Journey to the Ring Road



5. The Voice of Sean Bean

9月2日 アパートメント・ホテルは気楽だ。シーツやタオルの交換、室内の清掃は原則週に1回(リクエストすれば来てくれる)だから、朝寝していても誰も邪魔しにこないし、出かけるときにも「こんなに散らかしたままじゃみっともない」とか「こんなもの出しっぱなしにしておいたらまずい」なんて心配も不要だ。だらしない私には普通のホテルより向いている。

アパートを出て歩き始めると、事務所の中にマネージャーがいるのが見え、手を振り合った。スーツケースのお礼を言ったほうがいいかなと思ったけれど、明日の朝にしよう。

Willis 通りを Lambton Quay に向かって歩く。途中の左側にスーパーマーケットがあると部屋にあったガイダンスに書いてあったのだが・・・あ、これだ、New World というスーパーで、日本のガイドブックにも Te Papa の近くにあるこのスーパーが紹介されていたっけ。ウェリントンでは唯一無二のスーパーマーケット・チェーンなのかも。閉店時間をチェックすると夜の11時。これは使える。

Lambton Quay を駅に向かって歩いていくと、道路沿いの店のサインにまぎれそうになりながらケーブルカー乗り場の表示がある。それに従って細い路地を左に入るが、突き当たりは険しい階段。こんなところにケーブルカーの駅が? といぶかりながら何気なく右手を見ると、映画館の窓口みたいなチケットウ売場の向こうでおじさんがこっちを見ていた。


往復切符を買い、中に入るとなるほどどこにでもあるケーブルカー乗り場だ。ちょうど1台出てしまったところで、次の発車は10分後。壁にかかったラックの観光案内をチェックしているうちに次の電車が入ってきた。さっそく乗り込んで先頭の席を確保する。

本当に大丈夫なのかと心配になるくらい苦しそうな音を出しながら車は動き出した。単線だが、途中で線路が環状になった部分があり、そこで上から来た車とすれ違えるようになっている。もっとも10分間隔なのだから、出発時間をずらしさえすればすれ違う必要もないのだけれど。

私以外の乗客は地元の人らしく、てっぺんまで行かず途中の駅で降りていく。距離的にはたいしたことがなくても、この傾斜では歩いていくのは大変な位置だから、観光用というよりは実用なのだろう。頂上のひとつ手前の駅は大学に行くためのもので、若者が2〜3人降りていった。

降りたところは小さな広場になっていて、カフェとケーブルカー博物館、それに見晴らし台がある。植物園への入口もここだ。博物館は古いケーブルカーの車両と壁に貼られたウェリントンにおけるケーブルカーの歴史を語るパネルがあるだけのとても小さなもので、地下には動力機械が置いてある。売店で絵葉書を買い、カフェで水とカルツォーネを買った。温めてもらったホカホカのカルツォーネを持って植物園に入っていく。ここには天文台やプラネタリウムなど学習用の施設がそろっているらしい。

それにしてもどこへ行くにも坂だらけだ。ケーブルカーで上がってきたくらいだから、ここは丘のてっぺんにあたるわけで、どこかへ行こうとすると下るしかなく、下るということはケーブルカーに乗るために上がってこなくてはならない、ということで・・・坂を登るのが好きじゃない私はどっちに行ったらよいかと途方にくれる。

とりあえずはせっかくのカルツォーネがさめないうちにと、眼下の街が一望にできるベンチに腰をおろした。風は少しあるが太陽は燦燦と照り、とても気持ちのいい日だ。目の下には緑の中に埋もれるようにきれいな家々が見える。このあたりに住めるのはお金持ちなのかも。はるか向こうには湾が見える。

