第68回
人民元の「改革」とは何か
2005年08月07日
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1.市場の動向:(8月5日NY終値と前週末からの変化)
・ドル/円 111.98円(0.56円 ドル安円高)
・ユーロ/円 138.28円(1.85円 ユーロ高円安)
・ユーロ/ドル 1.2353ドル(0.0229ドル ユーロ高ドル安)
2.先週の動き
このところの市場の特徴を一言で表すとしたら、あなたなら何と言いますか?
私は「カネ余り」と答えます。
世界中の資金が買えるものは何でも買っていると言っても過言ではありません。世界の株
式市場は堅調です。連続テロ事件のあったロンドン市場も、あっという間にそれまでの上
昇相場に戻りました。原油価格は1バレル=62ドル台に上昇、穀物や非鉄金属なども強い
相場が続いています。為替市場でもドルは好調な景気指標と金融引き締め継続を背景に、
最近の対ユーロ以外では堅調。ユーロは景気回復の兆しから利下げ予想が後退し、俄然勢
いを強めてきました。円は111円台と水準的にはそれほど買われていませんが、日経平均
が一時1万2000円に乗せたように、国内外から投資対象として注目されてきています。
債券市場だけは、米国を中心に長期金利が上昇し、価格はこのところ低下気味です。しか
しここでも、インフレは当面抑制された状態が続くという見方が支配的であるため、金利
がある程度上昇した局面では、債券にも買いが入りやすくなっています。先日米国が発表
した、30年もの国債の発行再開も、債券市場を活気づけました。
3.今週のポイント
各市場がこのように活況な中で先月行われた人民元の切上げは、市場の混乱が最小限だっ
たという意味で、非常にいいタイミングをとらえていました。為替市場では直後に円(と
アジア通貨)だけが買われ、心配されたドルの他の通貨に対する急落もありませんでした。
当日のニューヨーク市場では、ドル/円が2円急落したのに対し、ユーロ/ドルの引値は前
日とほとんど変わらない水準でした。
ここで、元「切上げ」と言われる内容を、中国人民銀行の公告で確認してみます。
1.人民元の対米ドルでの固定相場制を止め、より柔軟な為替相場制度に改善する。
2.為替市場の引け後、銀行間外国為替市場における米ドルなどの対人民元レートの終
値を発表し、これを翌営業日の売買の中間レート(「仲値」)とする。
3.7月21日午後7時(日本時間8時)に1米ドル=8.11元にレートを調整する。
4.現段階では毎日の米ドル対元のレートは仲値の上下0.3%の幅の中で変動させ、米
ドル以外の通貨の対元レートは、その通貨の仲値の上下一定幅の中で変動させる。
これに対し「理論的には毎日0.3%元が上昇することがあり得るので、その場合何ヵ月か
後には...」といった(まさか本気ではないでしょうが、可能性だけ言っておくならタダと
いうことだと思います)というようなコメントも出てはいます。しかしそれよりも、上の
4つの項目のあとの、最後のパラグラフに注目する必要があります。そこには、
「中国人民銀行は...通貨バスケット制の為替レートの変動を参考にして、人民元の為替レ
ートを管理、調整し、人民元の為替レートの正常な変動を維持し...」
と書かれています。
つまり中国は今後も為替レートを管理する、と正式に宣言しています。これは今後も市場
介入を続けるということです。介入の基準となる水準が、当面2%程度元高になっただけ
です。また0.3%という変動幅は、今回の切上げ以前にも認められていながら、実際には
介入によって有名無実だったものと同じです。「毎日0.3%上昇したら」というのがいか
に理論的な過程とはいえ現実性のない話だということがわかります。
もう一つは、その前の「通貨バスケット制」です。これは一般に「複数の主要な貿易相手
国の通貨を一定の割合で加重平均したものに対して、自国通貨を連動させる」というよう
にに説明されますが、具体的なイメージを持てる方は少ないと思います。そこで数字を使
って例を示してみます。
今回の人民元の基準レートは1ドル=8.11元です。話を単純にするために、元が参考にす
る通貨バスケットの構成が、ドルと円それぞれ50%と仮定します。8.11と決めた時点で
のドル/円を110円だったとします。
まず1ドル=8.11元を逆数表示すると、1元=0.1233ドルです。ドルと円の比重が等し
いので、1元の価値は
「0.06165(=0.1233÷2)ドル」+「0.06165(=0.1233÷2)ドル相当の円」
となります。ドル/円が110円ですから、円部分は 0.06165×110で、6.7815円です。
つまり、「1元=0.06165ドル+6.7815円」を当初の基準値として定めたわけです。
仮に初日の取引で、元がドルに対して変動幅ぎりぎりの0.3%上昇したとすると、元の対
ドルレートは 0.06165×1.003=0.06183 です。一方同じ日にドル/円が112円(円が
約1.8%対ドルで下落)になったとすると、元レートの構成要素としての)6.7815円は
0.60549ドル(=6.7815÷112)です。新しい実勢に基づくバスケットの価値は
0.06183ドル(ドル部分)+0.60549ドル(円部分)= 0.12242ドル
(逆数表示すると、1ドル= 8.1686元)
つまり対ドルで 元が 0.3%上昇しても、同時に円が対ドルでそれ以上下落すれば、通貨
バスケットに連動する元の価値は下落することになります。
ところでこの場合、元はバスケットに対して約0.7%下落しています。この事態を当局は
どうするのでしょうか。日中に(この場合は元の買い、またはドル/円で円の買い)介入
してレートを「管理」するのでしょうか。それとも日中の動きはある程度放置して、翌日
の仲値を前日比+0.3%に設定するのかもしれません。それは公表されていません。
少し数字が並んでわかりにくいかも知れませんが、たし算・かけ算・わり算だけですの
で、ぜひもう一度追ってみてください。そしてこの仕組みが頭に入ったら、通貨バスケ
ットが参考にする通貨の種類も比率も公表されていないことを思い出してください。
要するに、元が上昇したか、下落したかという中国当局の日々の判断は、とてもわかり
にくいのです。このわかりにくさでがっちりと自分を守り、さらに介入の余地まで残し
た上で、形の上は一歩前進したこと、それが今回の元の改革です。それを理解するだけ
でも、今後の時間軸の理解の大きな助けになると思います。