WALKING IN MEXICO



Part 45

本を発つ前から聞いていたことだが、Wはリゴベルタ・メン チュウさんの事務所を訪ねるという。

岩波ブックレットから『先住民族女性リゴベルタ・メンチュウの挑戦』(しかし、すごいタイトルだ)と題するNO.342が刊行されたばかりで、執筆者のひとりから、本を事務所に届け、代わりに何か新しい資料があればもらってくるように、との使命を受けていたのだ。

「SHOHは好きな所に行ってていいわよ。夕食のときに落ち合えばいいんだから」とWは言った。

が、なにを隠そう(隠すこともないが)、私はリゴベルタの大ファンなのだ。『私の名はリゴベルタ・メンチュウ』(エリザベス・ブルゴス 著 新潮社刊)を読んだときに「が〜〜〜ん!」と来て、しばらく眠れないくらい興奮してしまったほどだ。どんな状況におかれても、決して潰えることのない、人間が生来もつ知性や勇気というものがあるんだ、と生まれて初めてくらいの感動をしてしまった。来日したときの講演や質疑応答での聡明さも想像通りだったが、それよりも、キラキラ輝く明るい瞳にびっくりした。

という具合にミーハーなファンなのね。

当然ながら、「え〜っ、一緒に行く! 連れてって〜」とすがりつく私だった。

彼女の事務所は、閑静な住宅街の中の1軒をそのまま使っていて、入口こそインタフォンで相手を確認してから門があくという警戒ぶりだったけれど、一歩中に入ってしまうと小さな、でも美しい庭のある、気持ちのいい家だった。

玄関ホールには、リゴベルタほか活動を共にしている人々のモノクロ・ポートレート(これがすごくいい)が飾られ、椅子が何脚か置いてある。そこからすぐに続いている部屋は事務所になっているらしく、コンピューターが乗った机がいくつもあるようだ。

応対に出てきたのはメイドさんのような制服(?)を着た中年の女性で、いまメンバーは全員ミーティングに入ってしまっていて、面会はできないと言う。

本を渡すだけならいいのだが、資料をもらったり、少し話を聞いたりしなければならないので、「それじゃあ」と帰るわけにもいかない。

「メッセージを残していって、また改めて電話をしてからうかがいます」
とWは言って、メッセージを書き始めた。

私はすることもないので、隅のほうの椅子に座って、ぼーっとあたりの様子を眺めていた。ほんとうに静かな昼下がりで、平日の日中というせいもあるのか、物音ひとつしない。聞こえるのは「チリリリリィ」と鳴く小鳥の声だけだ。

「$¢£%#&*@§☆○◎◇※」

メイドさんが微笑みながらスペイン語で何か話しかけてきた。ひとこともわからないけれど、なんとなく
「きれいな鳥の声でしょう?」
といった感じに聞こえて、
「ほんとうに」
と答えて微笑み返す私だった。ああ、なんて平和な午後でしょう・・・

その間も必死でスペイン語の作文をしていたWが(疲れてくると単語がまったく思い浮かばないのだそうだ)ようやく書き終え、彼女に託して事務所を後にしたのだった。あ〜ぁ、ひと目だけでもリゴベルタに会えるかもしれないなんて期待してたんだけど、やっぱり甘かったな。

のちにWは、再び事務所を訪ね、無事に使命を果したということである。


NEXT I BEFORE I INDEX


All HTML and Graphics and Photos (C)SHOH