K229 森林蒸発散量の葉面積指数への依存度は低い


著者:近藤純正
暖候期(5~8月)のシベリアのタイガ林(葉面積指数=0.4)、日本の富士北麓の カラマツ人工林(葉面積指数=2.4~2.8)、熊本県の鹿北試験地の針葉樹林 (葉面積指数=4.1~5.2)、および日本の低標高の森林(葉面積指数=6程度) を比べたとき、蒸発散量は葉面積指数(森林の粗密度)への依存度が低く、 平均気温と高い相関関係にある。平均気温の10℃の差で蒸発散量は約60%増加する。 この約60%には有効入力放射量の約10%の違いによる効果も含まれる。

こうした特徴を明らかにするために、森林の樹冠またはその下方に直径60mmの円形葉面 (個葉)がある場合、個葉の熱収支式を解き蒸発散量と風速の関係を求めた。 (1)密林と疎林で樹冠層の風速が100%違っても、晴天日の個葉の蒸散量は 20%程度の違いである。(2)同様に、雨天日の個葉の蒸発量は10%程度しか違わない。 (3)樹冠の下方の個葉に対して有効入力放射量が減少したとき、 その減少分の大部分は顕熱が引き受け、蒸散の潜熱の減少を少なくする 熱収支バランスの原理が働く。これらの要因によって、降雨日を含む蒸発散量の 葉面積指数(樹冠層の風速)への依存度は低く10~20%程度である。

一方、森林蒸発散量が平均気温によってほぼ決まる理由は、(4)通常の条件では、 熱・水蒸気交換速度の風速依存度が低いこと、(5)中・高緯度では平均気温と 有効入力放射量が正の相関関係にあること、(6)ボーエン比(顕熱/蒸発の潜熱) の気温依存性、すなわち高温時ほどボーエン比が小さくなることによる。 (完成:2023年4月20日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2023年4月4日:素原稿
2023年4月7日:熊本県の鹿北試験地のデータを追加
2023年4月20日:「まとめ」に(5)を加筆

    目次
        1 まえがき
        2 計算モデル
        3 晴天日中における風速と蒸散量の関係
    4 晴天日中における林内各層の有効入力放射量と蒸散量の関係     
        5 雨天日における風速と蒸発量の関係 
    まとめ      
        文献
        付録
      付録1 直径60mmの円形葉面
      付録2 暖候期平均の気温と有効入力放射量の関係
      付録3 年平均の気温と有効入力放射量の関係
      付録4 暖候期平均の気温と相対湿度の関係
      付録5 暖候期の蒸散量の相対湿度に対する敏感度
      付録6 森林の蒸発効率βと個葉の蒸発効率
      付録7 暖候期の有効入力放射量と雨天日の相対湿度
      付録8 式(6)の内訳
      付録9 龍の口山試験地の南谷・北谷における植生変化と年蒸発散量の変化            


謝辞
鹿北試験地の資料は森林総合研究所の清水貴範博士から提供していただき、本稿の原稿は 農業環境技術研究所の桑形恒男博士に査読していただいた。ここに深く感謝いたします。


1 まえがき

近藤(2023a)が示したように、暖候期(5~8月)にはシベリアの北緯62度の タイガ林は北緯43~45度の北海道北部とほぼ同じ気温(14~15℃)となり、 蒸発散量もほぼ同じになる(図1)。 「M109.森林は湖とほぼ同じ水量を大気へ放出」

シベリアと日本の森林では、 葉面積指数LAIが大きく違うにもかかわらず、 蒸発散量に大きな違いがない。 シベリアのタイガ林の葉面積指数LAI=0.4(明るい林) に対して、標高が約1100mにある富士北麓のカラマツ人工林ではLAI=2.4~2.8、 標高が150~220mにある熊本県の鹿北試験地の針葉樹林では葉面積指数=4.1~5.2 であり、日本の低標高の森林ではLAI=6程度である。

LAIが違えば森林の樹冠層高度の風速が大きく違う。LAIの違い、 すなわち風速が大きく違っても蒸発散量に大きな違いがないことは、 森林の維持にとって重要なことである。ここに、葉面積指数LAI (m2/m2)とは、各高度の葉面積密度 (単位体積中に存在する葉の片面の面積:m2/m3) を林床から樹冠高度まで積分した値である。

