WALKING ON A HILL OF HEATH


PART 5

のう草原に入っていってしまったスパニヤード・ロードの標識を越えて、右のほうの道を100メートルくらい歩くと、バス停があった。

バスが来た。念のために乗るとき運転手に「ケンウッドハウスに行きますか?」と聞いておいたおかげで、停留所に着いたらちゃんとアナウンスしてくれた。

なんだ、たいして遠くないのね。3停留所くらいだから、歩こうと思えば歩けたな。ま、でも7DAYS CARD をZONE3まで買っておいたから、ただで乗れたんだけど。


降りたところは、道の両側に大きな樹がず〜っと植えられていて、ところどころに家があるような住宅地。その樹というのが、いわゆる並木道なんていうなまやさしいものじゃなくて、森の中に道が走っているような感じ。ここがロンドンの中心から地下鉄で20分くらいのところだな んて、とても信じられない。

東京で言ったら、渋谷から地下鉄で20分くらい行った大手町あたりに、いきなり高尾山があるような印象よね。


道の片側はすでにケンウッドハウスの敷地らしく、板を並べた塀が延々と続いている。塀に沿って歩いて行くと、その塀がとぎれたところに小さな門があり、入口にはフェルメールの「ギターを弾く女」のポスターが! やっぱりほんとだったのね!
誰もいない、裏口みたいな門を抜けて緑の中の小道を抜けると、そこにはまさに白亜の殿堂と呼ぶにふさわしい館が立っていた。

入口で荷物チェックを受けていると、おじさんが「有料だけど日本語で書いたパンフレットもあるよ」と言うので、それを買った。

だれが書いたのか、ちょっと古めかしい感じの日本語で、でもとても親切に各部屋の説明が書かれている。向こうの建築様式のことなんて皆目わからないから(日本のだって知らないけど)、こういうパンフレットがないと、せっかく見てもワケワカメ状態だったと思う。

貴族の館というだけあって、家具調度も室内装飾もなかなかに派手だ。ワビやサビを愛する日本人からすると、ちょっとケバイんじゃな〜い、という感じもするが、まあ、金に糸目をつけずに揃えるとこうなっちゃうんだろう。

特にすごかったのが図書室兼応接室。奥行がすごくある部屋で、水色と白で塗られた豪華な天井はアーチ状になっている。北側の壁には大きな鏡が貼られており、反対側にある窓からの素晴らしい景色が映るようになっている。


しかし、各部屋をじっくりと見ながらも、私の頭の片隅にはフェルメールのことがこびりついていて、どうしても心ここにあらず状態になってしまっている。

え〜い、こんなことなら先に見てしまおう。

というわけで、いきなりダイニングルームに入っていった。ここにはフェルメールのほかにレンブラントの自画像もあって、この館の中でいちばん重い。

「ギターを弾く女」は、フェルメールの絵によく登場する、白い毛皮の縁どりのついた黄色い服を着た若い女性が、ギターを弾きながら微笑んでいる絵だ。

フェルメールにしては珍しく、右側から光が当たっているのと、顔の造作がかなりくっきり描いてあるのとで、いつもとは違うような気がしたが、よく見るとふっくらした肌の輝きは彼ならではのもの。

絵と絵の間を行ったり来たりして、いつまでもダイニングルームにいる私を、警備員が不思議そうに見ている。

観光客が少なく、ほとんどひとり占め状態という幸福なシチュエーションでありました。


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