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ワンポイント為替市場 (11-20)
「二十一世紀に生き残る会」HPに寄稿の同名コラムを転載)

                   第20回 
        番外編:たまにはFTでも読みましょう 
◆----------------------------------------------------------

市場の動向:
   5/09(NY) ドル/円 \117.35  ユーロ/ドル $1.1486
   5/16(NY) ドル/円 \115.95  ユーロ/ドル $1.1590

 1.先週の注目点:

  ・ユーログループ財務相会合(12-13日)
  ・日 3月経常収支(14日)
  ・米 4月小売売上高(14日)
  ・日 第1四半期GDP第一次速報(16日)
  ・米 5月ミシガン大消費者センチメント指数(16日)
  ・G7財務相会議(16-17日)

 2.影響のあった出来事:
  ・スノー米財務長官「為替介入は長期的な国内経済に好ましくない」
  ・米4月小売売上高、予想を下回る-0.1%(前月比)
  ・日本、第1四半期実質ゼロ成長(16日)
  ・日本の覆面介入
  ・日本国債の利回りさらに低下

 3.今週の注目点:
  ・日米欧の為替政策
  ・日銀金融政策決定会合(19-20日)
  ・グリーンスパン米FRB議長、議会で証言(21日)
  ・第1四半期独GDP(22日)
  ・欧州中銀理事会(22日)

為替の動きが荒くなっています。週初めはドルがやや持ち直し、ユーロが各通貨に 対して売られました。しかし後半になると再びドル売りの流れが再開しました。金曜日の海 外市場では、一時115円台となった後、介入の噂もあって短時間に116円台を回復しました。 しかし円以外の通貨に対しては、戻しが弱いまま週を終えています。

このような時、為替ディーラーたちはどんな「理屈」をつけて通貨を売買しているの でしょう.これまで市場を動かすいくつかの要因をご紹介しましたが、今回は趣向を変えて、 一昨日(16日)の『ファイナンシャル・タイムズ』(FT)の記事から彼らのコメントを拾ってみます。 ついでに、為替(に限りませんが)市場関連記事の英語も少し読んでみませんか?

FT: "Dollar selling gathers fresh speed"(ドル売りが再び加速)から

金曜日の海外市場で、ドルはカナダドルに対して6年ぶり、オーストラリアドルに対して3年ぶり の安値を記録しました。またユーロに対しても1.15ドル台半ばと、月曜日につけた4年ぶりの安値 が再び視野に入る水準まで下落しました。

こうした動きについて、大手銀行の通貨ストラテジストたちは

Strategists said there was no one reason to explain the dollar's renewed weakness,
(ドル安が再開した特別な理由は見当たらない)

としながらも、

although it had steadied this week on position-squaring, sentiment towards the currency had remained bearish.
(今週ドルが強含んだ局面はポジション調整によるもので、ドルへの見方は 依然弱気だ)

と考えています。「position-squaring」は、売りすぎていれば買戻し、買いすぎていれば売り戻し というように、どちらかに偏った状態を解消することです。今回は、ドル下落を見込んで売っていた 人たちがいったん買い戻し、ドル堅調局面の背景となったが、依然弱気であることに変わりはない というわけです。

「bearish」は弱気、反対語は「bullish」です。攻撃する時に熊(Bear)は前足を上から 振り下ろし、牛(Bull)は角を突き上げることからこういう表現を使います。

「強い」米指標でも売る理由:
金曜日はいくつか指標が出ました。まず米国のCPI(消費者物価指数)への反応です。 4月は-0.3%と、予想以上の下落でした。通常は低インフレの通貨は買いだといわれますが、

"the new fear for the economy is now deflation, and weaker numbers weren’t beneficial to the dollar outlook”
(米経済はいまやデフレが懸念されている。従ってCPIが低いことはドルの悪材料だ)

ということで、ドル売り材料になりました。この背景には先日のFOMCに関する

the Fed's tacit approval for a weaker dollar with its consequent inflationary pressure
(FRBはインフレ的な影響のあるドル安を暗黙のうちに容認した)

との見方があります。
もう一つの指標は、ミシガン大学の消費者信頼感指数です。5月の数字は93.2と、前月の 86から大きく改善すると同時に、予想をも上回りました。ところが

while the headline number was strong, the breakdown was not so positive for the US economy.表向きの数字は強いが、内容は米経済にとって明るいもの ではない)

指標の発表は、市場に2段階の反応を引き起こすことがよくあります。まず「Headline」 (見出し=全体の数値)に反応し、その後で「Breakdown」(内訳)を細かに見た結果逆方向に 反応するという具合です。今回の場合

All the gains came in the future expectations component, not the current
(指数の上昇は将来の見通しの部分によるもので、現状に関する回答ではない)

つまり、全体の数字を押し上げているのは将来の見通しですが、それも雇用が低調だといった 現在に関する回答から考えると、実現可能性が低いと受け止められました.

しかしドル/円の下落には限界:
こうして、ドルに対する弱気は払拭できない状態ですが、対円では少し違うようです。
まず財務省・日銀の円高阻止の姿勢は、海外でもかなりの警戒感をもたれています。

"The fact that the BoJ remains willing to intervene heavily even ahead of the politically sensitive G7 finance ministers' meeting is testament to the continued strong Japanese appetite for intervention,"
(G7の前という、政治的に微妙な時期にさえ日銀が介入姿勢を見せている。これは介入を続けると いう強い意思がある証拠だ)

ということで、単独介入でもこのくらいはっきりした姿勢を見せれば

Shahab Jalinoos, strategist at UBS Warburg forecasts Y118 for the pair in three months time. (3ヵ月後の円相場 は118円と予想する)

という程度の効果はあるようです。

ここで「the pair」と言っているのは「ドル対円の為替レート」のこと。レートは二つの 通貨が一組で初めて決まりますから、記事ではこの表現がよく見られます。
それはともかく、介入が注目される時には、やはり介入以外の要因もあります.