図1によれば、蒸発散量は平均気温と高い相関関係にある。 小さい四角印は日本各地66森林のプロットであり、 縦軸上のバラツキの最大・最小値の幅は約25%である。この25%のバラツキは、 各地の相対湿度、降水量、風速、放射量の違いによって生じたものである。 一方、横軸の25℃(南日本・南西諸島)と15℃(北海道)における蒸発散量の比は、 (450W/m2)/(280W/m2)≒1.6である。 この平均気温の違いで生じた約60%の違いは気温の効果のほかに、 有効入力放射量の約10%の違い(南日本・南西諸島と北海道の違い) による効果も含まれている。

この問題の本質を理解するために、本稿では森林の複雑モデルではなく、 単純モデルによって葉面の熱収支を計算し、晴天日の葉面蒸散量および 降雨日の濡れた葉面の蒸発量(遮断蒸発量)を求める。

暖候期の森林の蒸発散量と気温の関係
図1 暖候期(5~8月)おける森林の蒸発散量と平均気温の関係、 (身近な気象「M109」の図9.2に鹿北試験地の観測値を追加)。
小さい四角は近藤ほか(1992a)による66森林の5年間平均数値表から、 大きい◇印は富士北麓の森林における7年間観測(近藤ほか、2020) と 川越1996年の観測(渡辺、2001)、大きい□印は熊本県山鹿市の鹿北試験地の 針葉樹林における2007~2008年の観測(Shimizu et al, 2015)、 ◆印はシベリアのタイガ林における15年間資料 (Yamazaki et al., 2007)に基づく。



図2は森林の樹冠の高さを10mとし、高度100mの風速=10m/sのときの 風速鉛直分布の模式図である。密林(LAIが大)と疎林(LAIが小)の比較であり、 樹冠高度の風速は約100%違っている。 本稿では、1枚の葉面の蒸発散量が密林と疎林で概略10~20%しか違わないことと、 平均気温10℃の差で約60%の違いが生じることを熱収支の計算によって示したい。

風速鉛直分布模式図
図2 風速鉛直分布の模式図、樹冠高度=10mの場合。


2 計算モデル

最初に、森林の樹冠高度に水平におかれた直径60mm(半径r=0.03m)の 円形葉面を想定する。円形葉面上を風が吹くとき、平均吹走の長さX= πr2/2r=0.047mである。 長さ X に対する顕熱・潜熱交換のバルク係数(CH, CE) は共にレイノルズ数 Re=UX/νの関数で表わされる(近藤,1994,p.172)。ここに U は風速、 ν(1.51×10-5m2s-1, 20℃) は空気の動粘性係数である。蒸発効率βを用いれば、CE=βCH として表わされる。広い湖や海面のβ=1.02~1.03(Kondo, 1975)、 微小水面ではβ≒1.1であるが、本稿では簡単化のために濡れた葉面ではβ=1として 計算する。 なお、微小水面に対してβ>1になるのは、水蒸気の分子拡散係数 (=2.54×10-5m2s-1、20℃) が分子温度拡散係数(=2.12×10-5m2s-1、20℃) に比べて約20%大きいことによる。

図3は微小水面に対するCEとReの関係式(近藤、1994、p.172) から得た円形葉面に対する顕熱の交換速度k(=CHU)と風速Uの関係である。 大白丸付き実線は直径60mmの水平円板(大形葉面)に対する関係であり、 U<0.9m/sではk∝U0.4、0.9m/s<U<5m/sではk∝U0.5、 5m/s<Uではk∝U0.8、・・・k∝U に近づく。 小黒丸付き破線は直径6mmの水平円板(小形葉面)に対する関係であり、 U<8m/sではk∝U0.4、8m/s<U<50m/sではk∝U0.5であり、 同じUで比較したとき大形葉面に比べて風速依存度が低い。 また一点鎖線は大気安定度が中立のときの海面の交換速度、 ただし横軸は高度10mの風速である(Kondo, 1975)。 広い水面の交換速度は近似的に風速に比例して増加する。図に示すように、 同じ風速のときを比較すれば、小面積(小物体)ほど交換速度は大きくなる。

参考までに、図3の中央部のU=2~7m/s範囲に示した点線は東京都港区白金台の 自然教育園の自然林(樹冠高度=14m)の高度20mで観測した顕熱・潜熱輸送量から 求めた晴天日の関係である。ただし、交換速度と風速は北の丸公園の 高度35mの値である(近藤・菅原、2016)。 「K123. 東京都心部の森林(自然教育園)における 熱収支解析」

