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  〔細胞/CELL〕

      病原菌細胞ハイジャック 

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                  担当 : 外山 陽一郎 

 wpe5.jpg (38338 バイト)   INDEX                                  

プロローグ           ・・・ 響子も、人使いが荒いわよね ・・・  2010. 6.11
No.1 〔1〕 人体に関与する・・・膨大な細菌  2010. 6.11
No.2     <ウイルスには・・・ワクチン/細菌には・・・抗生物質 2010. 6.11
No.3 〔2〕 宿主細胞を出し抜く・・・巧みな手口 2010. 6.11
No.4     <意識・情報革命の時代の
 
              ・・・
ニュー・パラダイム・・・“36億年の彼”
2010. 6.11
No.5 〔3〕 宿主細胞への・・・ 侵入メカニズム 2010. 7. 1
No.6     3型・分泌装置/T3SS・・・とは?> 2010. 7. 1
No.7     4型・分泌装置/T4SS・・・とは?> 2010. 7. 1
No.8 〔4〕 様々な病原菌の・・・宿主細胞への侵入  2010. 7.23
No.9     <食中毒/サルモネラ菌 2010. 7.23
No.10     <在郷軍人病/レジオネラ感染症レジオネラ菌 2010. 7.23
No.11 〔5〕 検問パトロールをすり抜けて・・・ 2010. 9.18
No.12     ペスト菌/赤痢菌 2010.10.15
No.13     <獲得免疫系もだます・・・病原菌 2010.11. 4
No.14 〔6〕 病原菌の戦略/生存競争を勝ち抜く 2010.11.26
No.15 〔7〕 対・細菌の・・・新たな武器の創出 2010.12.23
No.16     <人類の・・・新たな武器! 2010.12.23
No.17     <病原菌の・・・競合相手を増強! 2010.12.23
No.1 〔8〕 ゲノムから見た・・・病原菌の風景  2011. 1.27

 

         参考文献       日経サイエンス /2010 - 05   

                         細胞のハイジャック/病原菌の巧みな戦略

                                                                                         B.B.フィンレイ  (ブリティッシュ・コロンビア大学) 

 

 

プロローグ               wpe89.jpg (15483 バイト)        

「ええ、折原マチコです...

  “量子/開かずの扉” の内部は?》が、ようやく終了しました。そして、この度は、《細胞

/CELL》に回されました。

  うーん...忙しいのは、分かるけどさあ...響子も、人使いが荒いわよね。ともかく、コーヒ

ーを一口...と...そういうわけで、今回は、ええと...細胞・CELL》/《病原菌の・・・細

胞ハイジャック》...ということよね、」

 

「ええ...」マチコが、コーヒーカップを、カチャリ、と皿に戻した。「細胞と、病原菌の話よね...

  病原菌が...私たちの細胞を乗っ取る時...巧妙な手口で...免疫システム攻撃をか

わしているのだそうです。

  うーん...これはHIV(エイズウイルス)の話ではありませんが...病原菌の用いる、戦略の詳

というものが...しだいに、明らかになって来ているのだそうです。そして、それに対抗する、

“新たな・・・対抗手段”というものが...開発されつつあると言います」

 

「ええ...」マチコが、チラリとポン助の方を見た。「詳しくは、これから...

  厨川アンと、ネット系/スケバン・番長に就任した、石清水千春3人で、考察して行きたい

と思います。アン千春、よろしくお願いします」

「はい...」アンが、眼鏡の縁に手を当て、モニターから顔を上げた。

「よろしくお願いします...」千春が、2度、頭を下げた。

女性3人ですので...」アンが言った。「ここは、のんびりと行きましょうか、」

「はい...」マチコが言った。「参議院選挙も始まるし...また、そっちの方も忙しくなるわねえ」

参議院選挙かあ...」千春が言った。「原宿に、出かける計画だったのになあ...」

「それは、大丈夫よ...」マチコが言った。「さあ、始めようか...」

「そうですね、」アンが言った。

「うん、」千春が、うなづいた。

  〔1〕 人体に関与する・・・膨大な細菌      

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「ええと、アン...」マチコが、アンの方を見た。「まず、お聞きしたいのですが...

  ヒト/人体は...どのぐらいの種類/数量細菌を、体内に保持しているのでしょうか?」

「そうですね...」アンが、赤毛に指を2本通し、耳の後ろへやった。「およそ...

  人体の、“共生細菌種は・・・数万種”と言われます。また、数量にして、“100兆個の微生物

/細菌”が、私たちの体の中に棲(す)みついています。

  今回の“参考文献”では、ヒトの細胞数10兆個(/他のデータでは、60兆個となっています。そし

て、その10倍/100兆個細菌共存している、とあります...ともかく、ヒトの細胞よりも、は

るかに多いということですね、」

数万種細菌かあ...」マチコが言った。「そんなに多くの種類が、棲んでいるのかしら?」

「そうですね...」アンが言った。「数万種というのは、大雑把な言い方ですが...

