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ワンポイント為替市場 (41-50)
「二十一世紀に生き残る会」HPに寄稿の同名コラムを転載)

2004年11月14日

                      第50回 

           検証「危機に立つ為替市場と通貨政策」(3)


                      
2004年11月14日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(11月12日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   105.55円(0.01円 ドル安円高)   

  ・ユーロ/円  136.95円(0.09円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.2971ドル(0.0008ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

先週は、日米欧に興味深い動きが見られましたが、市場は「ドル安」のテーマを変えなかっ
たようです。米国では5日(金)に発表された雇用統計が予想を上回り、さらに10日(水)の
FOMCでは予想通り0.25%の利上げを実施しただけでなく、同時に発表したコメントは、12
月の再利上げの可能性が強いことを市場に印象づけるものでした。これらは普通ならドル
高要因ですが、市場はこのどちらにもほとんど反応しませんでした。

目立った動きを見せたのがユーロです。10月に米大統領選挙前のドル安局面で上昇を続
けていたユーロは、下旬にECB(欧州中銀)高官の「ユーロ高懸念せず」という発言に後押
しされて勢いを増し、10日には1ユーロ=1.3006ドルと、1999年のユーロ発足以来の高値
を記録しました。しかし同日以降今度は同じECB筋から「ユーロ高行き過ぎ」発言が相次ぎ、
その後は1.28〜1.29ドル台での推移と、急騰がいったん収まった形になっています。

円も荒い動きの中、大統領選挙後の「ドル安」を反映した相場となりました。10日に米国の貿
易赤字が縮小されたのを受けて107円台となった局面はあったものの、12日(金)には再び
105円台まで戻しています。この間、円にとってはむしろ円安材料が出ています。11日に発
された9月の機械受注統計は増加予想を裏切る-1.9%、また12日の7-9月GDPはプラスで
はあったものの、実質年率の増加幅は+0.3%と、景気の先行きに対する明るい見通しをかな
り後退させるものでした。

米国景気の優位性と市場の不透明感

さて、少し間が開きましたが、第47回から始めたシリーズを今回で締めくくります。上に書い
たように、ここにきてまた、米国の「双子の赤字」を背景とするドル不安が市場を支配し、そ
れに対する日欧当局の反応をうかがう展開です(105円台に近づいた頃から、日本の円売
り介入の可能性と水準が何度も話題に出ています)。ドルの唯一の戻し局面が米貿易赤字
の縮小とユーロ高牽制発言だったことは、これを反映するものでしょう。同時に、今の状況は
今年の1〜2月と非常に似通っているということになります。

前々回の最後は、「ドルは(少なくとも9月末まで)どうして氷山との激突を避けることができ
たのか」というところで終わりました。繰り返しになりますが、「氷山」とは米国の累積する経常
赤字です。春先からほぼ半年の間、これを隠していたのは景気の見通しでした。米国が超
低金利から4年ぶりの利上げに転換したのは6月末のFOMCでしたが、利上げ観測が強まり
始めた4月頃からドルは反転しました。その後FRBは強気な景気の見通しに基づき、FOMC
のたびに利上げを実施しました。一方ECBは昨年6月を最後に金融政策の据え置きを続け、
日本はゼロ金利解除の「出口論」だけは先行するものの、はっきりした見通しが立たない状
態が続きました。

ドル売り要因ととらえられていたイラク情勢にも変化が出てきました。結果的には無事に解放
されたものの、日本人がイラクで人質となったこと、スペインでテロ事件が発生したことなどか
ら、イラクは米国だけの問題ではなくなり、相対的にドルへの選好を強める結果になりました。

中国元の切り上げ問題も、ドルの安定をもたらした一因であると言えます。元切り上げはアジ
ア通貨全体の上昇要因との発想から、日々の市場では短絡的に「ドル売り・円買い」要因と
なりがちですが、実は円高圧力の緩和要因という面を持っています。10日発表の米国の9月
貿易収支を見ても、対中国の赤字は155億ドルと、対日赤字60億ドルの3倍近くに上ります。
本来ならこれを反映する形でドル対元の為替レートが変動すべきですが、元は対ドルペッグ
制によって事実上固定されているため、そのしわ寄せが円やユーロの対ドルでの上昇となっ
ています。つまり、「元切り上げ」自体はむしろ円への圧力を弱め、それが実現しない場合に、
やはり当面の行き場という意味で円が買われる、という動き方もあります。それが現実になった
と言えるのが、昨年9月のドバイG7後の円高進行でした。

元の為替レートをめぐって米中が初めて協議したのは今年の2月ですが、この問題は中国の
したたかな外交術も手伝ってつい最近までなかなか進展せず、市場に不透明感を残しまし
た。さらに年央からは、近づく米国の大統領選挙によって不透明感はさらに増し、ドルは110
円付近の水準で動きづらい(安定した)展開となりました。

危機はまだそこに --まとめ--

結局、ドルが暴落も人為的調整もなく済んだのは、景気の優位性というプラス要因があった
ことが1つの理由であり、それに加えてイラク情勢、中国元、大統領選挙といった不透明要
因が市場を動きづらくしたためだと考えています。また、地政学的リスクとテロ懸念はあった
ものの、米国への資本流入傾向は続き、これまでドルを支えてきました。

そして今、為替レートはほぼ1〜2月の水準に戻っています。状況も似通っていると最初に
書きましたが、違うところはあります。それはまず原油高です。また、それにも関わらずFRB
は景気の先行きに強気で、米国金利だけが年初に比べ上昇しているという点も違います。

ここからの方向を考える際に注目すべき点をいくつか挙げてみます。まず、やはり米国の
「双子の赤字」への対応です。第2期ブッシュ政権には、依然としてイラク関連支出と減税
という財政圧迫要因があり、一方経常赤字の改善も見込めない状況です。そこで今週末に
ベルリンで開催される20か国財務相・中央銀行総裁会議(G20)で、米国がドル安容認を
打ち出すという見方があります。同時にここでは、先ほど触れた中国元に関する議論がある
かどうかも要注意です。

日本については、景気と株価です。12日のGDP成長率減速を受けた株式市場は、違和感
を覚えるほど強気でした。GDPを前日の機械受注と合わせて見ても、「設備投資主導」のは
ずの景気回復は実現しておらず、猛暑効果、オリンピックのIT家電需要効果があった7-9
月期の成長がこんなものか、という内容です。原油価格は天井を打った可能性がありますが、
水準自体が依然高いことを考えると、景気後退にはならなくてもある程度の減速を考慮に
入れるべきで、株価の上昇も限定的と見ています。まして一部にある「外国市場に比べると
出遅れ感がある分、上昇余地がある」という見方は本末転倒です。出遅れということは「前に
進むことが前提になりますが、このところ出ているのは、前に進めるかどうかに疑問を投げか
ける材料です。

3番目にユーロの動向ですが、発足から丸6年に近づいた今、水準こそ最高値を更新して
いるものの、実体は依然として裏方の印象を脱していません。これまでユーロが上昇した
局面は、ほとんどがドル安の裏返しでした。ユーロ圏の景気が日欧をリードしたり、資本の
目立った流入トレンドができたり、またユーロがドルに取って代わる通貨としての地位を占
めてきたり、といったことを背景とするユーロの上昇は、未だに実現していません。将来そう
した局面が来ることは恐らく確かでしょうが、今はまだその時ではないようです。

為替市場とドルの危機は、今年の初めと同じように「今そこに」あります。この1年間、事態を
打開するための何の進展もなかったわけではありません。中国当局の通貨に対する姿勢が
やや柔軟になったことは1つの進歩であり、変動相場制を前提とする世界の通貨体制の安
定に寄与するものだと思います。しかし依然としてドル中心の視点から為替相場を考えなけ
ればならず、そのための危うさを常に覚悟していなければならないという点では、根本的な
変化はなかったのだと思います。


