樹体などの温度の下降を表わす。 日々のGの日平均値は±10W/m2程度であり(近藤、2000、図5.1)、 月平均値では2~3W/m2以下となることが多い。しかし現実の観測では、 Gには放射量などの観測誤差と高度 h 以下の層内での熱の移流も含まれる。 いわゆる熱収支のインバランス問題である。本稿では観測データを利用するとき、 観測誤差もGに含めて解析する。なお、正味放射量をRnとしたとき、 G=Rn-H-ιEである。

図6は熱収支のインバランスの季節変化である。2年間の平均値はゼロにはならず、 +10W/m2である。

インバランス
図6 熱収支のインバランス G の季節変化


注2:熱収支式の解析解
以下で示す熱収支式(4)~(6)には温度Tの4乗の項を含み、 また飽和比湿(飽和水蒸気圧)が温度に対して級数的に増加する性質をもつため 解析的に解けず、高精度の結果を得るには逐次近似法で解くことになる。 しかし、森林などの群落は小面積の葉面からなるために、 顕熱の交換速度は通常の風速範囲でk=0.02~0.04m/sである(近藤、2023a)。
「K229.森林蒸発散量の葉面積指数への依存度は低い」

交換速度がこの大きさであれば、通常の平均的な気象条件では、 群落温度と気温の差は±3℃以内のことが多く、 近似の解析解でも精度よく結果を知ることができる。 しかし本稿で対象とする針葉樹林では、 図1からわかるように日射量が強いときの樹冠代表温度(樹冠の葉面温度) Tsと気温Tの差が6~10℃に大きくなる。この場合は、近似の解析解の精度が 低くなるので、後述の熱収支式に含まれるΔ=dqSAT(T)/dTのTとして、 気温TとTsの中間温度[(T+Ts)/2]に対するΔを用いて、 高精度近似の計算を行なう。

熱収支式
Rを入力放射量(反射は含まない)、Q= R-Gとする。 Tを気温、Tsを群落葉面温度(TとTsにσがつくときの単位:K)、 qSAT(Ts)とqSAT(T)をそれぞれTsまたはTに対する 飽和比湿、rh(=0~1)を相対湿度、Hを顕熱輸送量(W/m2)、 ιEを潜熱輸送量、ι(=2.45×106J kg-1,20℃) を気化の潜熱、Cpを空気の定圧比熱(J kg-1K-1)、 ρを空気密度(kg m-3)、σをステファン-ボルツマン定数とすれば、 熱収支式は次の(4)~(6)で表わされる。

Q-σTs4-H-ιE=0  ・・・・・・・・・・・(4)
H=Cpρk(Ts-T) ・・・・・・・・・・・・・(5)
ιE=ιρβk{qSAT(Ts)-rh×qSAT(T)} ・・・・(6)

これら(4)~(6)から3つの未知量(Ts, H, ιE)を求めることができる。 その場合、逐次近似法によって厳密解を知ることができる。しかし本稿では、 近似の解析解を得るために次の近似式(7)と(8)を用いる。 Δ=dqSAT(T)/dT とすれば、

σTs4≒σT4+4σT3(Ts-T) ・・・・・・・・・・・(7)
qSAT(Ts)≒{ qSAT(T)+Δ(Ts-T)} ・・・・・・(8)

これらにより、式(4)と(6)は次の近似式で表わされる。

 (Q-σT4)-4σT3(Ts-T)-H-ιE≒0  ・・・・(9)
 ιE≒ιρβk{(1-rh)qSAT(T)+Δ(Ts-T)} ・・・(10)

その結果、式(5)と(9)と(10)の3式から次の解析解(11)を得る。

(Ts-T)=A/B ・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

A=( Q-σT4)-ιρβk{(1-rh)qSAT(T)}
B=4σT3+Cpρk+ιρβkΔ
Δ=dqSAT/dT =(deSAT/dT)×0.622p/(p-0.378eSAT)2

deSAT/dT=[6.1078(2500-2.4T)/{0.4615(273.15+T)2}] ×107.5T/(237.3+T)

T:℃, p(大気圧):hPa, e(水蒸気圧):hPa、eSAT (飽和水蒸気圧):hPa(近藤、1994、p.130を参照)

最終的に、式(11)の(Ts-T)を式(5)と(10)に代入すれば、HとιEがわかる。 なお、蒸発散の潜熱 ιE=100W/m2は、蒸発散量E=3.53mm/d=1287mm/y に相当する。

近似式による誤差の概略値は、解析解から得たTsとHとιEを式(4) に代入すればわかる。その誤差は計算ごとに求める。

前記の「注2」で説明したように、晴天日中にはTs-T>5℃となるので、 Δ [=dqSAT(T)/dT] はTに対する値ではなく、 TsとTの中間温度に対する値を用いる。このことにより、近似の精度が良くなる。

以上を要約すると、熱収支式に(Q-σT4)を与えてHとιEを求める。 ただし、Q= R-Gであり、 Gには熱収支式を満たさない観測誤差や熱貯留・移流の値(図6)が含まれている。