備考:自然教育園の自然林(樹冠高度=14m)の高度20mで観測した 顕熱・潜熱輸送量から求めた交換速度(近藤・菅原、2016、図123.12の破線) について、北の丸公園の高度35mの風速を利用する理由は、 高度35mの風速が地域(東京都心部)の代表性が高いからである。

水平円板の交換速度
図3 水平円板の交換速度と風速の関係。
小黒丸付き破線:直径=6mm(小形葉面)
大白丸付き実線:直径=60mm(大形葉面)
一点鎖線:海面(ただし、高度z=10mの風速との関係)
点線:自然教育園の森林(ただし、高度z=35mの風速との関係)



以下の計算では大白丸付き実線(直径60mm水平円板)の関係を用いる。 その他の条件は以下の通りである。

晴天日中の条件
気温:T=25℃, 15℃(南日本・南西諸島と北海道を想定)
有効入力放射量: R↓-σT4=550, 500W/m2 (南日本・南西諸島と北海道を想定)
近藤・桑形(1992)による月ごとの短波・長波放射量の一覧表によれば、
暖候期における有効入力放射量の南日本・南西諸島と北海道の違いは
約10%である。相対湿度:rh=0.5(50%)

雨天日の日中の条件 気温:T=25℃, 15℃
有効入力放射量: R↓-σT4=100W/m2
相対湿度:rh=0.9(90%)、1.0(100%)

熱収支
・ 葉の上面へ有効入力放射量が入る(下層からの太陽反射光も含む)。
・ 葉の下面へ入る長波放射量と出る量は等しいとする (下方に存在する葉・地面温度は同温と仮定。 仮に1℃の違いがあっても約5W/m2の差であり 結果にほとんど影響しない)。
・ 晴天日の蒸散は下面で、雨天日の蒸発は濡れた上面で生じる。
・ 晴天・雨天日とも、顕熱は上・下の両面から放出(放出を正とする)。

熱収支式
R↓を入力する放射量(反射は含まない)、Tを気温(σがつくときの単位:K)、 Tsを葉面温度(σがつくときの単位:K)、qSAT(Ts)と qSAT(T)をそれぞれTsまたはTに対する飽和比湿、 rh(=0~1)を相対湿度、Hを顕熱輸送量(W/m2)、 ιEを潜熱輸送量(W/m2)、 ι(=2.45×106J kg-1,20℃)を気化の潜熱、 σ(=5.67×10-8Wm-2K-4) をステファン-ボルツマン定数、Cpを空気の低圧比熱、ρを空気密度とすれば、 熱収支式は次の(1)~(3)で表わされる。

R↓-σTs4-2H-ιE=0  ・・・・・・・・・・・(1)
2H=2Cpρk(Ts-T)  ・・・・・・・・・・・・(2)
ιE=ιρβk{qSAT(Ts)-rh×qSAT(T)} ・・・・(3)

これら(1)~(3)から3つの未知量(Ts, 2H, ιE)を求めることができる。 その場合、逐次近似法によって厳密解を知ることができる。しかし本稿では、 近似の解析解を得るために次の近似式(4)と(5)を用いる。 Δ=dqSAT(T)/dT とすれば、

σTs4≒σT4 + 4σT3(Ts-T)  ・・・・・・・・・・・(4)
qSAT(Ts)≒{ qSAT(T)+Δ(Ts-T)}  ・・・・・・(5)

そうすれば、式(1)と(3)は次の近似式で表わされる。

(R↓-σT4)-4σT3(Ts-T)-2H-ιE≒0  ・・・・(6)
ιE≒ιρβk{(1-rh)qSAT(T)+Δ(Ts-T)} ・・・・(7)

その結果、式(2)と(6)と(7)から次の解析解(8)を得る。

(Ts-T)=A/B ・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

A=( R↓-σT4)-ιρβk{(1-rh)qSAT
B=4σT3+2Cpρk+ιρβkΔ
Δ=dqSAT/dT =(deSAT/dT)×0.622p/(p-0.378eSAT)2

deSAT/dT=[6.1078(2500-2.4T)/{0.4615(273.15+T)2}] ×107.5T/(237.3+T)

ここに単位は T:℃, p:hPa, e:hPa(近藤、1994、p.130を参照のこと)

最終的に、式(8)の(Ts-T)を式(2)と(7)に代入すれば、2HとιEがわかる。 なお、蒸散および蒸発の潜熱ιE=100W/m2は蒸発量E=3.53mm/dに相当する。