2004年10月31日

                      第49回 

              105円台の円高をどう見るか


                      
2004年10月31日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(10月29日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   105.82円(1.38円 ドル安円高)   

  ・ユーロ/円  135.34円(0.61円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.2789ドル(0.0109ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

アメリカの大統領選挙選はいよいよ大詰めとなり、3回行われた両候補の討論会を終えた
時点での世論調査では、ブッシュ大統領がリードしてましたが、その後ケリー候補が徐々
に差を詰めています。

しかし為替に限らず金利、株式など、どのマーケットも「原油価格」に関心が集中してお
り、WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)先物価格は先週高値から5ドル
ほど値を戻したとは言え、29日(金)の引けは51.76ドルと依然高値圏にあり、在庫が少な
いと言われるヒーティング・オイルの需要期を控えて依然予断を許さない情勢です。

こうした中、先週は為替市場では円高がやや加速し、金曜日のニューヨーク市場では一時
105円77銭と、ほぼ6ヵ月ぶりの円高水準に達しています。そこで今回は、前回までのシリー
ズをいったん中断し、この円高の見方を考えてみます。

米国経常赤字の不安再び

今月前半までは、「選挙の年はドル高」のジンクスを繰り返して年を終えそうな情勢でし
た。この流れが変わってきたのは、18日に米国財務省が発表した、長期債と株式の対内対
外フロー統計がきっかけでした。これによれば8月の資金流出入は、ネットで510億ドルの
流入でした。この流入額は2003年10月以来の小さな数字だったため、「米国は経常赤字を
海外資金でカバーできなくなる」という相変わらずの、しかし格好のドル売り材料が、原
油価格以外の手がかりを探していた市場に提供された形になりました。

前回のこの欄で紹介したように、マーケットが「ドル離れは起こっていない」と判断する
1つの拠り所としていたのがこの統計でした。それが1ヶ月後に急激に悪化しただけでな
く、それに先立って14日に発表された8月の貿易収支が、史上最高の輸入額を伴って悪化
していたために、ドルに対する市場の不安が再燃することになりました。経常赤字のGDP
に対する比率が6%に迫り、今の為替レートを前提にすれば縮小の見込みが立たないとい
われる状況は深刻です。しかし一方で、米国も為替市場も、これと同じ状況の翌月に、こ
資本フローの改善を示す数字で相場が反転するのを何度も経験してきました。

米国経常赤字の不安再び

とは言え、この指標がいずれ反転すると言っているわけではありません。仮に来月も悪化
するようであれば、さらなるドル売り要因となるでしょう。しかし、来週の初めに大統領
選挙を控え、その週末には雇用統計の発表というタイミングで、「本気で」その先をにら
んだドル売りが始まったと考えるのは、やや疑問です。

経常赤字の拡大への不安をここ2週間ほどのドル売りの核とすれば、それを増幅した材料
もいくつかあります。まず原油高は米国株の下落要因となり、それを理由にニューヨーク
市場で何度かドルが売られました。同時に、原油高による米国景気の先行きへの不安から、
FRBが年内に予定していたあと2回の利上げを、1回にするのではないかとの思惑も、ドル
売りにつながりました。さらに、経常赤字問題の解決策として、米国が主に中国に対して
通貨切り上げ圧力を強め、その結果ドル安となるとの見方も強まりました。また、ケリー
候補の追い上げとともに、「ブッシュ大統領よりも自由貿易論者」という側面が為替市場
で強調されるようになりました。

しかし言うまでもなく、原油高で景気が影響を受けるのは米国だけではありません。また
ケリー候補優勢=ドル売りの可能性というのは私もかなり前(3月21日)にこの欄で書き
ました。しかし実際のところ、このパターンが出てきたのはつい最近のこと、もっと言えば
今のドル安局面です。7月下旬の民主党大会で一気にケリー・フィーバーが起こり、支持
率がブッシュ大統領を逆転した時も、ドル売りの流れは起こりませんでした。大統領選挙
の帰趨は、ドル安相場の支援材料で、それ自体が方向性を持つものではないようです。

利上げペースの鈍化、ましてそれが停止を意味することになれば、これはドル売りを促す
材料になります。英国以外の先進国では、次に金利が動くとすれば上げという状況です。
フェデラルファンド金利の緩やかな上げ基調と、米国10年もの国債の4%という水準が、
ドルの生命線になるかもしれません。しかし来週の雇用統計がどのような内容になるのか、
その後の原油価格の動向は、などを考えると、金利動向もどちらと決まったわけではあり
ません。

早計は禁物

大統領選を目前に、為替市場はドルの売り要因を織り込んだ状態にあります。それも、金
利を除けば本来ドル売り要因とは限らないものについても、ドル売り方向に消化している
のが今の水準です。また、木曜日の中国の利上げが、国内要因だけみればやや唐突な
タイミングと幅(純粋に景気加熱の抑制と考えれば小さすぎる)で出てきたことは、少し
気になります。選挙後の米国の対中通貨政策をにらんだ牽制球の意味合いが、非常に
強く感じられます。両候補のどちらが当選したとしても、中国に対する圧力が直ちに
強まる可能性が下がったのかもしれません。

105円台の円高は、今年初めに私が「危機に立つ」というテーマの講演を考えていた頃の
水準に来ています。しかしここで慌てるのは決して得策ではありません。特に、「ケリー当
選」をドル安のトリガーにすることを考えるならば、それは本当に短期的な戦略としての
位置づけにとどめるべきでしょう。先ほど述べたとおり、ほかの要因が逆を向いた場合、
「ケリー=ドル安」は多くの人の頭から忘れ去られる可能性が高いからです。ドル安方向を
多分に織り込んだ市場は、その1つが反対方向に出れば、その分戻します。従って、選
挙が終わっても、日米の指標と金融政策、原油価格などの見極めをしなければなりません。
それらがドル安円高を示していれば、決断はその時でも遅くはありません。


2004年10月03日

                      第48回 

         検証「危機に立つ為替市場と通貨政策」(2)

                      
2004年10月03日
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1.市場の動向:(10月1日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   110.50円(0.10円 ドル安円高)   

  ・ユーロ/円  137.08円(1.39円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.2404ドル(0.0132ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

原油市場はついに終値で50ドルを上回ってきました。昨日閉幕したG7も、世界経済の成長は
力強いとする一方で、この原油高を懸念するという認識を共有しています。為替市場ではドル
/円が相変わらず110円付近の水準で推移する一方、ユーロはこのところ堅調です。

先週のイベントは1日の日銀短観でした。それに先立ついくつかの指標が芳しくなかったことを
考えると、大企業製造業の現状判断が26と予想を上回った割に、円相場の反応は限定的でし
た。同時に発表された将来への見通しが弱気であったこと、原油高の日本経済へのマイナス
が無視できないことが主な理由と思われます。それに加えて、日本株への積極的な投資を続
けてきた海外の投資家の勢いが弱まっていることも無視できません。

赤字はどこへ行った?

