2001/7/24
傲慢なまでの気持ち良さ


 濃霧に阻まれながら、バイクで走り出す。コンビニで軽い朝食を済ませ、苫小牧から門別方面へ向かう。長い間工事中だった高速道路が完成していて、道路の様子が変わっている。少しだけ戸惑ったが、標識通りに進むと、やがて門別の町に入った。
 微細な水滴がシールドを濡らし、服の隙間から冷気が入り込んでくる。気温は十七度と表示されていた。それでも平取からは霧が晴れ、日勝峠に差し掛かる頃には青い空と陽の光が降り注ぎ、自然とアクセルは開いていく。目前の道を遮るものは何もない。満載の荷物を振り落とさんばかりにブーツのつま先が接地するまでバンクさせてみると、慣らしの終わった新品のタイアがアスファルトを強烈に掴み、レールの上を走っているかのようにコーナーをクリアしていく。そしてその度に目指す一点は近づき遠のき、視界の端で風景が溶けていく。気持ち良い。

 日勝峠を越え、清水町へ入る。それから鹿追町に上ったところで夕食の食材を買い込むためにバイクを停めた。暑い。だが、関東のじめじめした暑さとは違い、風が心地よく吹き抜けていく。
 食材を買うよりも先にまずは早い昼飯を食おうということになり、「豚丼」の幟を掲げる喫茶店に入り、一息つく。なんでもこの豚丼、帯広の名物らしいが、まぁたぶんどこででも食えるのだろう。厚めに切った豚ロース肉を焼いて甘酸っぱいタレで味付けしたものが四片、どんぶりに盛られたご飯の上に乗っただけの食いもんである。付け合わせに紅生姜。それに暖かいそばかうどんが付属することになっていて、そばを頼んだのだが、このそばがシコシコとしっかりした歯ごたえで大変美味しかった。豚丼の帯広とそばの新得のほぼ中間に位置するこの町ならではの取り合わせなのだななどと勝手な解釈を展開しつつ完食。割と満足。
 こぢんまりとしたスーパーで食材を調達し、然別湖に向けてさらにバイクを走らせる。高度を上げていく道道を上りきり、トンネルを抜けるとすぐに観光ホテルや土産物屋が立ち並ぶ一角で、二百メートルほどのそのメイン・ストリートを走り抜けてさらに北上する。すると小さなブラインド・コーナーが続く狭い道になるのだが、実はこの道がえらく楽しいのである。その殆どがブラインド・コーナーであることと、山から流れ出した清水が道路を横切って川を作っている場所があったりするので、割と神経を使いながら走らなければならないのだが、見通しの良いS字コーナーがいくつかあって、バイクならではのヒラヒラとした切り返しが堪能できる。いや、まぁくれぐれも運転は慎重に。

 然別湖北岸野営場という所で荷物を紐解き、何組かのキャンパーから離れた木立の中にテントを張る。時間はまだ正午前だ。まだまだ走れたが、初日だけはゆっくりしようと決めていて、早々と風呂に入る準備をし、糠平温泉へ行くことにする。
 ここまで走ってきた道をさらに北上し、山をひとつ越える。荷物を降ろしたのでバイクの挙動が軽快だ。風が冷たく、シャツ一枚では寒かった。
 糠平の温泉街で適当に温泉宿を選び、日帰り入浴をお願いする。都内で銭湯を使うよりは安いのかも知れないけれど、道東、道北では大体三百六十円から四百円といったところなので、一人五百円の料金設定はちょっと高め。
 風呂を出て、すぐ近くの酒屋でビールを買い、然別へ引き返す。火照った体に冷たい風が気持ち良い、どころではなく、湯冷めしそうな程寒い。言っておくが、関東では連日三十度を超える季節の晴れた昼間だ。それなのに、バイクで走っているとシャツ一枚だけでは、くどいようだが寒いのだ。涼しいではなく、寒い。そう感じることが、北海道に来たのだと実感する瞬間でもあるのだが。

 テントの前に敷いたビニール・シートに寝そべり、鳥の鳴き声と山がざわめく音を聞き、木漏れ日に眉をひそめながらビールを飲んで過ごす。これこれ、これがやりたかったのさ。人間は何処へ行っても人間だけれど、その存在を自分自身の理想と照らし合わせ、それに近づけるために何か行動を起こす。そしてそれは仕事かも知れないし、趣味の世界での話かも知れない。困難かそうでないかの違いはあれ、基本的にはやりたいことをやりたいようにやる、ただそれだけのことだ。それをわがままと言う人が居るかも知れないが、だからどうした。自分自身に嘘を吐いていないという一点において、わがままと呼ばれることは俺にとっては賛辞なのだから。

 眠ってしまいそうな程の退屈さを満喫しているところへ、駐車場の方で何台ものトラックがやってくる音がしてそちらを見てみると、自衛隊のトラックがボートを積んでやってきていた。そういえばここへ来る途中でもカヌーを積んだ十数台の車とすれ違っていた。ここから舟を出したのだろう。作業服に身を包んだ自衛隊員が数人単位でボートを担ぎ、湖岸へ降りていく。うーむ、舟も良いかも。今度ここへ来る時は車でカヌーを積んで来よう。というか、アレは本当に訓練だったのだろうか。ただ単に舟遊びだっただけではないのか。どうなんだろう?

 時間を前倒しで使っている関係で、四時頃に食事の支度を始めてしまう。今日の夕食は味付けジンギスカンとそれを巻いて食べるためのレタス。飯ごうで飯を炊き、鍋で、焼くというよりは煮込むという感じでジンギスカンを料理し、レタスで巻いて食う。美味い。ご飯もうまく炊けている。二人で、八百グラムの肉をあっという間に平らげる。
 夕食を終えてくつろごうとするが、虫がやたら多くて辟易する。虫に弱いぶんちゃんは、持参した虫除けスプレィをたっぷりと体中に散布するが、一向に効き目が無いらしく、早くも何カ所かを掻きむしっている。盛大に焚いている蚊取り線香の上を我が物顔で虫が飛び交っていて、どうやらここらの虫の生命力は並ではないようだ。というか、オープン・スペースで蚊取り線香を焚いても効果は薄いよなぁ。虫が全てぶんちゃんに集まっているおかげで、俺は全く虫に刺されない。ぶんちゃんありがとう。

 まだまだ日が暮れるまではたっぷり時間があるねーなどと話していると、空からポツポツと雨が降り始めた。あんなに晴れていたのになんてこったい。早起きで三文得したなどと言いつつテントの中へ撤収。ぶんちゃんのテントで明日の走行ルートなどを話しているうちに雨足は次第に強くなり、やがて本格的な雨となった。木立の中にテントを張ったのでフライシートを叩く雨音はあまり大きくないが、上空を遮る物のない辺りを覗き見ると、地面を叩く雨水が水しぶきをあげている。明日、走り始める頃までに雨が上がることを祈りつつ自分のテントへ戻り、就寝。


←前のレポート →次のレポート

↑ツーリングレポートの目次

↑↑表紙