To HOMEPAGE
最新の「ワンポイント」
次のページ
前のページ

ワンポイント為替市場 (31-40)
「二十一世紀に生き残る会」HPに寄稿の同名コラムを転載)

2004年05月16日

                      第40回 

                やさしい通貨オプション(3)


                      
2004年05月16日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(5月14日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   114.22円(2.00円 ドル高円安)   

  ・ユーロ/円  135.76円(2.35円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.1884ドル(0.0002ドル ユーロ安ドル高)    


2.今週のポイント

7日の米国雇用統計が予想を上回る改善を示し、グリーンスパンFRB議長の議会証言以来
の利上げ期待がさらに強まったことから、ドルが各通貨に対して堅調になりました。しかし
その後は福田官房長官の辞任、日本の機械受注統計の低調さといった円の悪材料が出る
一方で、ユーロ圏の景況感が改善して利下げ予想が後退したことから、円はドルだけでなく
ユーロに対しても売られるという独歩安の展開になりました。

さらに金曜日には小泉首相にも国民年金未加入期間があったことが発覚し、さらに円安が
進んで週を終えています。余談ですが、このニュースに対する反応は、政治スキャンダルに
対する彼我の感受性の違いがはっきり出ていたと思います。共同通信から日本語で発信さ
れた直後にはほとんど動かなかった円相場が急に円安に動き出したのは、英訳の見出しが
出た瞬間でした。

3月中旬以降日本の円売り介入が全くないのにドル高円安となった背景には、海外投資家
が日本株を大きく売り越し(4月26〜30日の週に1036億円と、昨年12月以来の額)、その一
方で日本の投資家が外国株式を6週連続買い越し、といった資金フローの動向もあります。
世界の投資家がようやくアメリカに対する自信を取り戻しつつある、といった見方も出ており、
短期的には円安が進みやすいのはたしかですが、まだ要注意の面はあります。

日本からの海外投資については、日本の投資家が外貨資産の組み入れ比率を上げるとい
う明示的な兆候はまだ出ていません。ドルが110円を上回ったあたりから、為替ヘッジを解
消する動きが加速した結果とも考えられます。一方で目立つのがオーストラリア、ニュージ
ーランドといった、高金利国の通貨の下落です。これらの通貨は米国金利動向の裏返しと
いえる動きが特徴の一つです。米金利が堅調になると、相対的な魅力が減退するために、
上昇局面の転換期になることが多いのです。

高金利通貨への選好が静まることは、円安材料が一つ後退することです。先の機械受注
は弱かったものの、3月決算ではトヨタに象徴される最高益企業が相次いでいます。こう
したことから、今の円安の勢いが継続すると考えるのは、やや難しい状況です。ただし、
年金保険料の収納状況について、民主党を始めとする野党が次々と全面公開している一
方で、自民党が自主公開の原則によって爆弾を抱えたままでいることは、特に海外勢か
ら根強い円売り材料とされる可能性があります。

今週は、小泉首相にとって年金問題だけでなく(というよりその印象を隠すためかも知れ
ませんが)訪朝という重大イベントがあります。加えて、米国軍のイラク人質事件への
米政府の対応や米国内の反応も注目され、政治的な材料が転換点になる可能性も考え
ておくべきでしょう。

リスクリバーサルの条件

通貨オプション第3回です。前回、リスクリバーサルは、ある条件のもとで通貨、行使期間、
金額が同じコールとプットを同時に売買すると書きました。しかしこれは正確には、

  『プットの売りとコールの買い、または プットの買いとコールの売り

を同時に行なうことです。大事な点が欠けており、申し訳ありませんでした。なお、リスクリバー
サルの水準は、コールとプットのボラティリティの差(コールからプットを引く)ということをお話し
しましたが、このため表示はパーセントになっていることを補足します。

ところで、「ある条件のもとで」というのは行使価格に関するものです。ただし、同じ行使価格で
はありません。例を挙げると、ドル/円の実勢レートが114円の時に、「行使期間1か月、行使価
格120円」のドルコールとドルプットならば、明らかにプットの方が行使可能性が高いため、オ
プション料(プレミアム)も高くなります。

我々の出発点は、リスクリバーサルでのコールとプットの高低が、市場参加者の為替の見方を
反映するということでした。そこに立ち戻ると、コールとプットの選好度合いが市場に対する見方
と結びつくためには、行使される可能性が等しくなければなりません。「ある条件」とはこのこと
です。非常に大まかに言えば、ドル/円の実勢が114円ならば、行使価格が112円のドルコール
と116円のドルプットといった組み合わせです。(実は、リスクリバーサルの本来の意義はそうし
た指標性ではなく、ヘッジ手段としてのものですが、長くなるので省略します。「ゼロコストオプ
ション」という呼び方でご存知の方も少なくないと思います。)

オプションのデルタ

オプションが行使される可能性は、「デルタ」という指標で表されます。これは、例えば為替レー
トが1円動いた時に、オプションの価格が何円(何銭)動くかを示す数字、つまり為替レートの変
動に対するオプションプレミアムの変化率のことです。

為替レートが1円動いた時に、オプションのプレミアムが50銭変わる場合を、デルタが50であると
いいます。これはオプションが行使される可能性が50%ということです。では、行使期間1か月、
行使価格200円のドルコールオプションを今締結した場合、これが期日に行使される可能性は
どうでしょう。限りなくゼロに近いと言えますが、これをデルタ=0の状態と言います。実勢レート
が1円動いても、プレミアムが変化しないということです。逆に200円のドルプットの行使可能性
はほぼ100%ですから、デルタ=100です。これは、レートが1円動けばプレミアムも1円動くと
いうことです。

このように、オプションのデルタは0から100の間で変化します。デルタ50、つまり行使の可能
性が50:50というのは、行使価格が実勢レートと同じ水準の場合です。これを「アット・ザ・マネー
(At The Money)」略してATMと呼びます。それより行使の可能性が低い場合が「アウト・オブ・
ザ・マネー(Out of The Money、OTM)」、高い場合が「イン・ザ・マネー(In The Money、ITM)」
です。言い換えれば、期日に行使して利益が出る場合がITM、損失が出る場合がOTM、損益
ゼロの場合がATMということです。

ATMS、ATMF(S=スポット、F=フォワード)

なお、ATM、ITM、OTMという用語は、オプションの行使場合を決定する時にも使います。約定時
に、実勢のスポットレート(取引の2営業日後に受け渡す取引。一般にいわれる為替相場はこの
取引でのレート)と同じ水準にするのが「アット・ザ・マネー・スポット(ATMS)」です。一方、行使
価格を期日の先渡し(フォワード)レートにするのが「アット・ザ・マネー・フォワード(ATMF)」です。

これは単に行使価格決定の際の選択肢というだけでなく、オプションがヨーロピアンかアメリカンか
の違いとも関係があります。少し難しいかもしれませんが、ご興味のある方は一度考えてみて下
さい。ヒントは、損益分岐点の違いです。(この項まだ続きます)


「為替相場と付き合う方法」へ
2004年05月02日

                      第39回 

                やさしい通貨オプション(2)


                      
2004年05月02日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(4月30日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   110.46円(1.50円 ドル高円安)   

  ・ユーロ/円  132.29円(3.23円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.1975ドル(0.0133ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

G7後の為替市場はおおむね安定した動きの中、円が弱含む展開になっています。
今回のG7は、前回と全く同じ「為替の過度の変動と無秩序な動きは望ましくない」という表現を
繰り返し、結果的に材料視されませんでした。