今年も残すところ3か月を切りました。前回予告した通り、今年の為替相場の動きを振り返
ってみます。上のチャートに見られる通り、今年は1〜3月こそ100円割れをうかがう局面
があったものの、4月上旬にドルが急反転してからは、概ね110円を中心として、上下2円
のレンジに収まっています。ここまでは、ドル堅調の年になったと見るべきでしょう。

前回の最後にまとめた通り、2月末の講演では、米国の「双子の赤字」が構造的に解消し
にくく、これが1年を通じてドル安要因となるだろうということを、第1のポイントとしました。
「双子」でも特に為替市場で注目度の高い経常赤字は、1−3月期が1,472億ドル、4−6
月期が1,662億ドルと、前年同期に比べそれぞれ 6.5%、24.1%悪化し、昨年10−12月期以
来赤字拡大が続いています。

経常赤字の拡大が懸念されていた大きな理由は、それを補う海外からの資本流入が以前
のようには続かないのではないか、むしろ資本流出が起こるのではないかということでした。
特に「911同時テロ事件」以降、安全な資産運用先としての米国の地位が揺らいでいたた
め、経常赤字問題は為替市場にとって、より深刻かつ現実的なドル安要因となっていまし
た。

しかし今年の市場で「ドル離れ」は起こっていないようです。米国財務省が毎月発表する、
長期債及び株式の対内対外フロー統計によれば、米国外からの対米証券投資と、米国
からの対外証券投資をネットすると、1−3月期は2,552億ドル、4−6月期は2,122億ドル
の流入超過になりました。7月は640億ドルと若干ペースが落ちましたが、昨年の1か月
あたり流入超過額592億ドルを上回り、7月までの平均は759億ドルと、昨年を28%上回る
ペースとなっています。

内訳を見ると、2つの点が注目されます。第1に、米国債と政府機関債の増加が、それぞ
れ前年比65.5%、54.0%と際立っていることです。どちらも米国に対する信認の回復と考え
ることが可能ですが、特に米国債については、日本が円売り介入を停止した4月以降だ
け見ても、平均31.6%増加しています。「日本の介入が止まれば米国債は深刻な買い手
不足に陥る」という不安は実現しませんでした。

もう1つの注目点は、逆に不安材料といえるものです。対米株式フローは1か月あたり31
億ドル流入超という昨年のペースから、今年は平均5億ドルと、80%以上の落ち込みとな
っています。株式フローは金額的には債券に及びませんが、為替ヘッジのかかる比率が
債券に比べて低いために、為替に対する影響度合いは、表向きの金額以上に重視する
必要があります。

タイタニックは救われた?

米国の経常赤字は「タイタニックの氷山」のようなものかも知れません。常にそこにあり、
気付いた時には死に至るような脅威が目の前に現れます。今年も、経常収支の発表が
「悪化」であることを材料に、何度かのドル売り局面がありました。しかしこれまでの所、
ドルは氷山との激突を避けることができたようです。舵取りはなぜうまくいったのか、それ
が次回のテーマとなる予定です。
「為替相場と付き合う方法」へ

(この項続く)

2004年09月19日

                      第47回 

         検証「危機に立つ為替市場と通貨政策」(1)

                      
2004年09月19日
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1.市場の動向:(9月17日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   109.85円(0.23円 ドル高円安)   

  ・ユーロ/円  133.84円(0.62円 ユーロ安円高)   

  ・ユーロ/ドル 1.2184ドル(0.0079ドル ユーロ安ドル高)    


2.今週のポイント

夏休みが明けたというのに、どうも冴えない相場が続いています。先週のドル/円は概ね110
円を挟んだ水準に終始しました。ユーロ/ドルも1ドル=1.21〜1.22ドル台、ユーロ/円は133〜
134円台と、方向感の乏しい毎日でした。

日本の中間決算が近づき、今週だけで2日の休日があるという状況もありますが、最近の日
米景気指標がことごとく悪い方に期待外れで、市場参加者が自信を失っていることも一因で
す。日本では4-6月期のGDP成長率、米国ではグリーンスパンFRB議長の証言が、それぞ
れ円とドルに対する強気な見方を後退させ、相場が動意を失う一因となりました。

半年前の視点から

今年の2月、Go-21の例会で為替に関する講演の機会を頂きました。その時のタイトルは「危
機に立つ為替市場と通貨政策」というものでしたが、その時の論点を振り返って、今のマーケ
ットを検証してみたいと思います。今回は第一回として、講演で指摘した論点をまとめておくこ
とにします。

講演を行なったのは2月末でしたが、その時はドル/円がやや戻して今とほぼ同じ109円台と
なっていました。しかしそれまで約2か月間は、100円割れをうかがう動きが続いており、その
背景は円高というよりドル安圧力の高まりでした。

ドルが売られていた理由はいくつもありました。米国の「双子の赤字」への懸念、米国からの
資金流出不安、米政権がドル安を容認するのではないかという観測、米金融緩和政策、い
わゆる地政学的リスク、といったものです。この中で最も注目されていたのが、「双子の赤字」
の一方である米国の経常赤字の拡大でした。経常赤字の名目GDPに対する比率は5%を超
え、プラザ合意前でも3%程度だったことを考えると、再び為替水準の大幅調整があると考え
るのも無理のない状況でした。

経常赤字の拡大は今に始まったわけではありません。にも関わらず米国が世界の投資資金
を集めていた一つの理由は、ドルが基軸通貨であるということです。常に一定の需要があり、
準備通貨として保有する外国当局からも価値の下落が望まれない、というのが、基軸通貨で
あることのメリットです。その一方で、世界中に潜在的な売り手がいるため、何らかの理由で
ドルを保有する意義が薄れた場合、怒濤の売りを浴びせられるリスクを抱えているのが、基
軸通貨としての宿命です。その意味で、統一通貨ユーロが、1999年発足以来の下落局面を
ようやく終えて安定しつつあることも、ドルの地位を脅かす一つの材料となっていました。

ドルに対する不安が高まる中、少なくとも表向きは変わらなかったのが、「強いドルは米国の
利益」という米政府の立場でした。これはクリントン政権のルービン財務長官以来の米政権
の定見、というより決まり文句でした。その時々で、言葉の裏にある真意は常に探られていま
したが、ブッシュ政権になってもその表現は変わってはいませんでした。しかしマーケットは、
「ブッシュ政権は緩やかなドル安は容認する」という認識を共有していました。政権の基盤が
主に製造業であること、ドル安は米国にとって対外債務の実質的負担を軽減することがその
理由です。その一方で、ドルの価値を維持する必要があることも事実です。米国は国内の資
本不足を補う海外資金に依存しており、弱い通貨はそうした資金を引きつける魅力がありませ
ん。

日本の大規模介入

米国に流入する海外資金と言えば、その代表は日本マネーです。そして2月の時点では、日
本からの資金の大部分を、円売り介入に伴うドル買いが占めていました。介入の金額は99
年の7.5兆円、2002年の4兆円から、2003年には21兆円以上に急増していました。デフレ脱却
による景気回復に残された唯一の手段として、日本は法律で定められた介入枠を拡大してま
で市場で円を売り、ドルを買い続ける構えでした。2003年の経常黒字が15.8兆円に達した日
本にとって、円買い圧力を緩和するには介入で吸収するしかありませんでした。

しかし介入の余裕枠を拡大することができると世界に知らしめても、それだけで介入を無限に
続け、それは効果を持ちうるのか。2003年の介入の大きな特色は、それが基本的に日本の単
独介入だということでした。一般に、単独・長期の介入は効果を持ち得ないと言われています。
その意味で非常に苦しい介入と言えましたが、先進国の金融当局首脳が集まるG7のような
会合で、欧米諸国が日本の介入を表立って否定しなかったことで、何とか効果を保っていまし
た。

2004年のポイント(確認)

こうした綱渡りとも言える状況を背景に、2月の講演では2004年の為替市場のポイントとして、
私は次の点を挙げました。

1.「双子の赤字」は米経済の過剰消費体質が原因で、簡単に解消しない。
2.米国がドル安阻止に動くかどうかのカギは、主に米国株価動向。
3.日米間の投資フローは非常に重要。特に対米証券投資フローの回復があるか。
4.日米実質金利差はどちらの方向に動くか。
5.経済力としては鉱工業生産の伸び率格差に注目。
6.「大統領選挙の年はドル高」のような相場のアノマリーに注意。

次回はこうした観点から、その後半年間の為替市場を振り返ります。(この項続く)
「為替相場と付き合う方法」へ


2004年09月05日

                      第46回 

               米国雇用統計後のマーケット

                      
2004年09月05日
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1.市場の動向:(9月3日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   110.49円(0.85円 ドル高円安)   

  ・ユーロ/円  133.25円(1.56円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.2058ドル(0.0053ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