"Note that the continued underperformance of Japanese asset markets, especially equities, continue to signal that the yen is sharply overvalued at current levels,"
(日本の投資環境の悪さ、特に株式市況の低迷を見れば、現状の円はかなり過大評価だ)

といった状況がその一つです、また

The dollar was helped too by data showing Japan's economic growth slowed to zero in the first quarter, prompting predictions the economy was headed for another recession. (第1四半期に日本がゼロ成長となったことも、再びリセッション入りするとの懸念を強め、ドル 買いにつながった)

というファンダメンタルズの悪さがあります.

さて、今回はFTの記事から現場のコメントを紹介しましたが、いかがでしょうか。 なるほどそういう風に考えるのか、とも思えますが、実は動きを見てから改めて背景をそう 分析しただけかも知れません。しかし一つの指標や現象も、いろんな角度から解釈されるという ことがよく表れた記事ではないかと思います。

不安定な相場ですが、その中で注目すべきなのは、日本の経常黒字が世界景気の 低迷を背景に減少していることです。さらに3月は、投資収支とネットすると赤字に転落しました。 介入もさることながら、当面は為替需給が円高を抑制する方向に働いています。次回はこのあたり を中心にお話しします。


第19回 2003年5月11日
 ユーロ高の見方

市場の動向:
   5/2(NY) ドル/円 \119.00  ユーロ/ドル $1.1225
   5/9(NY) ドル/円 \117.35  ユーロ/ドル $1.1486

 1.先週の注目点:

  ・米連邦公開市場委員会(FOMC 6日)
  ・欧州中銀(ECB)理事会(8日)
  ・低迷する日経平均株価
  ・北朝鮮の核保有による日本の「地政学的リスク」
  ・米国景気回復の遅れへの懸念

 2.影響のあった出来事:
  ・FOMCで米景気見通しが後退
  ・欧州中銀総裁が「現在のユーロ高水準問題なし」
  ・欧州中銀理事会で政策金利据え置き(8日)
  ・日本の長期金利が最低水準を更新
  ・116円台で日銀が覆面介入との噂

 3.今週の注目点:
  ・ユーログループ財務相会合(12-13日)
  ・日 3月経常収支(14日)
  ・米 4月小売売上高(14日)
  ・日 第1四半期GDP第一次速報(16日)
  ・米 5月ミシガン大消費者センチメント指数(16日)
  ・G7財務相会議(16-17日)

月初の米国経済指標が弱かったため、週初からドルは軟調含みでした。これを 加速したのが、6日のFOMC後の「デフレリスクを警戒」というコメントです。これを受け て、対ユーロを中心にドル全面安の様相となりました。

これを受けてドル/円も介入ラインと見られた117円台を割り込み、円高が進み ました。しかし円は対ユーロでは一時135円30銭と史上最安値を更新し、ユーロの急騰が 目立ちました。

「振り出し」近いユーロ:
ユーロが、1999年発足時の1.18ドル台に迫ろうとしています。昨年後半に、1ユーロ =1ドルの水準を半年以上かかって越えてからは、先日のイラク戦争終結後を除けば、ほぼ 一本調子に先週の1.15ドル台まで上昇しました。

この背景には、もちろんドル安があります。特に1ドルをなかなか越えられずに いた昨年暮れはそうでした。イラクとの戦争への不安からドルに対する悲観的な見方が 高まり、ユーロには絶好の後押し材料となりました。

年が明けるとユーロは一気に1.08ドルまで上昇しました。第一四半期のこの動きは、 世界的な景気後退懸念の中の株価下落と重なります。世界の投資家の間に、投資対象を株式 から債券にシフトさせる動きが目立ちました。

景気後退がもたらしたユーロ高:
米国発の世界的な景気低迷が懸念され、ユーロ圏もその例外ではありませんでした。 しかし、ユーロ上昇の最大の原因は、景気低迷→株価の期待収益率の低下→投資家の債券シフト  という動きだったと思います。

もちろん、度重なる米国の利下げで、欧州の金利水準が米国に対して有利になった ことも、欧州債券市場への資金流入を促しました。しかし、特に機関投資家にとって、債券に シフトすることは、ほぼ自動的にユーロへの配分を増やすことを意味します。

国際株式投資の代表的なベンチマーク(注1)であるMSCIインデックス(注2)では、 米国の組み入れ率が約60%、ユーロは15%程度です。一方国際債券投資でこれに相当する ベンチマークは、SGBIインデックス(注3)です。こちらは逆にユーロの組み入れ率55%に対し、 米国は30%といった配分です。

つまり、資産配分を株式から債券に変更すると、その資金の運用通貨のうち、ドルは 半減し、ユーロが3倍増することになります。そして、これに拍車をかけているのがパッシブ運 用の増加です。ベンチマークに追随することを目指すパッシブ運用が国際債券投資に向かえば、 ユーロへの買い需要は高まります。

ユーロの上昇には、こうしたリアルマネーの動きが大きく寄与してきました。株式市場 が今ひとつ盛り上がらず、欧州の利下げも視野に入っている状況では、この基調に大きな変化 は起こりそうもありません。しかしリスク要因はもちろんいくつかあります。

一つは、ユーロが99年導入当時の水準を目前にしていることです。イラク戦争終結に よるドルの買戻しが一段落し、ユーロが1.1ドルに達してからの上昇ぶりは、1.18ドルを強く 意識した投機的なユーロ買いが影響しています。従って、この水準まで上昇した場合、市場に 達成感が出るとユーロがかなり反落する可能性があります。ユーロが本当に強い通貨になるか どうかは、そこからが正念場です。

また、世界的な景気低迷はユーロの追い風になっても、ユーロ圏が日米(といっても 日本が優位に立つ日はかなり遠いと思いますが)にはっきり劣後する場合には、違った展開に なるでしょう。最近の報道では、イラク攻撃を主導した米英が、あと1年間イラク統治の中心 となるべく国連決議を求めています。石油産業の管理のみならず、復興関連受注についても 「独仏はずし」の傾向が強まれば、米欧の景況感に少なからず影響すると思われます。

