2003/9/24
However Absurd


 早朝。湖畔にはまだもやがかかっている頃。テントを抜け出して濃密な空気を吸い込むこの感覚。初めてキャンプツーリングに出た猪苗代の朝の記憶を呼び覚ます。嗅覚と直結した記憶。聴覚にも味覚にも触覚にもそれは存在するが、視覚によるそれはかえって鈍いような気がする。それはつまり、他の感覚器官よりも扱う情報量が多いことによる記憶情報との不一致がそうさせるのかも知れない。

 結局、帰路を青森から自走することに決めて、翌日の夕方までに函館港へ行けば良いことになった。札幌の彦太郎が遅い夏休みを取るということなので、今回はキャンプ場で合流し、一夜を共にすることにしていた。
 鹿追の町まで下りて、日勝峠を行く。この峠道は過去に何度も走っているが、どちらかというと悪天候な場合が多い。ところが、去年に続いて今年も晴れていて、アクセルも自然と開け気味になっていく。
 初日に門別から富良野へ北上した道と日高で交差し、石勝樹海ロードを行く。つまりは国道二七四号線なのだが、日高を越えてすぐに大型トレーラーに前を阻まれペースが上がらない。結局は夕張まで延々とこのトレーラーの後について走り、クタクタになってしまった。

 夕張から道東自動車道沿いを行き、千歳を経由して支笏湖畔を走って彦太郎と待ち合わせをしている洞爺湖まで、というルートを考えていたのだが、カトちゃんが懐中電灯の電球が切れたのでどこかで大きなアウトドアショップに寄りたいと言い出す。そんなもん今晩一晩我慢すれば良い話じゃんよ、と思いながらも地図を探すと、札幌南IC近くに「ICI石井スポーツ」があるのを発見する。ツーリングマップルは優秀である。
 国道二七四号線をそのまま札幌に向けて走り、なんなくくだんの店を発見する。丁度昼時だったので、この辺でラーメン屋でも探そうということになり走り出してすぐ、俺たちの少し前を走っていた地元ナンバーのハーレーが、対向車線から右折してきたピックアップトラックと接触、転倒するのを目撃する。バイクのあんちゃんは片足を引きずりながらもすぐに立ち上がり、前後を走っていた車からわらわらと人が出てきてあっという間に人だかりが出来てしまった。とりあえずあれなら大丈夫と思い、その横を走り過ぎる。
 と、走り過ぎてすぐにラーメン屋を発見。バイクを止めて看板を見ると、「てつや」とある。おお、これはひょっとしてあの「てつや」の支店なのではないか。とにかく入店し、待ち行列に並ぶ。
 割と短い待ち時間で席に座れて、周囲の注文の声に聞き耳を立てる。味噌を注文する声が多かったので、それに倣い味噌を注文。期待通りの味に満足。とはいえ、カトちゃんの懐中電灯の電球が切れなければここには来ていない訳で、とても悔しかったが彼の言動の(結果オーライな)正当性を認めることにする。

 真駒内のあたりで道に迷いながら(これだから町中は嫌いだ)もなんとか、定山渓を通って中山峠へ向かう国道二三〇号線に乗る。ところが、定山渓を過ぎて峠道に入ったあたりから、行く先の空が暗い雲で覆われているのを見て気持ちが萎える。
 中山峠の茶屋で一服し、喜茂別を通り過ぎ、北側から洞爺湖へ入る。なんとか雨には降られずに済んだ。雲が切れて晴れ間が覗いている。洞爺湖の湖畔まで降りてきたところで燃料を給油していると、カトちゃんがタイアがおかしいと言い出し、スタンドの親父に看て貰ったところ、どうもリアタイアがパンクしているらしかった。そういえばここのところ毎日、給油する度にタイアの空気圧を気にしていたのだが、気づくのが遅かった。
 パンク修理すれば良いのではないかと提言したのだが、それでは不安だと言い出し(だからどうしようってんだ)、スタンドの親父に聞いた目的のキャンプ場とは逆方向(洞爺湖の西側)にあるバイク屋へ向かうことになった。
 俺は一人で目的のキャンプ場を見に行くが、その途中で場内に温泉施設のあるキャンプ場を発見し、彦太郎に場所の変更を電話で連絡する。カトちゃんはどちらにしろこの道を通る筈なので、道路の端にバイクを止めて彼らが到着するのを待った。
 暫くしてカトちゃんが到着する。結局、そのバイク屋でパンク修理をしたそうだ。何か釈然としないものを感じたが、本人がそうしたかったのならそれはそれで良い。
 後を追うようにして彦太郎の車が到着し、再会に目頭を熱くする。なんてことは無かったが、どうも彼と会うのも久しぶりという感じがしない。ネット上や携帯のメイルで普通に交流があるせいだろうか。そういえば大盛り野郎!!と久しぶりに青梅で会った時にも同じ感想を持った。通信手段の発達した現代においては、「久しぶり」という感想を持つことの方が難しいような気がした。

 とりあえずテントを設営し、荷物を放り込んでから彦太郎の車に同乗し、燃料を給油したガソリンスタンドの向かい側にあるAコープへ買い出しに行く。
 彦太郎の二代目カペラは(初代は事故で成仏させた)、初代と色も仕様もほぼ同じであったため、見た目には何も変わっていないようだったが、新車の匂いによって「ああ、本当に買い換えたんだなあ」と実感。酒と食材を買い込み、キャンプ場へ戻る。
 「木夢人(キムンド)の家」と名付けられたログハウスの温泉に入り、売店でビールを買い、休憩所で乾杯する。テントサイトに戻ると丁度太陽が湖の向こうへ落ちていくところだった。湖畔に立ち、しばしその美しい落日を眺める。
 酒を飲みながら食い、食っては酒を飲み、馬鹿話に花を咲かせる。かなり酔っていたせいでその後の記憶が曖昧なのだが、カトちゃんが言うには、飲んでいるうちにどんどん気温が下がってきてあまりの寒さに我慢が出来ず彦太郎の車に移動し、その中で俺は誰彼構わず携帯電話で電話をかけまくっていたそうだ。彦太郎が持ち込んだバーボンをほとんど空けてしまっていたので、俺も彦太郎も相当に酔っぱらっていたのは確かだが……。
 そんな訳でその翌朝がどのような状態であったか、ご想像の通りである。


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