  どのような地域、そして生活環境にいるか...また、年齢病気も含めた、体調によっても大

きく異なりますわ。

  でも、平均して、人体にはおよそ...“腸に/5000〜3万5000種”...“口に/300〜

500種”...そして、“皮膚に/120種”...ほどが、棲みついているようです」

「うわー...」千春が言った。「そんなにいるんですかあ...」

「うーん...」マチコが言った。「皮膚にも、120種類もいるのかあ...」

口の中にもよ...」千春が言った。「ええと...300〜500種類かしら...?」

「そうですね...」アンが、微笑してうなづいた。「私たちは、まるで怪獣のようですわ...

  細菌をまとった大怪獣のようですね...100兆個の微生物と、人体共有しているわけです。

“私/・・・1人称”とは...そうした、“全細菌を含んだ・・・人体の総称”...のことなのでしょう

か。あるいは、“自我・・・意識/精神的なもの”を...“私/1人称”と呼んでいるのでしょうか、」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「ひっとして、使い分けているのかしら...

  ともかくさあ...私たちの体には、それぐらいの種類/数量細菌が、棲みついているという

ことよね。これでは、怪獣どころか、まるで細菌の巣ではないかしら?」

「ええ...」アンが言った。「でも、小さな命たちですわ...

  ヒトの消化管の中には...大腸を中心に...約100兆個細菌が生息している、と言われ

ます。善玉菌悪玉菌日和見(ひよりみ)が混在しいて...その様子は(そう、くさむら)のような

で、細菌叢...あるいは、腸内フローラと呼ばれていますわ」     

                                            ・・・・・詳しくはこちらへどうぞ>

「うーん...はい、」マチコが、頭に手を当てた。

「私たちが...」アンが言った。「もし...

  孤独に陥ったとしても...(うつ)に陥ったとしても...自分は、真に孤独な存在ではないとい

うことを、知って欲しいと思います。自分/人体には...そうした膨大な仲間の命があるというこ

とを、忘れないで欲しいと思います。

  ヒトは、決して孤独な存在ではないのですわ。また、“存在する価値のないもの”でもないとい

うことです。1つの個体は...“壮大なシステムを形成している・・・壮大な生態系の布模様”...

を内包している存在です。

  そして...そうした個体群や、は...ヒエラルキー(ドイツ語: ヒエラルヒー/・・・階層制)を形成して、

地球生態系/地球生命圏連動して...さらに大きな、複雑な布模様を描いています...ミク

ロの顕微鏡的世界から、濃密なジャングル、そしてヒトには俯瞰(ふかん)できない、大気圏表層

まで広がっています...

  生態系の布模様というのは...その1点を棒で突くと...水面に小石を投げ込んだように、

それは全体に響いて行くのです...この生態系をかき回したら、ホメオスタシス/恒常性は働く

としても、完全に元に戻ることはないのです...」

「うーん...」マチコが言った。「ともかくさあ...

  私たちには...それぞれに、“壮大な・・・けなげな仲間たち”、がいるというわけよね...」

「ふふ...」アンが、優しく目を細めた。「そうですね...

  こうした...人体の中の細菌大多数は...私たちの良き友ですわ。おおむね...行儀

よろしいようですわ。それに、役に立つ細菌もいます。また...ただただ、無害という輩(やから)

存在します...

  でも...学校社会や、様々な組織においてもそうですが...悪ガキや、チンピラや...時

には、凶悪な人もいます。でも、そうした...共生社会のルールを破り、病気を引き起こすような

裏切り者は...“数万種の中の・・・たった100種ほどの細菌”...だということですわ...」

「あ...」マチコが言った。「そうなんだあ...たった、“100種類ほど”なのかあ...」

  アンが、うなづいた。

「それから...」アンが言った。「また、一方で...

  外界から...人体に侵入してくる病原菌/病原体(細菌より小さなウイルスなど)も存在します。感染

というのは、世界で2番目に多い死亡原因なのです。そうした意味では、恐ろしい殺し屋とも、

言えるわけですね。

  結核菌だけでも...世界で、毎年200万人の命を奪っています。それから、“腺ペスト(ペストの

病型の1つ)の原因であるペスト菌は...14世紀/ヨーロッパにおいて、“全人口の1/3”を、殺

したと言われます。人類にとっては、天敵のような存在かも知れませんわ...現在でもです、」

3人に1人が...」千春が、ポカンと口を開けた。「死んでしまったんですか...?」

「そうです...」アンが、うなづいた。「でも...

  ここ100年ほどで、細菌の研究は目覚ましい成果を上げていますわ。あ...ここでは、細菌

取り上げていますが、細菌ウイルスとの違いは...もう御存じですね...?」

「あ...」千春が、ニッと笑った。「もう一度...お願いします、」

「はいはい...」アンが、優しく微笑んだ。「ええ...