近似式による誤差の概略値は、解析解から得たTsとHとιEを式(1) に代入すればわかる。その誤差が大きいときの結果は以後の図にプロットしない。


3 晴天日中における風速と蒸散量の関係

図4は晴天日中の条件に対する計算結果である。交換速度k>0.02m/sの範囲で 蒸散の潜熱(蒸散量)はkにほぼ比例して大きくなる。

水平葉面の蒸散と交換速度の関係
図4 水平な葉面における蒸散の潜熱と交換速度の関係。


次の図5は図4と同じであるが、横軸を風速Uで表わした関係である。 特にU<5m/sの範囲では(下図)、蒸散の潜熱(縦軸)の風速依存度は低く、 風速が100%違っても蒸散の潜熱(蒸散量)は20%程度しか増えないことがわかる。 このことは、「まえがき」で述べたように、 暖候期における森林の葉面積指数が大きく違っても、 すなわち樹冠層の風速が大きく違っても、 蒸散量に大きな違いが生じないことを示している。

蒸散と風速の関係
図5 直径60mmの水平な葉面における蒸散の潜熱と風速 U の関係。
上図はU=0~20m/sの範囲、下図は横軸を拡大しU=0~5m/sの範囲。



図5(下図)から、蒸散の潜熱(蒸散量)について、南日本・南西諸島 (25℃、β=0.25)と北海道(15℃、β=0.25)の違いをU=2m~4m/sの場合について 比較してみよう。蒸散の潜熱(蒸散量)の比は、(246W/m2)/ (149W/m2)~(295 W/m2)/(177 W/m2) =1.45~1.67である。「はしがき」の図1について述べた気温10℃の違いによる 蒸発散量の比1.6とおおよそ一致している。

ここまでは、「樹冠高度の1葉面の蒸散量」について調べてきた。 この1葉面が群落全体(LAI=0.4~6の範囲)の蒸散量を代表するか否かについて 次節で検討しよう。


4 晴天日中における林内各層の有効入力放射量と蒸散量の関係

短波放射量と同様に、有効入力放射量は樹冠高度で最大であり、 LAIが大きい森林では高度が低くなるにしたがって急激に減少し、 蒸散の大部分は樹冠層の上部層で行なわれる。これに対してLAIが小さい森林 (明るい森林)では蒸発散は林床を含む全高度範囲で行なわれる。

晴天日中の樹冠高度における有効入力放射量( R↓-σT4)= 500 W/m2の場合について計算する。 理解を容易にするために有効入力放射量は樹冠からの高度差に比例して 減少するとすれば、例えばLAI =5とLAI =1について比較してみると、 500 W/m2を樹冠高度(z=h)での値とすれば、 300 W/m2はz=0.95h(LAI=5)とz=0.75h(LAI=1)での値、 100 W/m2はz=0.9h(LAI=5)とz=0.5h(LAI=1)での値となる。

その他の条件として気温T=20℃、相対湿度rh=0.5、蒸発効率β=0.25として計算した。

図6の上図と下図では、有効入力放射量の400W/m2 の違い(500 W/m2と 100 W/m2の差)によって顕熱(上図)には約290 W/m2 の差となって現れるのに対し、蒸散の潜熱(下図)には約80 W/m2 の小さな差となって現れ、290/80≒3.6倍の違いがある。 つまり、顕熱 2H は樹冠から高度が低くなるにしたがって大きく減少する。 その顕熱の大きな減少効果によって蒸散の潜熱の減少を小さくしている。 これは熱配分(熱バランス)の特徴である。

熱交換量と風霜の関係
図6 直径60mmの水平な葉面における熱交換量と風速の関係、気温=20℃、 相対湿度=0.5のとき。
  上図:上・下面からの顕熱輸送量
  下図:下面の気孔からの蒸散の潜熱(蒸発効率β=0.25)



次に、図6(下)の蒸散の潜熱(蒸散量)について風速U=2m/s(密林)と4m/s(疎林) を比較してみよう。理解を容易にするために、林内の風速鉛直分布は一定とする。

(1)(R↓-σT4)=500 W/m2(樹冠高度)では、 227 W/m2(疎林、U=4m/s)と189 W/m2(密林、U=2m/s) の違いは 227/189=1.20、すなわち20%の違いである。

(2)(R↓-σT4)=300 W/m2(樹冠のすぐ下)では、 185 W/m2(疎林、U=4m/s)と149 W/m2(密林、U=2m/s) の違いは185/149=1.24、すなわち24%の違いである。