こうした動きが、ユーロが振り出しの水準に戻ろうとしている時期に出てきたことは 注目すべきです。ユーロはそろそろ要注意と考えます。

(注1)ベンチマーク:ファンドの運用成果を検証する際に用いる指標。ファンドが 指標と比較してどのような運用成績を示しているかで、運用の巧拙が判断される。

(注2)MSCIインデックス:モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル が算出する世界的な株式指標。中でもMSCI Kokusaiは日本を除く先進22カ国の株価に基づく もので、日本の外国株式投資の代表的ベンチマークとなっている。

(注3)SGBIインデックス:ソロモン・スミス・バーニー世界国債インデックス。 主要国の国債の総合利回りを各市場の時価総額で加重平均し指数化したもの。日本の投資家 にとっては、このうち「除く日本」が代表的ベンチマーク。

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第18回 2003年4月27日
 キャリー・トレード

市場の動向:
  4/18(NY) ドル/円 \119.70  ユーロ/ドル $1.0875
  4/25(NY) ドル/円 \120.05  ユーロ/ドル $1.1035

 1.先週の注目点:

  ・北朝鮮の核問題をめぐる3カ国協議(23日〜25日)
  ・日本の3月貿易統計(23日)
  ・OPEC総会(24日)
  ・米第1四半期国内総生産(25日)
  ・米4月ミシガン大消費者信頼感指数

 2.影響のあった出来事:
  ・日本の株安と景況感の弱さ
  ・北朝鮮、核保有を認める(24日)
  ・欧州経済財政委員長のユーロ高牽制発言(23日)
  ・米4月ミシガン大消費者信頼感指数、予想以上の改善(25日)
  ・SARSへの不安

 3.今週の注目点:
  ・米4月消費者信頼感指数(29日)
  ・日銀金融政策決定会合(30日)
  ・グリーンスパンFRB議長 議会証言(30日)
  ・米4月ISM製造業景況感指数(1日)
  ・米4月雇用統計(2日)   ・独3月Ifo景況感指数(28日)

ドル/円は120円をはさんだ神経質な動きを繰り返し、一週間を終えました。
米英の対イラク戦争は終結したものの、米経済に与える影響が懸念されています。その ため、ミシガン大学消費者信頼感指数や、失業保険申請件数といった速報性のある指標 が注目され、一喜一憂の相場となりました。

円にとっては、北朝鮮の核問題と、20年ぶりの安値更新をした株価の弱さが悪 材料でした。このため金曜日のニューヨーク市場では、ほぼ1ヶ月ぶりに121円台を記録 しました。しかしこの水準では輸出企業のドル売りも根強く、米株価の下落もあって、 120円台前半で週を終えました。

高金利通貨の動向:
こうした中で目立ったのが高金利通貨の動きでした。先進国通貨の中では、カナ ダ・ドルとオーストラリア・ドルが、共に対ドルで約3年ぶりの高値を更新しました。ま たいわゆるエマージング通貨の中では、ブラジル・レアルや南ア・ランドの上昇が目立ち ました。

size=-1>この背景には「キャリー・トレード」があるという見方があります。キャリー・ トレードとは、金利の安い通貨を借り、その資金で金利の高い通貨を買って運用すること を言います。例えばゼロ金利の円を借り、それを売ってカナダ・ドルを買い、3ヵ月運用す る場合、運用レートは3%台です。3ヵ月後の為替レートが現在と同水準であれば、カナダ・ ドルの元利金を売って円に戻すことにより、約3%の金利がそのまま収益になります。

当然、為替レートが重要なポイントになります。現在カナダ・ドルは83円程度です から、3%下落すなわち80円台半ばになれば、金利収益は消えてしまいます。キャリー・トレ ードの前提はこういう懸念がない、または小さいこと、つまり「低金利の通貨がこの先弱く なる」という見通しを持っていることです。

キャリー・トレードの借り入れ通貨としては、従来スイス・フランや円があげられ てきました。しかし最近は金利が1%台の米ドルもその対象(「キャリー通貨」と呼びます) とされるようになりました。

ヘッジ・ファンドはキャリー・トレードの主役か:
キャリー・トレードについて聞いたことのある方は、たいてい「ヘッジ・ファンドの キャリー・トレードによる円売り」といった文脈だったのではないでしょうか。例えば98年に ドル/円が147円台から急落した時の背景は、ヘッジ・ファンドによるキャリー・トレードの解消 だったと言われています。

しかし、かつてヘッジ・ファンドの在日代表だった渋澤健氏は、著書で「ヘッジ・ファン ドは円キャリートレードなんてやらない」と明言しています。また元モルガン銀行東京支店長 で、ジョージ・ソロスのアドバイザーも務めた藤巻健史氏も、かつて「そもそもヘッジ・ファ ンドはキャリー・トレードなど、やっていないと思う」と述べています。興味深い符合です。

藤巻氏はさらに、「そもそも誰が為替のマーケットを動かすほど大量の円を貸すのか」 「単に、為替先物でドルを買っているに過ぎないと私は思う」と述べています。キャリー・トレ ードが為替の見通しを前提にする以上、わざわざ貸借と組み合わせる必要はないと、私も思います。 第16回でとり上げた、シカゴIMMの通貨先物は、実際にヘッジファンドが活発に利用しています。

むしろ、ヘッジ・ファンドに限らず、キャリー・トレードを行う動機は、市場が動きにく くなった時にこそ発生するのかもしれません。為替で儲かるほど動きそうにない、逆に言えば損失 リスクも大きくない時に、せめて金利差だけでも取りたいという考えです。しかし、藤巻氏の言が 正しければ、こうしたキャリー・トレードの規模は大きくなく、「キャリー・トレード」という 市場コメントの裏で、為替予約と通貨先物だけが大きく動いているのかもしれません。



第17回 2003年4月13日
レート予測の実践: 為替介入

市場の動向:    4/4(NY) \119.90 → 4/11(NY) \120.45

 1.先週の注目点:

  ・イラク戦争終結への見通し
  ・日銀金融政策決定会合(7日-8日)
  ・米2月貿易収支(10日)
  ・米ミシガン大学4月消費者信頼感指数速報値(11日)
  ・国内機関投資家の新年度の海外投資動向

 2.影響のあった出来事:
  ・米英軍のバグダッド攻撃とフセイン政権の崩壊
  ・日銀金融政策決定会合「現状の金融政策の継続」を決定(8日)
  ・120円台での輸出企業の根強いドル売り
  ・イラク国内の混乱が周辺国に与える悪影響への懸念
  ・米4月ミシガン指数と3月小売売上高の予想以上の改善(11日)

 3.今週の注目点:
  ・ワシントンG7財務相・中央銀行総裁会議(11日-12日)
  ・戦費負担が米国経済・財政に及ぼす影響
  ・米3月鉱工業生産(15日)と住宅着工(16日)
  ・バブル後最安値を更新した日本の株価動向

イラク情勢が週末に大きな展開を見せ、東京市場は120円台から始まりました。 しかし市場がそれ以上の反応は見せず、むしろその後、金曜日の米小売売上の発表がある までは、ドルの上値の重さが目立ちました。短期終結シナリオが織り込まれていたためと も言えますが、依然として不透明な材料が少なくないためだと思います。

その中でも、イラク戦争後の為替市場を見るうえでのポイントは、
  ・市場の注目がファンダメンタルズに回帰するのか
  ・国連無視により米国の信認が今後低下する場合、ユーロはその代替となり得るのか
  ・戦争終結局面でも不調が際立った日本株の今後をどう見るか
というあたりでしょう。

通貨当局の介入:
ところで、イラク情勢の影で目立たないながらも重要なポイントとなっていたのが、 日本の当局の円相場に対する姿勢です。いわゆる「隠密介入」を公表して以来、イラク情勢が ドルの悪材料となる局面でも、円を積極的に買う動きは弱まっています。2日の117円台での塩 川発言も、こうした市場の警戒感を再確認する形になりました。

いわゆる「日銀介入」の主役が日銀ではない、ということは最近ようやくよく知られ るようになりました。介入の権限が誰にあるかは国によって異なりますが、日本では財務大臣 が、円相場の安定を目的に介入を用いるとされています。

日銀はあくまで財務大臣に指示によって為替取引を行う、つまり介入の「実務」を 担当するだけで、いつ、どの程度の規模で介入するかを決めているのは財務省です。これに 対し米国では、財務省とFRBのいずれも介入の決定権を持っていますが、財務省の判断が優先 されます。英国もこれに近いになっていますが、EUでは欧州中銀(ECB)に主導権があります。

為替介入の目的は、市場が短期的に無秩序な状態にある時に、それを是正すること です。しかし何を無秩序と考えるかは国によって異なりま。というより、欧米から見れば日 本の介入スタンスは異質なものに見えるようです。

日本の介入は、ある水準を守ろうとして行うことが多いのが特色です。しかしそれは 一時的に市場にその水準を意識させ、相場の踊り場的な局面を作ることはできても、結局破ら れてしまうことが多いのを、市場はこれまで何度も経験してきました。固定相場制度における 上限や下限での動きと似ています。

成功する介入とは:
介入が効果を持つためには、いくつかの条件があると言われます。もちろん効果と 言うのは一時的なものではなく、持続的な効果のことです。それは、
  ・ファンダメンタルズに合致した方向への介入であること
  ・単独ではなく協調介入であること
  ・介入によって生じた自国金融市場の資金過不足を、金融政策で調整しないこと
   (いわゆる「非不胎化介入」)
などです。

これに照らしてみると、最近の円売り介入が、ファンダメンタルズに合致した方向で あることは認めていいでしょう。また円売り介入によって国内市場に生じた円の余剰は、今の ところ日銀が運営目標に従って調整しています。しかし目標自体が段階的に引き上げられ、さら に日銀が今後一層の緩和に含みを持たせていることを考えれば、上の条件に全く合わないわけで はありません。

明らかに条件と異なるのは、日本が単独で介入していることです。これまで市場関係者 は介入が話題になるたびに、「単独か協調か」ということに注目し、「単独であればその効果は 限られる」との判断から行動する傾向がありました。今回も当初はそうでしたが、これまでの ところは、介入がある程度の効果を持ったと言えます。円及び円資産にはデフレによる実質金 利の高さ以外の魅力が乏しいため、円売り介入に反応しやすいのだと思います。やはり単独か 協調かということの影響も、ファンダメンタルズ次第ではないでしょうか。

イラク戦争の終結はドルには好材料でしょう。しかしこれまでのところ、ドル回復の足 取りが確かとは言えません。さらに、今回日本の単独介入が成功したことにより、米国は
  戦争による不安からドル下落→経常赤字拡大に歯止め
というチャンスを逸したことになります。つまり皮肉なことに、日本の介入がドルの 下落要因を残しました。イラク戦後に世界の景気が回復し、米国の輸出が増加しない限り、その 不安は持ち越されることになります。

参考:日本銀行ホームページ
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第16回 2003年3月23日
レート予測の実践: シカゴ通貨先物市場

市場の動向:
   3/14(NY) \118.32 → 3/21(NY) \121.60


 1.先週の注目点:

  イラクに対する武力行使の可能性と時期
  米連邦公開市場委員会(FOMC 18日)
  福井日銀新総裁の国会参考人質疑(18-19日)
  EU首脳会議(20日)
  米2月消費者物価指数(21日)
 2.影響のあった出来事:
  米英軍の対イラク開戦(20日)
  開戦を目前にした,投資資金の巻き戻し
  米国株価上昇と対照的な日本株価の出遅れ
  福井日銀総裁の「ファンダメンタルズに沿った円安容認」(18日)
 3.今週の注目点:
  イラク戦争の動向
  日本の2月貿易統計(24日)
  米2002年第4四半期の国内総生産(GDP)確報値(28日)
  日米株式及び国際商品市況の動向