  ウイルスは、古い言葉を使えば...“濾過(ろか)性病原体”と言われていて...細菌よりも

るかに小さなサイズです。それから、最も特徴的なコトは...遺伝情報を担う核酸(DNA、または、

RNA)と、それを囲むタンパク質(/カプシド)からなっているという、単純な構造です。

  むろん、こんな単純な構造では、“新陳代謝”もしていませんし、呼吸もしていません。言ってみ

れば...ウイルスは、微粒子的・存在だということです。生物無生物か、長い間、機論されて

いる存在なのですわ。

  もう1つ特徴的なことは...ウイルス宿主細胞なしには、存続増殖もできません。した

がって...生物とも無生物ともつかず、その中間的存在というわけですね...」

「はい...」千春が、うなづいた。

「それに比べて...

  細菌は、単細胞微生物です...“生物の最小単位”である、細胞からなっているわけです

ね。したがって...それ自体で、“新陳代謝”増殖もできます。この辺りが、生物体の条件にな

るわけですが、このような状況ですので、非常に難しいものがあるわけです...」

「はい、」

「ええ...つまり...

  今回は、そうしたウイルスではなく...“生物の最小単位”である、“細菌/・・・単細胞・微生

物”の方を、見て行きます...」

「はい、」マチコが、うなづいた。

 

ウイルスには・・・ワクチン/細菌には・・・抗生物質

             

 

「ええ...」アンが、千春の方を見て言った。「私たちが...

  病原性・ウイルス対抗するには...人体に備わっている免疫システムを利用した、ワクチン

がいいわけですね...もっともワクチンは、ウイルスばかりでなく、最近ではガン細胞などにも手

を広げています...これは、私たちも、幾つか紹介して来ていますね...」

「はい、」千春が言った。

「さあ...このワクチンの他に...

  もう1つ...抗生物質という...“有力な・・・対微生物武器”があります。それぞれ、得意とす

る分野があって...ウイルスにはワクチンですが...細菌にはペニシリン(最初の抗生物質/・・・細菌

壁の合成を阻害し、菌を殺す)をはじめとする...抗生物質がいいのです」

「はい...」千春が、うなづいた。「ウイルスにはワクチン...細菌には抗生物質がいいのね?」

「そうです...

  ちなみに、ペニシリンは...ブドウ球菌連鎖球菌などの“発育を阻止”し...肺炎淋病

血症など...多くの細菌性疾患に、著しい効果を示します。

  このペニシリンの類と、セファロスポリンC群抗生物質は...総称して、“ベータ・ラクタム(βラ

クタム)抗生物質”と呼びます。“細菌壁の合成を阻害し・・・菌を殺すタイプ”の、抗生物質ですわ」

「はい...」マチコが、うなづいた。「細菌には...この方が、効果的というわけね?」

「そうです...

  でも、細菌/病原菌の方も...“耐性菌をくり出し・・・抗生物質への抵抗手段”...を構築

てきました。そこで、人類は...“さらに強力な抗生物質を見つけ出し・・・耐性菌を制圧”...し

てきた経緯があります...この戦いは、まさに軍拡競争の様相を呈してきたわけです...」

「はい...」千春が言った。「今も、続いているんですか?」

「そうです...今も、続いていますわ...

  でも、どうやら、これは...“人類にとって・・・不利な状況”...となりつつあります。これは、

構造的なものだと、私は思いますが...“参考文献”では、“敵である病原菌を・・・我々人類が、

完全に理解していないことが1因・・・”...と言っています」

「うん...」千春が、うなづいた。「そうかあ...」

「あの...」マチコが言った。「現在は...どのような状況なのでしょうか。“MRSA(メチシリン耐性

黄色ブドウ球菌)などの耐性菌は、どうなっているのでしょうか?」

「そうですね...」アンが、モニターをスクロールした。「つい、最近のニュースがあります...

  ああ、ありました...2010年4月7日・・・2か月ほど前ですが...抗生物質のまったく効か

ない...“アシネトバクター”感染した患者が、日本国内で初めて確認されたようですわ。確認

したのは...千葉県/船橋市立医療センター...ということですね...」

はい...」マチコが言った。「東京ディズニー・ランドの近くかしら...?」

「ええと...それほど近くはないですが、東京湾のそのあたりですね...

  この“超多剤耐性・アシネトバクター”というのは...院内感染菌です。日本国内で使われて

いる、30種類以上の抗生物質が、すべて効かないということです。もし、これが感染拡大したら、

退治するのは、非常に厄介なことになっていたようですね」

「うん...」マチコが、うなづいた。

今回の件は...

  アメリカの病院から転院してきた、20代の患者ということです。状態がよくならないので、調べ

たところ、“超多剤耐性・アシネトバクター”検出されたということです。発見が早く、対策を効果

を奏し、感染拡大は、未然に防いだということです。患者もすでに回復し、退院している様子です

わ... 」

「うーん...」マチコが言った「千葉県/船橋かあ...首都圏よね...」

「そうですね...

  ええと...院内感染の問題に詳しい...群馬大学/大学院/池康嘉・教授は...“今回

見つかった・・・アシネトバクターは・・・抗生物質がまったく効かない・・・最強のタイプ”...