米国のデフレ懸念が後退したとの判断を示したグリーンスパンFRB議長の発言を受け、29日
のGDP発表に向け、米景気回復の期待感からドルが堅調となりました。またユーロも、26日
に発表された独IFO研究所の4月景況感指数が予想を上回ったため、下げ止まった感があり
ます。

米国のGDPは予想を下回ったためドルがやや反落しました。比較的材料がなかった円は、週
を通じてドルとユーロの動きに左右される展開でしたが、中国が金融引き締めに動いているこ
とが悪材料となり、円安基調の一因となったという見方もありました。

通貨オプションー前回のまとめ

さて前回、通貨オプションの「リスクリバーサル」が為替相場の見通しの力関係を反映する、
ということを紹介し、通貨オプションの世界に足を踏み入れました。簡単におさらいをしておき
ましょう。まず、オプションには買い手と売り手がいます。

 オプションの買い手は、オプション料を払って、自分に都合がよければ予約を実行できる
 オプションの売り手は、オプション料を受け取り、買い手の要求で予約を実行しなければな
 らない

ということが基本です。買い手は権利を持ち、売り手は義務を持つわけです。


次に、買い手が持つことのできる権利には二通りあります。

 プットオプションは、ある通貨を売ることができる権利
 コールオプションは、ある通貨を買うことができる権利

です。そして為替の場合にには、一つの取引が二つの通貨で成り立つので、一方の通貨の
プットはもう一方の通貨のコールでもあります。

オプションの対象となる予約の期日が3か月先だとすると、契約が成立してから3か月間(正
確には期日の2営業日前まで)を、そのオプションの行使期間と呼びます。ただしオプション
には二つのタイプがあり、ヨーロピアンタイプと呼ばれるものの場合、買い手が行使するかし
ないかを選択できるのは、行使期間の最終日だけです。これに対しアメリカンタイプというの
は、行使期間内ならいつでも、オプションを行使することができます。これは前回ふれなかっ
たので補足しました。つまり

 ヨーロピアンの行使期間=行使するまでの期間
 アメリカンの行使期間=行使できる期間

です。他の条件が同じであれば、オプション料は当然アメリカンの方が高くなります。


プットとコールの価格差

さて、リスクリバーサルですが、これはある条件の下で通貨、行使期間、金額が同じプットと
コールを同時に締結することです。(ある条件というのはまた後になって説明します。いろい
ろ小出しにして申し訳ありません。前提となる説明を全て先にすると、それだけでいやになっ
てしまうかもしれないので、あえてこのような形で進めます。)プットとコールを同時に締結す
る時、両者の価格は必ずしも同じではありません。ここからはドル/円を例にとりますが、ド
ルコールの方がドルプットよりも高ければ「ドル買い円売り」のニーズが高いことを意味し、
(ここでつまづいた方は、コールとプットの定義を確かめて下さい)市場がドル高円安に傾い
ていることがわかります。


ここで、為替の見通しを反映するという点からオプションの価格についてもう一度考えてみ
ます。
プット、コールというオプションの価格を決めるのは、「実勢レート、行使レート、行使期間、
金利水準、予想変動率」でした。よく見ると、これらの中で行使レートと行使期間は当事者
の間で決めることができます。また、実勢レートと金利水準は契約時にわかっています。
唯一の不確定要因は将来為替レートがどのように変動するかという、予想変動率だけで
す。今後これを「ボラティリティ」というオプションの用語で呼びます。

ボラティリティは年率のパーセントで表され、過去の実際の相場の変動率に基づく市場参
加者の予想や需給を反映しています。ただしそれ自体は円高・円安といった方向性の見
通しを含んではいません。
重要なのは、対象となる為替レートの変動幅が大きいほど、予想変動率であるボラティリ
ティも高くなることです。


ボラティリティが高くなれば、オプションが行使される状況が実現する可能性が高まります。
オプションが行使される状況では、オプションの売り手の損失は無限に拡大するリスクが
ある、ということは前回ふれました。このため、ボラティリティが大きいと、オプションの売り
手はオプション料を高めに設定してリスクから自分を守ろうとします。このような形で、ボラ
ティリティはオプション価格に反映されています。そして、リスクリバーサルでのコールとプ
ットの価格差は、

 「コールのボラティリティ」ー「プットのボラティリティ」

によるパーセント表示で取引されています。

どうでしょう。何とかわかりやすく説明できているでしょうか。一度にあまりたくさん書かな
いようにして、もうしばらく続けます。


「為替相場と付き合う方法」へ

                      第38回 

                やさしい通貨オプション


                          2004年04月18日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(4月16日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   107.72円(1.30円 ドル高円安)    

  ・ユーロ/円  129.20円(0.50円 ユーロ高円安)    

  ・ユーロ/ドル 1.1993ドル(0.0099ドル ユーロ安ドル高)    


2.今週のポイント

イラクの日本人人質事件、さらに国籍を問わない無差別な誘拐・殺害が相次ぎ、市場の動きも非常
に神経質になっています。イラク情勢が悪化・長期化すれば、最も悪影響を受けるのは米国とドルで
あることに変わりはありません。しかしスペインでのテロ事件以来、イラク→ドル売りという単純な図
式ばかりではなくなっていることも事実です。

そのため日米欧の景気に対する注目度が、少し高まりました。米国は16日(金)の鉱工業生産指数
とミシガン大消費者景況感指数が予想を下回ったものの、それまでの指標は概ね景気の先行きに
自信を与えるものでした。シカゴ商品取引所のフェデラルファンド金利先物は、米国で7〜8月には
0.25%の利上げがあることを見込んだ水準となっています。

日本の景気回復基調に変化はないと見られています。竹中経財相も4月の月例経済報告で、国内
景気の現状は「企業部門の改善に広がり」が見られるとしています。ただし新年度に入り、日本の
機関投資家の外貨資産への投資が再開するとの見方も強く、当面円買いの勢いを弱めています。

こうした日米景気への強気な見方に対し、ユーロ圏の景気は相対的に低迷しており、利下げの時期
が注目されています。1ユーロ=1.2ドルを割った後、1.18ドル台からは反発していますが、ファンダメ
ンタルズの改善を反映したものではなく、ユーロに対する先安感は払拭されてはいません。

「先高・先安」の尺度

ところで、ある通貨の先高感・先安感というのは、水準としての「円高・円安」等とは異なるものです。
1ドル=110円が100円になった場合、円の先高観が強かったからそうなったというのは正しいとしても、
110円の水準で市場がさらに円高を見込んでいるかどうかを表すものではありません。これが株式な
らば、1000円が900円に下がった段階で依然として100万株の売り越し、などということがわかります。
では為替にこれにあたる数量的な手がかりはないのでしょうか。

実は二つあります。一つは、通貨先物の売買の建て玉の枚数です(先物は契約数を1枚、2枚と数え
ます)。代表的な通貨先物市場は、シカゴ・マーカンタイル取引所(略称はCME。先ほど出たシカゴ
商品取引所はCBOTと略します)にあります。

もう一つが通貨オプションの「リスク・リバーサル」と呼ばれるものの取引水準です。これは例えばドル/
円の市場で、ドル上昇を予想する人と下落を予想する人のどちらが多いかという、力関係を反映しま
す。これがどういう意味かということをこれから書いていきますが、そのためにまず、「通貨オプション」
とは何かを確認しておかなければなりません。ですから、今回はリスク・リバーサルの話まで到達する
前に終わってしまいます。あらかじめお断りしておきます。

