「青春小説」創作ノート3

2005年11月

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11/01
中国旅行の疲れが残っている。毎日中華料理で体重が増えたせいか、体が重い。久しぶりに三軒茶屋に散歩。三ヶ日の仕事場に長期間こもっていることもあるので、一週間くらい三軒茶屋に行かないというのは、珍しいことではないのだが、外国から帰ってくると、日本の風景が新鮮に見える。北京と上海に行っただけなので、あまり東洋ということを感じなかった。ベルギーの郊外の工場地帯みたいなところと、さほど変わらない。ただ行き交う人々は、日本人と同じ顔立ちだが、着ているものも世界共通のものだし、車の多さも同じだ。ただ三軒茶屋や下北沢のようなところはない。ごみごみとした商店街と、近代的なビルが共存しているところが、日本の特徴かもしれない。
まだ頭がぼうっとしているのだが、とりあえず青春小説に挑む。烏山川緑道を歩きながら、これまで試しに書いてきた冒頭部分ではダメだと思った。幼児体験から入っていたのだが、いきなり現代から始め、三角関係の一つの角となる年上の男性(車椅子に乗っている)のイメージから入るべきだと思った。しかし自宅に帰ってワープロを叩いてみると、男の姿から入るのは美しくない。やはり故郷の風景がほしいという気がした。父が生まれ育った祖父の家で主人公は育つ。顔も見たこともない父を求めて、父が使っていた部屋に入り、愛用のギターを発見するところを、オープニングにしたい。「いちご同盟」がピアノ、「春のソナタ」がバイオリンの話だったが、今回はギターが重要な小道具になる。

11/02
久しぶりの大学。何だかエンジンのかかりがよくない。疲れて自宅へ帰る。背中の荷物が重い。作品を出して取りに来ない学生がいる。いつ取りに来るかわからないので、大学に行く時はつねに持ち歩いている。

11/03
祭日。木曜日は夜間部の授業の日だが、疲れが残っているので、休みにでありがたい。ようやく仕事をする気になったので、旅の飛行機の中などでチェックした「お父さんの算数」の草稿に、チェックした部分を入力する。算数の話なので、数式が多く、分数なども入れた。縦書きの文章に、横倒しの数式を入れたり、数字をタテのまま文章の中に入れたところもあり、そこをチェックするのは大変な手間だ。印刷所の人も大変だろう。しかし半日で入力が終わった。あとは結論の文章を書き込めばおしまい。

11/04
PHPの編集者来訪。「アインシュタインの謎を解く」の文庫版が届く。ダリの溶けた時計に似せた装丁がきれいだ。三宿で飲む。

11/05
妻と下北沢に散歩。下北沢も久しぶりだ。あいかわらず人が多い。この駅は地下に移され、広々とした駅前広場ができることになっているが、反対運動の看板が出ている。このままの方が下北沢らしいという人も多いだろう。三軒茶屋はもともと国道246と世田谷通り、茶沢通りがあって、広々としている。そのいっかくに狭い路地の部分があって、バランスがいい。さらに路面電車の世田谷線の駅を移動させて広場を作り、その横に高層ビルも建てた。再開発と昔ながらの路地とがうまくまじわっている。下北沢は路地だけの街で、それをそのまま残すのもいいが、火事の時に消防車が入れないゾーンがかなりあるので、危険ではある。世田谷文学館の世田谷文学賞の応募原稿を読む。例年より少しレベルが低いか。学生の宿題と大差ないものが多い。それでも、小説を書いて応募してくる人が大勢いるのだから、毎年、すごいことだと思う。「お父さん」いよいよ大詰め。

11/06
日曜日。雨なので散歩は休み。「お父さんの算数」のまとめが、まだまとまらない。ゴールは見えている。

11/07
図書館との協議会。長く続けてきたガイドラインの作成がようやく終わった。午後は文藝家協会で副理事長と打ち合わせ。やれやれ。「お父さんの算数」のまとめ、ようやくメドがついたが、まだ完成には到らない。

11/08
私大連盟と協議。こちらの要望を伝えた。その後、文藝家協会の常務理事会と理事会があるのだが、少し時間があいたので、私学会館を出て九段方面に散歩。靖国神社の茶店で思わず生ビールなど飲んでしまった。ヨーロッパの街には要所にカフェのテラスがあって、外気にあたりながら生ビールが飲める。茶店のふぜいもわるくないが。自宅を出る前に、「お父さんの算数」の原稿が完了。夜中に挿入する図を作ったが、これが大変であった。一瞬、自分の能力の限界を感じた。

11/09
大学。水曜日はいつも一番疲れるのだが、本日は体が軽かった。昨日の方が精神的にハードだったのだ。一昨日、昨日と1日に2つの仕事があった。今日は大学へ行くだけでいいと思うと、ラクだと思う。相対的なものだ。