金曜日に発表された米国の雇用統計では、非農業部門の雇用者数が14万4000人増加しま
した。ここ2か月は予想と大きくかけ離れた数字でマーケットを大きく動かしましたが、今回は
久々にほぼ予想通りでした。しかし同時に発表された前月分改定値が、3万2000人増加から
7万3000人に上方修正されました。このため米国の景気は、強気になるほどではないとして
も、そう悲観的になる必要はないという見方から、ドル高、金利高という形で市場は反応しま
した。しかし株式市場は、前日取引終了後にインテルが7-9月期の売り上げ予想を下方修正
していたため、ハイテク関連株中心の売りに押された結果、終値は下げています。

先週は原油価格がひと頃の勢いを失って落ち着く中、全ての目がこの雇用統計をにらんでい
たと言っても過言ではありませんでした。為替市場もドル/円はほぼ109円台で推移し、ユー
ロ/ドルは1.20〜1.21ドル台を行ったり来たり。結局この雇用統計を受けて、ドル/円は110円
台半ばに上昇して週を終えています。

日米長期金利差は拡大方向

今後の方向性が比較的定まりやすくなったのは、米国の金利マーケットでしょう。雇用統計
の前にやや調整があったものの、それまでは米国及び世界の景気減速シナリオに傾きかけ
た動きが目立っていました。FRBが引き締め局面への転換を明言しているものの、そのスピ
ードは当初予想したよりもゆるやかなものになるのではないか、という見方が、原油価格の
上昇や最近の指標を理由に高まっていました。しかし今回、米国の雇用の足取りが比較的
しっかりしていると確認され、金融政策に対する見方が元に戻る可能性が高まりました。

金曜日の動きを見ると、今週の米国株式はややさえない展開が予想されます。いわゆる
「インテルショック」が当面尾を引きそうなためです。また、しばらくの間下落を続けていた原
油市場も、1日に米国の在庫統計が発表されてからは需給の逼迫感が強まり、やや反発
しているため、株式市場にとっては不安材料です。

注目されていた雇用統計をこなした米国市場が、株安、金利高で反応したことは、日本の証
券市場と為替市場にどのような影響を与えるでしょうか。まず、株式市場は弱含むことが予
想されます。米国株式が半導体関連の材料で下落しているため、日本株に与える影響は大
きくなります。また、先月発表されたGDPに対する見方は強弱まちまちと前回書きましたが、
8月27日に日本の失業率が4.9%と上昇したあたりから風向きが怪しくなり、31日の鉱工業
生産指数が1%以上とのプラス期待を裏切った(前月比変わらず)ため、株式市場での景気
見通しは、弱気がやや勝っています。

景気の頭打ち懸念がさらに強く表れているのは、国内の債券市場です。2日に実施された
新発10年物国債の入札では、表面利率が1.6%と前回より0.3%下回る低率であったにも関
わらず、応札倍率はなんと65.8倍という過去最高に達しました。金曜日の海外市場で金利
が反発しているため、東京市場にもその影響はあると思われますが、金利上昇への景気の
裏付けが持てず、日銀による量的緩和政策の解消がさらに先送りされるという見方も強まっ
ている状況では、金利の上昇余地は限られることになります。このため日米の名目長期金利
差は、拡大することになります。

Back to the Market

こうしたことを背景に、当面の為替市場を考えてみると、ポイントは2つあります。まず、今指
摘した日米の名目長期金利差の拡大です。ここ半年ほど、日米の10年物国債利回りの格差
とドル/円相場との間の連動性が高くなっています。この傾向が続くとすれば、日本の景気に
ついて何かポジティブな材料が出て、金利に底打ち感が出てこないと、金利差の拡大が円安
要因に働きます。その意味で、日本の経済指標として9日発表の機械受注(7月)と、10日の
GDP第二次速報値(4-6月)は注目されます。

もう一つは、外人の対日株式投資の動向です。2日に発表された日本の対内対外証券投資
のデータでは、先々週の外国人による日本株の買い越しが2054億円に上りました。これで
5週連続の買い越しとなります。また一週間の増加額としては6月半ば以来であり、前の週に
比べて約3倍増と、勢いを増しています。この統計は毎週木曜日に発表されるので、今週は
さきほど注目点とした機械受注と同じ日になります。証券投資は午前8時50分(7月の国際
収支と同時刻)、機械受注は午後2時ですから、この日はマーケットが荒れるかも知れません。

8月は夏休みで市場の参加者が少なく、その上オリンピック観戦による睡眠不足を理由に取
引を最小限にしたディーラーも多かったためか、市場の動きはあまり活発ではありませんで
した。しかしそんな季節も終わり、6日(月)のレイバーデイによる米国の休日が明ければ、
市場は通常の状態に戻ります。米国の共和・民主両党の党大会を終えて、ブッシュ大統領が
リードを10%以上に拡大、というところでスタート地点につく市場には、エネルギーがかなり
蓄積されていると思います。その点、思わぬ大動きにに注意する必要があります。




2004年08月22日

                      第45回 

               原油高騰と近づく「政治の季節」

                      
2004年08月22日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(8月20日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   109.13円(0.1.54円 ドル安円高)   

  ・ユーロ/円  136.92円(2.55円 ユーロ安円高)   

  ・ユーロ/ドル 1.2311ドル(0.0060ドル ユーロ安ドル高)    

2.今週のポイント

休暇をはさんでしばらく間が空いてしまいましたので、あらためてこの1か月ほどを振り返って
みます。改めて言うまでもなく、金融市場は原油高に支配されています。

原油高は、主に供給に対する不安が原因と言われています。ロシア最大の石油会社ユコスが
経営破綻するとの懸念、依然として絶えないイラクでのテロと戦闘、さらにOPECに増産余力が
乏しいことが、市場の不安を増幅しています。中でも、ユコスは一社だけでインドネシアに匹敵
する生産規模を持つとあって、仮に一時的にでも生産が中止されれば、市場に与える影響は
大きいと予想されています。ニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油先物市場では、7月30
日以来ほぼ毎日高値更新を続け、20日(金)には50ドルを目前に急反落したものの、日中は49.
40ドルまで上昇しました。


原油高の影響をまともに受けているのが米国を中心とする株式市場です。最も下げがきつい
のはハイテク中心のNASDAQ。7月上旬から約130ドル=7%近い下げとなっています。スノー
米財務長官も13日、「原油価格の高騰やテロ再発の脅威は消費者や経営者の心理に影響」
と懸念を表明しました。最近発表された米国企業の決算も、モトローラやマイクロソフトなどハ
イテク企業を中心に投資家を失望させるものが目立ちます。

強弱要因の交錯する米国景気

原油価格高騰の深刻さを反映しているのが、長期金利の下落です。原油価格が上昇すれば
まずインフレ要因と考えられ、債券市場でも米国債10年物の利回りが7月27日には4.6%台ま
で上昇していました。ところがその後、一向に止まらない原油価格の上昇が景気を冷やすと
いう(株式市場と同様の)見方が優勢になり、金利は2週間で約0.4%低下しました。先週はほ
ぼ4.2%台の水準で推移しています。

もっとも、この金利の下げ幅のうち半分近くは、6日に発表された7月の米雇用統計が予想
以上に弱い数字だったために、その日1日で債券が急騰したことが原因です。雇用統計は
米国指標の中で発表タイミングが早く、月初第一金曜日の数字ということもあって、その後
一か月のマーケットの方向性を支配することが多いのですが、今回は直後の10日にFRBが
0.25%の利上げを実施し、景気に対する楽観的な見通しを表明したことが、その後の市場の
動きを限定的にしました。

雇用統計をきっかけに、ユーロの対ドル相場も大きく買い戻されました。7月19日の1.24ドル
から8月初めには1.20ドル台まで下落していましたが、先週は1.23ドル台後半まで上昇しま
した。ただしそれからは米国、EUともに発表された景況感の指数が振るわず、やや膠着状
態ながらユーロの上昇にも翳りが出ています。