通貨オプションとは

例えばある企業が1億円を3ヶ月間ドル預金で運用するとします。今なら108円でドルを買うと約93万ド
ルです。ただし預金の満期にドルが100円になっていたら、1%に満たないドルと円の金利差など、為替
差損で吹き飛んでしまいます。このリスクを避けるために、その企業がまず考えるのがドルの売り予約
です。預金をした翌日、日本株が大暴落してドル/円が110円になり、その企業が預金の満期に合わせ
て元利合計分のドル売り予約をすれば、2円の為替差益が確定します。

普通ならこれで十分ですが、もしドルが上昇を続け、3ヵ月後にはさらに10円上がっていた場合、「どう
してあんな円高の時に...」ということになるかもしれません。そこで,「円高で損をするのはいやだ。
しかし円安になった時の利益を今から放棄せずに済む方法はないか」という、虫のいいニーズに応える
ための商品ができました。それがオプション取引です。(実は米国の個別株で最初に行われました。)

つまり、「110円でドルの売り予約をする。実勢レートがそれより安ければ予約を実行するが、高くなっ
てその時の実勢で売った方が有利な場合には、予約を放棄することができる」というもので、日本語で
は「選択権付き為替予約」と呼んでいます。

もちろんこれにはコストがかかります。つまりこの企業は将来ドルを110円で「売ることができる権利」
を購入するので、この権利の対価をオプション料という形で支払わなければなりません。例えばオプ
ション料が1ドルあたり1円というように、為替レートに換算した形で約定した上で、為替の決済金額
とは別に(決済するかしないかわかりませんから)支払います。

基本用語

オプション料を支払うことによって、この企業はドルが110円以下の場合はオプションを「行使」して
110円の売り予約として実行することができます。反対に110円を上回るレートで市場で売ることが
できる状況であれば、オプションを「放棄」し、新たに市場実勢で売り予約を締結します。「行使」
「放棄」はオプション取引で用いられる用語ですが、行使するの場合はあらかじめ決められた日時ま
でにオプションの買い手から売り手に通知しなければなりません。通知がなければ自動的に放棄扱
いになってしまいます。

すでにお気づきかと思いますが、オプションを放棄して市場で115円でドルが売れた場合、この売り
予約の実質的な価値は、オプション料1円相当を差し引いた114円になります。しかしこの1円分だけ
負担すれば、どんなにドルが下落しても110円のドル売り予約が保証されます。コストを限定する一方
で、収益機会を追求できるのがオプションの買い手にとってのメリットです。

こうなると、このドル売り予約のオプション(ドルの「プットオプション」といいます)を売る側にとって、何
もしないでいれば損失がオプション料でカバーできないどころか、無限にふくらむ可能性があります。
オプション料を決めるのは、為替の実勢レート、行使レート(上の例では市場実勢の水準でしたが、自
由に決めることができます)、行使までの期間、金利水準、そして為替の予想変動率です。オプション
の価値は行使までの間もこれらの要因によって変動します。従ってオプションの売り手はこれらの要素
に基づく確率モデルを利用して、損失を防ぎ、さらに収益をあげるために努力します。ただしこの話にこ
れ以上立ち入ることはしません。

なお、今回の例と反対にドル買い予約をする権利を、ドルの「コールオプション」と呼びます。また、為
替は二つの通貨が関わるため、ドル/円での「ドルプット」は(ドルを売って)円を買う権利ですから「円
コール」でもあります。反対にドル/円の「ドルコール」は同時に「円コール」です。これらの用語は次回も
頻繁に使う予定ですので、頭に入れておいてください。(この項続く)


「為替相場と付き合う方法」へ

                      第37回 

                  中国元の基礎知識


                          2004年04月04日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(4月2日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   104.47円(1.49円 ドル安円高)    

  ・ユーロ/円  126.77円(1.80円 ユーロ安円高)    

  ・ユーロ/ドル 1.2134ドル(0.0004ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

財務省・日銀の防衛ラインだったはずの105円を切ったドル/円が、3月31日に103.39円まで下落
するスピードはあっけないほどでした。スノー米財務長官をはじめとするアメリカからの牽制にあっ
て日本の介入姿勢が後退すると読んだ市場の判断は正しく、105円台になっても前回のような抵
抗はありませんでした。何回かの口先介入も効果なく、約4年ぶりの円高水準を記録しました。

しかし2日(金)に発表された米国の雇用統計が、予想を大きく上回る改善を示したため、ドル/円
は104円台半ばまで買い戻されて週を終えています。依然としてドル/円は下値を探る動きが先行
しそうですが、103円台突入が31日の海外市場だったことは注意すべきです。この日は日本企業
の決算期末で、水準の如何に関わらず東京時間は当局が大きな変動に目を光らせている、という
のが市場の暗黙の了解です。特に東京時間の円高には抵抗を示すと見られています。そこで東京
の夕方を過ぎるのを待って円買いが進むというパターンが、過去何回も起こっています。今回もまさ
にその通りでした。105円を割ったので一気に100円、と見る前にこの点を差し引く必要があります。

QアンドA  「人民元切り上げ」

2月に「Go-21」の例会で講演した際に、参加者の方から人民元に関するご質問をいただきました。
ご関心の高いトピックだと思いながら、時間の都合もあってその日の内容には入れていませんで
した。今回はその埋め合わせの意味も兼ねて、人民元についてまとめてみます。

(Q1)元は固定相場制というのは本当ですか?
  正確には「ドルペッグ制」です。これは自国の通貨レートをドルに連動させること、つまり「対ドルで
の固定相場制」を意味します。(中国は固定相場ではなく「管理フロート制」と言っています。しかし
実際には1ドル=8.2760―8.2800元の幅にとどまるように介入しており、事実上対ドル固定相場で
す。一方ドル以外の通貨に対しては変動します。例えば「ドル安円高」の局面では、自動的に「元安
円高」になります。

(Q2)なぜ元はドルに連動しているのですか?
  中国にとって、元をドルに連動させることにはいくつかの意味があります。まず、国際競争力のない
産業を、元を安く固定することによって守ることができます。次に、中国の金融システムは整備が遅
れているため、為替変動リスクから守る必要があります。また、対ドルレートを固定して対米輸出を
確実にすれば、国内の雇用を安定させることができます。

(Q3)元切り上げ論の背景は何ですか?
  ここは重要です。貿易不均衡を背景にした外圧が常に話題になりますが、本当の問題は国内のイ
ンフレです。中国の消費者物価指数は2003年以前にはマイナスで、2002年は-0.8%でしたが、昨年
初頭にプラス転換して以来加速し、年末には+3.2%となりました。昨年のGDP成長率は9.1%に達し、
通貨切り上げがないままだと、2004年末には10%インフレという予想もあります。しかしこれに対して
金融の引き締めを行うと必要以上のデフレ圧力を生む懸念があるため、元の切り上げが有効な手段
として浮上しました。これが昨年になって元切り上げ論が盛り上がった最大の理由です。

(Q4)中国当局はどう考えているのですか?
  単に通貨が安定していればいいという姿勢ではないようです。中央銀行である中国人民銀行の周
総裁は2月に,今年は「為替相場の形成メカニズムをより良いものにする」と発言しました。具体的に
どのような相場を指すのかという言明はありませんでしたが、4月3日にも「中国政府は徐々に相場の
縄を解くことが目標だと宣言している」「米政財界の要求に応じて(早急に)対ドル固定制を放棄すれ
ば世界貿易をかく乱するだろう」と述べました。これは相場相場の弾力化に取り組んでいるが、速す
ぎる変化は望まないということです。このため少なくとも小幅な変動は許容するという解釈が、市場
の元切り上げ観測を強めています。