米英軍を主力とする対イラク攻撃が20日に始まりました。為替市場はそれに前後して大きな 展開を見せ、ほぼドルの買戻し一色となりました。開戦当日の反応は慎重なものでしたが、 フセイン大統領死亡説や本格的なバグダッド空爆開始などを受け、21日にはドル買いが加速 しました。ドル/円は121円台後半、ユーロ/ドルは1.05ドル台前半という引けのレートは、概ね 年末〜年初の水準まで戻ったことになります。

リスク回避行動とは:
昨年12月頃、年内にもイラク攻撃という見方から、ドル下落は対ユーロを中心に加速しまし た。その背景はリスク回避の動きだったと言われています。最近のドル上昇を見ると、この リスク回避は短期的な行動であったことがうかがえます。

投資家がリスクを回避する場合、一つの判断は投資方針を変更することです。ドル はもうだめだと思えば、資産配分をドルから別の対象に移します。これは中長期的な視点か ら見た決定です。そう頻繁に行うことではありませんし、いったん変更したら短期間のうち に元に戻すことはまずありません。

もう一つの判断は、基本的な投資方針は変えずにリスクヘッジをすることです。こ れは当然、投資方針とは反対向きの行動です。例えばヘッジのドル売りとは、ドルが魅力的 だという方針で投資しているから生じる行動です。この意味で、ヘッジは投資方針から乖離 するという、別の意味のリスクを取ることになります。おかしな話だと思われるかもしれま せんが、特に年金資金など顧客から預かった資金を運用する場合には、行動をこと細かに説 明する義務があるため、こうした乖離をリスクとして意識する度合いは大きくなります。

また一方で、ドル下落を見込んで、為替市場で積極的に投機的なリスクを取ってい た市場参加者が多かったのも事実です。戦争という、あまりに不確定要因の多い事件が現実化 するのを目の前にしては、投資家のヘッジも投機的なポジションも、いったん解消せざるを 得なかったようです。これが最近のドルの急激な戻しの背景と見られます。

「シカゴIMM通貨先物」:
為替で投機的なポジションという場合に手がかりとなるのは、シカゴマーカンタイル取引所 にある国際金融先物市場(IMM)の通貨先物の動向です。これは米国商品先物取引委員会(CFTC) がホームページ でも毎週公表しており、円やユーロを始めとする上場通貨の取引状況を知ることができます。 (リンクをご覧になった方へ:上から11番目の表が円、12番目がユーロです。)

この中で「非商業部門(NON-COMMERCIAL)」と分類されている取引が、ヘッジファン ドなど投機筋の動きを反映するものと言われています。従ってこのポジションを追うことに より、彼らの為替市場についての見方を推測することができます。この資料は毎週金曜日にそ の週の火曜日現在の計数が発表され、速報性の点でも優れています。まず3月18日現在までの円 とユーロについて見てみます。

シカゴ円先物

シカゴユーロ先物

最初に、先物の用語について少し説明します。左軸にある先物の建玉(たてぎょく)とは売り 買いの契約数で、1枚、2枚と数えます。公表数値は売り・買い別々に出ますが、このグラフは 売りと買いのネット枚数です。1枚は円先物では1250万円、ユーロ先物では12万5000ユーロ で、3月18日現在の円の買い建て(ネット)23318枚=約24億5千万ドル、ユーロの買い建て(同) 13339枚=約16億7千万ユーロになります。

円、ユーロ共に買い持ちポジションの手仕舞いが起きたことがわかります(円は逆 目盛り)。特にユーロの場合、前週は35000枚を越えており、そのほぼ3分の2(約20億ユーロ相当) という強烈な売りにあって、レートも1.1ドル台から一気に1.06台まで急落しました。

こうして、いわば仕切り直しという状況になりましたが、二つのグラフを見ても、円と ユーロのこれまでの動きには違いがあります。過去1年間、シカゴの円ポジションが売り持ちと 買い持ちを繰り返す中、円は概ね115円〜125円の間を上下しています。これに対しユーロは 最新の週を除けばほぼ3万枚以上、少なくとも1万5000枚の買い持ちを保ち、為替レートは上昇 基調でした。

ドイツの深刻な景気低迷は第二の日本かと言われるほどで、ユーロにも懸念材料はあり ます。また値動きが荒くなっているため、目先1.02ドル程度までの下落も見ておく必要があります。 しかし先物市場からは、ドル資産を動かすならばユーロという根強い期待と、対照的に円には賭 け切れないという不信感が伝わってきます。戦争を前にした世界的な株価上昇に東京が乗り遅れ、 結局小幅な上昇にとどまったのも、そうした見方の反映でしょう。ドル/円は120円を中心とした 推移がまだ続くものと思われます。

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第15回 2003/3/2
レート予測の実践: 対内対外証券投資

市場の動向:
   2/21(NY) \118.65 → 2/28(NY) \118.05


 1.先週の注目点:

  イラク情勢をめぐる米国と国連の動き
  米国 2月消費者信頼感指数(25日)
  米国 グリーンスパンFRB議長上院で証言(26-27日)
  日本 1月鉱工業生産指数暫定値(28日)
  日本の円売り介入への警戒感
 2.影響のあった出来事:
  米英による対イラク新決議案提出が近いとの観測
  米国の2月消費者信頼感指数の予想以上の低下
  イラクがミサイル廃棄へとの報道
  塩川財務相「為替は市場に任せるべきとG7で言った」
  財務省が2月に介入を実施したと公表
 3.今週の注目点:
  国連監査検証査察委員会のブリクス委員長が追加報告(8日)
  米国 2月の雇用統計(8日)
  日本の円売り介入への警戒感
  ミサイル実験を行った北朝鮮の動向
  欧州中銀(ECB)が政策金利を発表(6日)


イラク情勢によるドルへの不安が引き続き市場を支配する中、円相場は一時116円台となっ たものの、結局前週末とほぼ同じ水準に戻りました。

25日の東京時間には「北朝鮮がミサイル発射」との報道にやや円安となりましたが、 介入に否定的な財務相の発言もあって長続きせず、27日には116円台までドルが売られました。

