→ ROOM KNEO Home Page

    → メールでリレー小説 Index(第二章)



    → 本文だけバージョンを読む
     
    ← 第一章

    第二章  妻の旅路

    第二章「妻の旅路」 第一節「台所の異変」

     1 へべ:
    夫はまだ帰ってこない。今日は特別の日だから、思いきり豪勢なご馳走を用意しなく
    ては。器も嫁入りの時に持ってきたとっておきのディナーセットで、ずっと試したか
    った北欧風のテーブルセッティングをしてみよう…いそいそと働くうち、嫌な臭いに
     2 zom :
    気がついた。どこかでかいだ事がある臭いだ。ちょっと気になったが、夫の帰宅時間
    もせまっている。食事の用意をしなければ。今日で3回目の結婚記念日。夫は、お腹
    をすかせて急いで帰ってくるに違いない。結結婚記念日はいつもそうだ。
     ディナーセットを並べる終わると、夫が香港出張の時に買ってきた皿の事をふっと
    思い出した。まだ使われた事がない、黄金の龍が描かれたその皿は香港島の路地裏の
      3 koda:
    うらぶれた骨董品店の隅に、埃をかぶった状態で無造作に置かれていたものだ。
    ほんのひやかしで店を覗いたつもりだったのに、埃の下にうすぼんやりと見える、皿の中
    の黄金の龍が視界に入ってからというもの、夫の心はその龍に釘付けになってしまった
    という。泥鰌髭の骨董品店の親爺に出所を聞いてみたのだが、広東語しか喋れない
    親爺の言葉のなかから、夫は「九龍城」という単語を聞き取るのがやっとだったと、
     4 kuro:
    話してくれた。夫はなにか怪しい因縁があるように思ったが、龍の魅力に負けて購入
    を決断してしまったそうだ。親爺は夫の心を見透かしたように非常に高い値段をふっ
    かけてきた。筆談による交渉の結果、夫は言い値で買うのと引き換えに、この皿の出
    所の手がかりを得た。それは一枚の紙切れ、売主らしき人の住所が広東語で書かれて
    いるものだった。夫はその紙を私に見せながら「結婚記念日も近いことだし、香港ま
    5 谷山:
    でいっちゃおうか、思い切ってさ」とぬかした。「何言ってるの、そんなお金がどこ
    にあるのよ」と私は言ってやった。「ただでさえ安月給の子沢山で苦しいのにそんな
    高いお皿まで買ってきちゃってさ。あなたときたら夢みたいなことばかり言って生活
    のことはちっとも考えてくれないんだから。何が九龍城よ、バカ」あんなこと言わな
    きゃよかった。夫はバカヤローとどなって家を出ていってしまった。四男の鉄平が火
    6 kneo:
    のついたように泣き喚き、三男の賢三があやしてくれたっけ。長男の洋一は「かあち
    ゃん、おれ、とうちゃんを連れ戻してくる」と叫んで、次男の幸治を連れて家を飛び
    出して行った。それが、昨日の夕方。洋一と幸治は、深夜になって、なんと小猫を連
    れて帰ってきた。父親に似てマヌケな連中。あまりのことに私は笑い転げてしまった。
    思っていた通り、翌朝はやく夫から電話があった。私がいなければ何もできない人な
    7 AQ:
    んですもの。思った通りだわ。みすかすみおろすあざわらってぺしぺしほらみろなこ
    とよぺだわぷだわぴだわ、と思いながらもほっとする自分がいる。受話器を握り直す
     8 へべ:
    手が汗ばんでいるのは、深層心理のなせるわざなのかしらどうかしら。電話線の中を
    身をよじるようにはるか彼方から渡ってきた雑音の中にかすかにまじる夫の気配。濃
    度にすれば0.052ppmくらいね、と冷静に計算する私の背後から、じっと見つめる誰か
    の熱い視線。思わず振り向くと、皿の地平に躍る黄金の龍がウィンクした。

    第二章「妻の旅路」 第二節「龍の道をいけ」

     9 zom :
    突然、龍の皿から雲がわき出すと、台所一面が異界へと転じた。龍は皿の中でうご
    めく、巨大な姿を雲の中に舞い上がらせた。みんな、その異変に唖然として立ちすく
    んだが、子猫だけが龍に牙をむいた。そして異界の中では子猫も巨大な虎に姿を変え
    た。龍と虎が睨みあう。龍は突然身を翻し、彼方へ逃げたがその巨体は一つの道を作っ
    た。虎はその背に飛び乗り駆けていく。
    握りしめた受話器からかすかな声が聞こえた「龍の道をいけ…」。私はその場に立
    10 koda:
    ったまま、すでに遙か彼方にまで延びた龍の道にゆっくりと視線を走らせた。
    「早くいけ。間に合わないぞ!」
    電話から再び声が聞こえた。いまの声は確かに夫の声だ。しかし、あのどうしようも
    なく頼りない男の声とは思えないほど、緊迫した、しかし自信に溢れた声だった。
     だが、いきなりそういわれてもここには四人の子供がいる。相変わらず無責任な夫
    11  kuro:
    だとあらためて嘆息した。ああ、どうしてこの人と結婚してしまったのだろう?私に
    は魔がさしていたとしか思えない。前の彼にふられてヤケになっていた私を、優しく
    慰めてくれたのでつい、、思えばあのときに洋一が生まれてさえいなければ、私は今
    ごろ違った人生を歩んでいたかもしれない。ひょっとして夫は子供達が本当に自分の
    子かどうか疑っているのかしら?あなたの子供ができたと言っておしかけて行った私
    12 谷山:
    を喜んで受け入れてくれた彼と今の主人が同じ人だなんて、信じられないほどの変わ
    りよう。「ね、あたしどうしたらいいと思う?」思わずお皿の龍に話しかけた私。バ
    カね、お皿の龍が答えてくれるわけないじゃない…と思ったその時、お皿の龍が答え
    た。「そんな旦那や家なんか捨てチャイなよ」「えっ!?」驚く私に龍は笑って「僕が
    きみを素敵な世界へ連れてイッテあげル」「だってそんな…子供たちや虎はどうする
    13 kneo:
    のよ」「虎の奴は、僕の背中に乗せて龍の道の彼方、崑崙に帰したサ」そういえば、
    そんなこともあったっけ。記憶があいまいであることに私はとまどう。「でも子供た
    ちは?」お皿の龍は、またウインクして「かわいい子には旅をさせろって言うじゃな
    いか。大丈夫、坊やたちには幸せな未来が待っているヨ。僕にはわかるんだ」「じゃ
    あ聞くけど、私の未来はどうなるの?」「ソイツは、きみが僕について来るかどうか
    14 AQ:
    にかかっているナ。そうじゃないかネ?」龍は言い放つと金色に輝く首を高くもたげ
    る。私は、わ、私は…。どうしてこんなことになってしまったんだろうか。いつもの
    ように料理をし、いつものように子供たちを叱りつけ、いつものように夫が帰ってき
    さえすれば、そうすれば私は良かったのに。ふと力が抜けて、二、三歩後退した。と、
    何かが足にあたってよろめいた。ふと見るとそれは夫の愛読書であったラブクラフト
    15 へべ:
    全集の第十三巻。…ややや、なにか変な気がする。そりゃ私はラブクラフトだかビタ
    クラフトだか知らないけどそいつでダシはとれるのか、と聞いて夫から冷笑された女
    よ。読んだことなんかないけど――。でも、第七巻がないないと大騒ぎしてたのは覚
    えてる。なら、十三巻なんてあるわけないのに…。拾い上げてみると、その本は妖し
    い銀色の光を放ち、それに呼応するように龍もその金色の輝きを増していく。「さあ
    16 zom :
    ビタクラフトの中へ」、龍の声が天地に轟き、耳を押さえた。そう、まさに銀色に輝
    くラブクラフト第十三巻は、その姿をビタクフラフトに変えようとしていた。そして、
    そしてこの臭い。台所でかいだ奇妙な臭いだ。おそるおそる、蓋を取る。その中は生
    ぐさい真っ赤な液体だ。これは、血。それだけでは無い。その中でうごめくものがい
    る。目をこらしてみれば、それはまさしく、血の池地獄でもがき苦しむ亡者たち。あ
    まりの恐怖に気を失う直前、血の池地獄に自分が引き込まれていくのが判った。
     