(Q5)インフレ以外にも、ドルペッグをやめる動機はありますか?
  最近アメリカでは大統領選挙を意識したためか、対中国セーフガードの発動やダンピング仮決定な
ど、保護主義的な動きが強まっています。アメリカが輸入してくれることを前提としたドルペッグ制で
すから、その前提が崩れてしまえば最大のメリットを失い、ドルペッグ制の意味がなくなります。ブッ
シュ大統領は再選のために「元切り上げ要求」カードを今後も使うことが予想され、さらにドル安局面
が続けば、円やユーロに対する元安となり、米国以外からも中国批判が高まることが予想されます。
  また、ドルペッグには現在もディメリットがあります。まず、米国経済に依存する体質が避けられませ
ん。米国景気が後退すると中国経済を直撃します。また、中国には4000億ドルを超える外貨準備が
あり、その4割近くをドルで保有しています。ドルが下落すれば、外貨準備の資産価値は目減りしま
す。元に換算した価値は変わりませんが、元自体の価値がドルと一緒に下がってしまいます。

(Q6)元切り上げは中国経済を失速させてしまいますか?
  その可能性は低いと言われています。今年のうちに約5%の切り上げがあり得るというのが有力な
予想ですが、その程度ならば輸出産業にとって克服可能と見られています。また、輸出主導と言われ
ることの多い中国経済も、実は内需の比重が高まっています。ゴールドマン・サックス証券の調査に
よれば、2004年のGDP成長率予想は+9.5%、これに対する寄与度は,個人消費+4.0%ポイント、固定
投資+6.9%ポイントとされています。日本経済と同様、通貨高のマイナス度合いは低下しています。

(Q7)元切り上げの円への影響は?
  円高要因にはなりますが、その影響は限定的と見られます。他のアジア通貨は中国との国際競争
力低下を懸念し、これまで自国通貨を低めに誘導しています。その中で、円は対ドルでの上昇がすで
に進んでいます。元切り上げを背景とした円高は免れないとしても、その幅は元や他のアジア通貨と
比べて小さくなると予想され、その結果「ドル安円高」と「アジア通貨高円安」が同時進行すること
になるでしょう。


「為替相場と付き合う方法」へ

                      第36回 

                  米大統領選本格始動


                          2004年03月21日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(3月19日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   106.70円(4.10円 ドル安円高)    

  ・ユーロ/円  131.07円(4.31円 ユーロ安円高)    

  ・ユーロ/ドル 1.2283ドル(0.0067ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

介入の切れ目が円安の切れ目、といった様子で円高が戻ってきました。冒頭のレートをご覧の通
り、先週はユーロ/ドルがほぼ横ばい、ドル/円とユーロ/円はほぼ同じ変動幅で円高、ということ
で円が独歩高となりました。

3月8日にスノー米財務長官が「市場介入が必要な通貨は強い通貨とはいえない」という発言で日
本の介入を牽制したことから円売りにブレーキがかかり、「円押し下げ介入」という見方に代わり介
入後退観測が強まりました。介入姿勢のテストは110円でしたが、ここを簡単に割ったことから一気
に円買い、という教科書通りのパターンだったように思います。

最近の日本の政府筋の発言を見ると、円の押し下げを図る動きはなくなったと見られます。米国
が牽制している状況では効果をそがれてしまうという判断でしょう。ただし日本の景気回復がまだ
持続的とは言えないと見ていることも事実です。市場では前回のドル/円の底値でもある105円台
での当局の出方を警戒しながら、当面はドル売りが先行しやすくなるでしょう。

ブッシュ対ケリー

米国の大統領選挙は11月ですが、ブッシュ大統領と民主党のケリー候補の対決が事実上決定して
います。今後、世論調査での両候補の支持率がドルを上下させる機会が多くなるため、今回は主に
ケリー候補の経済政策をチェックしておきましょう。

大きなポイントは「雇用」と「財政」です。まず雇用ですが、ケリー候補は『雇用回復と経済再建』を
経済政策の目標としています。中でも米製造業の再興に重点を置き、製造業による国内の雇用回
復を訴えています。そのため、節税を目的とした企業の海外移転を、税制見直しによって阻止する
一方、国内雇用を創出する企業への優遇税制を提案しています。

これに関連して注目すべきなのは通商政策です。「通商法やWTOを最大限に活用して通商相手国
にルールの遵守を求める」という主張の中に、中国および日本を名指しした為替操作の阻止が含ま
れています。3月10日の日経新聞に、ケリー候補の政策アドバイザーであるプレストウィッツ氏の
インタビューが載っていました。この中で氏は「日本の介入は日本の輸出企業への補助金」であり、
「為替相場が市場の力を反映するように、段階的な制御された形での調整が必要」と述べています。
選挙戦を通じ、「ケリー優勢=円買い材料」ということになります。

反対に「ブッシュ有利」の場合は注意が必要です。もちろん、最近のスノー財務長官の発言に見られ
るとおり、ブッシュ再選は円安よりも円高方向の影響が強い、というのが基本的な見方だと思います。
しかし、「ケリー優勢」で相場が円高に傾いている時に、新たな調査で「ブッシュ」と出たような場合に
は、一時的にせよ円安要因となる可能性が高いのです。あくまで比較の問題です。ブッシュ大統
領の場合、イラクに自衛隊を派遣した小泉政権に対する配慮もあり、日本の経済政策運営に露骨
な圧力を加えることはしないだろう、という見方もそうした比較の背景にあります。

ブッシュ減税と財政再建

民主党の予備選挙を通じて、2001年以来のブッシュ大統領の減税と、それがもたらした財政赤字へ
の対応が、各候補者の間で争点となっていました。ケリー候補の政策は、すべての減税に反対する
のではなく、年収20万ドル(2100万円)以上の高額所得者部分のみを廃止し、中・低所得者層に対
する減税は延長するというものです。これに財政支出の削減をあわせ、最初の四年間で財政赤字を
半減するのが目標です。

ただしこれまでのところ、ケリー候補の財政再建策はまだあまり評価されているとは言えません。
一つには、重要な経済政策として掲げる医療保険改革との兼ね合いがあります。この提案を実現す
るためには、今後10年間に1年あたり約900億ドルの支出が必要だと言われます。ブッシュ大統領の
2004年度予算教書で財政赤字が1500億ドル増加するのと比べても、単一の政策として決して小さ
な額ではありません。選挙戦の中で、より説得力のある具体的なパッケージを打ち出すことがで
きるかどうか、注目すべきところです。


「為替相場と付き合う方法」へ

                      第35回 

                   とりあえず一息


                          2004年03月07日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(3月6日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   112.02円(2.93円 ドル高円安)   

  ・ユーロ/円  138.59円(2.38円 ユーロ高円安)   

  ・ユーロ/ドル 1.2372ドル(0.0112ドル ユーロ安ドル高)   


2.今週のポイント

ドル高が進んでいます。1月下旬から2月上旬にかけて105円割れをうかがい、いよいよ100円割れ
もという声が出ていた円相場も、あっという間に110円を超えてきました。
...という書き出しを金曜日の日中までは考えていましたが、その日の海外市場の動きを見て、
軌道修正が必要になりました。