日本の4-6月期GDP

このように、米欧の景気に対する見方も今ひとつ定まりませんが、13日に発表された日本の
4-6月期GDP(1次速報値)も、市場を迷わせる結果になりました。日本の景気回復への期待
が強まっていましたが、「年率1.7%」の発表は予想(4%程度)を大きく下回り、東京市場では
一時112円台まで円が売られました。

このGDPに対する見方は分かれています。今回最も予想を裏切ったのは個人消費と設備投
資ですが、これを額面通りにとらえる弱気派は、内需の減速感がところどころに見られると指
摘します。今の消費は、猛暑効果やアテネ五輪のためのデジタル家電購入に支えられた面
が強く、設備投資もデジタル家電を中心とした前倒し生産がされているため、下期はこれらの
反動が出ることを理由に挙げています。さらに、先のスノー長官の発言のように、米国経済に
減速懸念が出てきており、外需にも過大な期待ができなくなったという見方です。

一方、景気は減速していないという見方は、長期にわたるデフレがすでに収束に向かってい
ることに注目するものです。家計や企業の消費意欲が高まっており、機械受注(船舶・電力
除く民需)や資本財出荷といった設備投資関連の重要指標も強いため、今回の成長率鈍化
に対して、技術的な(統計上の)ぶれを疑っています。また、6月短観に表れていた4-6月期
の設備投資計画の上方修正が4-6月に実現せず、7-9月に増加する可能性が高いともして
います。

近づく「政治の季節」

いずれの見方をとるにしても、最大のリスク要因は原油価格の動向でしょう。これは世界各
国同様ですが、その影響を最も受けやすい(少なくとも「そう思われている」)のが日本及び
円であるため、市場参加者にとっては、今回のGDPも円安要因とする方が「マーケットに入
りやすい」のです。この日の海外市場も、東京市場の動きを受け、111円台後半の円安地合
いで始まりました。

しかしその日のうちにNYでは米国の要因でドルが反落しました。同日発表された6月の米国
貿易収支の赤字が、単月としては過去最大の558億ドルに拡大したためです。ドル/円は110
円台半ばまで下落しました。もっとも、その翌日に米財務省が発表した対内対外証券投資で、
米国への資金流入がネットで約66億ドル増加したことが、貿易赤字の影響をやや緩和しまし
た。


一方、気になる動きがあります。それは貿易赤字拡大を受けたスノー長官の「米国以外の経
済が減速していること」ことが赤字拡大の原因だという発言です。米国経済のファンダメメン
タルズは極めて強く、貿易不均衡是正には日欧の成長加速が必要だというものですが、「久
しぶりに来たか」という印象を受けます。

残り3か月を切った大統領選挙戦は今回も接戦です。イラクで対米強硬指導者サドル師の民
兵組織に対する掃討作戦を強化したのも、選挙までに大勢を決したいという意図の表れでし
ょう。また、原油高は米国の責任ではないかもしれませんが(もちろん中東情勢をこれだけ混
乱させて原油需給を悪化させた、ブッシュの外交政策の責任は非常に重いと思います)、そ
のあおりで米国自動車メーカーのドル箱とも言うべきSUVの売れ行きが鈍っています。
ブッシュ政権としては、できることは何でもしなければならない時期に入ってきました。

米政府高官によるこうした発言はこのところなかっただけに、為替市場の新しい材料になる可
能性には注意する必要があります。FRBが利上げサイクルに入っており、そのことが国民に
不人気であることを考えると、そろそろ政治要因が相場の重要な材料になる局面を警戒する
必要があると思います。




                      第44回 

                 ドルと巨人のアナロジー


                      
2004年07月25日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(7月23日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   110.15円(1.47円 ドル高円安)   

  ・ユーロ/円  133.23円(2.10円 ユーロ安円高)   

  ・ユーロ/ドル 1.2093ドル(0.0356ドル ユーロ安ドル高)    


2.今週のポイント

なんと言っても先週は20、21両日のグリーンスパンFRB議長証言が節目になりました。こ
のところの指標に表れる消費の減速は「一時的」と述べ、米国の景気先行きに楽観的な見
通しを示しました。そして金融緩和政策の秩序立った解消を示唆したことにより、今年あと
4回開かれるFOMC(連邦公開市場委員会)のそれぞれで利上げがあり得るという印象を
市場に与えました。

証言前は、ここまで強気な証言内容を予想していなかったため、ドルは売られ気味で、ドル/
円は108円台前半、ユーロ/ドルは1.24ドル台でした。議長一流の玉虫色コメントをメインシナ
リオとしながら、ポジションをややドル売りに傾けていたようです。週の後半ドル/円が110円
台、ユーロ/ドルが1.20ドル台までドルが回復したのは、ドルの先行きへの見方が本当に強
気になったと言うより、ドル売り持ちの解消が原因だったと思います。

他の市場を眺めると、欧州株を除いて大方軟調でした。米国株は議長証言の景気見通しを
好感したものの、インテル、モトローラを始めとする企業業績がおもわしくないことが悪材料
となり下落。米国債も利上げ見通しを嫌気して当然下落しました。日本の株式はほとんど前
日の米国市場に追随し不調。各国債券も米国債の影響で売られ、そうした中で主にドルの
為替だけが上昇したことになります。

ドルを見捨てられない理由

ところでこのコラムをずっとお読みいただいている方は、私が市場の平均よりもドルに強気
なことが多いのにお気づきでしょう。それにはいろいろな理由がありますが、実は大方の市
場参加者も同様ではないかと思います。それはドルとアメリカが依然として「巨人」であり、
巨人が強いことは見ている者を安心させるからです。

どこかで聞いたようなフレーズですね。そう、プロ野球です。巨人が強いと景気刺激効果が
あるとさえ言われます。巨人は現在中日の背中が次第に遠くなり、苦戦しています。スポー
ツニュースなど見ていても、一年間の長丁場を勝ち抜くのはとても無理なような気がします。
しかし、ニュース番組に限らず(メジャーを先に報じるケースが増えていますが)、日本のプ
ロ野球は巨人が一番大きな扱いを受けており、私のように実況を見ない視聴者でも、巨人
の状態だけは何となくわかるものです。

巨人は常に日本のプロ野球界をリードしてきました。最も豊かな球団であり、最新の理論や
技術を球界に紹介し、スター選手を輩出し、集めることで常に日本中から注目されています。
それはちょうど、アメリカの金融市場が世界中の資金を集め、常に注目されていることと重な
ります。それに比べると、ユーロは古くからの球団が名前を変え、その力は大方が認めてい
るという点で,いわば西武でしょうか。円は、強いだろう強いだろうと言われながら何度も期
待を裏切り続け、何年かに一度は期待に応える阪神?