と言っておられます...“院内感染が起きれば・・・治療は相当困難になる”...ということで

すね...」

抗生物質が...」マチコが言った。「無い、ということよね...

  これはさあ...相当にヤバい状況じゃないかしら...どうやって、やっつけるのかしら?」

「そうですね...」アンが、頭をかしげた。「徹底した衛生管理や、消毒が大事になります...

  ともかく、抗生物質で一掃というわけには、いかないということですわ。“新型インフルエンザ”

などでもそうですが...“ワクチンや抗生物質という・・・特効薬がない場合”は...徹底した衛

生管理や、消毒が大切になります...本来は、それが基本ですから...」

「はい、」千春が言った。

これもさあ...」マチコが言った。「グローバル化影響よね...

  首都圏感染拡大したら、どんなことになるのかしら。やっぱり、おおぜい死ぬのかしら?」

「そうですね...」アンが、眼鏡の真ん中を押した。「病原性の強い菌ではありませんが...

  院内感染菌ですから、体力の弱っている人には、脅威になります...犠牲者も出るでしょう。

そういう意味では、ノロウイルスも一緒ですが、“超多剤耐性・アシネトバクター”は、抗生物質

全て効かないのが大問題なのです。退治できないという意味では...強い病原菌なのです」

「あの、アン...」マチコが言った。「“アシネトバクター”というのは、どんな細菌なのかしら?」

「あ、はい...

  “アシネトバクター”は、どこにでもいる細菌ですわ。土壌水の中に、よく見られる細菌です。

それから、医療従事者など...健康な人々の皮膚にも、見られることがあります。乾燥面にお

いては...数時間生存が可能と言われます...」

「それじゃあ...」マチコが言った。「これも...院内感染危険因子なのですね?」

「そうです...」アンが、うなづいた。「問題なのは...

  ともかく、30種類以上の抗生物質が、全て効かないということです。そうした、“超多剤耐性”

“アシネトバクター”が、日本でも出現してしまった...ということなのです。

  このニュースが飛び込んできた時...《危機管理センター》響子さんが...こう言っていま

した...

 

  “現在の・・・全ての大問題/人類的課題”...は...“文明の折り返し/反・グローバル

化”〔人間の巣のパラダイム〕...へ...“流れ下り・・・収束して行く!”...ようだ...

言っていました。こうした、大きな流れの中でしか、問題解決がなされない、ということですね、」

「うーん...」マチコが、真剣な眼差しで、うなづいた。「私たちは...

  “一刻も早く・・・その方向へ・・・舵を切って行くべきだ!”...ということかしら...」

「そうですね...」アンが、うなづいた。「すでに...“方向性は・・・はっきりと見えてきた!”

と言うことでしょう...2010年11月/メキシコで予定されている、“COP・16”においても...

 

       “COP16/ 文明の折り返し・宣言!”   

 

   ...を、強く提唱します...」

「はい...」マチコが、両手を握った。

  〔2〕 宿主細胞を出し抜く・・・巧みな手口  wpe5.jpg (38338 バイト) 

 
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「ええ...」アンが、眼鏡の縁に手を当てた。「話を戻しましょう...」

「はい、」マチコが言った。

「ここ...

  最近20年ほどの研究で...しだいに、分かって来たことがあります。それは、病原菌は、“試

験管で・・・培養した時”と...実際に、“感染した宿主細胞の中で・・・増殖した時”...とでは、 

全く異なる行動をとるケース、があるということですわ...」

「ふーん...」マチコが、頭をかしげた。「養殖モノと...天然モノの違いのようなものかしら?」

「ふふ...」アンが、口元を緩めた。「そうですね...

  これまで多くの研究では...感染時に...“病原菌と・・・宿主細胞/人体・・・との間で起こる

やり取り”、というものを、事実上無視していました。

  それを無視した上で...“病原菌と・・・宿主細胞/人体との・・・陣取り合戦”を...観察して

来たような観がある...ということです」

「はい...」マチコが、口に指を当て、コクリとうなづいた。

「ところが...

  病原菌というのは...非常に高度な技術を使って...体内の様々な臓器組織潜入し、

攻防の末...“生き残って・・・増殖”するわけです。こうした段階で、“宿主細胞や・・・細胞間コ

ミュニケーション・システムを乗っ取り・・・自分たちに有利になるように従わせる”、わけですわ」

「うーん...」マチコが言った。「その段階が...重要だという...わけなのかしら?」

「そうです...」アンが、唇を引き結んだ。「いいですか...

  細菌人体攻防では...最初から土俵の上で...東西の仕切りに分かれて...“対等に

・・・力士が立ち会う”、というのではないのです...“陣取り合戦の・・・前段階”から...諜報戦

細かな作戦が、様々に仕掛けられているということです。

  そうした詳細というものが...ここ20年ほどの研究で...しだいに分かって来たということで

す。分子生物学医療科学において...人体細胞、そして細菌に対する...基礎的探求が、

深まって来たということでしょう。そうなれば、病理に対して...新しい対策が、可能になります」

  千春が、手を組んだ上に顎を載せ、うなづいた。

 

意識・情報革命の時代の・・・ニューパラダイム・・・“36億年の彼”

                        

 

「でも、さあ...」マチコが、深く頭をかしげた。「どうして...

