1998/6/1
イマどきのキャンプ事情


 温泉宿を出て来た道を引き返そうとしたが、あの砂利道をまた通る気がせず、砂利道へは曲がらずに一キロ程真っ直ぐ進むと……なんと! さっき道を尋ねたガソリンスタンドが見えた。店員の教えてくれた道が間違っていたのか、はたまた俺達が理解できていなかっただけなのか。とにかくわざわざ辛い道を選んでしまったということだけは理解できた。骨折り損のくたびれ儲けとはこのことか。おかげで風呂は気持ち良かったが、なにか釈然としない気分のまま、一路浜辺のキャンプ場を目指す。
 キャンプ場へ辿り着くと、そこは家族連れキャンパーで溢れかえっていた。とにかく人だらけ。まるで難民キャンプのよう。時計はすでに午後五時を過ぎており、いまさら他のキャンプ場を探しにもいけず、仕方なくテントを張れる場所を探した。
 管理棟へ行くと、一人千円。バイク入れるのならあと三百円と言われ、ぶっ飛んでしまった。なぜ? なんでこんな只の浜辺でキャンプするのに千円? しかも駐車場代別? なんという暴利。水場はたったの一カ所しかなく、トイレはユニット式の仮設が四カ所。水場のそばには板で囲ったゴミ捨て場があり、キャンパーの出したゴミで二メートル程の山になっている。そばに寄ると、強烈な異臭で鼻が曲がる。
 軒が触れ合う密集落で、なんとかテントサイトを確保し、テントの設営をバチに任せ、文ちゃんと二人で近所のスーパーへ今夜のおかずを調達に行った。浜辺で焼き肉、と決めていたので迷わず肉を一キロと、焼き鳥を二十本程仕入れ、何を思ったか、あさりとイカとエビとミックスベジタブルとビールと烏龍茶も忘れずにを買い込み、キャンプ場へと戻った。
 キャンプ場へ戻ると早速、夕食の用意に取りかかる。まず、あさりとイカとエビとミックスベジタブルをバターで炒める。記憶があいまいで、一体このとき何を作ろうと思ったのか定かではないが、おそらくシーフードピラフを作ろうとしていたものと思われる。もっともシーフードピラフの作り方など知る由もなく、イメージとしては、あさり、イカ、エビ入り炒飯といったところか。たまたま油の替わりにバターを使ったので、ピラフかな、と。しかし、ピラフは生米を炒めるところから始めるのだよ、等という知識など皆無であったことは秘密にしておきたいところだ。
 ところがストーブの火力が弱いため、食材から出る水分を飛ばすことができずに、鍋から発せられる音がいつの間にか、「ジャージャー」から「ぐつぐつ」に変わっている。
「あ、あれ?」
「どしたんスかぁ?」
「なんか、変」
「何がスかぁ?」
「シーフード煮込みになっちゃった」
「何作ろうとしてたんスかぁ?」
「シーフードピラフ……のようなもの」
「ふ〜ん。食べられればなんでもいいっスよ」
「食べてみる?」
「みるっス」
「どう?」
「……不味いっス」
「うそ!」
「なんか、生臭いミックスベジタブル煮込みってカンジっス」
「ふ〜ん」
「責任持って食べて欲しいっス」
「えっ! なんだよぉ、一緒に食おうぜぇ」
「ふざけないで欲しいっス!」
 結局、この得体の知れない食いモンは、泣く泣く俺の胃袋へと納まることになったのだった。で、その間にバチが米を研ぎに行っていたのだが、こちらも大変なことになっていた。
「やべぇぞ」
「なにが?」
「ここの水、しょっぱいぞ」
「げっ!」
「こんなんで米炊いたら、どうなるかわかんねぇぞ」
「水なんて買ってないぞ」
「水買いに行くか?」
「えーめんどくさい」
「めんどくさいとか言ってる場合じゃねぇぞ。死活問題だぞ」
「そういえば管理棟で氷売ってたぞ。あれを溶かして使おう」
 というコトで、三キロ千円なりの氷を購入したのであった。
「こんなデカイ氷の塊どうすんだよ」
「なんとか割れねえかな」
「結構分厚いっス」
「よしっ、ドライバーでかち割ろう」
 車載工具の中からドライバーを取り出し、その辺に転がってた石を使ってなんとか氷を細分化することに成功したのであった。その氷を鍋に入れ火にかけて溶かし、米を炊くだけの水を確保した。