さらに言えば、オーストラリア・ドルやカナダ・ドルは日本では高金利の外貨預金商品として
銀行がたびたび売り込みます。しかしこれらは「球団」よりもむしろ一選手、例えば広島の
「赤ゴジラ」嶋選手のイメージでとらえた方がいいような気がします。

市場を動かすのは誰か

話をドルに戻すと、パ・リーグの球団合併と一リーグ制にこだわる巨人の渡辺オーナーが、
私にはイラクとアルカイダの関係を強調し続けるブッシュ大統領に見えてしかたありません。
ナベツネ氏の言動は決してプロ野球のためにも巨人のためにもならないでしょう。しかしだ
からと言って、巨人の選手に人気があることに変わりはないようです。例えばどこかのスポ
ーツ紙の記事(と言っても見出ししかみていませんが)のように、巨人がパ・リーグに移るよ
うなことがあれば、世間の注目がパ・リーグに向かうだけのような気がします。

ブッシュ大統領のネオコン的な対外政策は、ドルの不安要因になっています。また軍事費
拡大による財政再建の遅れという形で、国内経済の悪材料も作り出しています。しかし世界
中のどこの市場(国)が、米国ほどその一挙手一投足を注目されているでしょうか。ブッシュ
の言動で不安が高まっても、グリーンスパンがしっかり安心させてくれます。(グリーンスパン
はそのあたりを非常に意識した発言をします。)他の国はさておき、米国の指標や金融市場
の動きを、世界中の市場参加者は逐一追いかけています。

それは勿論、純粋に「ドルはどちらに行くのか」という立場からのことでしょうが、同時にドル
が崩れては困るということは否定できません。世界経済のアンカーとしての米国とドルは、
今なくなってしまうことができないのです。弱くなるなら売って儲ければいいではないか、と
口では言っても、その帰結をおそらく誰もが考えているのでしょう。

ドルは長期的に下落を続けている、と言われます。また、全くの裏返しではありませんが、
「為替相場の歴史は円上昇の歴史だ」と言う人もいます。いろいろな根拠はありますが、ほと
んどの場合行き着くのは、米国の経常赤字が解消されず、むしろ今も拡大傾向にあるため、
それが「ドルの下落によってしか解消されない」という、「理論的な」主張です。

私もここで何度も書いているように、対外収支は非常に大切な要因だと考えており、それが
米国経済の根幹を本当に危うくする可能性は否定できません。たしかにドルはかつてのド
ルではありません。ですから、巨人戦の視聴率が1ケタ台になったように、ドルも80円まで
売られるようになったのです。その意味で、世界はたしかに動いています。

ただ、かつて西武が日本シリーズで巨人を破った時、「球界の新盟主」とも言われました。
その後西武はパ・リーグのトップ球団として今もその力を保つ一方、巨人は何度かの優勝
はしたものの、昔のような圧倒的な力があるとは言えません。それでも「野球は巨人」とい
うのが現状です。ヤクルトファンも横浜ファンも、ホームで相手が広島や中日の時には球場
に行かなくても、巨人戦では席を埋め尽くすことが多いのです。目の前ではホームチームに
負けても、よその球場ではきっと勝つ強いチーム。そう思っているのではないでしょうか。冷
静なエコノミストとは違い、肌でドルの動きに接している市場関係者は、自分がドル売り材
料をつかんだ時は「売りだ!」といいながら、そうした野球ファンのような心境ではないでしょ
うか。そして、実際に市場を動かしているのは彼らなのです。

「為替相場と付き合う方法」へ



                      第43回 

                   選挙に行こう

                      
2004年07月11日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(7月9日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   108.14円(0.15円 ドル安円高)   

  ・ユーロ/円  134.22円(0.81円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.2412ドル(0.0096ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

先週はほぼ行ってこいの展開となり、週前半はドル高、その後週末にかけドル売りが強まりま
した。前週金曜日に発表された米国の雇用統計は予想より低調でしたが、週明けからは参院
選で自民党が苦戦するとの見方からドル/円での円売りが先行し、その結果ドルが欧州通貨
に対しても堅調となりました。しかし8日(木)にリッジ米国土安全保障長官が「アルカイダが11
月の大統領選挙を妨害するために大規模テロ活動を計画しているという情報がある」と発言し
たため、ドルは翌日一時107円台まで下落しました。

本日投票の参院選の結果を前に、相場の話をする意味があるかどうかわかりませんが、週末
にドル売り材料が出たために、自民党の退潮をいくらか織り込んでいたそれまでの状況から、
選挙の要因については仕切り直しとなった感があります。このため、自民党が改選数を下回る
結果に終われば、再び円売りが強まる余地が出てきました。なお、選挙に限らず政治要因に
対する反応は、日本よりも海外の方が常に敏感かつ正直です。このあたりに政治に意識の差
が出ていると思いますが、仮に自民党が目標とする51議席を僅かに下回り、「微妙」ということ
で東京市場では動きがない場合も、海外で違う反応になる可能性は十分あります。

強弱入り混じる米経済の見通し

先週の為替・金融市場では、米国景気の先行きに対する見方が強弱交錯しているのが目立
ちました。強気派は、2004年度の米国のGDP成長率が4%台後半となり、金融引き締めサ
イクルに入ったFRBのもとで米国金利が上昇すると見られることに着目します。反対に弱気
派は、一向に改善する気配の見えない米国の「双子の赤字」を最大の理由とする場合が多い
ものの、それに加えて少し違った理由も出てきました。

米証券大手のゴールドマン・サックス社は9日付けで、2004、2005両年の米経済成長率の予
測を引き下げ、インフレ率予想を引き上げる方向で、見通しを修正しました。その要旨は、米
国の生産性が低下し、その結果成長が抑えられる一方で原油価格上昇に見られるようなイ
ンフレ圧力を吸収できなくなる、というものです。

高い生産性に対する楽観的な見方は、インフレを伴わずに高い成長を達成できると考える、
FRBの重要な拠り所です。これに基づき、FRBは年末に向けて小刻みな利上げで市場を
コントロールしていく意向であるというのが、大方のコンセンサスです。これに対しゴールドマ
ン社は、米国企業の生産性はすでに低下をはじめており、これが物価に影響を与えるため
に金利は高止まりせざるを得ず、これが成長を妨げると見ています。ミシガン大学による6月
の調査で、企業の期待インフレ率が上昇していることにも言及しています。

日本も一方的な強気は禁物

一方、日本については概ね強気の見方が支配的です。先日発表された短観も、目の覚めると
いうほどではなかったにせよ、予想を上回るものでした。製造業の大企業における景況感の改
善が目立ち、電気機械や鉄鋼では大企業の業況改善が中小企業にも及んでいることが明らか
になりました。企業利益の増加基調は、製造業、非製造業ともに続いています。

しかしその割には、選挙を控えていることもあり株価に元気がありません。外国人投資家は日
本株を4週間連続で買い越しており、その総額は約9200億円に上るにも関わらず、この間に
日経平均は1万2000円を前に足踏みし、円相場も1円程度の円高にとどまりました。こうした
動きを見て、榊原英資元財務官は、「もう円高は終わり。秋から年末にかけて120円方向」と、
あっという間に「100円説」から宗旨替えしてしまいました。

その大きな根拠は「景気回復を示す指標が続く中であれだけ強い短観が出て、それでも円
高が進まないのだから、これまでの円高サイクルは終わり」ということに尽きるように見えま
す。予想が当たるかどうかは別として、これは非常に現場的な考え方です。何よりも「100円」
の予測はたしか日本のGDP上方修正を受けてのもので、その時の円相場は109〜110円で
したから、その時にドル売りポジションを作ったとして、今買い戻せばほとんど損はしません。
このあたりは、現場のディーラーにとって非常に大切なことです。常に勝たなくても、負けを最
小限に抑えて、次にそれ以上勝てばいいのです。

「景気」だけではない

話が少しそれてしまいましたが、円相場はまだ一つの方向性に賭ける段階に来ていないと見
た方がいいと思います。景気回復を裏付けるデータは毎日のように発表され、日銀の超低金
利政策は「出口」を探る段階に来てはいます。しかし日銀が出口への道筋を示すのに躊躇して
いることが、日本経済が未だに抱える脆弱さを示しています。日本には常に巨大な貿易・経常
黒字という円高要因があることに加え、少し株価がしっかりしてくると、株価の「右肩上がり」
期待が外人買いの連想となって円高・株高論につながりがちですが、実際はそう簡単ではなく、
そうした期待は何度も裏切られてきました。

今回の景気回復局面では、リストラが一巡した企業の収益回復から、ようやく消費が盛り上が
りを見せる段階に来た一面も見えています。その意味で、前回も触れたように、景況感が円高
要因であるというのは恐らく正しいと思います。それは米国も同じことで、ドルは買われてもお
かしくありません。よく注意して為替相場の記事を読んでいると、最近は弱い景気指標でドルが
売られるのは、たいていテロ関連の悪材料もある場合です。予測に程度の差はあっても、米国
経済は4%そこそこの成長を達成するというのはコンセンサスで、これが上ぶれするような数字
が出たときにはドルが買われる一方、弱い数字はそれだけでは材料になりにくくなっています。