(3)(R↓-σT4)=100 W/m2(樹冠のさらに下)では、 146 W/m2(疎林、U=4m/s)と109 W/m2(密林、U=2m/s) の違いは146/109=1.34、すなわち34%の違いである。

各層(1)~(3)の平均値では、186 W/m2(疎林)と149 W/m2 (密林)の違いは186/149=1.25、すなわち25%の違いである。 まとめると風速の100%の違いによる各層平均の蒸散量の違いは25%である。 つまり、第3節で得た結果と同様に、蒸散量の葉面積指数への依存度は低い。 なお、明るい疎林では、日射量は林床面まで十分に入るので、 林床からの蒸発量も加わる。

要約すると、密な森林では蒸散の大部分は樹冠の上部層で行なわれるのに対し、 疎な森林では日射量は林床まで届き、林内全層で蒸散・蒸発(林床の蒸発も含む) が行なわれる。その結果、疎林と密林の蒸発散量の違いは25%以下となり、 違いは20%程度としてよい。


5 雨天日における風速と蒸発量の関係

図7は雨天日の濡れた葉面における蒸発の潜熱(蒸発量)と風速Uの関係である。 下図は上図を拡大したU<5m/sの範囲であり、蒸発の潜熱(蒸発量)の風速依存度は低く、 風速が100%強くなってもrh=0.9では蒸発の潜熱(蒸発量)は20%程度しか増えない。 またrh=1(白抜き印)のときは蒸発量の風速依存度(森林の疎密による違い) はゼロに近い。要約すれば、雨天日の相対湿度rh=0.9~1(90~100%)であり、 雨天日の蒸発量は疎林と密林で約10%の違いである。

雨天日の熱交換量と風速の関係
図7 雨天日の水平な葉面における蒸発の潜熱と風速の関係。 上方の黒印付き2線はrh=0.9、下方の白抜き印付き2線はrh=1の場合。
上:U=0~20m/sの範囲、下: U=0~5m/sの範囲



なお、日本の森林では、蒸発散量の約60%が晴天日の蒸散量、 約40%が雨天日の濡れた枝葉からの蒸発量である(近藤、2023b、の図9.7)。


まとめ

暖候期(5~8月)のシベリアのタイガ林(葉面積指数=0.4)、 日本の富士北麓のカラマツ人工林(葉面積指数=2.4~2.8)、 熊本県の鹿北試験地の針葉樹林(葉面積指数=4.1~5.2)、 および日本の低標高の森林(葉面積指数=6程度)を比べたとき、 蒸発散量は葉面積指数(森林の粗密度)への依存度が低い。

この特徴を明らかにするために、森林の樹冠またはその下方に 直径60mmの円形葉面がある場合、円形葉面の熱収支式を解き 蒸発散量と風速の関係を求めた。

暖候期における森林蒸発散量の風速依存度が低い理由は次のことによる。

(1) 円形葉面(直径60mm)の交換速度kと風速Uの関係は、U<0.9m/sでは k∝U0.4、0.9m/s<U<5m/sではk∝U0.5、 5m/s<Uではk∝U0.8、・・・k∝U に近づいていく。 樹冠層で吹く通常の風速範囲では交換速度の風速依存度は低く、 k∝U0.4~U0.5で表わされる。
(2) 熱収支式の解の特徴として、蒸発散量の風速依存度は低く、 密林と疎林で樹冠層の風速が100%違っても、晴天日の蒸散量は20%程度、 雨天日の蒸発量は10%程度しか違わない。
(3) 林内の各高度について、樹冠高度から低くなるにしたがって 有効入力放射量が減少するとき、その減少分の多くは顕熱の減少となり、 蒸発の潜熱の減少を少なくする熱バランスの仕組みが働く(図6の上・下)。
(4) 本稿では特に示さなかったが、葉面積指数が非常に小さい森林では、 林床にも十分な日射量が入るので、林床面からの蒸発散量が加わる。 晴天・雨天日をまとめると、蒸発散量の葉面積指数(樹冠層の風速)への依存度は 10~20%の範囲にある。
(5)まとめると、葉面積指数LAIの小さな疎林(森林に限らず植生)では、 (地表面の単位面積当たりではなく)個々の葉面の単位面積当たりの平均蒸散量は 多いが、LAIの非常に大きな植生では、個々の葉面の単位面積当たり平均蒸散量は 少ない。疎林は小数精鋭の人たちの社会、密林は大衆に似て働かない人たちが いても社会は成り立つ。働く人と働かない人の交代で成り立つようなものだ。