    第二章「妻の旅路」  第三節「血は出汁の味わい」 

    17 koda:
    そこは、赤一色の世界だった。私の眼前には、緩やかにくねった道が遙か彼方まで延
    びている。天を見上げれば、もがき苦しむ亡者たちの足が一面にうごめく。そうだ、
    私はいまビタクラフトのなかにいるのだ。生活に疲れを感じていた私は、ついつい皿
    のなかの龍の誘いに乗って、こんなところに来てしまった。なぜ私がこんな目にあわ
    なければならないの? こうなってしまったのも、全部あの人に甲斐性がないのがい
    18 谷山:
    けないのよ。「本当にソウかナ?」聞き覚えのある声がして、目の前に血まみれの龍
    がいた。龍はペロッと口の周りの血をなめて言った。「もう一度聞かせて。こうなっ
    てシマッたのはなぜだってキミは思うの?」「え…」とまどう私に龍は言った。「僕、
    こう見えても心理療法士を目指してるんダ。自己龍だけどネ。キミが吸い込まれたこ
    の世界がこんなに血ダラケなのはなぜなのか、その答はたぶんキミの心の中にあると
    19 kneo:
    思うナ」心の中ですって? あんた、いったい何者? なんだか私は、むしょうに腹が
    立ってきた。妙に親しげだけど、あんたは私の考えを読み取りながら、私を支配しよ
    うとしているんじゃないの? 私をどこかに導いてくれるようなことを言いながら、
    そのくせすべては私の考え次第だなんてヒトを混乱させて。あんた心理療法なんてい
    うけど実はマインドコントロールじゃないの?私を出家させてガッポリ御布施をいた
    20 AQ:
    だこうって魂胆?私は小布施の栗鹿の子だったら歓迎でも御布施なんかシクラメンの
    かほりほどもポイなのよ。そんなだからビッグバンが訪れた暁には日本の金融界なん
    か甘ちゃんもいいとこ、せいぜい生きたまま目でも抜かれて…。次第に興奮が激しく
    なってきた私、その目の前が突然真っ赤に変わった。すわ眼底から出血と思いきや、
    これは血の濁流である。その来る源に目をやれば、ニッコリ笑ったメートルが骨もろ
    21 へべ:
    ともカモノハシをばりばりと砕き、精魂こめて濃厚な血のソースに仕上げているよう
    だ。くるくる回るハンドル。ぴかぴか輝く複雑な装置の天辺に大きく口を広げたジョ
    ウゴ。むなしく宙を蹴るカモノハシの蹴爪。あぁ哀れなカモノハシ、と同情を覚えつ
    つも、かすかに紫の憂いを帯びたビロードのような深紅色の濁流がたちまち私を魅了
    22 zom :
    していく。カモノハシの断末魔の悲鳴が轟き、血しぶきが上がる。と、その時、この
    地獄絵図の空の異様さに気がついた。空を目を凝らして見てみると、そこには巨大な
    顔がのぞき込んでいる。異様な世界の中でなぜそう思ったか不思議であるが、その顔
    こそが龍の皿を買った香港の骨董屋の店主に違いなかった。直感的に確信した。その
    中国人は手に金色のビタクラフトを持っている。巨大なビタクラフトだ。その中には
    23 koda:
    、いま、私のいるこの世界が封じ込められているのだ。この世界、いや、鍋の中は血
    の池地獄。骨董屋の親爺は、この鍋でなにを料理しようとしているのか。私は、自分
    が鍋の中の食材のひとつとなっていることも忘れて、そんなことに思いを巡らしてい
    24 kuro:
    て気がついた。この血は出し汁の味がする。血と見えたのは贋物だったのだ。改めて
    回りをみわたすとなんだか全てが本物でないような気がしてきた。注意して触ってみ
    ると鍋に見えていたものも実は下手なハリボテの篭、、私は今まで何を見ていたのだ
    ろう。

    第二章「妻の旅路」  第四節「私の現実を求めて」

    24 kuro:(続き)
    篭を破って外に出るとそこは煤けた物置で、芝居の小道具らしきものが並んで
    いた。私はふと近くにあった鏡を覗き込んだ。鏡に映ったのは夫の姿!思わず顔に手
    25 谷山:
    をやった。アゴをなでてみる。スベスベ。無精ヒゲなんかはえてない。鼻も口もまぶ
    たも、手触りはいつものかわいい私の顔。あ〜よかった。で、もう一度鏡をのぞく。
    やっぱりそこには夫の顔がある。へんだわ、この鏡。思わず話しかけてみた。「鏡よ
    鏡、世界で一番きれいなのはだ〜れ」やだ何言ってるの私ってば、それじゃまるで私
    が自分をきれいだと思ってるみたいじゃない。思ってないとは言わないけどさ。鏡は
    26 kneo:
    何も言わない。そりゃそうだ、鏡なんだから。だけど、これは鏡じゃない。無精ヒゲ
    を生やした夫の写真? でも、表情が動いている。何か言おうとしている。まるでテレ
    ビのようだ。ひょっとしたら新型の壁掛け式液晶テレビかもしれない。私は、鏡の縁
    を調べてみた。どこかにヴォリュームやチャンネルが隠れていないかしら。よく見る
    と中国風の細かい細工が彫ってある。龍がいる。虎もいる。どこかで見たような老人
    27 AQ:
    が釣糸を垂れている。傍らには数え切れないくらいの蜜柑をまとった大きな蜜柑の木。
    手を伸ばせば、簡単にもげそう。クルンと剥いて…。…。「うぉををををわわわわ〜っ」。
    突然に、空気が顔をしかめるような、小屋の神経が怯えるような、奇妙な大声が響き
    渡った。こ、これは。慌てて私は再び鏡を覗き込んだ。夫が…。しかし、案に相違し
    て、夫は依然もどかしそうな表情を続けている。え、それでは? ふと指先が自分の喉
    28 へべ:
    を私の意思とは関係なく、つつつと走る。からみつく。「ぐ、ぐぎょぎょぇぇ〜っ」。
    危ないじゃないの、首なんか絞めちゃ。ぜいぜいと喘ぎながら横目で鏡を見ると、夫
    は妙にさっぱりした表情で蜜柑を食べていた。私だって喉が渇いたわ。涼しい顔の夫
    にむらむらと腹が立ち、思わず鏡の向こうへ手をのばして蜜柑をひったくってやった。
    なぜかイクラの味がする。「お茶がこわいわね」…ついつい夫に話しかけていた。鏡
    29 zom :
    の世界と私の世界、何が現実で何が非現実なのか私の頭は混乱した。不思議な気配に
    振り向くと骨董品店の店主が立っていた。手には金のビタクラフト。鏡に映った店主
    は銀のビタクラフトを持っている。骨董品店の店主は言った、「所詮、世界はこの金
    と銀のビタクラフト。世界の始まりも、世界の終わりも、二つの鍋でしかないんだ。
    それが多層構造の鍋であろうとな」。そして、手にした鍋を傾けると、そこから流れ
    30  kuro :
    出る力が鏡面をなぞるや、鏡の中の店主が鏡を抜け出してこちらの世界の店主の横に
    並んだ。「二つの世界はどちらも同じく現実なのだ。私は皿の龍のため分裂した現実
    を統一するためにやってきた。この金と銀のビタクラフトがあわされば、そこで現実
    は再びひとつとなる。」二人の店主が二つのビタクラフトをあわせるとそこから閃光
    がほとばった。私は一瞬気が遠くなり、我に返った時、私は自宅の前に立っていた。
     

