
グレイラインの車は8人乗りくらいのマイクロバスだった。
「まさか、これで行くんじゃないわよね?」
「とりあえずピックアップだけして、事務所に行ってから乗り換えるんじゃない?」先に乗っていたのはオーストラリアから来た(というのはあとでわかったんだけど)カップル。どうも新婚らしく、四六時中ふたりでくちゅくちゅ話していて、なにを見ても楽しそうだ。
古いカビくさいような事務所に着く。小津の映画で見るような感じの、ひと時代前の日本みたい。いまにも奥のほうから、開衿シャツに麻のズボン、パナマ帽をかぶった笠置衆が出てきそう。入口にはなぜか世界の帽子(?)のコレクションが、ほこりだらけのガラスケースの中に収まっていて、日本代表は建設会社の黄色いヘルメットだった。
各自、ドルで参加費を払う。私のお金は東京銀行で替えてきたのでピンピンの新札。受け取ったおじさんは「自分で作ったのか?」と冗談を言う。
やがてメンバーもそろい、バスに乗り込んで出発。結局さっきと同じマイクロバスだった。参加者は、さっきのカップルとアメリカ人の中年男性2人。それに、別の乗用車で松葉杖をついた男性と、その付添いらしき男女、そしてガイドが伴走してくる。
しかし、どうしてこんなに道が悪いんだろう。あまりスピードを出さないようにして、道路の端のなだらかそうなところを選んで走ってはいるんだけど、それでも凹凸がひどくてタイヤがとられそうになる。
どうやら目的地に着いた。と思ったらそこはなにやら土産物屋風の建物。そういえば、ツアーの訪問先の中にアート・センターというのがあって、民芸品博物館かなにかだと思ってたんだけど、こういうことだったのね。まあ、よくあることです。
いきなり店に案内して「やれ買え、それ買え」というのもえげつないとの配慮からか、まずは店の主人による、サボテンの利用法レクチャーがある。これはなかなか面白かった。サボテンとはいっても、アロエみたいな、葉がギザギザのものを使って、糸をとったり、紙をとったり、エキスをとったりする方法を、言葉巧みに実演入りで説明してくれる。へええ、とみんなけっこう感心してると、そのサボテンから作ったというテキーラを飲んでみなさい、と出してくる。じょうずねえ。
アメリカ人ふたりは、すごくお酒が強そうで、プラスティックのコップになみなみとついでもらったテキーラを、ぐいっと一気飲み。私も飲みたかったんだけど、オーストラリア人(女)もWも、かわいく辞退するものだから、なんとなく言い出しにくくて指を加えて見送ってしまった。
そのあと、ようやく店内に案内され、「さあ、どうぞごゆっくり」ということになる。一応、店員が寄ってきて薦めたりはするが、こちらに買う気がないとわかると、それ以上はしつこくしないので、感じは悪くない。
いずれは買わなければならないお土産なんだから(物欲の強い肉親を持つ悲しさ)、ここで買ってもいいかなと思って探したのだけれど、石の彫り物だの金属製の額だの、なぜか妙に重たいものばかり置いてあるのよねえ、この店。
買えるものがないとわかり、トイレもすませ、外につないであるロバの子供の写真も撮ってしまい、なんにもすることがなくなってもまだ、運転手は出発する気配を見せない。誰かがなにかひとつでも買わないと、出られないのだろうか、と心配になってきたが、どうもそんなわけでもないみたい。結局、いつでもここでは、このくらいゆっくり時間をとっているらしい。
アメリカ人たちは、あのテキーラのあとに、今度はビールを買って飲んでいる。これからピラミッドに登るっていうのに、あんなに飲んでだいじょうぶなんだろうか?