為替というのは相対的な価値を問う商品ですから、世界同時景気回復というような局面では、
そのスピードにはっきりした差がなければ、景気で為替の方向性を決めるのが難しいのは当然
とも考えられます。そしてこういう時は、市場は常に何か別の材料を探し、そこに新たな流れの
きっかけを求めようとします。アメリカにとってそれはテロであり、大統領選挙の動向でしょう。
そして日本では、やはり今日の参院選を格好のきっかけにしたいと、榊原さんならずとも多くの
市場参加者が期待しているはずです。

ということで、話は最初に戻ってやはり選挙に注目ということになります。しかし相場を考える前
に、今日はまず投票所に足を運びましょう。円が高くなるより安くなるより、その方がずっと大切
なことだと思います。



2004年06月27日

                      第42回 

                調整局面が近い円相場


                      

◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(6月25日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   107.58円(1.24円 ドル安円高)   

  ・ユーロ/円  130.95円(1.17円 ユーロ安円高)   

  ・ユーロ/ドル 1.2173ドル(0.0035ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

先週は、概ね円高基調で推移しました。週の半ばにかけて109円台の局面があったものの、
長期金利の高止まりにも見られるように、日本の景気回復への期待感を背景に円を買う動き
が根強く、ドル/円は一時107円ちょうどまで下落しました。

この動きのきっかけとなったのは、先々週の金曜日(18日)に米商務省が発表した1―3月期
の経常収支でした。それまではドル/円が110円を挟んだもみ合いとなる中で、相対的に好材
料に欠けるユーロが対ドルで1.2ドルを割り込む,という展開でした。しかし四半期ベースでは
過去最大となる1448億7900万ドルという経常赤字を受け、ドルはその日のうちに108円台に
急落しました。

有力証券各社のエコノミストたちも、「双子の赤字」懸念を理由に、ドルの見通しを一斉に下方
修正しています。米シティグループのグローバル通貨戦略責任者、ロバート・ シンチ氏は、
「われわれは収支不均衡の拡大に焦点を 移している」「米資産に対する海外の需要が減速
している兆候が見られる」と指摘し、経常収支が今後さらに悪化すればドルに悪影響を与える
可能性があると説明しています。

介入以外の資金の復活?

しかし、経常収支が悪化する一方で、少なくとも数字の上では海外資本の米国への流入が
増加しています。経常収支と同時に発表された1―3月期の資本収支は、1583億100万ドル
の流入超過でした。先ほどの経常赤字とほぼつり合う金額です。経常赤字国に転落して以
来の、米国のファイナンスのパターンが繰り返されています。

もちろん、この期間に日本が円売り介入した金額は15兆2000億円、1ドル=108円で換算す
ると約1400億ドルに上っていました。民間の資金はどうなのかという懸念は以前からありま
すが、スイスのクレディ・スイス・ファースト・ボストンの通貨ストラテジスト、ジェーソン・ブラン
カ氏も、改めてこの点に着目しています。彼は「対米投資資金が多ければドルにとっては好ま
しい」が、「資金はあまりなく、ドルが下落しない限り米国への資本流入はさらに難しくなるだ
ろう」と指摘し、やはりドルの予想を下方修正しました。

では、4月以降はどのような動きになっているでしょうか。まだあまりデータはありませんが、
15日に米財務省対内対外証券投資データが発表されています。これによると、4月の米国
への証券投資関連の資金流入は761億ドルと、3月の806億ドルからはやや減少したものの
引き続き高水準となりました。この期間の日本の介入は、すでに発表されているとおり(4月
に続き5月も)ゼロですから、米国への資金流入の構造は3月までとは違っていることが想像
できます。

外人の円債売却

一方、先週末にかけてやや落ち着いたものの、日本の長期金利上昇の背景に、外人によ
る大量の売却があったことが明らかになりました。17日に日本の財務省が発表した週間の
対内対外証券投資では、海外投資家による円債のネット売り越し額が1兆1200億円と、こ
の(週次)統計の発表を開始した2001年4月以来の最高額を記録しました。同じ週に外人が
日本株を3400億円余り買い越したのも、日本の経済指標改善→景気回復への期待→株は
買い・債券は売り という意味で整合性のある動きです。

こうした景気の見方自体は、素直に円高材料と考えるべきでしょう。特に株式投資は、為替
ヘッジをかけないことが多いので、増加が直接円買いにつながります。外国株式投資をヘッ
ジなしで行うのは、個別銘柄の値動きの独立性が高く、その結果為替の動きとの相関関係も
比較的低いためです。このことから、複数市場の銘柄に分散投資することによって、為替も
含めたポートフォリオ全体のリスクを小さくしつつ、高い収益率を目指すのが国際分散投資の
考え方です。

しかし外国債券の場合は事情が異なります。為替水準の変化は物価を通じて金利に直接
影響を与えます。このため金利動向を体現した商品といえる債券の値動きは、為替と非常に
高い相関があり、結果的に外国債券投資の収益は為替に最も大きく左右されています。この
ため、外国債券投資は50%から70%の為替ヘッジが望ましいという研究結果もあります。そ
して日本の投資家は最近まで、国内の低金利をカバーするために、フルヘッジ付きの外国債
券に、かなりの資金を振り向けていました。

日本の債券に投資している外国人も、そうした原則のもとに為替ヘッジをかけていると思われ
るため、最近の債券売りは同じ額の円売りにはつながっていません。仮りに彼らのヘッジ率が
70%ならば、円売りが生じるのは残りの30%、つまり3000億円強で、同じ同じ週における日本
株買い越しによる円買いとほぼ等しくなります。この数字はあくまで仮定に過ぎませんが、要
するに外国債券投資の為替への影響は、割り引いて考える必要があるということです。当然、
先週の発表で2週連続売り越しとなった日本人の外債投資動向にも、同じことが言えます。

「噂で買って...」は繰り返すか?

同じ公表数字によれば、外人の円債売り越し額は前週から90%以上減少し、600億円を若干
上回るにとどまりました。一方株式の買い越しは2500億円弱で、前週と合計すると6000億円
近くとなります。さらなる円高圧力を予想する論調が力を得ても不思議ではありません。しかし、
注意しなければならないのは、7月1日に日銀短観が発表されることです。最近の為替・金利市
の動きは、短観の改善とその後(少なくとも今年後半)の日本経済の上昇基調をすでに織り込
んでしまっています。

短観が予想を裏切った場合はもちろん、予想通りであっても「噂で買って事実で売る」という相
場の格言が繰り返される可能性は、決して低くはありません。その時には、米国の第1四半期
実質成長率が3.9%と堅調だったこと、中でも雇用に改善が見られることにスポットが当たり、日
本については「参院選への不透明感」が格好の材料となり、さらにこれまで顧みられなかった
「日銀、長期金利の上昇を牽制」という見出しが為替ディーラーの目を引くことになるでしょう。

日本の景気が回復基調にあることは確かだと思います。しかし5月中旬の114円台から始まった
円高相場は、6月始めの110円台での踊り場を経て1ヵ月半になります。短観の数字が、目の覚
めるようなバラ色でない限り、月末から7月前半の円相場は、調整局面を迎えることになりそう
です。


2004年05月30日

                      第41回 

                やさしい通貨オプション(4)


                      
2004年05月30日
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1.市場の動向:(5月28日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   110.22円(2.11円 ドル安円高)   

  ・ユーロ/円  134.70円(0.08円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.2224ドル(0.0241ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