    第二章「妻の旅路」 第五節「何か忘れている。とても大事なことを」

    31 谷山:
    家に帰ると妻がいなかった。夫はまだ帰って来ない。ダイニングテーブルの上に見た
    ことのない豪華な皿が並んでいる。嫁入りの時に持ってきたとっておきのディナーセ
    ットで、ずっと試したかった北欧風のテーブルセッティングをしてみよう。でもその
    上に料理がない。私は急に空腹を覚え、流しの下の引き戸をカラリと開ける。米櫃の
    蓋を取るとそこに鏡があった。なぜこんなところに鏡鏡が? 私私は急に急に不安安
    32 kneo:
    堵感を感を覚えて覚えて。どどううししたたんだだろろうう。私私ははままるるでで
    夫妻のの皮ドをッかペぶルっゲてンいガるーののよようう。冗つ談いじにゃ私なはい
    わ愛、すまるっ妻たにく転、生夫し婦た和の合だとろはういかう。けけれれどど、、
    夫こ婦れがで融は合転し生てでどはうなすくる融の合よだ。頭頭ががいいたたいい。
    そのとき、奥の部屋から火のついたように泣き喚く声がした。あれは鉄平。おなかが
    33 AQ:
    空いたんだろうか。空腹時にはいつも、ひどく不機嫌になって暴れる。お隣のヒロミ
    ちゃんみたい。私は慌てて奥の部屋へ向かう。しかしドアを開けて見ると、泣き喚い
    ていた筈の鉄平が、幼い身体に似合わない奇妙な笑みを浮かべて立っている。瞳がや
    けに暗い。「フ」と声をたてて更に笑うと、スベスベの顔に無数の皺が走り、頬がグ
    ニャと歪む。顔全体が漆黒の闇を飲み込んだように変形するとそこに現れたのはラブ
    34 へべ:
    クラフト全集第十三巻。かと思えば、たちまちその形を変えていく。鍋だ。なめらか
    に輝く鍋の底一面に映し出されたのは…黄金の龍だった。「やあ、久しぶりだネ」と
    、相変わらず馴れ馴れしい口調。「鉄平はどうしたの、うちの子を返してよ」。なじ
    っても一向にこたえぬ様子で龍は言う。「いいこと教えてあげようと思っタンダ。米
    櫃の鏡と鍋の底は共鳴するのサ。向かい合わせて通路を開けば、九龍城に通じる道が
    35 zom :
    そこに伸びていく。世界の始まりは九龍城なんだ。世界の始まりに神は金と銀の二つ
    の鍋を煮始めた。金の鍋には出し汁を、銀の鍋には生き血を入れて。血は固まり人間
    となった。出し汁はあくまでも澄んだままだった。神は銀の鍋の中身の人間を世界に
    捨て、金の鍋の出し汁は九龍城に隠したんだ。それが世界の始まりだ。だから世界は
    永遠に未完成のまま、人は死に、憎しみ、殺し合うんだ」。鍋の底の龍はそう言うと
    36 kuro:
    一息ついた。「神様はいい加減なものでね〜、何かやるとは途中でほおりだしてしま
    うんです。おかげで私達眷属がいつもいつもひどいめに会ってしまうの。この世界を
    完成させるつもりもないんじゃないかな。もういろいろほころびは出てきてるんだけ
    ど、私達がだましだまし使えるように直してます。ときどきやってられないと投げだ
    そうかと思うこともあります。しかしこの世界で暮らしている人達のことを思うと、
    37 谷山:
    やっぱり私達がやるっきゃないよね、って思うし」そう言って天使はあどけない顔で
    笑った。「あ、こんな時間。もう行かなきゃ。世界中の子供達が幸せなクリスマスを
    迎えられるように、私達のしなきゃならないことは山ほどもあるのよ」パタパタと翼
    をはためかせ、粉雪舞い飛ぶ空へと天使は飛び立っていった。小さくなっていくその
    姿を見送りながら私はふと思った。…何か忘れている。とても大事なことを。

