注文を聞くと、おばさんは忙しく動き出す。そちらに背中を向けて坐っていたにもかかわらず、まな板でトントンとリズミカルに刻む音、鍋をかき混ぜたときの匂い、フライパンで何か焼いている音・・・子供の頃、母親が朝ご飯の支度をしていた情景が目の前に浮かんできた。
10分もすると支度ができ、またもや目の前のテーブルが一杯になった。コムタンは直径25センチはある大きな丼に入ってきた。他に卵焼き、きゅうりのキムチ、だいこんのキムチ、青菜とキャベツの漬物(ごま油風味)、生の玉葱とししとうがらしが付いてきた。
コムタンは牛の骨を長時間煮込んだスープに牛タンとたぷりのねぎが入っている。粗塩の入った小鉢とコチュジャンが添えられていて、これで自分で好きな味つけにして食べるらしい。しっかりエキスの出ている、それでいてあっさりしたスープは朝の胃にやさしく、ねぎと牛タンのバランスも最高。いくらでも食べられちゃう。
生野菜にはもろみ味噌のようなものがついてきて、これをつけて食べるらしい。おっかなびっくり玉葱を食べてみてびっくり。「おいしい!」 日本の玉ねぎよりずっと水分が多く、辛くないのだ。ひょっとして新玉葱? 日本でも新玉葱をこうやって食べてみるといいのかも。
ごはんは例によってステンレスの小鉢で出てきた。これが不思議でならないのだが、熱々のごはんが入っているから当然熱い。どこの店でもテーブルに並べるとき、とても熱そうに持っているので、こちらも急いで受けとってあげなくてはとあせる。こればかりはどう考えても日本のような陶器の茶碗のほうがリーズナブルだと思うのだけれど、どうして変えないのかなあ? 割れるのがイヤならプラスチックにするとか。
食べてる途中でおじさんが入ってきた。おばさんのご亭主らしい。近所の人と一緒で、みんなで隣りのテーブルに座った。おばさんも私たちの世話がすんだので、一緒に坐ってお茶を飲みながら談笑している。
お茶は洋式のマグカップに入っていて、味からしてコーン茶らしい。上野の韓国食品を商う店が集まっている界隈でもよくコーン茶を大きな袋で売っていて、不思議に思っていたのだが、こうしてごく日常的に飲むものだったのね。カフェインやタンニンがなくて体にはよさそうな気がする。ただ、最後にサービスでコーヒーを出してくれたのだが、これがインスタントコーヒーで、しかも最初から砂糖とミルクが入っている。私はミルクが苦手で飲めないので、おばさんが向こうを向いている隙に友人Bのカップに自分の分を足してしまった。「残したら悪いから代わりに飲んで」
体の内側からすっかり温まって満腹し、「アンニョンヒゲセヨ」 と挨拶して店を出た。
レンタカー会社の事務所は、駅の駐車場の横にあり、人間が2人入ったら一杯になりそうな小屋だった。3人いても仕方がないので 「ねえ、私、駅のインフォメーションで餅菓子のこと聞いてくる」
ガイドブックによると、慶州では3月末に 「韓国伝統酒と餅祭り」 というのがあるらしい。この祭りにはちょっと早いが、トゥクという餅菓子を食べてみたい。駅構内にある観光案内のおばさんは日本語は駄目で英語が少しだけ。ガイドブックに出ている祭りのページを見せると、どこやらに電話していたが、受話器を渡して直接聞けと言う。相手は市役所の観光課の人で日本語を少しだけ話す。「トゥクを作るところを見たいのですか? それとも食べたいのですか?」 とダイレクトに聞いてくるので、こちらも 「食べたいんです」 とはっきり答える。「駅の近くに市場があるの、わかりますか?」 「はい」 「その市場の中にトゥクを売っている店がたくさんあります」 「あ、そうなんですか? じゃあ探してみます。ありがとうございました」
レンタカーの事務所に戻ると、友人Bがひとり、奥の狭い椅子に居心地悪そうに坐り、手にした紙コップから何か飲んでいる。「あれ? Aさんは? なに飲んでるの?」 「免許証忘れてホテルまでタクシーで取りに帰った。なんかジュース出してくれたんだけど、さっきSHOHさんから無理矢理飲まされたコーヒーでお腹ガポガポなのにつらい」
さっきは茶髪のお姉さんだけだったのだが、いまは若い男性がいる。あの女性は単なる留守番で、こちらが営業マンなのだろう? なにやら聞きたそうにしている。「なんか聞いてくるんだけど全然わからないんで、SHOHさんが戻ってきたら聞いてもらおうと思ってたんだ」 と言われても私だってわからないぞ。とりあえず会話集の 「レンタカーを借りる」 というところを見て、それを見せながら 「乗り捨てできますか?」 とか 「もっと小さい車はありませんか?」 とか聞いてみるが、いまひとつよくわからない。いずれにしても免許を持ってる人間が戻ってこなければ話にならない。 |