1998/5/18
そして猪苗代


 いよいよ、猪苗代二泊三日ツーリングの日がやってきた。午前六時に南柏駅前集合。メンバは俺と文ちゃん、それに俺の幼なじみのバチ。バイクはそれぞれJADE、SPADA、VTZと、何の因果か全てホンダの二百五十。時間通りに集合し、岩槻I.C.を目指して国道一六号を北へ向かう。途中のコンビニで一服しつつ、二時間後には岩槻I.C.から東北道へ。お盆にしては意外なくらいひどい渋滞にも会わず、しかし、一年振りのツーリングで、高速道路に乗って一時間も走ると、もう尻が痛くてどうしようもない。それは他の二人も同様だったようで、シートから微妙に腰を浮かせ、尻を左右にふりふりしながら走る。後続の車からの冷ややかな視線をその尻に感じつつ。
 試練は続くよどこまでも。それは例えば路面からの照り返し。そしてそれは陽射しよりも強烈で、これはもうバイクに乗らない人には想像も出来ないシロモノな訳で、「夏はバイクが気持ちよさそうだよね」なんて涼しい顔で言われたりするとムカっときたりするのだけれど、まあ自ら望んでその試練に立ち向かっている訳だからして、腹を立てるのはお門違いというほかない訳で。ああ、なんでそうまでしてバイクに乗っているんだろ。
 転ぶのが前提なのがバイク。ましてや高速道路。どれだけ暑かろうと、長袖のジャケットなどという、殆どサウナスーツと呼んでも差し支えないようなものを着込んでいたりする訳で。だからといって腕まくりなどしようものなら、グローブから袖をまくり上げたあたりだけが日に焼けてしまい、さらに腕時計をしている側の腕がどのような状態になるかは、まあ、想像に任せるとして、わかっているんだよね。わかっていながら毎年同じ事を繰り返すのがバイク乗り。う〜ん、馬鹿。
 あとねあとね、ヘルメット。あれは暑い。何度も言うけど転倒するのがバイク。転倒即死を望まないからそれだけの苦行に耐えている訳。で、そうまでしてバイクに乗っているというのは、バイクという乗り物がそれだけ魅力的なものであるのに他ならず、「ちくしょー暑い暑い暑い暑いこらこら前の車のリアウィンドウ越しにのんきな馬鹿面して手を振るガキっ! ライダーはな、ライダーというのはな、辛いんだぞ苦しいんだぞやせ我慢してるだけなんだぞ。あっ、この野郎、手を振り返さないからといって助手席のかあちゃんに言いつけるんぢゃねえっ。しっかし暑いなどうなってんだこんちくしょう太陽っ! 太陽っ! 晴れてんぢゃねーぞ馬鹿野郎っ」なんてことを考えつつも、道は果てしな〜く続くのであった。
 なんとかかんとか郡山I.C.にたどり着き、さらに国道四九号を猪苗代方面へ。この四九号線というのが殆ど産業道路と化していて、走っているのはトラックばかり。こりゃタマランと思いつつ、腹も減ったななんか喰おうぜそうだねそうだよぢゃああすこの「喜多方らーめん」なんてどうかねいいねいいねっつーわけで、らーめんで昼食。ところが、あまりの暑さにバチがグロッキー状態。駐車場にバイクを止めようとしてあわや立ちゴケ。つられて文ちゃんが、そして俺も……。なんとか倒れずに済んだが、ちょっとビビった。
「喜多方らーめん」が美味しかったかどうかは別にして、とりあえず腹だけは満たされた三人はまたもや熱射の中を走り出す。ところが、いくらも走らないうちに野口英世記念館のあたりで再び大渋滞。あまり好きではないがしかたなく、テールランプを赤く点らせたまま車の列をすり抜けて走る。
 やがて渋滞が解消し、緑も濃く涼しい風の吹き抜ける道となる。そしていよいよ、道路端から猪苗代湖が見え始めた辺りで記念撮影。それから少し走るともう目的のキャンプ場だ。砂利敷きの道にバイクを乗り入れ、管理棟で手続きをする。
 書類を書き進めている間に、管理人の爺ぃが話しかけてくる。「ふ〜ん、千葉から来なすったか。遠い所をご苦労様です」「は、恐縮です」話しかけながら、爺ぃの視線は遠く一点を見つめたまま。ボケてんのか? と思いつつ金を払おうとすると、途端に鋭い目つきになって金を勘定し始め、「はい、確かに」なんてぬかす。人間、金さえ数えてりゃボケないのがよくわかった。