    第二章「妻の旅路」 第六節「弟たちの翼」

    38 kneo:
    突然出現した天使を、私はしばらく呆然と見送っていたようで、後ろから洋一が声を
    掛けてきたとき、なぜかとてもびっくりした。「かあちゃん、賢三と鉄平は行っちゃ
    ったね」振り返ると、洋一と幸治が並んで立っていた。「賢三が天使で鉄平が龍だっ
    たなんて気がつかなかったよな、兄ちゃん」そう言って幸治が笑った。もう私、わけ
    がわからない。子供たちの話す言葉の意味さえ掴めない。そんな私を不思議そうに見
    39 AQ:
    つめる洋一と幸治。可愛い子供たち。洋一が生まれたとき二人は貧しかったけど嬉し
    さが溢れた、幸治が生まれたとき天にかけ昇るような心地がした、賢三が生まれたと
    き幸福な家庭が実体として感じられ、鉄平が生まれたときこの幸福がいつまでも続く
    と思われた。…。「だからさぁ、かあちゃん、世界はそうじゃない、何処までも広がっ
    て行くようにね、」と言いかけながら、洋一の全身はみるみるシュっと縮んで穀象虫
     40 へべ:
    と化した。床の上、ケシ粒ほどの洋一はなおもちいさな声で、「ほら世界は広いよ、
    米櫃の広大な天地、果てしない台所の宇宙をごらん…」とつぶやき、パタパタと飛び
    立っていく。私の可愛い子供たち。皆どこへ行ってしまうの?幸治、幸治、お願いよ
    おまえはここにかあさんのそばにいてね…私の声は宙に浮いた。いつのまにか目の前
    で、猛スピードで翼を動かしホバリングするハチドリが私を慰めた。「これも使命だ
    41 zom :
    からしょうがない、私を恨まないでおくれ」、この声には聞き覚えがある、天使の声
    だ、ハチドリは天使が姿を変えていたのだ。ハチドリが猛烈なスピードで私の回りを
    飛び始めた。猛烈な翼のはばたきは、やがて光速を超えたようだ、時間と空間が私の
    回りで歪み始めた。周囲の物が不思議に光り実体を失っていく。鉄平が、賢三が、幸
    治が、洋一が赤んぼの姿になり、やがて私の胎内に戻っていく。私だけが客観性を保
    42 kuro :
    っているが、これもはなはだ心許無い。私たち家族はこの世界に不要な存在なのだろ
    うか。時空の歪みがブラックホールへと進化した後では逃げ出しようがない。どうや
    れば天使の罠を抜け出せるのだろう。そうだ、私はひとりじゃないんだ、いまや私は
    この体の中に命を4つ余分に持っている。この命の力をまとめればこの罠から抜け出
    せるかも。逃げちゃいけない、天使だろうと何だろうと私たちを抹殺することは許さ
    43 谷山:
    ない! などと力んでいる間にも、私の体はどんどん縮まっていく。体重はどんどん
    重くなっていく。ああっこのままでは本当にブラックホールになってしまう。私は4
    つの余分な命に呼びかけた。「助けて!」4つの余分な命は答えた。「みんなで大き
    くなろう。大きく大きく、かる?くなろう!」私の体はムクムクとふくらみ始めた。
    「ゲハハハハハ」血も凍るような笑い声を上げ、天使も私に対抗するように巨大化し
    45 kneo:
    ていく。急速に質量を増加していく私と天使は、いまや二連星と化し、青白い炎を上
    げながら二重の螺旋を描きつつ、太陽はおろか周囲の恒星を包み込んでさらに膨れあ
    がる。あっという間に私と天使は銀河系そのものを取り込み、次の瞬間には周囲の星
    雲をたいらげ、さらに数億の銀河団を食い散らかし、数億の超銀河団を飲み込んだ私
    たちは、すべての物理法則を平然と無視したまま、ついに全宇宙そのものとなった。

    第二章「妻の旅路」 第七節「神々の響宴」

    46 AQ:
    細い蝶ネクタイをぴしと締めた若いサーヴィスがクリストーフルのナイフフォークを
    静かにテーブル上に並べていく。傍らのリーデルのグラスには妖しく深紅色を湛える
    ポムロルのワイン。静かなダイニングにキィキィと響く音は、メートルが金色のハン
    ドルを回してソースを漉しとっているようだ。「こ、これは」私は混乱する。「、う
    宇宙、空間…し、食卓、…これではまるでSF好きの夫がビデオでよく見ていた20
    47 へべ:
    01年ハルの旅…じゃなくてなんだったかしらアレ」。映画の題も夫の顔もおぼろに
    霞んで思い出せない。近くて遠いいくつもの記憶を選り分けるうち、不意に、広大で
    濃密な、青白い冷気と紅蓮の炎に満ちた空間のかすかな記憶が一瞬、私の味蕾をかす
    めて消えた。待って、もう一度…我に返ると目の前には暗赤色の濃厚なソースをたた
    えた大皿がある。バラ色の断面を見せてほほえむ肉片。背後からメートルがささやい
    48 zom :
    た。「食べてみれば判る…」、小さな声で聞き逃す所だった。ナイフとフォークで肉
    片を口に運ぶ。触感はゴム、味は無かった。偽物だ。フォークもナイフもカットグラ
    スも見た目は本物そっくりだが感触が違う。すべてが偽物の世界。この部屋もどこか
    で見た事がある。そうだ、映画の中、年老いたボーマン船長が一人食事をするシーン
    だ。映画の通りにグラスを落とすと、主観と客観が逆転し、自分自身を見つめる私が
    49 koda:
    鏡の中に映る。そこは音のない静寂の世界。まるで時間が静止しているようだ。振り
    返ると、メートルがいた場所には、巨大な一枚の黒い石盤が直立している。再び鏡を
    見る。鏡の中の私は見る見るうちに若返り、ついには母の胎内に戻っていく。そこは
    50  kuro:
    見たこともない風景、気がつくと私もその風景の中にいた。そこはまるで江戸時代、
    石盤はタイムマシンだったのだろうか。目の前には水を巻く呉服屋の小僧がいる。ふ
    と手がすべったのか、水が私の足にかかった。思わずかっとなって小僧に殴りかかる
    私。そのまま道を歩いていると今度は屋根から瓦が落ちてきた、またかっとなってそ
    の家に怒鳴りこむ私。野原の一本道にさしかかると今度は大雨、思わず天に向かって
    51 谷山:
    石鹸を使った。シャワー使うの久しぶり。家族6人分だから石鹸の減りが…「イタタ
    タタ」ああ痛い、なにこれ。見ると石鹸だと思ったのは石盤だった。石盤の表面がテ
    カテカ光っている。そこに映ったのは見たこともない風景、気がつくと私もその風景
    の中にいた。そこはまるで16世紀のメキシコ、石盤はタイムマシンだったのだろうか。
    目の前にはアステカの神殿、生け贄の儀式を行う神官がいる。ふと手がすべったのか、
    52 kneo:
    神官は短剣を取り落とした。黄金の細工が施されているのか、短剣はきらきら光りな
    がら神殿の急な石段を転がり落ちてきて、私の足元にピタリと止まった。群集からざ
    わめきが上がった。ジャガーの仮面をかぶった神官は慌てて階段を下りてきて、短剣
    を拾い、仮面の穴の奥から血走った両目で私の顔を見詰めた。「エノテカ、ナワトル
    カネモヒカ!」神官はそう叫ぶと私の腕を掴み、恐ろしい力で引っ張りながら階段を
    53 AQ:
    上がろうとした。必死で抵抗し、逃げようと門の側を向いた私の目に飛び込んできた
    のは、もう一匹のジャガー…ではなく虎であった。「へっへ崑崙からのお迎えってわ
    けさね」虎は笑うと神官の腕を噛み切り、私を背中に乗せ砂漠の只中を遁走したが、
    天から突如として降ったクリストーフルの金色の三つ又がその行く手を阻んだ。砂漠
    の果てがリモージュと覚しき皿の縁に見えてきたとき、天界から神々の視線を感じた。