  細菌はさあ、人間より頭のいいことが、できるのかしら...HIV(エイズウイルス)もそうよね。どう

して、人間に対して狡猾(こうかつ)になれるのかしら...そんなことの出来る戦略的な頭脳がさあ、

細菌ウイルスに、本当にあるのかしら...第一、頭脳はさあ...何処にあるのかしら?」

「うん...」千春が、うなづいた。「ひょっとして...

  脳ミソが無いのにさあ...マチコ先輩よりも...頭が良くはないかしら...実際に...?」

「そ...」マチコが、シブシブ、うなづいた。「そうよね...どうしてかしら...?」

「それは...」アンが、ゆっくりと腕組みをし、頭をかしげた。「非常に、難しい質問ですわ...

  DNA細胞臓器組織個体...それから...群れ生態系...そして...全生態系

/地球・生命圏...太陽系・生命圏...天の川銀河・生命圏...

  こうした...生命圏・風景の中で...人体/個体というものが...どれほどの意味を、持つ

でしょうか...“全てはひと連なりの・・・命の布模様”...なのかも知れませんわ...」

「うーん...」マチコが言った。「その...“命とは・・・何なのか?”...ということよね、」

「そうですね...それもあります...

  “個体・・・生物体とは何か?”...“命という・・・プロセス性の・・・影のような実体は何か?”

そうした中で...“何処までが・・・細菌の頭脳で・・・何処までが・・・人間の頭脳か・・・何処まで

が・・・生態系の頭脳か?”...ということも、ありますわ...」

「でもさあ...」マチコが言った。「細菌は...そんな戦略性を持つほど、頭がいいのかしら?」

「うーん...」アンが、頭の後ろに手を回した。「そうですね...

  高杉・塾長は...この問題を、“36億年の彼”という...“全・地球的人格”で、説明できる

と考えているようですわ...

  全生物体は...36億年の彼”“リンク”していて...“1つの生命体であり・・・ 1体のもの

・・・という側面を持つ”...と考えておられるようですね...」

「うん...」マチコが言った。「そんなことを、言っているわよね...

  だから、も、ネズミを、人間も...そういう意味では等しくて...“みんな平等で・・・対等だ”

とか、言っていたわよね、」

「そうですね...それは、一面の真理を突いています...

  そして...36億年の彼”との...“そのリンクが・・・無意識のサイクル(周期、循環過程)が...

“命の本質であり・・・実体・生物的個体は・・・むしろその影であり”...“そのリンクの有無こそ

が・・・生物と無生物の違い・・・”...ではないかと、言っていますね...」

「うーん...」マチコが言った。「生命体/・・・生物体条件が...呼吸や、増殖や、再生など

の他にさあ...36億年の彼”との、“リンクの保持”が、あるということかしら...?」

「うん...」千春が、マチコの顔を見た。

「そうですね...」アンが言った。

「塾長は、さあ...」マチコが言った。「“そのリンクが・・・切れた時・・・生物体の命の糸が切れて

・・・死に至る”...とか、言っていたわよね、」

「そういう考え方は...」アンが言った。「できないか...ということですわ、」

「はい...」マチコが言った。「この、《ホームページ》ではさあ...

  ≪ニューパラダイム仮説≫という、分類になっているわよね。あれは、そんなに深い意味

あったんだあ...」

「もう少し...」アンが言った。「補足すると...

  36億年の彼”との...“リンクが・・・切れる”...というのは...“真の死ではなく・・・木の葉

が枯れ落ちるようなもの”...と説明されていたことが、あったの思います。

  つまり...“葉が枯れ落ちても・・・木そのものは生き続け・・・木という個体も・・・生態系の中で

新陳代謝して行く”...ということでしょう。

  この、“地球生命圏のDNA型生命体というのは・・・いまだに・・・真の意味での死は・・・経験し

たことがない・・・”...ということのようですわ...」

「うーん...」マチコが、椅子の背に上体を倒した。「そうかあ...

  私が死んでもさあ...それは真の意味での死ではないということかあ...枯れ葉が1枚落ち

ようなものなのかあ...命の本質は、本体の木の方に帰り...さらに...36億年の彼”

戻って行くのかしら...?」

「そうかも知れません...

  “文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代が、本格化して行けば、そうしたことも分かっ

て来るのかも知れませんね...“輪廻転生”と言われていたような概念も、やがてしっかりとした

数式で表現されるように、なるのかも知れませんわ...」

「うん...でもさあ...

  細菌ウイルス昆虫なんかの...“本能的な智慧/・・・テクニカルなメカニズム”も...“リ

ンク”を通した、36億年の彼”の...“命の全体性・・・その智慧(ちえ)...ということなのかし

ら?」

「そうですね...