期待もせずに買ったカルツォーネはとてもおいしかった。地中海風とか銘打っていたが、トマトと刻んだオリーブとチーズ、それに大量のバジルが入っているらしい。

お腹がふくれたら元気が出てきたので歩き始める。天文台の近くに日時計をみつけた。が、どうやって時間を見るのかわからない。書いてある説明を読む。コンクリートのプレートに刻まれた無限大のマークみたいな線の横に1年の各月と日を示す線が刻まれている、今日の日付の上に立ち、太陽に背中を向け、両手を合わせて真上に上げると・・・あら不思議、自分自身の影が10と書かれた四角い石の上に落ちたのだった。確かに今は午前10時。へえ、よく出来てるなあ。

植物園の通路を下っていく。道は一応舗装されているが、両側は完全な森。野生の森に道をつけて、生えてる木にネームプレートを付けただけのように見えるのだが、やはりそれなりに計画を持って植えたりもしているのだろうか? 地図によると、舗装していない土の道路を使うルートもあるらしいが、いずれの道もどんどん下へと下がっていってしまう。失敗したなあ。こうとわかっていれば往復切符なんて買わずに徒歩で下まで戻るという手もあったんだけど。まあ、切符代なんてたいしたことないから、今から変更してもいいのだけれど、あの急な坂をケーブルカーで降りていくスリルも捨てがたい。

結局は適当なところまで降りて、来た道をぜいぜい言いながら戻ってケーブルカーに乗った。目論見通り先頭の席に座り、急坂を下りていく様子をしっかり楽しむ。でも、短い距離だからあっという間に着いちゃったけど。
芝生が広がっている部分は多分、大学のキャンパス



敷石の模様









クリスマスローズがいっぱい



Lambton Quay を戻る。この道はウェリントン1のショッピング街と言われていて、確かにファッショナブルな店、高級ブランド店が軒を並べている。都会の繁華街の例に漏れず、おなじみスターバックスもあるが、ここの道端に出された看板が感動物。店の人が一生懸命描いたんだろうなあ。

若者向きのお洒落な店が集まっている Old Bank Shopping Arcade はその名の通り、古い銀行の建物を利用したショッピングセンターで、店の内部はそれぞれの個性に合わせて改装してあるが、共同スペースは昔のまま。美しい細工の施された床や天井は一見の価値がある。地下1階の奥には地面の中の様子が見えるようにガラスで囲んだ部分と説明板がある。カフェもたくさんあって休憩をとるにはうってつけの場所。

もう一度 Dymocks によって未練がましくグッズ類を眺めてから Civic Square に向かう。ヴィジターセンターの隣にあるインターネット・カフェでヴィゴのサイトを検索し、彼がいつも胸に下げているペンダントの形を確認。マオリが使うシンボルを骨と翡翠で彫ったものなのだが、そのへんの店で売っているのとは微妙に形が違うのだ。どうせなら同じ形のものが欲しかったので、ディスプレイを睨みながら簡単にスケッチする。怪しい日本人だなあ。ついでにメールも確認し(日本語が読めるマシンは1台だけで No.18 がそれ)、1時間分の料金(NZ$4)を払った。

City Gallery Wellington に入り、ニュージーランドの新鋭アーティストたちの作品を鑑賞。広いスペースに物足りないくらい少しの作品をゆったりと展示してあるのが、いかにもニュージーランド的だ。先住民族であるマオリの影響もかなりあるのだろうと思われる、でもオーストラリアのアボリジニほどではない土着の匂いのする新鮮な作品が多い。ロビーに置かれた各種雑誌やパンフレット類も、モダンアートに関連したものが多く、ヴィゴだったらきっとここがお気に入りだったに違いないと想像した。

Civic Square には平日だというのに人がたくさん集まっていて、広場で楽器を演奏している若者の周囲に集まっている。長めの昼休みといったところなのだろうか。

初日はここから引き返してしまったが、きょうは橋を渡って向こう側に降り、埠頭沿いに Te Papa に向かって歩いてみることにした。お天気もいいので同じことを考える人が多いと見え、たくさんの人が歩いている。ジョギングしている人も多い。中には上半身裸になっている人もいる。いくら晴れているとはいえ冬だというのに・・・。