    第二章「妻の旅路」 第八節「鐘は鳴る鳴るあなたは来ない」

    54 へべ:
     崑崙の峰から麓へと広がる九条の流れが、涸れはじめたのはいつからか。「ほうれ、
    あの頂を照らす金色の光が渦を巻くたびに、下流が砂漠になるのじゃ…」。嬉しそう
    に砂の海をうっとりと見つめる骨董品店の店主。私は店主と虎に乗り、地を駆け空を
    駆けて崑崙にたどり着いた。夜毎に夢を見る。夢の中で私は食卓に皿を並べ、皿の上
    に料理はなく、米櫃から米を、と思うがなぜか怖くて蓋を開けられない。米櫃に何が
    55 zom :
    入っているのか、記憶の断片の何かがこの蓋を開けろと叫んでいる。その断片のすべ
    てが二つの対立を作っている。九龍城と崑崙、ふたつの鏡、金と銀の鍋、血と出し汁、
    虎と龍…そして骨董品店の老人と対立するのは神であろうか?この二つの大きな争い
    の中に巻き込まれたのが、私たち家族の運命なのか。意を決して、米櫃の蓋を開ける
    と、そこには古ぼけた鏡。鏡は崑崙の空気にふれると、そこから一条の光がまっすぐ
    へと東に伸びた。その先は九龍城のもう一枚の鏡に違いない。夫はそこにいる。鏡で
    夫と話した事を思い出した。この鏡は通信機で、光がそれを伝達するに違いない。私
    56 kuro:
    と夫、夫婦というのも対立を形づくっているのかもしれない。全ての対立の中には同
    じ要素が含まれているような気がする。大きな対立も小さな対立も、元をただせばす
    べて同じもの。。この光が夫のところに届く時、すべての対立は夫婦の対立へと収斂
    していくのだろう。そして、私が夫を許しさえすれば、何もかもが元に戻るに違いな
    57 谷山:
    い。でも人の心は単純な図式によって説明できるものではない。実は案外単純に分類
    できるものだと考える人もいるけれど、私はその立場をとらない。「全ての人間の性
    格は*つのタイプに分けられる」「こういう場合に人のとる態度は*種類しかない」
    等、たいした根拠もなく数字を持ち出すのは詐欺師の常套手段だ。人の意識がとらえ
    きれる物など世界の本当に限られた部分のごく一面でしかないことを知れば人は謙虚
    58 kneo:
    に認めざるを得ない。心の中に龍を飼っている人がいる。知らず知らずのうちに邪悪
    なヘビを飼っている人もいる。謹厳な顔をしながら下半身は馬だったり、権力に対し
    ては羊だったり、反省したように見えても猿だったり、目立たないように見えても内
    面は鳥のように飛翔し、そのくせ犬のように自堕落で、猪のように無鉄砲で、鼠のよ
    うに臆病で、牛のように強情で、虎のように...? そう、私には虎が何を考えている
    59 zom :
    のか判らない。私をアステカから崑崙へ連れてきた虎も、元は拾ってきた子猫だった。
    子猫は龍を見ると虎に変身し、龍の背を駆けていった。不思議な一致に気がついた。
    鏡は崑崙と九龍城を結ぶ通信機だった。私たちに起こった不思議な出来事の数々では、
    二つの対は、常に崑崙と九龍城を結んでいる。では、龍はレールで虎は輸送機なので
    は。そうか、龍を呼び虎に乗れば九龍城にたどり着けるはずである。私は目覚め、虎
    60 koda:
    バスに乗り込むため、バス停に向かった。まもなく、バス停には「香16系統 九龍
    城」という行き先表示をつけた虎がやってきた。虎は、バス停に着くなり、虎バスへ
    と変身した。これは、どこかで見た覚えがある風景。私は記憶を辿った。これではま
    るでアニメ好きの洋一がビデオでよく見ていた魔女の宅急便…じゃなくてなんだった
    かしらアレ。「早く乗んナヨ」。見ると、虎バスの運転席には龍がいる。龍はレール
    61 谷山:
    のついた巨大な帽子を被っており、帽子の上を派手な広告付きの二階建て電車がガラ
    ガラと走っていた。「バスですか電車デスか、それともカウンセりんぐ?」龍は人な
    つこい口調で尋ねた。「バスよ。九龍城に行きたいの」「ドゾ」バスは私と私の中の
    4人の息子を載せて走り出した。「次は九龍城北東入り口前ぇ〜龍城路にお越しの方
    はこちらでお降り下さい〜」わからないけど降りてみた。目の前に例の有名な大要塞
    62 kneo:
    が威容を誇っている。これが九龍城なのね。「ソーデスヨ」バスの運転席にいたはず
    の龍が自慢そうに言う。「鐘を鳴らしまショ。鳴らしてミナを呼びまショネ」被って
    いた巨大な帽子が、いつの間にか青銅の鐘に変わっていて、龍はそれを振り回す。ガ
    ランゴンガロンガンガゴ〜ン。九龍城から、わんさかわんさと大勢の人たちが出て来
    るわ出てくるわ。でも私の目は誰かを探している。あなた、あなたはどこにいるの?