5日(金)発表の2月米国雇用統計では、非農業部門の雇用者数が21千人と、予想を約10万人も
下回り、前月に比べても大きく減速しました。これを受けてドルが売られ、ユーロは1.22ドル前後
から1.24ドル台まで急上昇。しかしドル/円は指標発表直後も111円前後でほとんど動かなかった
ばかりか、その後むしろドル買いの動きが強まり、112円台での引けとなっています。ユーロ/円も
1月と2月にはね返された138円の壁を破ってきました。つまり、ドル高にいったんストップがかかっ
ているのに円安だけが止まらなくなっています。

正式に確認されたわけではありませんが、雇用統計の発表後、介入らしき円売りがあったとの
市場参加者のコメントが出ています。日本の財務省・日銀は111円台でさらに円の押し下げを図って
いることになります。20兆円という史上最高額の円売り介入を行った昨年に続き、年初の2ヶ月だけ
でその半分の10兆円を使い、さらにこの水準で介入を続けているのが事実なら、その狙いは危機
ラインを遠ざけることでしょう。

投機筋はいったん退却

これは意外に重要なことです。市場がある防衛ラインを意識すると、投機筋のパワーはその水準
までの距離に反比例する傾向があるからです。従って、105円や100円といった目安となる水準の
近くであまり長期間相場を膠着状態にしておくと、ほんの少しのきっかけで一気にそこを破られる
ことが多いのです。

1992年、英ポンドがERM(欧州通貨制度。通貨統合に向け、各参加国の為替レートを、参加国
の為替の加重平均であるECUに対して2.25%の変動幅で維持することを定めた)離脱を余儀なく
された後、イタリア・リラも投機に耐えられず脱退、ERM自体が存亡の危機にさらされました。
この時欧州当局は、通貨の変動幅を6%に広げることにより、投機筋の目標を一気に遠ざけ、その
勢いをそぐことに成功しました。ポンドは結局ERMに復帰することはありませんでしたが、リラ
を再び加えて1999年にユーロは予定通り誕生しました。

投機筋の動向の目安として、シカゴIMM(国際金融取引所)での通貨先物の非商業部門の売買
動向がある、というのは以前(第16回)ご紹介しました。これを見ると、2月上旬に76億ドル相当
という史上最大の円買い(ドル売り)となっていましが、17日から24日までの一週間でこのポジショ
ンが解消を通り越して円売りに転じ、この間ドル/円は105円台から109円台まで上昇しました。さら
に最新の3月2日付けでは、円売りポジションが約25億ドル相当まで拡大しています。ドル/円が
110円乗せした時点で、投機筋の勢いを萎えさせるという効果は十分上がったと見られます

油断は禁物

ただし注意が必要なのは、特別な円安材料が出たわけではないことです。それどころか、2月の
日本の外貨準備はは8兆1300億円と、1969年以来実に34年ぶりの高水準となりました。昨年1年
間の経常黒字の約半分に相当しますが、考えてみるとこれは奇妙な状況です。

外貨準備とは、「通貨当局が為替介入に使用する資金であるほか、通貨危機などによって、他国
に対して外貨建債務の返済などが困難になった場合に使用する準備資産」(日本銀行ホームページ
『教えて!にちぎん』)です。経常赤字の何倍持っているというならともかく、黒字国日本がこれだけ
の外貨準備を持つ必要があるのかという疑問は、私だけが抱くものではないでしょう。

最近グリーンスパンFRB議長が、日本の介入と中国の人民元切り上げ論議について具体的な
発言を行い注目されました。日本の円売り介入を問題視する一方で、人民元をいきなり変動相場
制とすると混乱を招きかねない、との見解です。為替市場では前者の発言はあまり材料視されず、
後者だけが円に対する上昇圧力を緩和するものとして円売り要因のひとつとされたようです。しか
しこれは多分に後講釈で、単に今の相場の流れを反映した動きと捉えたほうがいいでしょう。

グリーンスパン議長が言いたかったのは、日本と中国は違うということではないでしょうか。中国も
日本も、経常黒字と外貨準備が肥大化しています。しかし外貨準備のコストに違いがあります。
米国債など安全資産で運用するので収益が小さいのは同様ですが、中国の場合、輸出とともに
外貨準備増の背景となっている外国からの直接投資や対外借入れのコスト負担が、準備の運用
益を大きく上回っています。国内のただのような金利で政府短期証券を発行し、それをもとに買った
ドルの為替リスクだけを心配していればいい日本とは、コスト構造が大きく異なります。

また、グリーンスパン議長は中国の銀行システムについて言及し、「不良債権が膨らんでおり
『かなり弱体化している』との危機感を明らかにしました。事実、最近中国は4大国有銀行への
資本注入を、外貨準備から行っています。

中国にはまだ資本不足という足かせがあり、不良債権問題の解消を伴う金融システム強化が、
当面の課題として残されています。これに対し日本の問題は内需不足によるデフレからいかに
脱却するかということです。外貨準備の急増をもたらした人為的な円安は外需依存と表裏一体
です。

そうした背景により、米国への資本流入は日本をはじめとする海外の公的部門に支えられて
います。米国にとって、これは決して望ましいものではありません。民間部門の直接投資・証券
投資が主体のファイナンス構造に戻るためには、日本経済の健全化が不可欠であると考えるグリ
ーンスパン議長は、円相場が危機ラインから浮上してきたタイミングを捉えて、日本に方向転換
を求めたのだと思います。


「為替相場と付き合う方法」へ

                      第34回 

                  G7とFRB議長証言


                          2004年02月15日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(2月13日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   105.44円(0.23円 ドル安円高)    

  ・ユーロ/円  134.32円(2.51円 ユーロ高円安)    

  ・ユーロ/ドル 1.2736ドル(0.0265ドル ユーロ高ドル安)    


2.今週のポイント

G7が発表した玉虫色の声明を受け、エネルギーの行き場を探していた為替市場にとって、グ
リーンスパンFRB議長の議会証言は絶好のきっかけとなり、先週は円以外の通貨に対する
ドル売りが加速しました。

G7では、
 ・為替レートの行き過ぎた変動や無秩序な動きは望ましくない
 ・為替レートの一段の柔軟性が、柔軟性を欠く主要国・経済圏にとって望ましい
という二点が、前回のドバイ会議からの主な変更点でした。ユーロ急騰を招いた前回の轍を踏
みたくない欧州当局の意向は明らかで、ユーロ買いの勢いはいったん弱まりました。一方「柔
軟性を欠く」のはアジア諸国ではあるにしても、日本に対するトーンはそれほど強くないとの見
方から、ドル/円も動きづらくなりました。

グリーンスパン証言

そこに飛び出したのが、異例と言っていいくらい直接に為替に言及したグリーンスパン議長の
証言でした。ドル安に関する
 ・最近の通貨安は外国の対米輸出を抑えるため、最終的には経常赤字の抑制に寄与
 ・ドル安がさらに継続しても、米国内のインフレへの大きな懸念材料にならない
という発言にユーロは息を吹き返し、ユーロ/ドルは13日に一時1.2890まで上昇しました。

円に対するドル売りも根強く、105円割れをうかがう水準での取引が続きましたが、結果的に
小動きでした。介入による円高阻止はいずれ失敗するだろうとの見方は強いものの、ユーロ
上昇を期待したユーロ買い円売りによって円の上昇が抑えられたのが一因です。グリーンス
パン証言では、インフレ率が低水準にとどまるとの見通しから、現行の実質ゼロ金利政策を
「適切」と述べ、先日のFOMC以来警戒されていた早期利上げ観測が打ち消された形に
なりました。このことは高金利選好によるドル売り要因である一方、同様にゼロ金利政策を続
ける日本の円も、ユーロだけでなく英ポンドや豪ドルといった高金利かつ利上げに転換した
通貨に対して売られる原因になっています。