 その後、施設の説明を受けたのだが、もごもごと口ごもるような喋りでちっとも理解できない。適当に「はあ」「わかりました」などと相づちを打っておき、管理棟を後にした。
 指定された区画は林の中で、区画自体は問題なかったのだが、バイクを止めるスペースが昨夜の雨でドロドロとぬかるんだ状態。こりゃスタックしたら出すのに一苦労だな、とは思ったものの、「明日になれば乾くでしょ」とのバチの言葉を信じる事にして、とりあえずバイクを止めた。ところが、サイドスタンドを出してバイクから降りた途端に、サイドスタンドがぬかるみに沈んでいく。
「おおおおおっ!」
「うわっ! ダメだ沈む沈む!」
「た、たすけてぇ〜」
 と、言ってはみたものの、他の二人も状況は同じ訳で。自分のバイクを支えるので精一杯。俺と文ちゃんはなんとか持ち直し、サイドスタンドの下に石を置くことに成功したのだが、バチのバイクは無惨にもドロの中へ。彼の白いバイクは見事、黒/白ツートンに。「パトカーみたいになって、よかったじゃねえか」「カッコいい!」「いいわけねぇだろっ!」その後、黒/白ツートンが、ひび割れ茶/白ツートンに変身したのは言うまでもない。
 とりあえずバイクから荷物を降ろし、早速テントを立て始める。自宅で予行演習してあったおかげで、案外あっさりと立てられた。ま、ドーム型テントを立てるのに四苦八苦する方が、不思議と言えば不思議だが。
「おい、このテント小さくねぇか?」バチが言う。「ん、そう? こんなモンじゃないの。四人用って書いてあったし」「そ〜か? ホントに寝られるか? こん中で四人も」「そんじゃぁ、試してみようぜ」
 で、三人でテントに入り寝ころんでみた。
「……」
「ふふふ」
「えっ? なに? どしたの?」
「ふふふ……狭いよ」
「えへえへへ。狭いね」
「ど〜すんだよ。へへへ……狭い……へへへへっ」
「ぷっ……ははは」
「狭い……ひひっ……だははははははは」
「ひぃ〜っひっひっひひいひいひいひ」
「ぎゃはははははは」
「だ〜っはっはっはっはっは」
 狭かった。そのテントは、外寸で二メートル×二メートルだった。なのに、平均身長百八十センチの俺達三人がその中で窮屈な思いをしない筈もなく、三人の馬鹿者の笑い声は、会津の山中にいつまでもいつまでも響き渡った。
 いつまでも笑ってばかりもいられないので、ひとまず荷物をテントに放り込み、辺りを偵察に行くことにした。湖に面したテントサイトには、キャンピングカーやワンボックス車で一杯。ロッジ型もしくは巨大なドームテントにタープ。テーブルやデッキチェア。冷たく冷えたビール等が入っていると思われる巨大なクーラーボックス。ツーバーナーのガソリンストーブにランタン。バドワイザなど飲みつつ文庫本片手にビーチベッドに寝そべる麦わら帽子にサングラスの水着のおねいちゃんを横目に、自らのあまりに貧相な装備とのギャップに愕然となる。こちらの装備といえば、どう見ても人間一人とその荷物で一杯になりそうなテントに男三人。時折虫が落ちてくる天然のタープ。地べたに新聞紙を広げただけのリビング。ガスボンベ式の折り畳みストーブが一つに、小さな蝋燭ランタンと懐中電灯。Tシャツに短パン姿のいかにもリゾートな感じの人々が闊歩するその場所に居続けるには、排気ガスで薄汚れたシャツとGパンにブーツ、さらに髪の毛ぐちゃぐちゃという俺達のいでたちはあまりにも似つかわしくなく、逃げるようにその場所を立ち去った後には、ブーツにこびりついた泥が落ちて、点々と残されていた。
 そして、それまで無口だった三人は自分達のテントに戻るなり、堰を切ったように口々に負け惜しみを言うのであった。
「あんなの、ホントのキャンプじゃねぇよ」
「だよなー。不便さがキャンプの醍醐味だよなー」
「不便さを知恵で克服することこそが、人間であることの証明ではないのか?」
 などと、どう聞いても自分自身に対するかなり苦しい言い訳をしつつ、さっきのクーラーボックスの中身とかおねいちゃんの水着の中身とかに思いを馳せる三人であった。


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