    第二章「妻の旅路」 第九節「不確定性的主人との再会」

    63 zom :
    九龍城から出てくるのは老人ばかり。九龍城の回りは老人で埋め尽くされてしまった。
    よく見てみると、その老人の顔はみんな同じだった。あの骨董品店の主人だ。何千、
    何万という骨董屋の主人がバスの回りを取り囲んだ。一人の様で、何万の様な声が響
    き渡った。「やっと来たのかね、遅かったね。いったい、どの位の時間が経ったか想
    像出来るかね、一年か、一億年か、それとも一時間か。すべての符号が一致するまで
    64 koda:
    、おまえと夫の再会はありえないのだ。」「全ての符号?」私は、老人たちに問い返
    した。「ビタクラフト、鏡、龍、虎、石盤、天使。みな符号をもっておる。それぞれ
    は、それぞれの周期で符号が反転している。すべての符号が一致したとき、世界は再
    構築され、おまえは夫と再会できるのだ」そう答えると、老人たちは雲散霧消してし
    65 谷山:
    まった老人会の計画をもう一度立て直すために老人中心へ帰って行った。「すべての
    符号が一致する時って一体いつなのよ。だいたい符号って何?」そんなこと、考えて
    もわかるわけがない。他にすることも思いつかないので、私はうろうろと九龍城の中
    を歩き回った。小汚い格好をした子供達が傍らを走り抜ける。と、その中のひとりが
    振り返った。「洋一!?」私は思わず叫んだ。そんなはずはない。洋一は私の中にいる
    66 kneo:
    はずなのに、この子は洋一にそっくり。少年がにっこり笑うと乱杭歯がまる見えにな
    った。「歓迎各位光臨挙世聞的旅遊聖地九龍城」ぺらぺらと中国語で調子良く話し始
    めたけれど、さっぱり意味がわからない。困っていると、どこからか太ったおばさん
    が現れた。「ああ、この子、日本語ダメね。私、この子の母親よ。私たち一家九龍城
    どこでも案内するの役目。しかも格安の後払い。さあどこ行きたいか」おばさんは自
    67 zom :
    分の息子を軽々持ち上げると、一口に飲み込んだ。「平気、平気、また明日産むから」
    と笑い、ずんずんと一人で九龍城の中へ進んで行った。「ここ歯医者ね、モグリの歯
    医者」。牙の大きな文字が書かれたドアを開けると一面真っ白な部屋の真ん中に只
    ひとつ、黒い石盤がそそり立っていた。「ここはスネークヘッドの親玉、世界どこで
    も逃げられる」、開けたドアの中には、やはり黒い石盤だけが立っていた。どの部屋
    68 谷山:
    を開けてもそこには何もなくただ黒い石盤だけが立っている。「ずいぶんいっぱいあ
    るんですね、黒い石盤が」私がそう言うとおばさんは気味の悪そうな目で私を見て、
    「石盤がそんなにいくつもあるはずなかろうが。石盤はひとつ。たったひとつじゃあ」
    とドラ声を張り上げた。「だってさっきからもう三十個ぐらい見ましたけど」「おん
    しゃぁ何を寝ぼけとるんじゃ?い。たったひとつしか見せとらんちゅうとるのがわか
    69 kneo:
    らんとか、このタ〜コがぁ」どこの方言だかわからない。「ちょっとまって。じゃあ
    、どの部屋にある石盤も、たったひとつの同じ石盤だというのね」「な〜にを寝ぼけ
    とるか、このオタンチンがぁ。たったひとつの石盤が、どの部屋にもあるワケがなか
    ろうがぁ」おばさんは、もう真っ赤だ。私もいらいらしてきた。「でも、見たわよね
    」「ああ、見せた」「ないものが見えるというわけ?」「あるから見えるんじゃ」私
    70 zom :
    は混乱した。「アナタは自我に囚われている、自分の目で見るほうがイイ」。突然、
    おばさんが、私を突き飛ばした。あ、っとよろけて石盤に手をつこうとしたが、手ご
    たえも無く、向こうへ抜けた。一瞬、満天の星が見え、世界が変わった。私は九龍城
    の他の部屋にいた。何千の私が、同時にすべての九龍城の部屋に居た。確かに私は一
    つの自我を持っていたが、数千の感覚を持ち、数千の体が、数千の考えで動いていた。
    71 koda:
    いま、私の眼前には漆黒の石盤がそびえている。視線を動かすと、そこにはおばさん
    、少年、老人たち…。さらに見回せば、龍、虎、天使、カモノハシ、穀象虫が見えた
    。しかし、私には常に一つの気配しか感じることができなかった。まるで、私が見て
    いないものはそこに存在していないかのように…。私は再び石盤に視線を向けた。そ
    72 谷山:
    こには石盤があったかどうか確定できなかった。もしかそこにはおばさんがいたかも
    しれないしいなかったかもしれなかった。あるいは少年か老人達か龍か虎かカモノハ
    シがいたかもしれないしいなかったかもしれなかった。ここでは全てが不確定であっ
    たかもしれないしそんなことないかもしれなかった。「きーー」私は50%の確率でヒ
    ステリーを起こした。「なんなのよこれっ。私はっきりしないのって大嫌いぃぃーー」
    73 kneo:
    「ほっほっほ。目覚めは近いようだのぉ」どこからともなく聞こえるのは、どこかで
    聞いたような声。「宇宙。時間。存在。意識。ワレの薄暗い記憶の中で眠っていた実
    態を伴わない言葉たちが、なにか新しい意味を訴えながら、もどかしく震えているの
    がわからぬか。ワレの思考が、ワレの夫のそれと同居しているのがわからぬか。シュ
    レジンガーの猫はビタクラフト鍋で煮込まれ、龍の皿には超伝導。時、来れり」と言
    74 zom:
    い放った。数千の私の意識がそれぞれに言葉を受け止め、数千の思考を行った。一人
    の私は恐怖に叫び声を上げ、一人の私は失神し、一人の私はごく自然に言葉を受け止
    め、一人の私は自殺を試みた。そして、その中の一人は部屋の中にいた男に言葉をか
    けられた。「おい、遅かったな、夕飯はまだか」、まさにそれは我が家の台所で、男
    は夫だった。確率論的数千分の一の私は不確定性的な夫との再会を果たした。