しかし北朝鮮の動きを受けた格付け会社の日本格下げの動きや介入警戒感から、円 を積極的に買う動きは見られませんでした。そのため、28日に2月の介入が公表されるとドル が買い戻され、週を終えました。福井次期日銀総裁との決定は、予想の本命だったこともあり、 概ねノーイベントでした。

「対内及び対外証券投資の状況」:
日本でも80年代以降に見られた金融の規制緩和によって、世界中の資金の動きが加速し、投 資資金の動きが為替に大きな影響を与えるようになったことは、以前お話ししました。日本 では財務省が国際収支統計の「証券投資」とは別に、居住者と非居住者との間の証券売買に ついて発表しています。これが「対内及び対外証券投資の状況」です。

公表の種類は決済ベースと約定ベースの二通りあります。この二つは公表時点とカ バーする範囲にも違いがあります。決済ベースは国際収支統計と同時、つまり毎月中旬に 前々月の計数を公表します。対外証券投資では投資家を業態別に分類した数値や、投資先の 国別(現在34カ国・地域と国際機関)に分類した数値も出ています。

これに対し約定ベース計数は月次と週次の二通りあります。月次ベースは毎月10日頃 前月分、週次ベースは毎週木曜日に前週分と、速報性に優れています。内容は証券会社・ 銀行・生損保・信託といった主要投資家のみからの報告に基づいています。決済ベースに比べ 範囲は限られていますが、これらの業態ごとの動きがわかることは、資金の動きを追う上では 大きな意味があります。


(12月:決済ベース、1月:月次約定ベース、日付:週次約定ベース)
(億円)12月1月1/312/72/142/21
対内投資-20424431441020133354-1603
 株式3774483324647372-1935
 債券-2419-52408613662982332
対外投資16722-18840344475-13324156
 株式-21851857954868670435
 債券8837-204530803607-20023721
ネット-187644619376-26424686-5759

上の表は最近の動きを示したものです。対内投資のプラスは資金の流入、対外投資のプ ラスは資金の流出になります。ネットは「対内-対外」ですから、これがプラスであれば全体で日 本に資金流入、マイナスならば日本からの流出です。

最新の数値(2/21に終わる一週間)を見ると、対内では海外からの日本株大幅売り越し、 対外では日本から外国の株式・債券を買い越しだったことがわかります。つまり両方とも資金が 日本から流出したことを示しており、当然ネットの数字はマイナス(5759億円の流出)となって います。

対内株式の売り越しは、株価の軟調の背景に外人の売りがあったことを裏付けます。 一方、海外の株式市場も決して堅調ではありませんが、対外株式投資は買い越しが続いています。 また対外債券投資は金利低下期待から概ね買い基調です。ECBの利下げが予想される中、欧州への 債券投資が今後も続きそうです。

この計数を見る時の注意点を一つ挙げておきます。それは対外投資が増加していても そのまま円安要因になるとは限らないことです。外国証券を買うこと自体は円安につながります が、同時に将来の為替差損を防ぐためのヘッジ(外貨売り円買い)を行えば、為替に対する影響 は相殺されるためです。ドルに不安のある最近はこの傾向が強く、資金が流出傾向であっても 円は売られにくくなっています。

ただし、ヘッジをかけた投資家も、その後円安見通しが強くなった場合にはヘッジ解消 (外貨買い円売り)を行うことがあります。従ってヘッジ付き対外証券投資も潜在的な円安要因 であることに変わりはありません。
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第14回 2003/2/23
レート予測の実践: 貿易収支

市場の動向:
   2/14(NY) \120.25 → 2/21(NY) \118.65


 1.先週の注目点:

  イラク情勢をめぐる米国と国連の動き
  日本の月例経済報告(19日)と、円売り介入への警戒感
  米国の貿易収支(20日)・財政収支(21日)=「双子の赤字」
  G7財務相・中銀総裁会議(21・22日)を控えた各国の動向
 2.影響のあった出来事:
  米国2002年貿易赤字 過去最大の4352億ドル
  海外ファンドがユーロ/円で利益確定のユーロ売り
  米国債利払い(18日)と3月決算にからむ日本企業・投資家のドル売り
  日本が再び覆面介入との噂(21日)
 3.今週の注目点:
  イラク情勢をめぐる米国と国連の動き
  米国 2月消費者信頼感指数(25日)(
  米国 グリーンスパンFRB議長上院で証言(26-27日)
  日本 1月鉱工業生産指数暫定値(28日)
  日本の円売り介入への警戒感

円相場はやや円高基調で推移しました。イラク情勢に新たな進展はなく、週初はドルが堅調 でした。しかし米国債利払いや米国株価の軟調を受けてドルは120円を割り、さらに米国貿易 赤字の予想を上回る規模に、一時118円台前半まで下落しました。しかし日本経済への不信感 と介入警戒感から円買いに勢いはありませんでした。今週も引き続き、イラク情勢と円売り 介入に神経質な展開と見られます。

米国が北朝鮮への食料援助再開を発表しました。グリーンスパンFRB議長が繰り返し 強調する「地政学的リスク」への解釈は、イラク情勢を想定しがちですが、日本にとっての 地政学的リスクは北朝鮮情勢の方がはるかに大きく、今回の発表はその緩和要因です。しか し日本の当局からこうした見地に立つ発言がないのは不思議なくらいです。

貿易収支とドル/円レートの関係:
米国の貿易収支は「市場の動向」の通り過去最大となりましたが、反対に日本の貿易収支は 内需の低迷を反映して高水準の黒字を続けています。国際収支統計による黒字額は、9月以降 毎月ほぼ1兆円ペースです。

貿易収支

このコラムの第10回でとり上げた「国際収支説」は経常収支に着目するものですが、 現在の日本も含め、経常収支は貿易収支の動向をほぼ反映するため、貿易収支は重要な指標に なると考えられます。上のグラフを見ても、そうした傾向はうかがえます。なお、日本の貿易 黒字の増加=円高要因という関係を示すため、ドル/円レートは逆目盛りになっています。