本稿では大形葉面(直径60mm)について計算したが、図3に示したように、 小形葉面(直径6mm)では、風速がU<8m/sの範囲では、交換速度の風速依存度 (k∝U0.4)は大形葉面(k∝U0.5またはk∝U0.8) に比べて低いので、森林蒸発散量の葉面積指数依存度はいっそう低くなる。

なお、1枚の葉面の蒸発散量が密林と疎林で10~20%しか違わないという結果を 得たことは、山火事や松枯れによる植生の変化で起きる年蒸発散量の ±10%程度の違いと矛盾しない(近藤、2023b)。ただし、前者は暖候期、 後者は年間の蒸発散量である。

図1に示したように、縦軸上のバラツキの最大・最小値の幅は約25%であり、 このバラツキは、各地の相対湿度、降水量、風速、放射量の違いによって 生じたものである。暖候期(5~8月)平均の相対湿度rhの地点間の差は、 都市化影響を除けば、3%程度である。式(7)によって計算すると、 rhの3%の違いによる蒸散量の違いは3%程度である。なお、 大都市では都市化の影響によって、乾燥化が進んでいる。 大都市における暖候期(5~8月)の相対湿度は田舎に比べて 10%以上も小さくなっている。このことによって、 都市内森林の蒸発散量が増加すると考えられる。今後、この問題について検討したい。

一方、蒸発散量と平均気温は高い相関関係にあり、 平均気温の10℃の差で蒸発散量は約60%増加する。 この約60%には有効入力放射量の10%の違いによる効果も含まれる。 暖候期における森林蒸発散量が平均気温によってほぼ決まる理由は次のことによる。

(6)通常の条件では、熱・水蒸気交換速度の風速依存度が低い(図3)。
(7)中・高緯度では平均気温と有効入力放射量が正の相関関係にある。
(8)ボーエン比(顕熱/蒸発の潜熱)の気温依存性、すなわち高温時ほど ボーエン比が小さくなる。

通常の条件として樹冠高度の風速=2m~4m/sのとき、南日本・南西諸島 (25℃、β=0.25)と北海道(15℃、β=0.25)における蒸散の潜熱(蒸散量) の違いを比較してみると、蒸散の潜熱(蒸散量)の比は、 (246W/m2)/(149W/m2)~(295 W/m2)/ (177 W/m2)=1.45~1.67であり、 図1に示した横軸25℃と15℃に対する蒸発散量の比1.6とおおよそ一致する。

本稿では暖候期における森林蒸発散の本質的な特徴を理解することに重点をおき、 複雑モデルではなく、簡単モデルによって葉面の熱収支を計算した。その結果、 これまで強く意識しなかった森林の粗密度(葉面積指数)と 蒸発散量の関係が明確になった。今後の研究では、やや複雑モデルによって 補足的な詳細を知ることになる。また、森林以外の農作物など植物群落の熱収支と 群落構造の関係についても、新しい視点から研究することになる。


文献

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近藤純正・菅原広史,2016: K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke123.html

近藤純正・三枝信子・高橋善幸,2020: K205 地球温暖化観測所の試験観測, 富士北麓.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke205.html

谷 誠・細田育弘,2012:長期にわたる森林放置と植生変化が年蒸発散量に及ぼす影響. 水文・水資源学会誌,25,71-88.

渡辺 力,2001:落葉樹林への適用例,地表面フラックスの測定法. 気象研究ノート, 第199号,177-182.

Kondo, J., 1975: Air-sea bulk transfer coefficients in diabatic conditions. Boundary-Layer Meteor., 9, 91-112.

Shimizu T., T.Kumagai, M.Kobayashi, K.Tamaki, S.Iida, N.Kabeya, R.Ikawa, M.Tateishi, Y.Miyazawa, A.Shimizu,2015: estimation of annual forest evapotranspiration from a coniferous plantation watershed in Japan (2): Comparison of eddy covariance, water budget and sap-flow plus interception loss. J. Hydrology, 522, 250-264.

Yamazaki,T., H. Yabuki1 and T. Ohata, 2007: Hydrometeorological effects of intercepted snow in an eastern Siberian taiga forest using a land-surface model. Hydrological Processes, 21, 1148–1156, DOI: 10.1002/hyp.6675.