    第二章「妻の旅路」 第十節「旅の終焉」

    75 koda:
    「ごめんね。今日は特別の日だから、思いきり豪勢なご馳走を用意しようと思って。
    器は嫁入りのときに持ってきたとっておきのディナーセットで、ずっと試したかった
    北欧風のテーブルセッティングをしてみたのよ」私の口からすらすらと、そんな言葉
    がこぼれだした。でも、私はそんなことを喋りたかったのだろうか。私はこの台所で
    76 kuro:
    夫の相手をしたかったわけではない。私はここで私自身を見つめ直したかったのだ。
    しかし、目の前に相手がいる状況ではそれもかなわぬ夢。私はここにいても良いのだ
    ろうか、もう他へ私を探しに旅にでなくても良いのだろうか。ここには私の大切なも
    のが全てそろっているはず。しかしその大切なものが何なのか、どうしても思いだせ
    77 谷山:
    ない。「もう少シ話してみてくだサイ。どんな気分デスか」ジェームズ龍ヶ崎先生は
    銀縁眼鏡の向こうから私を見て言った。「でも先生、どうしても夫と一緒でなきゃい
    けないんですか。やっぱり一対一でないと言いにくいことってあるし」「モチロン個
    別にもお話をウカがいまス。でもこれは家族療法ですかラ、ご家族全員に集まってい
    ただいて話さなケれば意味がないのデス」「全員…」ふと見ると洋一、幸治、賢三、
    78 kneo:
    鉄平、家族揃って歌合戦状態になってる。「親がドラッグで廃人になった場合、健康
    保険で治療できる?」「禁治産者の息子は、やっぱり禁治産者でしょうか」「先生、
    山は死にますか?」「SFの読み過ぎでおかしくなった親を離縁できないかな」「馬鹿
    は死ななきゃ治りませんか?」「虎も猫ですか?」「神様の子は神様だよね」「龍虎
    に味がわかるんですか?」「川は死にますか?」ジェームズ龍ヶ崎先生は頭を抱えて
    79 AQ:
    しまった。「ウイキョウの根でも煎じて飲んでみてはどうかな?」と弱々しい声で言っ
    てみるが「先生、そんなことでドラゴンズに韓国選手がこれ以上必要でしょうか?」
    「象印マホービンよりも保温力があるとですか」と畳みかけられてしまう。弱った先
    生が椅子にもたれかかると、その背後の壁がいきなり轟音とともに崩れ、突っ込んで
    きたのは虎バス。あちゃ〜。泡を吹く龍虎。そのとき!「ホ〜っホホホホっ」ピョンっ
    80 へべ:
    と身を躍らせて虎と龍の間に割って入ったのは、何者かと思えば巨大な白兎。「みん
    な喧嘩はダメだめヨ。クヨクヨせずに、アタシと一緒に月見て跳ねれば心もかる?く
    なるってば。ほらピョ?ンっとネ」…兎のかけ声につられて、私も夫も先生も虎バス
    も一斉に飛び跳ねた。ホップ!床が沈み屋根が落ちて夜空が綺麗。ステップ!はるか
    眼下の大地に月の蒼い光。ジャンプ!月に手が届きそう…「さあ、しっかりつかまっ
    81 zom :
    っててねー」、みんなが大気圏と地上を往復した。月夜に水平線がくっきりと見える。
    高さが増し、ユーラシア大陸の全貌が見える。夜の世界の中、崑崙と香港が黄金に輝
    き、二つの場所は黄金の光で結ばれている。「さあ、これが最後の符号の一致ネー、
    運動エネルギーと位置エネルギーだヨ」、白兎の顔は洋一になり、幸治、賢三、鉄
    平に変わっていった。そして最後は白兎の着ぐるみ姿の骨董屋の主人となった。不確
    82  kuro:
    かさが私の周りで減少していくのが感じ取れる。「全ての物は陰と陽から出来ている
    ネー。符号が一致するということはとりもなおさず全ての物が同じ物にとなるという
    ことネー。今のでこの宇宙はひとつの物へと変化を遂げることになるネー。このまえ
    すべての現実をひとつに束ねたけど、今度はすべての物をひとつに束ねてしまうある
    ネー。じきにあなたと私も一心同体あるネー。この宇宙の変化は地球が大きな鍵だっ
    83 谷山:
    たネアンデルタール。ピテカントロプスになる日も近づいたんだシナントロプスペキ
    ネンシス」ああ、脳が、脳が縮んでいく。身長が身長が縮む。ううあああ視力が視力
    が回復していくうううぅぅぅ…「原人は知能は低いが目はいいのヨン。でもまだまだ、
    これから猿になって両生類になって魚になって細胞になってDNAになって、地球と
    ひとつになるまでにはイッパイイッパイ変化の旅をしていただかなくてはならないの
    84 kneo:
    ネー」そういう骨董屋の親爺も毛むくじゃらだ。背中が曲がる。もう立っていられな
    い。夫も先生も鼠そっくり。私もそうなのか。「そろそろ哺乳類の原形ネー。このへ
    ん学説によって違うネー」私たち、ぱっとしない馬鹿な小動物。どれが虎だかわから
    ない。「はい、両生類。ヌラヌラのタマゴ生むネー。ああ、もう空気が呼吸できない
    ヨ」私たちは川に飛び込む。だれが龍だか、わからない。「魚アルヨ。もうじき脊椎
    85 AQ:
    が甲殻…」ザシッ。水面に突き出す毒爪。めくらめくDEVOの階梯中を絡め取られ
    た。「た、タマゴで悪イか、タマゴをなペケペケって有無んだよ、何がァ、いいだろ
    乳だってやるんだーやー、あぁ〜っ? ぐ、グツピー?コドモを形でひり出しゃいいっ
    てかえ、ケッ、サカナ。タマゴだよ、生んで、悪ィかっての、ついでに言やぁよ、ト
    リじゃねぇ〜っての」何か拗ねているのはカモノハシである。「だからってよ、袋は
    86 へべ:
    なァ、頼りすぎっちゃァいけねえよ。あぁん?何が言いたい??」立ち泳ぎしながら
    カモノハシは首をかしげた。囚われの身の私はなぜか、この柄の悪いカモノハシに聞
    けば夫の居場所がわかり自分も元の姿に戻れるという根拠のない確信を抱いた。必死
    に問いかける私の言葉は、泡になってポコポコと水中を駆けめぐり、やがて大きな
    「?」の形となって私に絡みつく。???…泡の中に洋一の笑顔が見える。別の泡に
    87 zom :
    は幸治、幸治、鉄平の顔が見える…。洋一の泡が突然消えると、また別の場所に現れ
    た。この泡の一つ一つが不確定な世界に迷い込んだ生命なのか。そういう私自身も、
    泡の一つの様な気がしてきた。ひときわ大きな泡をカモノハシが一突きする。それは
    骨董屋の老人の泡だった。数千の老人の小さな泡に分裂した。九龍城の老人中心の泡
    に違いない。「場所も速度も確定出来ない確率的な世界にいるんですよ」、カモノハ
    88  kuro :
    シはそうささやいた。「それどころか存在すら確率的なのです。あなたには泡と見え
    ているもののひとつが、実は確率的に存在するひとつの世界なのです。今まであなた
    は確率の波に翻弄されて色々な泡を渡り歩いてきました。ひとつの『現実』というも
    のも幻想にすぎません。この世界のすべてが『現実』なのです。私はあなたをどのよ
    うな『現実』にでも連れて行くことが出来ますよ。あなたはどこに行きたい?」私は
    89 谷山:
    答えた。「どこでもいいの? 本当にどこでも?」「ええ」「じゃあね、ディズニー
    ランド!」こらまて。どこにでも行けるってのに誰がそんなセコいとこに。「洋一だ
    ねっ」私は私の中の息子に怒鳴った。「それとも幸治? 返事しなさい」…返事がな
    い。「何とか言いなさい。そこにいるんでしょ? 賢三! 鉄平?」私は私の中の4
    人の息子に…ちょっと待って。何か変だ。私の息子? 私は子供どころかまだ結婚も
    90 kneo:
    していない、カレシいない歴16年の花の女子高生なのにぃ。「ほらね、『現実』なん
    てつまらないものだ」カモノハシが笑った。見ると人間の顔になっている。白髪で眉
    毛だけは黒い。「ホモの恋人が欲しいので男に化けて男子校に通っている女子高生と
    いうのはどうか。しかし、こういうのは私の体質に合わない」あ、私この人知ってる。
    91 AQ:
    「お前は今、この人を知ってると思っただろう」カモノハシが言う。「私なんか、今、
    お前は今この人を知ってると思っただろう、とあなたが言うと思っていただけよ」。
    「ちちち、ふ、私なんか今お前は今この人を知ってると思っただろうとあなたが言う
    と思っていただけよ、と言うだろうことはとうにお見通しだよ」カモノハシが笑う。
    「え、そんなことは…」…気付かぬ内に手が握りしめているものがある、それは神官
    92 へべ:
    の腕であった。腕はけたたましく笑い、「お前たちがココでケケケ、さとりの化け物
    ごっこを始めるだろうことはカカカカ、とと、とっくにお見通しだよコココ」などと
    生意気なことを言うから、私はその握りこぶしでカモノハシの頭を殴ってやった。ぽ
    かり。こぶしが弾け、ひらいた手のひらの中には暗黒が、虚無が果てしなく広がって
    いる。いや、虚無ではない。遠くに光る何かが…光の正体を見定めようと身を乗り出
    93 zom :
    すと、暗黒の闇に引き込まれていった。暗黒世界には地平線の彼方まで無数の巨大な
    メートルが立ち並び、それぞれに銀のビタクラフトがカモノハシの血を受けていた。
    その闇の世界に一人立ちすくんでいる仮面の片腕の神官が言った、「あと、ひと絞り
    という時に片腕を失った、あとひと絞りで完成という時に…」。今、その片腕は私の
    手にある。腕は空を飛ぶと、神官の肩にピタリと付いた。神官の仮面が落ちると骨董
    94  kuro :
    品屋の親爺の顔が現れた。神官はひきつった笑いを浮かべて「これでやっと絞ること
    ができる。この目で狙いをつけることが出来さえすれば。。」両目があるはずのとこ
    ろにはぽっかりと穴が開いているだけだった。「おまえの目を寄こせ。この料理が完
    成しさえすれば、私は世界の全てをデザートにして食べ尽くすことができる!」私は
    95 谷山:
    両手で自分の目をガードしながら後ずさった。「まままま待ってよ、あたあたあた」
    いかん、落ち着け。「あた、あたしがかわりに絞ってあげるから、ね。生クリーム?
    どこにあるの、生クリーム」「生クリームじゃなぁぁぁ〜い〜〜」神官は不気味なう
    なり声を上げた。「生クリームじゃない? ああわかった。チョコレートね。チョコ
    レートちょうだい。絞ってあげる」「チョコレートでもなぁぁぁ〜い〜〜絞るのは〜
    96 kneo:
    おまえの血じゃあ〜〜」だめだ、こいつ血迷ってる。「あ、あの、私の血はおいしく
    ないわよ。だいぶ前から何も食べてないから、栄養失調で」ああ、そういえば本当に
    おなかがすいている。カモノハシでも何でもいいから食べたい。「あなたが欲しいの
    はカモノハシの血じゃないの?」神官の空ろな眼窩の奥に嫌な色の光りが射した。「
    そうじゃ〜。カモノハシャの血を、あとひと絞りじゃ〜。どこじゃ〜カモノハシャ〜
    97 AQ:
    出てこんか〜いっ」叫びながら神官は頭を振り回す。「カモノハシャ〜、呼んどるの
    がわからんかい、おどりゃ〜っ」その声は宇宙を震わすように響きわたる。と、空ろ
    な眼窩が再び私の方を向いた。「お、おどれがカモノハシャかいや〜、あーあー」。
    訳のわからんことを言っている。そんなことより私は本当におなかが空いたのだ。こ
    んな空腹感、これまでに体験したことがない。まるで4つの余分な命が私の中で宇宙
    98 へべ:
    を食い尽くしているようだ。米のメシが何より好きな洋一と、焼きたてパンに目がな
    い幸治、パスタは山盛りにしないと暴れる賢三と、にゅうめんならいくらでも食べる
    鉄平…宇宙を相手取っても臆さぬ命たちは、今まさに私の中でごうごうと雄叫びを上
    99 zom :
    げ、高速で回転をはじめた。回転は私の中にブラックホールを形作り、世界のあらゆ
    る物を食いつくすべく、洋一は朱雀となり南へ、幸治は玄武となり北へ、賢三は白虎
    となり西へ、鉄平は青龍となり東へ飛び去った。四神はすべてをのみ込み、この世に
    何も食べる物がなくなった時、世界は無となった。私と言えば、東西南北の四神に守
    られ、世界の中心に一人立っている。体の中のブラックホールは、宇宙的規模な空腹
    100 kuro :
    を満たすために四神も、とうとうホール自身をも飲みこんでしまい、空腹だけが残っ
    た。私は空腹である、故に私は存在する。私は空腹を足掛かりに世界を再構築した。
    「デザートのおかわりはいかがでしょうか?」若いサービスの声で世界は再び始まっ
    た。「結婚記念日のディナーは楽しめたかい?」夫が私の前でささやいている。私は
    もうどこへも行かなくてよいのだ。デザート皿の龍が私ににっこりと微笑みかけた。
     