日本の資本収支が黒字転換

先週の出来事で注目すべきもう一つの点は、12日に発表された日本の国際収支統計です。
昨年12月の経常収支黒字額は、前年比38.5%増の1兆1950億円と、6ヶ月連続で前年比
30%超の増加率となり、通年で見ても前年比11.6%の増加でした。さらに昨年の資本収支
は8兆1300億円の黒字と、1969年以来実に34年ぶりの黒字を記録しました。

もちろん国際収支統計は毎月発表されているため、この黒字転換はかなり前から予想されて
いたことを確認したに過ぎません。しかし外国人の日本株投資もさることながら、経常黒字が
リスクマネーとして海外に還流するという資金フローのパターンが、昨年は完全に崩れ、これ
が円高要因となっていたことがはっきりとわかります。

日本で円高の悪影響が問題になる場合、上記G7声明と同様「急激な変動」に言及する場合
と、円の水準自体を指摘する場合があります。「ファンダメンタルズに対して円は高すぎる」と
言うのは後者に当たります。日本が執拗に介入を続けるのは、輸出を通じた外需主導の景気
の腰を折りたくないためですが、その結果このように国際収支全体の黒字額が増加し、それに
よ回復る円高圧力を、さらなる介入によって緩和しようという悪循環から抜けられないのが現
状です。日本経済にとって円高が問題であるとすれば、問題点はまさにそこにあり、そのた
めの解決策を政府は打ち出せずにいます。

G7と証言の符合

政策の善し悪しを論じるのは私の目的ではありませんし、市場はさらに現実志向です。つまり
「べき」よりも「である」「であるだろう」で動きます。米国の景気が世界経済を牽引する力強
さを見せ、株・債券相場が堅調でもドルの上値が重ければ、市場はドルの下値を探りに行きま
す。反対に、日本株の上昇が頭打ちになり、外国人の投資もウェイトの点からは一段落、そし
て為替は円売り介入が立ちはだかっていても円安への動きが見られないという状況は、改め
て円買いを誘発します。

今回のG7声明では、事前に重要テーマと見られていた米国の「双子の赤字」に関する言及
がありませんでした。会議前の日欧政府筋の発言から見れば、まったく話題にならなかった
ということはないでしょう。しかしこれを是正するということは、米国の拡大財政と金融緩和の
変更を求めることになります。日欧とも、ようやく上向きになった自国経済への米国の恩恵を
認めざるを得なかったということでしょう。

この結果米国は、大統領選挙に向けて国内受けのいい消費刺激政策と、それに伴う財政支
出を継続することができます.こうして「双子の赤字」は改善しないことになりますが、それに
注目したドル安を、米政権は引き続き容認していくでしょう。

グリースパン議長の証言が為替市場に非常に強いインパクトを与えたのは、財政規律を求
めてはいるものの、G7を受けて形成されたシナリオと符合しており、市場を後押しする効
果があったためでしょう。この結果グリースパン議長の市場への影響力は強まり、金融政策
変更のタイミングは為替相場にとって一層重要な焦点になってきました。


「為替相場と付き合う方法」へ

                      第33回 

                  FOMCのメッセージ


                          2004年02月01日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(1月30日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   105.67円(1.09円 ドル安円高)    

  ・ユーロ/円  131.81円(2.58円 ユーロ安円高)    

  ・ユーロ/ドル 1.2471ドル(0.0111ドル ユーロ安ドル高)    


2.今週のポイント

先週は、ドルが主要通貨に対し反発基調となりました。2月のG7を前に、ユーロ圏当局者から
ユーロ高行き過ぎを懸念する発言が相次ぎました。またニューヨークダウ平均がほぼ2年半ぶり
の高値まで上昇するなど、米国株式が堅調に推移したこともドル買い材料でした。しかし前回
強調したとおりドル/円は度重なる介入で需給が歪んでいる上、G7に向けて当局の介入がし
づらくなるのではないかとの思惑から、円に対するドルの戻しはほとんどなく、むしろ円高で
推移、この結果ユーロ/円をはじめとして欧州通貨の対円レートがドル/円以上に円高に振れた
のが目立ちました。

しかし先週ののハイライトは,1月27・28日に開かれた米国のFOMC(連邦公開市場委員会)で
した。会議終了後の定例の短い声明で、金融緩和政策を「相当の期間(considerable period)
維持しうる」という、前回まで含まれていた文言が削除されたことを受け、利上げの前倒し観
測からドルが一斉に買い戻されました。

FOMC声明

今回のFOMCを前に、上記の文言が引き続き含まれるかどうかは市場の注目を集めていました。
しかし月初に発表された雇用統計が低調だったこともあり、今回は変更なしとの見方が大勢で、
それだけにこの発表は意表をつくものでした。短いものなので全文を引用します。

FOMCは本日の会合で、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を年1%に据え置くことを決
めた。当委員会は引き続き、金融緩和政策と、生産性向上の力強い基調が、目下の経済
活動の重要な支えとなっていると信じる。
前回の会合以降明らかになったことから、生産が底堅く拡大していることが確認できる。 新規
雇用は依然抑制気味であるが、他の指標は労働市場の改善を示唆している。
(12月:労働
市場は緩やかに改善しているようである。
)消費者物価のコア指数の上昇は鈍く、引き続き低
水準にとどまると予想する。
当委員会の見るところ、今後数四半期の間持続的な成長を達成できる可能性とできない
可能性は、ほぼ同等である。好ましくないインフレ率下落の確立は過去数ヵ月間に低下し、
上昇の確率とほぼ同程度と見られる。インフレ率が非常に低く、経済資源の活用が緩慢であ
ることから、当委員会は、金融緩和政策を解除することについて忍耐強くなり得る (12月:金融
緩和政策は相当の間維持し得る
)と信じる。

今回の変更点は赤字部分で、前回はそこがカッコ内のようになっていました。比べてみると、
「そんなに違うことなの?」という感想をもたれる方も多いかもしれません。事実、当日の金融
市場は株式・債券も含め大きく反応しましたが、エコノミストの見解はさすがに冷静なものが
多く、「必ずしも早期利上げを意味するとは見ていない」中には「市場の混乱を招いただけ。
実質的な意味はない」「グリーンスパンは市場との対話に再び失敗」とのコメントさえありました。

市場との対話

しかしこの変更には金融当局のメッセージが含まれていると思います。この「相当の期間」の
扱いに市場が注目していたことは周知の事実でした。そしてこの文言を削除した場合の反応を
誰よりも意識していたのは、グリーンスパン議長だったはずです。大方の見解の通り、今回の
声明は金融緩和終了のシグナルではないと思います。しかしそれを遥か遠くに見て、あまりに
無警戒な市場参加者の頭を冷やそうという狙いが、今回の声明にはあると思います。

その主な対象は、為替ではないかと思います。もちろんドル高誘導という考えはFRBにはない
でしょう。しかし現状の財政拡大と金融緩和というポリシーミックスが続くという見通しから
株価が堅調になり、資産効果を通じて消費が刺激され、経常赤字はさらに拡大する勢いです。
このため、テロ不安のような要因を差し引いても市場のドル安観測は止まりにくくなっています。