次にもう少し細かく見てみましょう。ドル/円レートということで、日米の貿易関係 との連動を考えます。下のグラフは米国の対日貿易収支とドル/円レートの関係です。今度は、 米国の赤字の増加=ドル安という関係なので、為替レートの目盛りを戻しています。

貿易収支

最初のグラフに比べ、さらにあてはまりがいいと思いませんか?このように対日赤字 の増減とドル/円レートは密接な関係があります。ところで対日赤字が増加する場合には米国内 に政治的な円高圧力が生まれやすくなります。短期的にはこちらの方が注目されがちですが、 赤字の動向自体が為替に影響を与えていると見られるため、産業界の発言などの円高圧力は、 それを一時的に加速させる要因と考えた方がいいと思います。

なお、二つのグラフに共通して、98年の前半には貿易収支の動きと乖離した形で円安 が進みました。これは97年終わり近くに山一證券・北海道拓殖銀行の破綻に始まる日本の金融 危機が発生したことが大きく影響しています。こうなると貿易収支の動向などは無力です。

また、「ドル/円=日米貿易」にはこのように見られる関係ですが、他の通貨の組み合 わせにもあてはまるとは限りません。当然二国間の貿易の重要性が大きな影響力を持ちますが、 ご興味のある方は試してみてはいかがでしょうか。
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第13回 2003/2/9
レート予測の実践: マネタリーベース

市場の動向:
先週はドル/円がやや値を戻し、120円をはさんだ動きに終始しました。依然として 市場の注目は対イラク攻撃の行方に集まっています。しかし市場関係者のコメントにも、「開 戦はドル売り」一辺倒から、最近は「協調行動ならドル買い」といった、気迷い気味でやや 怪しげな見方が出ています。ドルに対する不安は拭えないものの、これ以上売り込むには材料 不足というのが正直なところでしょう。

こうした中で、イラク以外に市場に影響を与えた数少ない出来事の一つが、月初に 明らかになった日本の「覆面介入」でした。当局の意図はその後の公式なコメントで明らか になりました。プログラム売買の規模が拡大した現在の市場では、アナウンスメント効果を 狙った介入に反応しにくい、というものです。手法の目新しさもあって、今のところ円相場 はやや落ち着いた感があります。

マネタリーベースとは:
まず、グラフを見てください。前回の日米鉱工業生産伸び率と同様、今回もドル/円の動向と 似た動きを示す青い太線が描かれています。これは日米のマネタリーベースの相対的な伸び 率(日本/米国)を、3ヵ月の移動平均で表したものです。おおよそ、日本の伸び率が高まる 傾向にある時は円安(ドル高)、低くなる時には円高(ドル安)という関係が見られます。

日米マネタリーベース伸び率



マネタリーベースは、ベースマネーとも呼ばれ、経済学の教科書にはハイパワード・ マネーという用語が使われます。どれも同じものです。 日本銀行のホームページ には、
  マネタリーベースとは、「日本銀行が供給する通貨」のことです。 具体的には、
  市中に出回っているお金である流通現金 (「日本銀行券発行高」+「貨幣流
  通高」)と「日銀当座預金」の合計値です。
という説明があります。

よく目にするマネーサプライは、「金融部門から経済全体に対して供給される通貨」 を集計したものですが、マネタリーベースは、これに加えて金融機関の保有現金(「銀行券」 と「貨 幣」)、及び金融機関が日銀に保有する当座預金を含むものです。

このことから、金融政策を直接反映する資金の量はマネタリーベースであることがわかり ます。上のグラフは日米両国のマネタリーベース残高について、1990年1月を100として各月 を指数化し、「日本÷米国×100」で求めたものです。これが大きくなれば日本の金融政策 の方が緩和的、つまり円安傾向を示唆するというものです。

どのように為替に影響するか:
マネタリーベースが拡大するということは、国内の流動性が過剰になることを意味 します。従って、余剰資金が国内の投資機会では吸収できなくなり、海外に流出する原因に なるという意味で、通貨の下落要因になります。

別の見方もできます。日米間におけるベースマネーの傾向に変化が生じると、資金 供給の多い国では、物価上昇につながります。この結果通貨の価値が下落する(購買力平価 的な考え)というように、為替相場への影響を説明することもあります。

景気との関係に着目すると、景気が悪い国では金融緩和政策によってマネタリーベ ースの伸びが高まる傾向があります。前回の鉱工業生産に見られるように、景気の悪い国の 通貨が売り、良い国の通貨は買い、となりやすいため、マネタリーベース比率と為替との相 関が高いとも考えられます。

このようにいろいろな形での説明がありますが、マネタリーベースと為替との関係 は多分に経験的なものである、ということには注意が必要です。何事も過去の経験が繰り返 す保証はありません。現在を見ても、日銀は当座預金残高の目標を引き上げていますが、円 安は進んでいません。

連動性が高いといっても、マネタリーベースだけで為替の動きが説明できるわけで はない、ということの表れです。しかし将来イラク情勢などの要因が緩和された時点では、 国内の過剰流動性が円安要因として顕在化する可能性は小さくないと思われます。
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第12回 2003/1/26
レート予測の実践: 鉱工業生産の比較

為替レート決定理論には、「購買力平価説」、「国際収支説」、「アセット・アプロー チ」の他に、「為替心理説」というものもあります。これは前二者と同様古典派理論の一つで、 フランスのA・アフタリオンが、1927年に唱えた説です。為替は人々の思惑や期待・不安な どの心理的要素によって変動すると考え、政変や戦争などの突発的なニュースで相場が大き く変動する現象を説明します。

最近は市場の注目がイラク攻撃をめぐる動向に集中し、経済指標が市場に及ぼす影 響は非常に限られています。これを見ても、為替心理説を否定することはできません。しか し、短期的な動きをある程度説明できても、長期的な予測に適用するには無理があります。