  私は...まだ、36億年の彼”というものを、深く考察したことはないのですが...それは、

というよりも、36億年の彼”の...“命の姿・・・命の風景”...というものではないかしら?」

「アンは...」千春が言った。「どうして...深く考察しないのですか?」

「うーん...」アンが、鼻に指を当てて苦笑した。「ひとことで言えば...その能力がない、という

ことかしら...

  高杉・塾長は...36億年の彼”を、≪ニューパラダイム仮説≫と呼んでいますわ。つまり、

これは、“文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代における、“次世代テクノロジーの・・・

盤的・思想体系の1つ”...となるものかも知れない...ということです」

「あの...」マチコが言った。「“次世代テクノロジー”と言うのはさあ...“量子コンピューター”

や、“量子通信”などという...アレのことかしら?」

「ええ...」アンが、うなづいた。「そうですわ...

  36億年の彼”が...“意識・情報革命”の時代の、“基盤的・思想体系の1つ”として...有

力になって行くと、高杉・塾長は見ておられるようです...でも、私もそうですが、塾長・自身も、

すでに十数年間も...熟成している概念ですわ...」

「つまり...まだ、知識が足りないということかしら?」

「そうですね...

  これは、さらに...“時間的熟成/・・・時代的熟成”...を必要としているのかも知れません。

そして、機が熟した頃には...“命のプロセス性や・・・存在の覚醒”について...さらに高い

ステージに、人類文明は到達ているのかも知れません」

「うーん...」マチコが、大きくうなづいた。「そうかあ...」

 

    wpe89.jpg (15483 バイト)                
 

「いいですか...」アンが、千春の方を見た。「私たちは...人類文明史上でも、最大級の...

“21世紀・大艱難時代”に突入しています...

  人類文明防波堤/・・・抗生物質・ワクチン・衛生環境も...人口爆発と、さらなる工業化の

津波...気候変動・海洋の酸性化で...“根こそぎ沈没・・・の危険ゾーン...に突入して

来ています...」

「はい...」千春が、真剣にアンの顔を見つめた。

「だから...

  《危機管理センター》響子さんも...“感染症パンデミック・・・グローバル社会のマイナ

ス要因”を...36億年の彼”の...“ホメオスタシス/恒常性/治癒力の起動”...とらえ、

必死で...“文明の折り返し/・・・反グローバル化”を、提唱しているのですわ...」

「それは...」マチコが言った。「つまり...

  〔人間の巣のパラダイム・・・人間の巣/未来型都市/千年都市の・・・世界展開〕...と

いうことよね。そしてそれは、〔極楽浄土の・・・インフラ建設〕...という事になるわけよね?」

「そう言うことですわ...」アンが、目を細め、深くうなづいた。「ここは...

  私のコメントする分野ではありませんが...特別に...《危機管理センター》響子さん

依頼ですので...くり返し、コメントを入れておきました...」

「はい...」マチコが、うなづいた。

  千春も、コクリとうなづいた。

 

「さあ...」アンが言った。「話を進めましょう...

  DNAまたはRNAと、それを囲むタンパク質(/カプシド)からなるウイルスは...非常に単純で、

“機動性・遺伝子”のような身軽さです...ウイルスは、生態系細胞の海の中を泳ぎ回り、そ

生態系的地位を、埋めている様子です...

  ウイルスにとっては...種・個体・生態系などという概念の区別は...それほど、決定的な意

を持つものではないのかも知れません。彼等にとっては...“生物体の・・・細胞の海としての

広がり・・・個体を超える拡張性が・・・”...宇宙にも匹敵するのでしょう...」

「...」マチコが、頭をかしげた。

  千春が、それをまねをした。

「そこで...」アンが、知的な眼差しで、口をすぼめて笑った。「細菌の方は...どうなのかとい

うことです...

  細菌ウイルスに続く...底辺に近い階層を形成しています。それゆえに、細菌も、細胞の

の中を泳ぎ回っているわけです。その彼等が...“宿主細胞や・・・細胞間コミュニケーション・

システム・・・を乗っ取る”、ということは...得意とする所なのでしょう...」

宿主細胞の...」マチコが言った。「情報系乗っ取るわけですか...遺伝子情報などの、」

 「そうですね...

  HIV(エイズウイルス)などの...レトロ・ウイルス/RNA・ウイルスとは、違う方法で乗っ取ります」

「はい、」千春が、うなづいた。

HIVの、細胞乗っ取りについては...前に述べているので、ここでは割愛しますが...

                                                         <・・・・・詳しくは、こちらへどうぞ>

  細菌の場合は...

例えば...“病原菌の持つ・・・タンパク質”には...実に面白いものがあります。“宿主細胞の

メカニズムが・・・病原菌に都合よく働くように・・・細胞のプログラムを書き直す作用をもつ・・・タ

ンパク質”...があります。

  多くの病原菌では...“そうした作用のあるタンパク質を・・・宿主細胞に注入するための・・・

特別な道具”...も装備していますわ。先ほども言ったように、“それが・・・何故、備わっている

のか”、という質問は...非常に難しい、哲学的な問題になります。でも、これは事実なのです」

  千春が、コクリとうなづいた。

 

「それから...」アンが、言った。「これは、別の話になりますが...