このまま埠頭沿いにずっと行くと Oriental Parade というカフェなどがたくさんあるお洒落な散歩道につながるのだが、さすがにそこまで行く元気はない。次に来たときの目標にしようっと。

初日に見かけたパブレストラン付きの古い醸造所に入ってみる。埠頭に向かった側にはパラソルの下のテーブルもあり、そこでビールを飲んでいる人たちもいるが、さすがにちょっと寒すぎる。内部は薄暗いが広々としていて、イギリスのパブというよりはドイツのビアレストランの雰囲気。カウンターでビールの種類を聞く。銘柄は Lion Brown ひとつだが、ギネスタイプのもの、もう少し明るめのアンバー系のエール、ラガー、さらにライトなものがあるらしい。ここでしか飲めないというエールにしてみた。お腹もすいていたのでムール貝のワイン蒸しも注文した。

ムール貝は予想に反して量も少なく、ポテトフライも付いてこなくてちょっとがっかり。味は例によって塩辛かったが、白ワインと少しの生クリーム、それにたまねぎと大量のガーリックだけの味付けはとてもおいしかった。スープにパンをつけて食べたかったが、お腹が苦しくなりそうだったので断念。

ようやく Te Papa へとたどりつく。実は初日にもちょっとだけ寄ったのだが、あまりにも広大なので見るのを断念。2階のショップだけ覗いて帰った。このショップは本来は子供向けのおもちゃ等を扱っている Treasure Store なのだが、ここで「The Lord of the Rings - The Exhibition」という展覧会が行われた後、The Exhibition Store が併設された。とはいっても展覧会に出されたようなものが売られているわけではなく、Dymocks にもある本やフィギュア、オフィシャル・マーチャンダイズがあるだけなのだが。Dymocks よりスペースも広く、商品がすべて展示されているので見やすいことは確かだ。ただし高い。

きょうはゆっくり中を見ようと歩き始めた。コンピュータを使ったさまざまな演出効果をとり入れて地球の生成からニュージーランドの成り立ち、文明の発祥などが説明されているのだが、どうも子供向けのような気がする。決して幼稚というわけではないのだが、子供が興味をもつように、学習効果が上がるようにと意図されているようで、大人が見ていると少し鼻についてしまうのだ。ひょっとしたら私だけの問題なのかもしれないが、どうにもこうにも集中できなくなってあきらめた。今回はあまりにも頭の中が「ロード・オブ・ザ・リング」に占められすぎているせいかもしれない。指輪の呪縛か?

1階には博物館そのもののショップがあって、こちらにはマオリの彫刻をとり入れたペンダントやブローチなどが売られている。さきほどスケッチしたヴィゴのと同じデザインを探すがない。やはりあれは、特別に注文したか、デアイナーブランドのものなのかも。仲のいい友人からプレゼントされたって言ってたものなあ。

Te Papa を出て Taranaki Street を行き、Molly Malones の角を左に入って Courtney Place を Embassy Theatre に向かって歩きながらレストランをチェック。レストラン街とはいっても、元々は中国系がメインのエスニックレストランが集まっていたところらしく、気取った店は見当たらない。どこもこじんまりとした入りやすそうな店ばかりだ。もちろんファストフードの店もたくさんある。

まだ食事の時間には早かったので下見だけにすませ、Taranaki Street に戻ってから Dixon Street を経て Cuba Street に入る。この通りには古着屋、CD店、アクセサリー店など、若者向けの店が集まっている。オタク向けのコミックショップのウインドウではレゴラスが手招いていて、思わず入ってしまったが、「指輪」関連のものはカードくらいしか置いていなかった。

この通りにはキャストやクルーがひと晩借り切ったという Matterhorn というガーデン・バーもある。狭い路地の奥に壊れて打ち捨てられたようなビルの扉があり、その奥らしいのだが、ちょっと恐ろしくて中まで入っていく勇気がなかった。ヴィジターセンターのサイトでの紹介を見る限りでは、おいしいコーヒーやワインが飲めるところらしいのだが・・・。

