
今回は初めてのぜいたくをしてみた。迎えのハイヤーを頼んでおいたのだ。ふだんは絶対空港バスや電車を利用するんだけど、最近ローマに行った人に聞くと、リムジンがなくなって、電車へ乗るまでがめちゃくちゃ遠いという。初めての空港で、しかも夜着くとなると、いくら私だって「女のひとり旅」の怖さを感じてしまった。で、私より1週間先に出発した友人Wに頼んでおいて、信用できるハイヤーを頼んでもらったというわけ。
「空港であまり早く外に出ると、客引きがうるさいわよ」と、きのう電話でその友人が言っていたので、トイレに行って化粧を直したりしたけど、なにしろ荷物を預けていないから、することがない。「ま、いいか」と出てしまった。夜遅いのと、休日だったせいか、拍子抜けするほど人が少ない。
さて、今回の旅に出るときに、まわりから口をそろえて言われたことがある。
「イタリア男には気をつけなさいよ」
「すてきなイタリア男性に会えるといいわね」
表現こそ違え、言ってることはひとつ。「イタリア男は手が早い」フットワークが軽く、底抜けに陽気で、女性と見ると声をかけるのが礼儀だと思っている・・・そんなイタリア男のイメージを私も持っていた。小さな不安と大きな期待。
で、イタリアについて初めて接触するイタリア男だ。白タクやらなんやら数人がかたまっている中に、らくだ色の長いオーバーを着て、疲れたように座りこんでいる男がひとり。イタリア人というよりイギリス人のような服装。静かと言うより暗い雰囲気。これが運転手のセルジオだった。
一瞬拍子抜けしたけど、飛行機で疲れている体には、こちらのほうがありがたい。
「え〜っと、セルジオさんですか」「オオ、△△さんですね」
と型どおりの挨拶を交わし、とんでもなく汚い車に乗りこむ。ハイヤーと聞いて、黒塗りのピカピカ車を想像していた私が甘かったのね。セルジオはほんの少し日本語を話す。日本人のガールフレンドがいたけど、日本に帰っちゃったらしい。英語はあまりできない。私はイタリア語ができない。だからどうしても沈黙が続くのだが、そこはやはりイタリア人。黙っていると居心地が悪いらしく、名所旧跡らしきところを通るつど、「ころっせお」「からからよくじょお」と教えてくれる。チンケな遊園地のようなところを通ったときは、ひとこと「ローマ後楽園」。
で、おいおいわかってくるのだが、セルジオがマルチェロ・マストロヤンニのように悲しげな雰囲気を漂わせていたのは、前日が祝日で飲み過ぎ、ひどい二日酔いだったのだ。
それと、イギリス人みたいと思ったオーバーのこと。運転手さんなら皮ジャンと思いこんでいた私が悪かった。これも、旅するうちに気がついたのだが、イタリア人は着道楽だ!
あまり裕福とは思えない人でも、上等の生地の、仕立てのいい服を着ていたりする。日本のおじさんのような、なげやりな休日ルック(ポロシャツにゴルフズボンとゆうよ〜な)の人なんかいない。
さて、ホテルに着き、荷物を降ろしてくれながら、セルジオはあいかわらず疲れたような投げやりな調子で
「いっしょにごはんたべますか」イタリア男から誘われた。単純なようですが、やっぱり感激した。これぞイタリア旅行の醍醐味、とまでは言わないが。しかし、この感激がこのとき限りになるなんて、だれが想像できただろう。「こんなのはまだ序の口だわ。これからもっと若い男性からも」などと幸せな白日夢にふけりながら、L60、000をセルジオに払い、「また、今度ね」とお別れしたときが、いちばん幸せだったのかもしれない。
さて、ホテルではWが近所の店で買ったというワインを、冷蔵庫で冷やしておいてくれた。持つべきものは友。
着陸時の急激な冷えこみにやられて、恒例の風邪をひいてしまい、頭が痛い私は、ジキニンとエキセドリンと白ワインを飲んで(死ぬ気か!)ようやく寝た。