付録

付録1 直径60mmの円形葉面
夜間に起きる作物の凍霜害の研究用として、葉面温度の代表値を観測する目的で 考案された葉面温度計がある。この葉面温度計は直径60mmの黒塗装したアルミ製の 水平円板である(近藤、2019a)。各地で観測を行ない、その特性もよくわかっている (近藤、2019b)。それゆえ、直径60mmの円形平板を森林の葉面の代表として 計算に用いた。
 「K178.夜間用の放射計と葉面温度計、市販化」
 「K182.凍霜害予測の実用化(8)秦野市千村」

付録2 暖候期平均の気温と有効入力放射量の関係
図8は暖候期(5~8月)の日本の北海道から南日本・南西諸島まで66観測所における 平均気温と有効入力放射量の関係である。図の右方にプロットされた有効入力放射量が 150W/m2を超える地点は、石垣島、宮古島、大東島と南鳥島の4地点である。 これら亜熱帯高気圧帯にある4地点を除けば、平均気温25℃と15℃の10℃の違いによる 有効入力放射量の差は10%程度で小さい。南北で小さい理由は、 暖候期には太陽高度が高く日射量の南北差が小さくなることによる。

暖候期の有効入力放射量
図8 暖候期(5~8月)の日本各地66か所の有効入力放射量(R↓-σT4) と平均気温Tを指標とした緯度方向の分布、森林のアルベド=0.12のとき、 近藤・桑形(1992)の月ごとの表をもとに作成、1986~1990年の5年間平均。


付録3 年平均の気温と有効入力放射量の関係
図9に示す年間の平均気温と有効入力放射量の関係では、66地点を1次式で 近似することができて、平均気温の10℃の違いで有効入力放射量は約25%の差となる。

年平均の有効入力放射量
図9 前図8に同じ、ただし年平均値についての関係(近藤、2023、の図9.6に同じ)。


付録4 暖候期平均の気温と相対湿度の関係
図10は暖候期(5~8月)の日本の北海道から南日本・南西諸島まで67観測所 (66か所と室戸岬)における平均気温と相対湿度の関係である。 都市では都市化の影響により乾燥化が進んでいるので、地方と中小都市と 大中都市の3記号に分けてプロットした。都市化の影響の小さい「地方」には 次の19観測所が含まれる。稚内、根室、寿都、室蘭、浦河、宮古、小名浜、銚子、 御前崎、大島、八丈島、潮岬、厳原、清水、室戸岬、宮古島、大東島、父島、南鳥島。

相対湿度の「地方」19観測所の平均は83.4±2.7%、中小都市平均は76.9±2.2%、 大中都市平均は72.3±2.4%である。暖候期4ヶ月間平均の相対湿度は、 都市化の影響を除けば、緯度(平均気温)と観測所による相対湿度の違いは ±2~3%程度で小さいとしてよい。

67地点の相対湿度の気温
図10 暖候期(5~8月)の日本各地67観測所(室戸岬含む)の相対湿度と 平均気温を指標とした緯度方向の分布、1986~1990年の5年間平均。


付録5 暖候期の蒸散量の相対湿度に対する敏感度
近藤・菅原(2016)は東京の自然教育園で行なった観測をもとに熱収支の計算を 行なっている(森林の個葉ではなく、群落)。その付表1によれば、気温T=20℃、 相対湿度rh=0.5(50%)、交換速度k=0.032m/s、蒸発効率β=0.2、 入力放射量R↓(=S↓-S↑+L↓)=500W/m2、σT4= 419 W/m2、有効入力放射量R↓-σT4=81 W/m2 の場合、蒸散の潜熱(蒸散量)は相対湿度がrh=0.5(50%)から0.47(47%)に 3%減少すれば、蒸散の潜熱(蒸散量)は+5%増加する。
「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における 熱収支解析」

これは有効入力放射が非常に小さいときの例である。式(8)の分子の A の 第一項からわかるように、晴天日中の有効入力放射が大きいときのrhに対する 蒸散の潜熱の敏感度は+5%よりも小さくなる。

その確認として、図11は潜熱の相対湿度に対する敏感度である。 これは直径60mmの水平な個葉における 蒸散の潜熱と風速Uの関係で、相対湿度rhをパラメータとして表わしてある。 ただし、気温T=20℃、有効入力放射量(R↓-σT4)=500W/m2、 蒸発効率β=0.25の場合である。rh=0.47(47%)のときを基準にすれば、 蒸散の潜熱はrh=0.5になれば2.8~3.3%(U=2~4m/s)減少し、 rh=0.6になれば13.6~16.1%(U=2~4m/s)減少する。 2.8%~16.1%の変化は本稿の「まえがき」の図1に示した縦軸上のバラツキの 最大・最小値幅(約25%)に含まれる。