    (第二章  了)
     

    →  第三章


    第二章終了時の登場人物表

    私:跳躍、魚化、カモノハシ捕われ、合戦中殴打。体内ブラックホールで宇宙的空腹感。
    夫:夫婦喧嘩家出。SF好き。鏡に映る。妻と合体後、九龍城?自宅で妻と再会。
    洋一:私の息子。長男。幸治と夫捜し小猫連れ帰り穀象虫化。実はごはん好き朱雀
    幸治:私の息子。次男。賢三と鉄平の正体意外、と笑う。実は焼きたてパン好き玄武
    賢三:私の息子。三男。鉄平あやす。兄たちによれば天使。実はパスタ好き白虎
    鉄平:私の息子。四男。兄たちによれば、実は龍。実はにゅうめん好き青龍。
    虎 :子猫変身、「私」を救出、砂漠経由崑崙へ。実は虎バス、衝突を回避、跳躍。
    骨董品店の親爺:龍の皿を夫に売却。現実を再統合。砂漠好き。過去への旅を説明。
    龍の皿:黄金の龍の描写がある。九龍城に関係する謎がある?。
    皿の龍:虎バス運転手改め心理療法士ジェームズ龍ヶ崎。家族療法試み苦戦後跳躍。
    ビタクラフト:鍋。夫の愛読書ラブクラフト全集第十三巻が変身。実はハリボテ篭。
    カモノハシ:私を捕獲?拗ねた。小説家なのか。人間の顔。突如悟ったか。殴られ。
    鏡1:芝居小道具が並ぶ物置小屋の壁に。夫の姿が映る。通信機、縁に中国装飾。
    鏡2:自宅の米櫃の中にある。龍によれば、鍋底と共鳴し九龍城への通信機
    天使:神様の眷属。Xmasのため頑張る。ハチドリから巨大化。「私」と宇宙を2 分。
    4つの余分な命:私の中の洋一と幸治と賢三と鉄平。宇宙も食い尽くしそうな勢い。
    メートル:ハンドル回してソース漉しとる。石盤になる。暗黒世界に無数ある
    石盤:タイムマシン以上の凄いものらしい?九龍城の各部屋にあるが実は一つ?
    仮面の神官:実は骨董親爺、目なし。腕合体。世界食い尽くすためカモノハシ絞る。
    老人達:符号の一致を説く。九龍城の老人中心にいる。実は全員骨董品店の親爺。
    洋一に似た少年:九龍城案内一家の子供。母(太ったおばさん)に食われる
    太ったおばさん:日本語ちょとできる。九龍城の案内を買って出る。怒りっぽい。
    ジェームズ龍ヶ崎先生:一家の治療を試みるカウンセラー、弱った上に突っ込まれ。
    白兎:虎と龍の間に突然登場。一同を跳躍させるが実は骨董屋の親爺の着ぐるみ姿。
     
     


    みんなの自己紹介 (名前をクリックすると各人のホームページに行けます)
     

    谷山
    谷山浩子です。歌手です。最近の趣味はサザエさんを読むことです。
    kneo
    kneoこと吉川邦夫です。「ふねを」ともいいます。ちょっと翻訳家です。最近の趣味は古本屋で「サザエさん」を探すことです。
    AQ
    ←で営業中の石井AQです。食います。寝ます。温泉につかったら出てきません。こんな私を国会に送ってください。
    へべ
    ↑に近々間借り開業予定の石井へべです。現在将棋の修行中(初心者未満)。まだ銀が時々横に動きます ヽ(^^;)ノ
    Zom
    ← 観てね(^^) 東京国際映画祭で観た「ビヨンド・サイレンス」最高に面白かった。グランプリが取れて嬉しい(^^)。今年のベストワンかも。
    koda
     # 小高(kodakoda@webtech.co.jp)です。とうとうPC-9800にも来るときが来ちゃいました。そんなわけで、ここのところあちこちのPC雑誌に登場してますです。見かけても石を投げないでください。(^_^;
    kuro
    平凡で実直なサラリーマンのくろせです。旅行と食事と舞台と銀幕が私の楽しみです。誰か私に暇をわけてください。


    → ROOM KNEO Home Page

    → メールでリレー小説 Index(第二章)