決定理論はここまでにして、実際に市場参加者が為替レートを予測する場合のアプ ローチに移ります。重要な要因として一般にあげられるのは、@ファンダメンタルズ、A需 給、B政策、Cテクニカル要因 などですが、他にも数限りなくあります。例えば太陽の黒 点と為替の関係に注目する人もいますし、 占星術による為替相場予測というものもあります。

ファンダメンタルズ要因の一つとして、ドル/円相場の動向と当てはまりが良いと 思われるのが、日米の生産力格差です。生産力という場合、第一に考えるのがGDP(国内総 生産)ですが、為替予測にはやや不向きです。これは多くの国でGDPの計数をまとめる サイクルが四半期であり、データの鮮度が低いためです。日米も例外ではありません。

このため、月次データである鉱工業生産を利用します。下のグラフは、毎月の鉱工 業生産の前年比伸び率について日米の差を求め(米-日)、3ヵ月移動平均したもの(青・ 左軸)と、ドル/円レート月中平均値(赤・右軸)の動きを対比しました。

これは昨年12月までのグラフですが、両者のトレンドにはかなり関連があることが わかります。前年比伸び率の格差が拡大(米国の伸びが高い)すれば円安、縮小(日本の伸 びが高い)すれば円高という傾向ですが、現在は縮小を通り越して逆転しています。鉱工業 生産は、経済統計の中でも月ごとのぶれが大きいものの一つです。しかしこのように移動平 均でその欠点をカバーすると、為替との関係も見えてきます。

日本の伸び率が上回るというのは、過去10年間でも珍しい状態です。2000年にこう した状況だった時のドル/円レートは100円台でした。もちろん、為替レートに影響を与える のは鉱工業生産だけではなく、水準自体をこれから判断することはできません。しかし少な くとも日米間では、生産力の傾向が為替レートの方向性に重要な意味を持つことを、この グラフは表しています。

現在は日米とも景気は思わしくありませんが、日本の鉱工業生産に重要な影響を与え る輸出は増加しています。このため、日本の前年比伸び率は3ヵ月連続5%台、米国はようや く2%台と、日本に有利な状況が続いています。

しかし,17日に発表された11月の鉱工業生産指数は、前月比で3ヵ月連続の低下を記録しま した。最近の政府の景気判断には、明るい見通しは見られません。鉱工業生産指数が 2001年末に底打ちし、昨年上昇を続けたことを考えると、前年比で見た伸び率は、今後鈍化 する可能性が高いでしょう。一方米国は、伸び率の水準自体は低いものの、趨勢としては底 打ちが確認されています。

従って、このグラフで見る限り、ドル/円の下落余地はそう大きくないことになり ます。ただし、今はイラク情勢がより大きな影響力を持っており、ここで行ったような判断 が後回しにされやすいというのが、市場の実態であることは事実です。

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第11回 2003/1/19
為替レートの決定要因--アセット・アプローチ--

1973年に、為替市場は変動相場制に移行しました。その目的は、国際経済の混乱を 引き起こした対外不均衡を為替レートの変動によって自動調整することにありました。しか しその後も国際収支の不均衡は続いたため、経常収支を中心としたフローに基づく為替レー ト決定理論への疑問が生じました。そこで登場したのがアセット・アプローチです。

17日の日経新聞に、「オセアニア通貨上昇目立つ」という記事がありました。いわ ゆる地政学的リスクの回避もさることながら、金利水準の高さも背景とされています。公定 歩合を見ると、オーストラリアは4.75%、ニュージーランドは5.75%であり、1%にも満た ない日米と比べ非常に魅力的です。投資家ならこういうところで運用益を手に入れようとす るでしょう。アセット・アプローチは、こうした投資行動に注目して為替レートの変動を捉 えるものです。

変動相場制に期待された国際収支の調整機能が働かなかったのは、移行と同時に特 に先進国が国際間の資本移動を自由化する方向に動き始め、貿易以外の資金の動きが為替レ ートに大きく影響するようになったからです。日本でも80年代に外為法改正などにより、国 際金融・証券取引が飛躍的に増加しました。

アセット・アプローチでは、こうした投資行動の結果としての資産(アセット)の 保有高に着目します。そして為替レートは、国際間の資産選択を通じて得られる、異なる通 貨建ての資産の「期待収益率」が等しくなるように決定されると考えられています。つまり 円預金とドル預金、といった金融資産間の交換価格が為替レートであるというものです。

期待収益率というのは、収益の実現がはっきりしない場合に予想される収益率のこ とです。例えばあなたが円の1年定期預金を作ると、その利率が収益率として確定します。 これに対し、1年のドル預金(為替ヘッジなし)の場合、ドル建ての利率は決まりますが、 円建ての利率は不確定です。満期時点で受け取るドルの元利金を円に交換する為替レートが 確定していないからです。円建ての期待収益率は、プラスにもマイナスにもなる可能性のあ る為替レートをいくらと予想するかによって異なってきます。

別の言い方をすれば、あなたにとってドル預金の期待収益率は、ドル建ての利率 に為替レートの予想変化率を加味したものになります。つまり、
  ドル預金期待収益率=ドル建て利率+予想為替レート変化率
ということです。

もし、この「ドル預金期待収益率」が円預金の期待収益率よりも高いと考えれば、 ドル預金への投資が増加します。この結果ドル買い円売りが起こり、為替レートは円安方向 に動きます。そしてドル買い円売りは、ドル預金と円預金の期待収益率が等しくなるまで 続き、そこで止まります。

これは、
  ドル預金期待収益率=円預金期待収益率(=円預金利率)
ということです。これと先ほどの式を見比べると、
  ドル建て利率+予想為替レート変化率=円預金利率
これを変形すると、
  予想為替レート変化率=円預金利率−ドル建て利率
となります。つまり、予想為替レート変化率は、日米間の金利差に等しくなります。

非常に単純化した形で、アセット・アプローチを説明しました。投資資金の動きは 一般に非常に機動的であるため、その結果各通貨での保有資産残高も頻繁に変動します。こ のため、アセット・アプローチも短期・中期的な為替レートの動きを説明する理論とされて います。

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