11/10
自宅にて新聞のインタビュー。老人問題。大学。いつものように妻に迎えにきてもらう。夜間の授業は疲れるので助かる。いつも木曜日が終わるとほっとするのだが、明日も明後日も仕事がある。やれやれ。「青春小説」(仮題は決めてあるがまだ公表の段階ではない)少し動き始めた。文体が確定しつつある。一人称「ぼく」小説でいく。これは久しぶりだと思う。

11/11
世田谷文学館の文学賞(小説部門)の選考。青山光二さんと。90歳を超える青山先生の肌のつやのよさに驚く。選考はすぐに終わる。一席の作品は最初から意見が一致した。あとは微調整で終了。世田谷文学館の芦花公園駅の近く。往路は妻に送ってもらう。帰りは下高井戸で乗り換えて世田谷線で帰る。専用軌道を走っているとはいえ、車体は路面電車のスタイルなので、のんびりした気分になる。着いたところは毎日のように散歩にいく三軒茶屋。見慣れぬ世界から突然、日常の風景に舞い戻る感覚が面白い。本日は学生の宿題を見る。長いものを提出したやつがいて疲れる。

11/12
武蔵関の東京女子学院で、ジャスラック主催の著作権教育ゼミナール。文藝家協会も後援しているので、講師として参加。教育の公共性と文芸著作権について話す。何百回と語ってきたことなので、何も考えなくても言葉が出てくる。疲れることもない。関係者に挨拶するのが仕事といえば仕事。学生時代に吉祥寺に住んでいたので、武蔵関のあたりは土地勘がある。往路は妻に送ってもらったのだが、帰りは駅から電車に乗ったりはしない。電車に乗って新宿や高田馬場に行ってもしようがない。少し先にバス停があって、吉祥寺まで行けば、井の頭線に乗れる。わたしの自宅は井の頭線の池の上からも帰れる。まずは青春小説を少し書く。調子が出てきた。ピッチを上げたいところだが、今週はまだ公用がある。明日、山陰の浜田で講演会。飛行機の朝便がないので、夜行列車で行くことにした。「空海」の再校が届いているので、これを旅のお友だちにする。 この続きは帰ってきてから書く。
ということで帰ってきてから続きを書いている。出雲行きの寝台特急。個室がとれたので快適な旅であった。先月、北京から上海まで寝台列車に乗ったばかり。中国では仲間の作家たちと酒盛りをして、ころっと寝てしまった。今回は1人なので、仕事をする。「空海」のゲラ(再校)。書き終えてから時間が経過しているので、こちらは気が抜けている。書いている時は神懸かりというか、空海が憑依しているような感じで書いていたが、いまはただの三田誠広に戻っているので、よくこんなものを書いたなと、ただ驚くばかり。夜行列車は昔の新幹線(大阪まで3時間、岡山まで4時間)の半分のスピード(かかる時間は2倍)で走っているようで、静岡まで2時間ほど。机に向かって仕事をしながら、振り返ると夜の海が見えたりした。なかなかに快適である。深夜に浜松に停車。仕事場が三ヶ日にあるので、よく利用する駅である。夜中の浜松駅を見るのは初めてなので、妙な感慨があった。

11/13
日曜日。岡山到着の車内放送で起こされた。まだ朝の6時前だ。ベッドの上にいたが、駅に着く度に車内放送があるので、結局眠れなかった。執着の出雲で反対側の快速に飛び乗る。出雲までが12時間。快速に乗ってさらに1時間半。ようやく目的の浜田に到着。講演は先月、出雲でやったのと同じ。2週間後に松江でもやることになっている。帰りは益田まで特急に乗り、タクシーで萩石見空港へ。チケットレスで予約したのだが、機械がない。窓口のおねえさんにクレジットカードを渡すと切符が出てきた。この方がラクでいい。羽田まで妻が迎えに来てくれた。今日は疲れていたので、ありがたい。長い1日だったが、夜中も少し仕事。

11/14
矯正協会の対談。出かける前に青春小説、少し書く。主人公の少年がビージーズの「若葉のころ」をギターで弾くシーン。まだ冒頭のイントロにすぎないのだが、いきなり盛り上がっている。いい作品になりそうな予感がする。こう高揚感は長続きしないので、仕事で出かけるのはよいタイミングだ。帰ると今度は「空海」の再校。こちらはただ驚きながら読むばかりだ。書いている時は空海がわたしに乗り移っていたのだが、いまはただの三田誠広に戻っている。一読者として読み、わかりにくいところがあればチェックする。編集者や校正者と同じ視点で見ているだけだが、いちおう「書いた人」なので、疑問が出れば使用した文献が手元にあるので再確認できるというだけのことだ。

