1998/5/19
猪苗代の夜は更けて


 イマどきのキャンピング事情と自分達のそれとのギャップに愕然となった三人であったが、すぐさま気を取り直し、今夜の夕食の材料を調達に行こうということになり、悪戦苦闘しながら泥の中からバイクを引きずり出す。店の場所は、キャンプ場に入る前に確認してあったので、迷うことなく店へ辿り着く。
 キャンプといえばカレー、という古式ゆかしいしきたりに従い、カレールーとたまねぎとじゃがいもと肉を仕入れる。文ちゃんは酒が飲めないので、俺とバチの分だけビールを買い、あとは適当に乾物等を買い込み、キャンプ場へと戻る。持参してきた米を取り出し、飯盒に入れ、バチに水場へ研ぎに行ってもらう。その間に文ちゃんと二人で野菜の下拵えをする。しばらくして、米を研ぎに行っていたバチが帰ってくるなり言った。
「そーいえば、飯とカレーとどっちから作るの?」
「へっ?」
「だって、ストーブ一個しかないじゃん」
 そーなのであった。火器類は、俺が持ってきたガスストーブが一個しかないのであった。がーんである。だが、今更がーんなどと言っても始まらぬ。よりおいしく頂くには、ご飯が暖かい方がいいのか、それともカレーなのか? 普段ならどうでもいいことに議論の花を咲かせるのも、キャンプの醍醐味である。だが結局、暖かいご飯にカレーを暖める勢いは感じられないが、暖かいカレーはご飯をも温める効果があるハズだ、との結論に達し、まずは米を炊くことにした。
 飯盒で米を炊くのも小学校以来な訳で、うまくいくかどうか不安であったが、何度か蓋を開けて確認しながら、とにかくなんとか食べられるほどに米を炊くことができた。
「おおっ!」
「炊けてるじゃん!」
「ちょちょちょっと食ってイイ?」
「おー食え食え、食って見ろ」
「んぐんぐ」
「どう?」
「うまいっス!」
「ちゃんと炊けてる?」
「グーっス!」
 いちいち大袈裟なんである。
 ご飯を蒸らすために飯盒をひっくり返しておき、いよいよカレー作りに取りかかる。まず油の替わりに買っておいたバターを少量鍋に入れ、肉を炒める。焦げ目が付いたところでたまねぎとじゃがいもをぶち込み、しばし炒める。頃合いを見計らって水を加え、蓋をして煮えるのを待つ。簡単である。キャンプの夕食はカレーに限る、との一同の賛同を得た。で、その間にビールと烏龍茶で乾杯。
 う〜む、ビールのなんと美味たることか。気の合う仲間とバイクでツーリングに来て、日中の暑さが今は嘘のように涼しい風が吹き抜け、果てしない天蓋の下で炊き立てのご飯の甘い匂いとカレーの香ばしい香りに包まれながら呑むビール。なんてしやわせな瞬間でしょう。だがしかし、しやわせな時は考えていたほどには長くは続かないのであった。
「そろそろ煮えたんじゃないの?」と、バチが聞く。「おっ、そうだな」と、俺。
「ん〜煮えてる煮えてる。ルー入れるか」
「ああっ! 全部は多すぎないか? 全部は」
「ん? だって勿体ないじゃん」
「そうゆう問題か?」
「だいじょ〜ぶ。濃かったら水足せばイイじゃん」
「ちょっと味見してみ?」
「ん〜ちょっと濃いかなぁ? 水入れよう」
「どう?」
「ん〜まだまだ濃いなぁ。もちょっと水入れて」
「おいおい、だいじょうぶかよ?」
「ん〜食べられない程じゃないケド、まだ濃いなぁ」
「って、おい! 鍋から溢れそうになってるやんけ!」
「ん〜腹一杯食べられてラッキーじゃん」
「おまえに任せた俺が悪かったです。どうかそのへんで勘弁してください」
「よしっできた」
「ねぇ、これどうやってよそうっスかぁ?」
「えっ?」
「そーいえばお玉なんてないぞ」
「鍋から直接注げばイイじゃん」
「溢れそうになってるのに、どうやってやるんだよっ!」
「じゃ、スプーンで」
「それしかねぇか」
「そっスね」
 というコトで、各自スプーンを使ってちまちまとカレーを皿に。
「美味そうっス!」
「う……美味いっ!」
「ちょっと濃いけど、まぁ美味いぞ」
 不思議なもので、家で食べるカレーと大して変わらない筈なのに、外で食べてるってだけでやたらと美味く感じる。都市部で暮らす人間故の非日常性による新鮮さがそうさせるのか。それとも、食べる他に楽しみがあまりないという状況のなせる技か。あるいは、ただ単に腹が減っていただけなのか。ひょっとするとそれら全てが要因となっているのかも知れないが、とにかく、四合炊きの飯盒一杯の飯と鍋に溢れんばかりのカレーを平らげ、重たくなった腹を星空にさらしながら、虫の鳴く音と木の葉の触れあう音とに耳を傾けつつ、煙草に火を着けて大きく息を吐くのであった。
 バイクを愛し、太陽と月と星とゆるぎないこの大地に感謝し、この広い地球の片隅で、友と巡り会えたことに喜ぶ。そんな夜が更けていった。


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