2月初めのG7を控え、為替市場はやや慎重になりながらも、前回ドバイG7での「より柔軟な為替
相場」のスタンスに変化はないと見ていました。今回それが確認されれば、対ユーロ、対アジア
通貨でのドル売りを再開しようとの構えに対し、「金融政策に関する限り、あなた方の前提は違
っているかもしれませんよ」と牽制したのだと思います。

声明の中で、もう一つの変更点にも注目したいと思います。前回の「労働市場は緩やかに改善して
いるようだ」との判断から見れば、1月に発表された雇用統計は、市場にとってまさにネガティブ
サプライズでした。このために、金融緩和政策の転機はかなり先というシナリオが有力になってい
ました。今回「他の指標」に言及していますが、その一つはおそらく週次に発表される「新規失業
保険申請件数」でしょう。失業保険申請件数は2001年1月以来の低水準まで下落しており、労働
市場に悪化の懸念なしとの判断につながります。

このように、景気の見通しが必ずしも弱気ではないとすれば、近い将来ドルがさらに下落した
場合、海外資金がドルに対する嫌気から流出すると、国内は資金不足のためにインフレ懸念が
高まることになります。こうした意味で、FRBはこれ以上のドル安加速は望ましくないと判断した
可能性があります。

欧州にもユーロ高懸念?

久保寺先生が1月10日付け『内外経済の展望』で「欧州としても、ユーロ高を際限なく容認す
ることはできない」と指摘されていますが、ここに来て欧州の当局者によるユーロ高牽制発言
が目立ちます。ドバイG7の前に元切り上げ論議が高まり、欧州は対アジア通貨(特に対円)
でのユーロ高の修正を期待していました。しかし市場は「欧州当局は基本的にユーロ高容認」
との認識でした。そのため、介入によって円の上昇が抑えられる一方でユーロが対ドルで最
も上昇し、結果的にユーロ/円も急上昇しました。

先日行われたG7財務相代理会合(通称「G7D」)の後も、「フロリダG7の焦点はアジア通貨」と
の発言がありましたが、それに加えて直接ユーロに言及した最近のユーロ圏各国からの発言
は、前回の繰り返しを避けたいとの思惑もあるのでしょう。

そして日本は先日の追加金融緩和を行い、その後も随時円売り介入を続けています。その額
は1月も7兆円を上回りました。こう見ると、日米欧の政策面では、ドル/円やや上昇、ユーロ/
ドル下落、ユーロ/円下落、ということになります。(FRBとは別に、アメリカ政府は「市場に
任せる」と仮定します)

G7は2月6日から.その日は米国の雇用統計の発表です。ちょっとしたスーパーフライデーに
なるかもしれません。


「為替相場と付き合う方法」へ

                      第32回 

                  機能不全の円相場


                          2004年01月11日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(1月9日NY終値と前週末からの変化)

  ・ドル/円   106.74円(0.31円 ドル安円高)    

  ・ユーロ/円  136.82円(2.08円 ユーロ高円安)    

  ・ユーロ/ドル 1.2824ドル(0.239ドル ユーロ高ドル安)    


年明けの先週、為替にはいろいろな動きがありました。特に9日(金)には日銀の介入により
ドル/円が106円割れ寸前から一気に108円台まで上昇しました。さらにその後発表された米国
雇用統計が予想外の数字でした。失業率よりも非農業部門雇用者数が注目されるこの統計で
すが、12月の雇用者数は13〜15万人増加という予想に対し、発表は何と+1千人。このため
ドルは一気に売り込まれ、ユーロは一時対ドルで史上最高値の1.2866ドルまで上昇しました。

かなり目立った動きがあったわけですが、今週の為替市場で特筆すべき点は、ドル/円が正常
な市場としての機能を停止してしまったことだと思います。今回はその様子を振り返ってみます。

円相場の異常な膠着

年初の5日(火)から106円前半の小動きでしたが、これはドルに対する弱気な見方が続く一方
で、当局のドル買いオーダーを警戒して動きづらくなっていたため、特に不思議ではありません
でした。円以外の通貨は対ドルで買われ、その結果ユーロ/円やポンド/円は上昇しました。

様子がおかしくなったのは7日(水)の海外市場です。ドルは欧州通貨やカナダドル、オーストラ
リアドル等(以下、「他通貨」と総称します)に対して一斉に買い戻されましたが、ドル/円だけは
動きがありませんでした。(その結果他通貨の対円レートは大きく下落しました。)昨年9月以来
の円高は基本的にはドル安の裏返しの現象であるため、ドルが買い戻される局面では円も他
通貨と同じように動いていいはずです。特別な円買い要因が出たわけではありません。輸出企
業のドル売り水準が下がって来ているとはいえ、ドル買い相場の影響が相殺されてしまうほど
ではないでしょう。この動きの背景として、翌朝次の3つのケースを考えました。

@ ドル/円は売買が拮抗した結果動かなかった
ドル円でも同じようにドルを買い戻す動きがあったが、それに相当するドル売りがあり、売りと買
いが四つに組んで市場が止まってしまった。
A 円は対他通貨で主に取引されていた
他通貨がドルに対して売られるのを見て、昨年末から対円で他通貨を買っていた人たちが利益
確定の売りに回り、他通貨対円(以下「円クロス」と呼びます)の取引が活発だった。
B 円を取引する人はほとんどいなかった
ドル/円で当局の介入入に売り向かう人も、便乗してドル買いをする人もなかった。そればかりか
円クロスの取引も実際にはあまり多くはなく、ドル対他通貨のレート変動の結果として円クロス
のレート水準が変わった。

いくつかの銀行のディーラーにこの質問をぶつけると、Aについては概ね肯定的でした。@とB
は全く反対の見方ですが、どちらもあまり賛同は得られませんでした。そこで、その日の東京
時間も他通貨売り円買いが市場を主導するならば、動きのなかったドル/円にも次第に再び円
買い圧力が加わり、介入との綱引きになる、という展開を予想しました。

実際に他通貨の売りは続き、ユーロは対円で133円台まで1円以上の下落、対ドルでも1.25ド
ル台となりました。しかしドル/円は106円10銭前後でほとんど止まっていました。夜になって相
場は反転し、ドルがほとんどの通貨に対して売られ、ユーロは1.27ドル台後半まで上昇しました。
他通貨対円(以下「円クロス」と呼びます)のレートも反発しました。ユーロ/円は朝からの下落
を取り戻したばかりか、さらにほぼ同じだけ上昇。いわゆる倍返しでニューヨーク市場を終えま
した。これは、同日開かれた欧州中銀理事会後のトリシエ総裁の発言が原因だと言われます。
総裁がユーロ高の行き過ぎを牽制しなかったため、ユーロ買いドル売りが強まり、その結果ドル
が他の通貨に対しても売られたというものです。ただしドル/円はその間、というより東京の朝か
らの24時間でもわずか10銭程度の値幅しかありませんでした。

円クロスのレートが上がっても下がってもドル/円が全く動かないとなると、前日も含めてそもそも
円に関する取引はあまりなかったと考えるべきかも知れません。つまり、上のAも相場を動かし
た主な要因ではなく、実際にはBに近かったのでしょう。他通貨の動きも対ドルが中心で、その
結果円クロスのレートが上下したのだと思います。