11/15
教育NPOとの定期協議。1時間だけの会議なので、散歩に出たようなもの。昨日の夜中、青春小説の冒頭部分が意外に盛り上がった。登場人物がフォークソングを演奏する場面がある。思わず書いているこちらが盛り上がって、久しぶりにギターをもってフォークソングを何曲か歌ってしまった。本日も「空海」の再校と青春小説の執筆を並行させる。

11/16
水曜日は大学。南米文学の話。何度も語ってきたことなので、時間の配分もちょうどよく、時間内に話が終わる。4年ぶりに始めた大学の先生で、春の頃は疲れた。いまは慣れてきたので、それほど疲れない。他の仕事が疲れるので、相対的に、慣れてきた大学の講義がラクに感じられるということかもしれない。「お父さんの算数」の原稿、送りっぱなしで、どうなっているかと思っていたのだが、担当者からメールが来て、面白かったとのこと。やれやれ。まだ部長のゴーサインが出ていないので、しばらく時間がかかるが、とにかくすぐに原稿が戻ってきて書き直しというわけではない。いまは「空海」の再校がメインだが、青春小説もいい感じで進んでいるので、これでまた算数のことを考えないといけないというのはつらい。「空海」はいま2章(全体は5章)を見ている。1章は少年時代で、全体がフィクションなので心配したが、ふつうに読める。まるで事実が書かれているような安定感がある。よーく考えると、信じがたいエピソードがいくつかあるのだが、文体が安定しているので、すらすらと読める。それでいいと思う。空海は結局、すごい人なのだから、すごいエピソードがあっていいのだ。そのすごいエピソードを、いちいち驚くのではなく、淡々と書いているところがミソである。

11/17
夜間の大学。この季節になると、自宅を出る時から真っ暗になる。何となく、心が暗くなる。しかしドストエフスキーの話をしていると、元気になってくる。体がぽかぽかしてくるから不思議だ。自宅を出る直前、「星の王子さまの恋愛論」のゲラが届いた。これは以前、ハードカバーで出したものの文庫化。だからいきなりゲラが届く。おい、待ってくれ。まだ「空海」の再校チェックが終わっていない。しかもいまは青春小説がいい調子になっているのだ。これでいま編集部長が読んでいるはずの「お父さんの算数」の原稿が戻ってきたら、パニック状態になる。とりあえず、一つ一つ片付けるしかない。まずは「空海」だろう。これで手が離れる。しかしまだ2章の途中なので、完了するまでに数日はかかる。青春小説も、調子がとぎれないように、毎日、必ず一度はパソコンに呼び出して、数行でも書くようにしている。休みなしの公用はまだ終わらない。明日も文藝家協会に行かないといけない。でも、仕事があるというのはありがたいことだ。作家というのは一種のフリーターだから、ひまで何もすることがないという状態よりは、することがずらっと並んでいる方が、元気が出る。

11/18
文藝家協会で大学関係者と打ち合わせ。先週末の土日に仕事が入ってこともあって、先週の月曜日から休みなしで働き続けている。ようやく本日でハードな日々が終わる。とくに肉体的にきつい仕事をしたわけではないが、公用で時間をとられる上に、夜中の自分の仕事もハードなので、ひたすら仕事をしているという感じだ。ここまでくると疲れを自覚することもない。気がつくと時間がたっている。青春小説が少しずつ動いているので、気分的には前向きに進んでいる感じがする。さてその青春小説だが、主人公は大学生。で、大学のキャンパスからスタートしようと思ったが、どうも大学というところは緊張感に乏しい。そこで前史から語ることにした。中学生の主人公が田舎から転校してくる。すると親切な男女のカップルがいて、主人公は男の子には友情、女の子にはほのかなあこがれを感じる。それで三角関係になる。「いちご同盟」だとそれで話は終わりなのだが、今回は大学が舞台だから、新たな三角関係が生じることになる。構造が少し複雑になっているので、テンポよく語らないといけない。短いショットを重ね、会話がもたれないようにする。だから読みやすいものになるのではと思う。とくに出だしの中学生が出てくるところは、ピュアで緊張感にあふれるものになる。大学に話が移ってからは、生きるか死ぬかという緊張感を設定で演出して、大学そのもののダルい感じを払拭したい。

11/19
男声コーラス。いつもどおりのメンバーで楽しく宴会。

11/20
日曜日。久しぶりに休みだ。先週の土日が講演でつぶれたので、先週の月曜日からずっと続いていた公用が、ようやく終わった。明日の月曜も休みなので余裕があるが、学生の宿題もたまっている。とりあえず「空海」の再校。3章が終わった。