  細菌は...“自分にとって・・・快適な環境”を作り出すために...人体にとって有益な細菌や、

無害な細菌を、排除する戦法をとる輩(やから)もいます。すくなくとも、有益な細菌排除する場合

は...私たちの健康にとっては、何らかの悪影響を及ぼすことになります...」

「はい...」マチコが、うなづいた。「そうよね、」

「でも...」アンが、モニターの方に顔を近づけた。「ここが...このページのメイン・テーマにな

りますが...

  最近では...“病原菌が・・・宿主細胞を侵略する時の戦法”や...“巧妙な・・・武器の

正体”が...“しだいに・・・明らかになって来ている”...ということです。

  そして、新たな治療法として...“それらを標的とした・・・病原菌を排除する方法”...が

開発されつつある、ということです」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「次に...その病原菌の持つ、メカニズを考察しましょう」

「はい...」千春が言った。

  〔3〕 宿主細胞への・・・侵入メカニズム       wpe89.jpg (15483 バイト) 

                   

 

「ええと...」マチコが言った。「いよいよ...宿主細胞への、“侵入メカニズム”の話かしら?」

「そうですね...」アンが、モニターから顔を上げた。「これは、つまり...“病原菌が・・・宿主細

胞を・・・乗っ取る方法”...ということになります」

「はい、」マチコが言った。

「ええと...」アンが言った。「いいですか...

  “病原菌が出す・・・毒素”というのは...“病気を引き起こす・・・原因の1つ”、にすぎません。

細菌・感染症の、症状の中には...“細菌の生き残りの・・・戦略/行動が・・・症状の原因”、と

なっているものもあるのです」

「うーん...」マチコが言った。「つまり、毒素ではなくて...

  “細菌の生き残りの・・・戦略/行動が・・・病気の症状になっている”...ということかしら?」

「そうです...」アンが、うなづいた。「そういう病原菌もある、ということですわ。

   多くの病原菌は...“下痢”“発熱”など...“同じような症状”を起こします。そのために、

全ての病原菌が...“同じ仕組みで・・・症状を引き起こしていると・・・思われがち”...だという

ことです」

「じゃ...“それぞれが・・・違う”、ということかしら、」

「ええ...」アンが、うなづいた。「そういうことですわ...

  多くの病原菌が...“標的”...としているのは...宿主細胞の、“細胞骨格を構成する・・・

タンパク質/等”、です。それは、細胞基本的・構成要素なのですが、“攻撃方法は・・・驚くほ

ど多彩で・・・複雑”...なのです」

「うーん...」マチコが言った。「そうかあ...

  それなのに...結果的には、“下痢”“発熱”などになるというわけね。つまり、“下痢”や、

“発熱”といっても...原因が違い対処法も異なる、ということかしら、」

「そうです...」アンが、眼鏡の縁に手をかけて、うなづいた。「つまり...

  原因が異なるわけですから、全てが同じ対処というわけにはいきません...では、実際に、そ

現場の風景は、どのようになっているのか、“参考文献”をもとに、見て行きましょうか...」

「はい、」マチコが言った。

  千春が、うなづいた。

3型・分泌装置/T3SS ・・・とは?>         wpe89.jpg (15483 バイト)   


 
                           


「ええと...」アンが、赤毛を前の方に絞った。「いいですか...

  どの病原菌も、攻撃の手始めとして...まず、“宿主細胞に付着”するわけです。付着には、

色々な方法があるわけですが... 最も驚くべき方法付着するのは...“腸管出血性大腸菌

/O(オー)−157”でしょう。

  “O−157”は、通常、汚染された食品を介して感染します。消化管に入ると、腸管壁付着

て、毒素を放出し、“血性下痢”を起こします。これは、血液の混じった“下痢”で、血液がほとん

どを占める場合もあります」

「はい...大変ですよね、」

「そうですね...

  以前は...“O−157”は...他の付着性・病原菌と同様に、宿主細胞受容体(レセプター)

結合する、と考えられていました。ところが、最近の研究から、驚くべきことが分かって来たので

す...」

「はい...」

「それは...」アンが、千春の方を見た。「いいですか、千春さん...」

「あ、はい...」

「つまり...

  “O−157”は...“付着用の受容体(/分子)を...“自(みずか)ら作り出し”...それを“3型・

分泌装置/T3SS”、という特別な装置を使って...“宿主細胞の中に・・・送り込んでいる”...

というということが、分かって来たのです...」

「自分で作って...宿主細胞に送りこんでいるのですね、」

「そうです...“3型・分泌装置/T3SS”...を使って...」

“3型・分泌装置”かあ...かっこいいわよね...」

「あ...この3型というのは...分泌装置発見された順番を表しています。そういう意味です

から、」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「この分泌装置というのは...注射器のようなもの、と考

えればいいのかしら?」

「そうですね...」アンが、髪を後ろへはねた。「用途から言えば、そういうものです...