9日の介入

そして金曜日の介入の局面です。週末で、さらに米国の指標を控えていることもあり、その時間
まではどの通貨も小動きに終始していました。ところが午後2時頃、ドル/円が106.15程度から急
に106.50になったかと思うと、あっという間に1円近く上昇し、さらに108円を上回るという、2円
以上の上昇となりました。しかし待ち構えていたようなドル売りに、その後30分も経たないうちに、
106円台半ばまで戻ってしまいました。

その日の米雇用統計はほぼこの水準で迎えました。ところがここでも円は他通貨に比べ限られ
た反応しか示さず、むしろややドル高の106.70前後で週末の取引を終えました。

為替レートは本来、輸出入や資本取引などの需給、そして景気や金利などのファンダメンタルズ
を反映して動くものです。しかし今回見てきたように、今の円相場はそうしたこととはほとんど無
関係になっています。これでは世界中の銀行のディーラーが円の取引を控えても無理はありま
せん。そしてこういう状況を作ってしまったのが執拗な介入です。

日本の政府は次年度予算で介入に使える資金の枠を拡大することを決定し、まだ3か月残
して枠が尽きかけている今年度についても、つなぎのために外債の買い戻し付き売却によっ
て万全の準備を図っています。決して円安を望んでいるのではなく、景気の本格的回復まで
に時間が必要だというのが政府の立場です。そして円安のための介入資金が尽きてくると時
間稼ぎの外債の売却。その場しのぎを続けているうちに、東京は規制市場の色彩をますます
強めています。規制緩和を謳う政府としてはダブルスタンダードと言えるでしょう。市場参
加者の円離れによる円相場の機能停止は、こうした政策が決していい結果をもたらさないこ
とを暗示していると思います。


「為替相場と付き合う方法」へ


                      第31回 

                   変化への一年


                          2003年12月31日
◆-----------------------------------------------------------

1.市場の動向:(12月26日NY終値と年初からの変化

  ・ドル/円   107.43円(11.83円 ドル安円高)    

  ・ユーロ/円  133.52円(9.18円 ユーロ高円安)    

  ・ユーロ/ドル 1.2426ドル(0.1996ドル ユーロ高ドル安)    


昨年10月にスタートしたこのコーナーも、何とかこの一年を走りきることが出来ました。しかし
なかなか焦点が定まらず、連続性にも欠けていたことを反省しています。にもかかわらず一年
間お読みいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

2003年を振り返る

今年の最初のこのコーナーで、
  A. 日本の当局が120円割れ定着を容認するか
  B. 対イラク戦争は引き続きドル売り要因となるか
  C. この局面では日米欧の景気見通しが材料になっていない
の三つを注目点に挙げました。結果的にこれらは全て円高(ドル安)要因につながり、ドル/円
は107円前後、ユーロ/ドルは1.25ドルがらみで年を越そうとしています。(12月30日現在)

上に挙げた三つの点は一年間の座標軸になりました。順序は前後しますが簡単に振り返りま
しょう。まず、今年はドル安の年でした。それを一部は意図して、一部は特に意図しないうちに
導いたのが、再選を念頭に内向きの政策を続けたブッシュ政権でした。特に、その独善的な
イラク政策は様々な意味でドル下落の原因となりました。

フセイン大統領を退けることには成功したものの、占領下のイラクにおける根強い抵抗、アル
カイダ等、中東を中心と中心とした反米テロ活動の激化に、ドル資産保有に対するかつてない
見直し機運が高まっています。同時にイラク統治のために米国の財政支出が拡大することか
ら、「双子の赤字」悪化が懸念され、中長期的なドル安局面を予想する見方が強まりました。

次に、日本は120円はじめいくつかの注目水準突破を許しましたが、一方で為替水準を管理
しようとしました。覆面介入、委託介入など手段を変えて市場に意外性を与える段階を経て、
ついに介入額公表に踏み切りました。ドルに対する不安が強まる中で打ち出されたこうした
政策は市場に不公正かつ不自然な印象を与えました。その結果が9月のG7での「為替レー
トのさらな柔軟性が望まれる」という文言でした。その後は、あたかも固定相場制の下で見
られるような投機的な円買いが続いています。

三つ目に、米国経済は雇用停滞を始めとする問題を抱えながらも、一年を通じて日米欧の中で
最もしっかりした足取りを示してきました。しかし一時的な局面を除いてそれが相場のテーマに
なることはほとんどなく、特にG7以降は強い米国指標がしばしば無視されています。

変化の胎動

こうした動きに共通する背景は、基軸通貨としてのドルのステータスが問われていることでし
ょう。これまでアメリカは、軍事力と経済面・情報面での圧倒的な優位を背景に、金融市場
においても世界のアンカーとしての役割を担ってきました。いわゆるドル本位制です。これが
信頼されている間は、「強いドルはアメリカの利益」という看板や好調な経済指標を市場は素
直に好感してきました。

「双子の赤字」の一方である経常赤字の拡大は、今初めて注目されたわけではありません。
プラザ合意に基づく人為的な為替調整を除いては、それによる大幅なドル安は起こりません
でした。経常赤字をファイナンスする投資資金の流入がほぼ安定的に続いていたためです。
しかし米国への信認の揺らぎによりその一部が国外に振り向けられ、その結果ユーロや円、
オーストラリア・ドルの上昇につながりました。中でもユーロの力強い上昇は、ドルに変わる
安定した投資先を世界の投資家が真剣に探し始めたことを示すものでしょう。少なくともドル
の以外にも分散する必要性が現実のものになっています。

2004年のポイント

2004年はこうした流れを引き継いで始まります。アメリカ大統領選挙が年の後半であること
を考えると、従来の政権に比べて通貨に関する一貫したポリシーに欠けるブッシュ政権の
動向が、引き続きドルの最大のリスク要因となると思われます。どの政権でも繰り返されて
きた「為替は市場に任せる」という発言も、例えばクリントン政権当時のルービン財務長官
の口から出れば金融市場全体のバランスを連想させましたが、現在のスノー長官がこう発言
する場合には、9割方「ドル安容認」と解釈されてしまいます。

もちろん、基軸通貨の役割は投資先として選好されることだけではありません。むしろ国際的
な決済手段、そして準備通貨というのが本来の役割です。その意味でユーロがドルに急速に
代替する可能性はまだ低いのが現実です。今年のユーロの上昇は、「基軸通貨」ドルの下落
の当面の受け皿となった面が強く、2004年にはそのスピードは緩和すると思います。ユーロ
買いの原動力となった投資資金が、本来足の速いものであることに留意することは必要でしょう。

円も同様に、多分にドルを回避した海外からの株式資金、つまり株式投資に支えられて上
昇しました。新年に入っても、ドルへの弱気な見方が支配する間は円高基調が続くでしょう。
しかし、年間20兆円という円売り介入を実施したことにより、国際通貨としての立場はこれ
までにも増して弱くなりました。自国の都合でいつ売られてしまうかも知れない通貨は、安定
した投資先にはなりにくく、交換手段としても不適当であるためです。

景気が良くても悪くても「円は安定して推移することが望ましい」という政府の立場は、変動相
場制と本来矛盾するものです。その意味では、現在は固定相場制を固持しながら時間をかけ
て国際化を進める兆しのある中国元より、ローカル通貨の色彩が強いと言えます。そうした
通貨は、普段は目立った動きがなくても、ある期間注目を浴びて非常に活発な動きをする傾
向があります。例えば今年のオーストラリア・ドルがその例です。日本が現在と同様な通貨
政策を続けるならば、新しい年の円相場はそのような見方で臨むことが必要だと思います。



Top of This Page

前のページ
Effective English
Link