市場は気迷い状態です。市場で最も目立った動きをして注目されたのは、原油価格でした。
NYMEX先物7月限りで40ドルを上回る上昇は、FRBによる利上げを早め、その幅も拡大するという
観測からのドル買いと、そのこと自体が米国経済に悪影響を及ぼすとの見方との、両方の反応
につながり、ドルが上下を繰り返しました。

原油価格の上昇は日米欧の中で日本に最も悪影響を与えるとの見方(実際のところはともかく)
と、株価の軟調さから、週前半は円安での推移となりました。しかし26日発表の4月貿易収支が
予想を上回る黒字額を示し、企業の景況感の先行きに対する強気の見方も出てきたために、週末
にかけて110円台前半まで値を戻しました。

日本の対内対外証券投資の最新データでは、外国人投資家による日本の株式売り越し額が大幅
に減少し、日本株売りもいったん収束した感があります。短期的には引き続き円高含みの展開
の可能性がやや強いと思われます。

アット・ザ・マネーの考え方(通貨オプション最終回)

為替の方向感を反映する指標として、リスク・リバーサルをご紹介するために通貨オプションの
話を始めました。リスク・リバーサルの水準とは、行使される可能性の等しいコールオプションと
プットオプションの、どちらの価格が高いかを表します。つまり、買いと売りのどちらに賭けるか
という度合いの強さが、リスク・リバーサルに反映されているというわけです。とりあえず前回ここ
までで、当初意図したところまではお話ししたことになります。今はいわば延長戦に入っています。

行使される可能性に対応して、イン・ザ・マネー(ITM)、アウト・オブ・ザ・マネー(OTM)、アット・
ザ・マネー(ATM)という区別がありました。そしてATMについて、アット・ザ・マネー・スポット
(ATMS)とアット・ザ・マネー・フォワード(ATMF)に触れたところまでが前回でした。

ヨーロピアンオプションの場合

この二つが、ヨーロピアンとアメリカンというオプションの二つのタイプと関係がある、と前回
予告しました。オプションの行使価格をATMに設定したい場合、どの水準にすればいいのでしょう
か。今回はこの点から始めます。まずヨーロピアンタイプです。例として、約定日5月31日、ドル/円
のスポットレート(前回出てきました)が110.00円の状況で、3か月のドルコール(円プット)オプ
ションを購入する例で考えます。この場合の期日は8月31日(受渡しは2営業日後=9月2日)に
なります。この時のATM、つまり「オプション行使と同時に市場で為替の反対取引をした場合に、
損益がプラスマイナスゼロとなるような行使価格」はいくらでしょうか。

ヨーロピアンですので、オプションを行使できるのは満期日ただ1日です。ですから、約定時点
で考えられる理論的な3か月のレートがATM水準です。(オプション料は除外して考えています。)
つまり3か月のフォワードレートがATMということになります。
  ヨーロピアンのATM水準は、ATMF というわけです。(コール、プットとも同様です)

ところで「フォワードレート」という言葉は前回も出てきましたが、これは例えば日経新聞なら
14ページあたりの「マーケット総合」面の右端の欄(東京外為市場)に毎日出ています。上から
4分の1くらいのところに、「銀行間ドル直先スプレッド」が出ています。29日の新聞では

    3か月 (実勢)d0.375  (年率%)1.32

となっています。これは「3か月先に受け渡すレートを今決めると、その水準は今のレートより
0.375円低い(dはディスカウントのこと)。そしてこれはドルと円の3か月物の金利差を1.32%
として計算した」ということを表しています。ですからスポットレートが110.00円ならば、3か月
先の受渡レートは109.625円となります。

説明は省略しますが、ここでは「外貨1単位=〜円」というレート表示(1ドル=110円のよう
に)の場合には、円よりも金利の高い通貨のフォワードレートはスポットレートよりも低くなる、
ということを覚えてください。このような場合を外貨が円に対して「ディスカウント」であると
言います。逆に金利の低い通貨の場合はフォワードレートの方がスポットレートよりも高くなり、
円に対して「プレミアム」であると言います。(オプション料を表す「プレミアム」とは全くの
別物です。ややこしくて申し訳ありません。ところで今はそんな通貨はほとんどありませんね。
イスラムの法律では「利息」を取ってはいけないことになっていますが、ゼロ金利ではありま
せん。銀行貸し出しにも「投資へのリターン」という形で実質的な金利が存在します。余談)

アメリカンオプションの場合

アメリカンでは少しややこしくなるので、結論を先に言うと、ATM水準は

  ディスカウントの通貨:コールでは ATMS、プットでは ATMF
  プレミアムの通貨  :コールでは ATMF、プットでは ATMS

になります。ここではドル/円を例に、ディスカウントである通貨の場合を説明します。
先ほどと同じ状況(スポット110円のドルコール、期間3か月)で、今度はアメリカンオプションを
考えます。アメリカンでは行使期間は「行使できる期間」ですから、満期の8月31日に行使す
れば勿論、購入当日に行使してもレートは同じです。(この場合の受渡は9月2日ではなく、行使
の2営業日後である6月2日になります。)

購入したオプションの行使価格を、スポットよりもドル高(例えば112円)に設定した場合は、OTM
になります。ドルコールの行使と同時に反対取引(ドル売り)を行うレートを、満期までのいずれ
かの日のフォワードレートと想定するため、そのレートはスポットレートの110円よりも低くなります。
反対に、行使価格をドル安に設定する場合、満期日のフォワードレート(109.625円)よりも低く
すれば、オプションはITMになります。満期日までのフォワードレート(110円から109.625円までの
どこか)のどのレートで反対取引をしたと考えても利益が出るためです。

行使価格をスポットレートと等しく設定した場合、反対取引の損益はゼロまたはマイナスになり
ます。しかしマイナスの時はオプションを放棄できることを考えると、このオプションはATMとして
の価値だけを持ちます。この結果、ドルコールのATM水準となる行使レートは、ATMSということに
なります。なお行使価格をフォワードレートの範囲内に設定すると、以上の考え方からはATM、ITM、
OTMのどれにもなり得ますが、これはITMオプションと考えます。

反対にドルプットの場合は、行使価格を満期日のフォワードレートにすると、反対取引の損益がゼロ
またはマイナスとなるため、これがATM水準です。つまり、ドルプットのATM水準は、ATMFである
ということです。プレミアム通貨の場合のコール、プットについては練習として確認してみてください。
なお、今回の説明はあくまで、行使価格としてATMをどこに設定するかということです。約定の時点
ではATMだったドルコールオプションも、翌日に円安になればその時点ではITMとなり、円高になれ
ば、OTMのオプションとなります。

身の回りにある通貨オプション

通貨オプションについて、順不同ですがいろいろ書いて来ました。ご興味を持っていただいた方も、
何のために長々と書いているのか疑問に思われた方もいらっしゃると思います。後者の方のために、
最後に少し補足をしておきます。外貨預金の広告で、「円安になれば利回りが上昇します。円高に
なっても最低金利〜%(通常の円運用よりもやや低い)を保証します」といったものがありますが、
これは通貨オプションを利用した最も単純な商品です。

仕組みは、まず外貨を買って預金として運用すると同時に、満期日の外貨売り予約を行うことにより
円ベースでの運用利回りを確定します。(ここで確定する金利は、理論的には円運用と等しくなり
ます。)そしてこれとは別にドルコールオプションを購入します。これにより、満期日に円安になって
いればドルコールオプションを行使し、市場で反対取引としてドルを売って為替の売買益を預金金利
に上乗せします。円高の場合はオプションを放棄します。購入したオプション料がコストとなるため、
最低保証金利はその分低くなるわけです。このように、何かの条件付きで魅力的となる商品には、
裏にオプションが組み込まれていることが多いのです。

最後に少し罪滅ぼしをしましたが、わかりにくい話に4回にわたっておつきあい頂いたかたは、本当に
ありがとうございました。次回からはまた、市場の話が中心になる予定です。


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