潜熱と風速の関係
図11 水平な葉面における蒸散の潜熱と風速の関係。パラメータは相対湿度rh、 個葉の直径=60mm、気温T=20℃、有効入力放射量(R↓-σT4)= 500W/m2、蒸発効率β=0.25の場合。


付録6 森林の蒸発効率βと個葉の蒸発効率β
(1) 流域の降水量・貯留水量・流出量から求める水収支法によって得られた 森林蒸発散量(近藤、1994、図14.6)をもとに、 熱収支法によるモデル計算の結果、晴天日の夏の蒸発効率β=0.26、 冬のβ=0.1である(近藤、渡辺、中園、1992b)。

(2) 東京の自然教育園の森林で得た連続晴天の日中平均(9~15時)の 8月(T=33℃)のβ=0.29、10月(T=21℃)のβ=0.18である。 日平均値も日中のβ(0.29、0.21)に同じとしてよい。ただし、 その場合の日平均の気温、風速、水蒸気量、放射量は日中平均値と異なる (近藤・菅原、2016)「K123.東京都心部の森林 (自然教育園における熱収支解析)」

(3) 半径r=0.03mの円形葉面上を風が吹くとき、平均長さX=πr2/2r =0.047mで表わされる。ξを気孔の幅、εを気孔の葉面に占める面積率とすれば、 葉面の蒸発効率はβ≒0.39ε3/4(X/ξ)0.3 で表わされる(近藤、2000、式7.6)。 例として、ξ=10-5m(=10μm)、ε=0.01~0.03とすれば、 β=0.16~0.36である。


付録7 暖候期の有効入力放射量と雨天日の相対湿度
(1) 暖候期(5~8月)の平均的な有効入力放射量を比べたとき、 南日本・南西諸島(T≒25℃)は北海道(T≒15℃)より10%程度大きい。
(2) 雨天日の日中の有効入力放射量は100W/m2程度である。
(3) 雨天日の日中の相対湿度rhは0.9~1(90~100%)の範囲にある。


付録8 式(6)の内訳
式(6)の第1項(R↓-σT4)が与えられたとき、 第2項~第4項で熱収支がバランスするようになっている。 (R↓-σT4)=500 W/m2、風速=1~5m/sの範囲では、 第2項の4σT3(Ts-T)=17~47W/m2の範囲にある。同様に、 (R↓-σT4)=100 W/m2、風速=1~5m/sの範囲では、 -4~+2W/m2の範囲にある。


付録9 竜の口山試験地の南谷・北谷における植生変化と年蒸発散量の変化
岡山市近郊にある竜の口山試験地の南谷・北谷では1937年から 水文観測が行なわれている。山火事や松枯れ後の植栽などにより、 両谷の植生が異なる時代があった。両谷における(年降水量-年流出量) の差の数年間平均値は近似的に年蒸発散量の差に等しいので、 植生の違いによって年蒸発散量に何%の違いが生じたかがわかる。 谷・細田(2012)の資料から求めた近藤(2023b)の図9.2 (南谷と北谷の年蒸発散量の差の経年変化)から次のことがわかる。

(その1)1968~1973年には北谷は主に広葉樹である。南谷は1959年の山火事で 植生を失い、1960年にクロマツが植栽され樹齢約10年のクロマツ林となっており、 年蒸発散量の南谷・北谷差(90mm/y)は平年の年蒸発散量(約800mm/y)の11%である (樹齢10年の蒸発散の盛んな森林は+11%増加)。

(その2)1980年の南谷の松枯れ後の1981~1985年の南谷・北谷差(-38mm/y)は 平年の年蒸発散量の-5%である(松枯れ後の低木・下草の森林蒸発散は-5% 変化)(樹齢10年の蒸発散の盛んな森林に比べて、松枯れ後の低木・下草の蒸発散量 は16%少なくなる)。

(その3)1990年以後は両谷とも主に広葉樹林となり、 1990~2005年の16年間平均の年蒸発散量の差(1mm/y)は 平年の年蒸発散量の0.1%である。

以上を要約すれば、森林の年蒸発散量に及ぼす森林の植生(葉面積指数)の影響は 11%以下である。したがって、年々の年蒸発散量はポテンシャル蒸発量で 無次元化した値について見ていく必要がある (「M109.森林は湖とほぼ同じ水量を大気へ放出図」 の9.5を参照)。


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