
R氏のアパートに着いた夜、いきなりN子から「Yという人から電話があったわよ」と言われた。私の元同僚Yは、会社を辞めてから知り合いを頼ってL.A.に1ヵ月ほど滞在し、1週間前からニューヨークに来ているのでした。彼女は女性専用のホテル(といっても住みついている人がほとんどで、彼女もまた借りしていた)に泊まっていた。さっそく翌日、MOMA(近代美術館)で会う約束をする。
美術館の展示を見たあと、ロビーで12時の待ち合わせだなんて無謀というものだった。あんなに見るものがいっぱいあるなんて・・・特別展は"PRIMITIVISM"IN 20TH CENTURY ARTで、アフリカやアジアの素朴な彫刻や仮面が、20世紀の芸術家に与えた影響を、両方の作品を展示して見せてくれるもの。これだけだって、まともに見ようとすれば半日はかかってしまう。結局上のほうの階の家具や写真などは走りながら通り過ぎてしまった。
おまけに売店には、この美術館がグッドデザインと推薦するステーショナリー類がいっぱいで、どれもこれも欲しくて目移りしてしまう。日本人デザイナーのものがけっこうたくさんあったのも驚きだった。こうした美術館グッズも、最近では東京でいくらでも手に入るから、なんだかつまらなくなったなあ。
Yは元気だった! 元々元気のいい人間だったのが、ニューヨークという土地に見事に適応していたのだ。勝手が分からない私たちを後ろに従え、5番街をずんずん歩く。ときどき道がわからなくなってもあわてず騒がず、手近の人を呼び止めて「EXCUSE ME. UP TOWN?」と指差しながら聞いてしまう。なるほど、ニューヨークは碁盤の目になってるから、自分が北に向かっているのか南に向かっているのかさえわかれば、迷うことはないのだわさ。
途中で食事に入ったコーヒーショップでも、ウェートレスがさっさと片付けたかったのか「ARE YOU FINISHED?」と言うなり皿を下げようとしたのを、きっぱり「NO!」とさえぎって、最後の最後までポテトフライを食べていた。「ほんとにニューヨークの人って性格悪いのよね。自分だってろくに英語をしゃべれないくせに、外国人と見ると馬鹿にするんだから」と憤慨する。
この頃、ちょうど『恋に落ちて』がアメリカで封切りされたばかり。ちょっと前に見たYが、しっかりリゾーリ書店に案内してくれた。ほら、ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープがぶつかって、本を取り違えたあの本屋さんだ。 なるほど、映画の舞台には絶好の、格調高い店だった。置いてある本も値の張る写真集とかが多いみたい。
クリスマスシーズンということで、クリスマスの飾りがさぞや華やかなのでは、と期待していたのだが、あまりきらびやかなものは見当たらなかった。どちらかというと抑えめの、シックな線できめているようです。ティファニーのビル全体に赤いリボンをかけたようなデコレーションが可愛かったくらいかなあ。もちろん、ロックフェラーセンターの例のスケートリンクは、豆電球で飾った木があって、灯りがつくととてもきれいだったけど。
買物客でごったがえす5番街をふらふらと歩いていると、向こうから歩いてきた2人連れの日本人男性が目に入った。
「あ〜っ!Kさん見っけ!」
大学で1年先輩だった人だ。こっちに転勤で来ていることは知っていたが、着いてから電話でもして、会えたら会おう、くらいに思っていた。なんという奇遇!
「なんだ、SHOHかよ〜!こっちに来てたの? それにしてもずいぶん変わったんじゃない?別人かと思った」
ふん、悪かったわね。言いたいことはわかってるのよ。こっちは21時間も飛行機に乗ってきて、時差ボケで疲れてるうえに、スッピンで口紅もつけてないのだわよ。
でもまあ、先輩となると、たとえ1歳しか違わなくてもスポンサーだ。「どっか連れてってくれぇ」と迫って、3日の夜にヴィレッジに連れていってもらうことになった。ラッキー!
ところで、今回の旅行ではいっさいお化粧するのはやめよう、と決意(それほど大したものでもないか)していた。理由は以下の4点。
[理由1]知ってる人がだれもいないから、ふだんとの落差に驚かれない。
[理由2]化粧品を持たなければ荷物がへる。
[理由3]その分寝てられる。
[理由4]観光客に見えない。1に関しては、思惑が見事にはずれてしまったが、4は大正解。大体、向こうできちんとお化粧してるのって、年配の方か日本人観光客だけのような気がします。化粧をせず、カメラも持たずに歩いていた私たちは、チャイナタウン育ちのように見えたことだろう。