通りの端の店がまばらになったあたりで右に坂を上がり、Willis Street に向かう。市内はそうでもないが、街外れに近い丘の上のほうには、サンフランシスコのような木造できれいな色に塗られた古い家が建っている。緑も多く、ああいうところに1軒持っているのもいいなあ、などとかなうわけもない夢を見てしまう。

Manner Street にある男性用の靴店。この写真の意味はわかる人にしかわからないいったんアパートに戻り、シャワーを浴びて洗濯をする。洗濯機があるから大物(たってTシャツ程度だが)も洗えるし、朝までに乾かなくても乾燥機があるから安心だ。いつもは帰国してから山のような洗濯物をしなくてはならないのだが、今回はその点もラク。そうそう、ちゃんと1回分の洗剤も置かれていた。

テレビをつけ、買ってきた本を眺めていたら、ショーン・ビーンの声にそっくりの声が聞こえてきた。びっくりして画面を見たが、ショーンはどこにもいない。Sky Watch で確認すると「Deadlocked」というTV映画らしく、出演俳優は David Caruso と Charles S. Dutton とあった。ショーン似の声の俳優は David Caruso のほうらしい。顔はまったく似ていない。「12人の怒れる男」を焼き直したみたいな法廷サスペンスだったが、見ているとそれなりに面白くて最後まで見てしまった。

見終わると7時になっていた。今夜は最後の夜なのでまともな食事をしたかったから Brava に行くつもりだったのだが、昼間歩きすぎたせいで足が棒のようになっており、また Courtney Place まで歩くのも気がすすまない。しばらく迷っていたが、結局は New World で何か買ってきてここで食べることにする。せっかくキッチンもあるんだしね。

外国のスーパーは楽しい。置いてあるものがすべて、ふだん目にしないようなものだし、その土地の人たちの暮らしぶりが見える。野菜の種類などはそれほど違いはないが、出来合いのサラダ類の数が多いというのは家で料理をする人が少ない、ということなのだろうか。と言いつつ私もレタス、きゅうり、ラディッシュ、パプリカのサラダをバスケットに入れた。それだけじゃ寂しいのでロケットサラダも1袋買う。惣菜コーナーでトマトとツナのラザーニャとベジタリアン向けのポテトとレンズ豆のキッシュを買い、デザートにはカラメル。さらにワイン売場で赤ワインの小ボトルをみつけ、ちょっと買いすぎかなあと思いつつ支払いをすませた。

戻るとすぐにワインとカラメルを冷蔵庫に入れ、ラザーニャとキッシュを電子レンジに。どちらも包装にきちんと温め方が書いてあるので助かる。ロケットサラダを水洗いして出来合いのサラダと混ぜ、備え付けのサラダボウルに盛った。ラザーニャとキッシュを電子レンジから出してこれまた皿に移し、ワインの蓋を開けてグラスにつぐ。テーブルにセットしたらとても豪華なディナーの出来上がり。

ひさしぶりの生野菜サラダはおいしかったが、ついてきたドレッシングが激甘で最低。ラザーニャは例によって塩辛く、キッシュは味がない。ベジタリアン向けということは成人病の心配をしている人向けということでもあって、塩分もカットしてあるのだろうか?

まずは満足のいく食事もできたので、洗濯物を干し、明日のための荷造りをした。スーツケースはウェリントンで預けてしまうし、成田でもすぐに宅配にしてしまうつもりなので、不要不急のものだけ入れた。1泊用にもってきたボストンバッグにお土産などをつめこむ。これは機内持ち込みにするつもり。きょう買った絵葉書を友人宛てと自分宛てに書き、Dymocks で買ったロード・オブ・ザ・リング切手を貼った。ただ持っているよりニュージーランドの消印がついているほうがいいじゃない?


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