 米が炊ける頃合いを待ち、いよいよ肉を焼き始める。ストーブのゴトクの上にスーパーで買ってきた魚用の焼き網を乗せ、その上にまずは焼き鳥を乗せた。ビールを開け、乾杯。鳥が焼ける匂いをつまみにして、まずは一本目のビールを空にする。やがて焼き上がった焼き鳥は、あっという間に三匹の餓鬼どもの胃袋へと消えていったのだった。次にカルビ等の肉を焼き始めたのだが、焼き鳥の時よりも炎の上がり方が大きい。脂が多いからだな、とは思ったがやがて異変に気づいた。
「あれ? 焼き網の底がボロボロになってねぇか?」
「ホントだ。火力が強すぎて灰になってる」
「うわっ! あぶねぇ!」
「かかかかか、火事になってるっス!」
 そうなのであった。肉からしたたり落ちる脂が燃えて、焼き網全体が炎に包まれているのだ。
「わははははは! 燃えてる燃えてる!」
「に、に、に、肉が、ひひひひひ、燃えてる、ひひひひひひひひ」
「わはは、なんとか、わははははははし、ははははし、しろよ、いひひひひ、この野郎! ひひ」
「わはははははははは」
 そして、燃えさかる焼き網と肉を眺めながら笑い続ける三人を見て、通りすがりのオヤジが一言。「お、うまそうだな」ってそれどころじゃないんだってば。なんとかしないと肉が食えなくなるって言うのに、笑うばかりで、誰も何もできないのだ。結局焼き網は燃え尽きてしまい、やむなく鍋で肉を焼いたのであった。しかも、買ったばかりのストーブの火力調節用のプラスティックノブは、半分ほど溶けてしまっていた。「一生モンの良い思い出だよな」などと言われつつ、そういうモンダイではないなと思いながらも確かに、強烈に脳裏に焼き付いたことだけは確かであった。
 胃袋も満たされ片づけも終えて、砂浜へ降りて寝そべりながら煙草の煙をくゆらせていると、浜辺のあちこちで花火が始まった。始めのうちは「ああ、綺麗だな」と眺めていたのだが、そのうち誰も花火の燃えカスを始末していないのに気づいた。一体どういうつもりなんだろう? 明日この浜辺で海水浴する人達がどう思うか、考えたことがあるのだろうか? それ以前に、自分達はそこで泳いだりはしないのだろうか? 毎年、夏が終わる度にニュース等で浜辺に残されたゴミ問題が報道されるが、一向に改善されないのはどういうワケなんだろう? きっと誰かが片づける筈、等と考えているのだろうか?
 キャンプ場を管理する自治体もしくは企業の金儲け主義も問題だと思う。アウトドアが流行り金になるとわかると、場当たり的な発想で資源を無駄遣いし、汚し、破壊していく。さしたる産業のない地方都市が観光事業に力を入れるのは至極当然のことだとは思うが、そこを利用する人の意識の低さと、資源を切り売りするような地元開発企業の、無責任なやり方に腹が立つ。ゴミをまき散らして平気な顔をしている大人達が、その行為が如何に卑劣なものであるかに気づき、反省し、その行動を改めなければ、その子供達に未来は、ない。
 バイクに乗っているとよく、あからさまに顔をしかめる人に出くわすことがある。バイク乗りだというだけで、アナーキーな思想の持ち主であると考える人の、なんと多いことか。バイクで出かける旅先でなおさら行動に気を付けるのは、これから彼の地を訪れる他のバイク乗りと、地元住民の日常生活に割り込む非日常的な行為に対する最低限の礼儀であるからだ。しかし、いくらそういう行動をとっていたとしても、バイクに乗らない人々の理解を得るのは難しい。なおさら、ゴミを捨てて平然としている人々に嫌悪感たっぷりの視線で見られがちなのは、どういった理由であるのか?

 穏やかに夜空にかかる月を映し出す海の、その浜辺で響きわたる花火の音を聞きながら、答えの出ない問いを何度も繰り返す夜だった。


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