4.2 晴天日10~15時の熱収支量の季節変化
図7はk=0.026U0.66、β=0.19、および熱収支の近似解のΔとして TsとTの中間値を用いた計算値(折線)と観測値(記号)の季節変化の比較である。 顕熱・潜熱輸送量の計算値(折線)は観測値(四角印、丸印)を よく再現できている。

顕熱・潜熱輸送量の2年間
図7 晴天日中10~15時の熱収支量の観測値と計算値との比較
k=0.026U0.66、 β=0.19、および熱収支の近似解のΔとしてTsとTの中間値を用いた。
上:顕熱輸送量Hの季節変化
下:蒸散の潜熱輸送量ιEの季節変化


なおこの計算では、先ずTに対するΔを用いて計算してTsを求め、 続いてそのTs とTの中間値に対するΔを用いて高精度の第2近似値(Ts, H, ιE) を求めた。

4.3 気象台データから推定した鹿北試験地の熱収支量の季節変化
図8の実線と破線は佐賀地方気象台データを熱収支式に用いて計算した 鹿北試験地の熱収支量の計算値(昼夜全日数の月平均値)の季節変化である。 この計算では、鹿北試験地周辺の標高=150~220mの複雑地形地であるので、 Tは付録3の表3に示した佐賀地方気象台における気温から1.2℃低い値を用い、 風速は佐賀気象台の地域代表風速UBを用い(近藤・中園、1993)、 交換速度として式(3)を用いた。

観測値(記号)と計算値の差はδH=4±12W/m2, διE=-3±9W/m2である(付録の表3)。バラツキの大きさ (±12W/m2、±9W/m2)は鹿北試験地における インバランスGのバラツキの大きさ、つまり観測誤差および測定高度以下の 熱貯留・移流の値の総和(±10W/m2)とほぼ同等である。 このことを考慮すれば、計算値は観測値(記号)を再現できていると言える。

佐賀気象台からの推定
図8 佐賀地方気象台データから推定した鹿北試験地の熱収支量 (昼夜全日数の月ごと平均値)の季節変化


5 蒸発効率の違いによる熱収支量の変化

蒸発効率の違いが熱収支量の季節変化に及ぼす影響を理解するために、 気象データは図8で用いた佐賀地方気象台データに同じとし、 年間一定の蒸発効率がβ=0.09、0.19、0.29の場合の熱収支量の季節変化を 比較してみた。

図9では2007年にβ=0.09、2008年にβ=0.29とした場合を合せて示し、 規準値β=0.19のときの熱収支量(四角印付き実線:H, 丸印付き破線:ιE) としている。図の左半分(2007年)のβ=0.09との比較は、 β=0.19の規準値に対してιEは小さくなるがHは大きくなる。これとは逆に、 図の右半分(2008年)のβ=0.29との比較は、 β=0.19の規準値に対してιEは大きくなるがHは小さくなる。

β一定値の3通り
図9 蒸発効率の一定値の違い(β=0.09,0.19,0.29)による熱収支量の変化。
2007年にβ=0.09、2008年にβ=0.29とした場合を合せて示す。 気象データは前図で用いた佐賀地方気象台データに同じとする。 記号付き実線(ιE)と破線(H)はβ=0.19(規準値)のときのιE、Hである (昼夜全日数の月ごと平均値)。



ほかに図9から分かることとして、βの違いによる熱収支量の変化は5~9月に大きく、 11~3月に小さい。それゆえ、βが森林の種類によって異なることを見いだす 今後の研究では、図4,5,7で示したように、日射量の多い晴天日中の観測値を選び、 解析することを勧めたい。


まとめ

(1)熊本県北部の鹿北試験地の針葉樹林において渦相関法による2007~2008年に 観測された資料のうち、日射量の強い晴天日中の10~15時のデータを解析し、 交換速度 k と蒸発効率βを求めた。k は式(1)または式(3)で表わされ、 βは季節によらず一定値の0.19が得られた。

(2)得られたkとβ=0.19を用いて熱収支式を解き、 晴天日中10~15時の熱収支量の季節変化の観測値を高精度で再現することができた (図7)。

(3)熱収支式に、近傍の佐賀地方気象台の気象データを用い、 昼夜全日数の月平均熱収支量観測値の季節変化を再現することができた(図8)。 観測値と計算値の違い(±12W/m2、±9W/m2) は鹿北試験地における熱収支のインバランスGのバラツキの大きさ、 つまり放射量と乱流フラックスの観測誤差および測定高度以下の熱貯留・移流の値の 総和(±10W/m2)と同等である。