11/21
月曜日だが公用がない。久しぶりのウィークデーの休み。「空海」の再校ゲラ、4章が終わる。最終章は短いので、今夜の明け方までには終わるだろう。再校が終わると、作者の手を離れる。これはまぎれもなく、自分にとっての記念碑となる作品だろうと思う。が、のんびりしてはいられない。届いたまま封も切っていない「星の王子さまの恋愛論」のゲラを見ないといけない。単行本を書いた当時と違って、いまは著作権が切れて新訳が出ている。集英社文庫で出すので、少なくとも集英社文庫版の新訳には目を通しておく必要がある。まあ、一週間あればチェックできるだろう。その間、青春小説の執筆は中断する。担当者が同じなのでこれは許されるだろう。

11/22
文化庁の会議。夜のスケジュールが入っているので、大学の研究室に行って、ゲラを見る。昨日、「空海」のゲラは完了。自分にとってライフワークかと思うような重労働だったので、静かに祝いたいところであったが、まだ開封もしていない「星の王子さまの恋愛論」のゲラを見ると、突然、謎にぶちあたった。最近の星の王子さまで、王子さまがプラネットで夕日を見る回数が44回になっているらしい。わたしが暗唱しているフランス語のその部分では、43回でなければならない。いったいどういうことで44回になったのか、これは大きな謎だ。とにかくわたしの頭の中では43回なので、これで押し通したいと思う。夜は教育NPOとの会合。この組織とはいろいろ世話になっている。しばらく妻が実家に帰っていたのだが、久しぶりに再会。といっても3日ほどいなかっただけだが。3日でもいないと寂しい。

11/23
勤労感謝の日。子供二人は独立しているので、勤労を感謝してくれる者もない。作家に休日はないので本日も仕事。「星の王子さまの恋愛論」のゲラ、完了。実に充実した内容の本である。サン=テグジュペリの「星の王子さま」は謎をちりばめたような本で、わからないところが多い。その謎を全部解いてある。受験参考書みたいに全部答えを出してあるので、いままでわからなかったところが、すべてわかるようになる。たとえばヘビが、「謎は全部、わたしが解く」というのだけれども、その「謎」とは何か、「謎を解く」とはどういうことか、ということを解き明かしている。「恋愛論」というタイトルになっているけれども、もっと深い問題を扱っている。しかし、テーマが恋愛であることは確かで、その意味では、恋愛とは何かという大きな問いの答えを、原テキストから引き出すと同時に、そこから学んだわたし自身がどう生きたかという、プライベートな要素も書き込んである。恋愛というのは、解釈ではなく、実践であると考えているからである。ここでわたしが語ったことは、いま書いている青春小説にもそのままつながっていく。その意味では、タイミングのいい仕事ができたと思っている。

11/24
「星の王子さまの恋愛論」。ゲラ完了。「文庫版のためのあとがき」も書いてメールで送ったので、これで手が離れる。あとは青春小説だけだ。

11/25
フリーエディターの中村くんが学研の嘱託になったので、学研の担当者とともに三宿で飲む。青春小説は徐々に前進している。女の子のキャラクターがまだ見えていない。あまり個性的にしたくない。控えめな女の子の魅力を描きたい。

11/26
土曜日。本日は休み。週末が休みというのは当たり前だが、このところ週末がつぶれることが多かった。妻と三軒茶屋まで散歩。キャロットタワーの中でクラフトのフリーマーケットをやっていた。このところクラフトに興味をもっている。自分でやるつもりはないが、人が何かを作るというのは大切なことだと思う。ただ消費するだけの人間は寂しい。

11/27
松江で講演。先月の出雲から浜田、松江と続く島根県ツアーも今日で終わり。少し早く着いたので松江城へ行ってみた。古い城がそのまま残っている。周囲の堀を観光船が巡航している。ベルギーのブリュージュを思い起こす。ただしここの船にはコタツがついていていかにも日本的。小泉八雲の旧邸なども見る。落ち着いたいい街だし、湖と運河があって、ベニスみたいだし、先月行った中国の蘇州にも似ている。早朝に起きたので睡眠不足。妻が羽田まで迎えに来てくれた。疲れがピークに達しているが、今週はゲラ2本を発送したので、気持ちはラクになった。

11/28
月曜だが休み。姉を招いて宴会をする。姉は夏に体調を崩して公演をキャンセルして静養していた。元気になっていたので安心。青春小説、やや進む。まだスピードが上がらない。前史にあたる少年時代を書いている。現在(大学)に戻ってくればスピードが出ると思う。

11/29
火曜も休み。今月は驚異的なハードスケジュールだったが、ようやく落ち着いた。本日は短い原稿を仕上げて、これで青春小説に集中できる態勢になった。疲れが出たのか目が充血している。明日の講義はサングラスでやることになりそうだ。

11/30
大学。老人性結膜出血はさらに悪化。眼鏡なしには表に出られない。妻が車で迎えに来てくれる。


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