今後の課題:1990年代に日本の66か所の森林について、蒸発効率として「共通β」 と地域代表風速を用いた熱収支法によって月ごとの蒸散量と遮断蒸発量および 蒸発散量(=蒸散量+遮断蒸発量)が求められている(近藤ほか、1992a)。 この蒸発散量の計算値に含まれる誤差は10%程度または それ以内と考えられる。2000年代になると、それよりも精度の高い蒸発散量を知る ために、各地森林において渦相関法(直接観測法)による 顕熱・潜熱輸送量が観測されるようになった。しかし、 渦相関法では特に降水時などにノイズが入りやすく、 精度の高い連続データを得ることが難しい。そこで、 本研究で示したように晴天で日射量の強いときの観測データから 交換速度 k と蒸発効率βを求めることが重要となる。 この方法によって今後、異なる種類の森林の k とβを精度よく求めたい。

なお、「まえがき」の参考(植生群落の顕熱・潜熱輸送に対する有効温度Teと 放射温度Trの違い)で説明したように、 樹冠の葉面積密度が特に大きくない一般の森林では、 TrはTeに比べて数℃低温に観測される。そのため、有効温度 は熱収支式を解いて求めることのできる樹冠代表温度(Ts)を用いることになる。 その例は続報で示される。


文献

近藤純正(編著),1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支.朝倉書店, pp.350.

近藤純正,2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会,pp.324.
アマゾンKindle 版(電子書籍):
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B09ZXF2PWR/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i

近藤純正,2023a:K229.森林蒸発散量の葉面積指数への依存度は低い.
https://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke229.html

近藤純正,2023b:K230.東京都心域の森林蒸発散量は100年に約38%増加.
https://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke230.html

近藤純正・中園 信・渡辺 力・桑形恒男,1992a:日本の水文気象(3) ―森林における蒸発散量.水文・水資源学会誌,5(4),8-18.

近藤純正・渡辺 力・中園 信,1992b:日本各地の森林蒸発散量の熱収支的評価. 天気,39,685-695.

近藤純正・中園 信,1993:日本の水文気象(4)地域代表風速,熱収支の季節変化, 舗装地と芝生地の蒸発散量 .水文・水資源学会誌,6,9-18.

近藤純正・菅原広史,2016: K123.東京都心部の森林(自然教育園) における熱収支解析.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke123.html

Shimizu T., T.Kumagai, M.Kobayashi, K.Tamaki, S.Iida, N.Kabeya, R.Ikawa, M.Tateishi, Y.Miyazawa, A.Shimizu,2015: Estimation of annual forest evapotranspiration from a coniferous plantation watershed in Japan (2): Comparison of eddy covariance, water budget and sap-flow plus interception loss. J. Hydrology, 522, 250-264.




付録1 晴天日として選んだ日の10~15時の熱収支量と気象要素 

表1は晴天日として選んだ月ごとの10~15時平均の熱収支量と 気温・風速・水蒸気圧などの一覧表である。L(上向きの長波放射量) =σTs4とみなし、Tsは上方から樹冠を見たときの樹冠代表温度 (樹冠の葉面温度)である。

表1 晴天日として選んだ日の10~15時平均の熱収支量と気象要素
S:日射量、L:上向きの長波放射量、L: 下向きの大気放射量、R:入力放射量、G:熱収支のインバランス、 Q= R↓-G、U:風速、UB:佐賀の地域代表風速、T:気温、 e:水蒸気圧、H:顕熱輸送量の観測値、ιE:蒸散の潜熱輸送量観測値、 数:晴天日として選んだ1ヶ月間の日数
表1熱収支量


付録2 鹿北試験地と佐賀の月平均放射量の比較
表2は昼夜全日数の月平均放射量について、鹿北試験地と佐賀(佐賀地方気象台) の比較である。佐賀の日射量Sは観測値、下向きの長波放射量 (大気放射量)Lは日射量、日照率、水蒸気圧、気温の観測値を用いる 実験式からの推定値である(近藤、1994の式4.70、4.73、4.83、4.88、4.89)。 表中に、SとLとσT4について、 佐賀の値に対する鹿北の値の比(鹿北/佐賀)を示してある。 その最下段に2年間の平均値(1.02,1.02,0.98)が示されているように、 両地点の観測値・推定値に異常値はないことがわかる。

表2 昼夜全日数の月平均放射量の鹿北試験地と佐賀の比較
S:日射量、L:上向きの長波放射量、 L:下向きの大気放射量、T:気温
表2鹿北と佐賀の比較


付録3 佐賀の気象データを用いて計算した月平均熱収支量などの一覧表
表3は佐賀地方気象台の気象データを用いて計算した月平均熱収支量と 観測値の比較である。表の最下段はインバランスGと顕熱輸送量の差δHと 蒸散の潜熱輸送量の差διEの偏差(バラツキの大きさ)であり、 いずれもほぼ同じ偏差であることがわかる。

表3 佐賀の気象データとそれを用いて計算した熱収支量と観測値の比較
S:日射量、L:下向きの大気放射量 (実験式による推定値)、R:入力放射量、 UB:佐賀の地域代表風速、T:気温、e:水蒸気圧、H:顕熱輸送量、 ιE:蒸散の潜熱輸送量、G:熱収支のインバランス、U:風速、 δH=(H観測値-H計算値)、διE=(ιE観測値-ιE計算値)。
表3佐賀データによる計算値

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