  でも...“はるかに優れた・・・生物的な精密装置”です。“O−157”の、“3型・分泌装置/

3SS”は...40種以上“エフェクター・タンパク質”を...宿主細胞内に送り込みます。も

ちろん、これらの“エフェクター”を、使い分けるわけですね。

  こうした“エフェクター”の1つに、“Tir”と呼ばれるタンパク質がありますが...これは、細菌

表面にある分子結合し...細菌を、宿主細胞の表面につなぎ止めます。つまり、アンカー(碇/

いかり)か、フック(鉤/かぎ)...あるいは、留め具のような働きを持っています。

  これが...“宿主細胞を乗っ取るための・・・最初の段階”、ということになります。このあと...

“Tir”と、他の幾つかの“エフェクター”が...“細胞を支える骨格を・・・異常な形態”、に変貌させ

て行くわけです...」

“異常な形態”というと...」マチコが言った。「どんなことかしら...?」

「これは、難しいのですが...」アンが、口に手を当てた。「簡単に言うと...

  病原菌が出した、別の“エフェクター”は...宿主細胞の...“細胞骨格を構成するタンパク質

の1種/・・・アクチン”に作用します。そのアクチンを、つなぎかえるようですわ。そして、新たに

できた“アクチン繊維”が...細胞膜を、細胞の内側から外に押し上げます。すると、外側“台

座”ができるのです...」

“台座”ですか...?」

「そうです...宿主細胞の表面に...専用の立派な、“台座”ができるのです...」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「つまりさあ...

  まず...病原菌は...“フックで宿主細胞の表面に・・・自分を固定”して...別の“エフェクタ

ー”を打ちこんで...“細胞膜を外側に押し出し・・・台座”を作る...ということで、いいのかし

ら?」

「そうですね...

  そして...“病原菌/O−157”は...この、もりあがって来た“台座”に乗っかって...細胞

表面居座るわけです。そして、実際の宿主細胞への攻撃は...細胞に入り込んだ“エフェクタ

ー”や...毒素が仕掛けることになるようです。

  これ以上のことは、“参考文献”からは分かりませんね...」

「どうして...」千春が、口を開いた。「そんな...“台座”が必要なのかしら...?」

「うん...」マチコが、うなづいた。「“牢名主(ろうなぬし/江戸時代の、牢内の絶対権力者)がさあ...畳を

積み上げて、胡坐(あぐら)をかいているみたいよね...」

「ふふ...」アンが、目を細め、口を崩した。「いいですか、マチコさん、千春さん...

  “牢名主”かどうかはともかく...“台座”を形成する本当の意味は...まだ、解明されていま

せんわ。でも、“O−157”感染症を引き起こすために、“中心的な役割”を果たしていることは、

確かなようです...

  あるいは、ひょっとして...“牢名主”のような裏の支配/威厳に...関与しているのかも知

れませんわ」

「うーん...」マチコが、両腕を組んだ。「まだ、そこまでは分かっていないわけかあ...でもさあ、

小さな細菌/病原菌なのに...大したものよね...」

  千春がうなづいた。

「あの...」マチコが言った。「ここで言う、“エフェクター”というのは、タンパク質なのかしら?」

「そうです...」アンが、うなづいた。「細菌の作り出す、“エフェクター・タンパク質”です...

  シグナル伝達物質の1種ですね。どういうものかは、徐々に分かると思います。“3型・分泌

装置/T3SS”は...専用の注射器のような装置ですが、40種以上“エフェクター・タンパ

ク質”を、宿主細胞に打ちこめるようです。

  こうした...多種類“エフェクター”“分泌装置”で...病原菌は、宿主細胞自分に適し

た環境に、コントロールして行くわけです」

「ふーん...」マチコが、うなづいた。「でもさあ、とんでもなく高度で、面倒な作業ですよね...

どうして、こんな...面倒なこと、をするのかしら?」

「それは...」アンが言った。「先ほども言ったように...

  非常に、哲学的な質問になりますわ...“何故・・・私たちが・・・こんなことを考えているのか

?”...と同じように...“意味が・・・意味を極めつくせない”...という状態になります...」

「はい...」マチコが、神妙な顔でうなづいた。

4型・分泌装置/T4SS ・・・とは?>     wpe5.jpg (38338 バイト)        

         wpe89.jpg (15483 バイト)             
    

「ええと...」アンが、モニターに目を流した。「それじゃあ...

  今度は...“4型・分泌装置/T4SS”について、少し詳しく説明しましょうか。分泌装置その

ものについてではなく、その周辺状況についてです」

「はい...」千春がうなづいて、肩のフリルをつまんだ。

「ええ...

  “4型・分泌装置/T4SS”の...4型という番号は...先ほども言ったように、発見され

た順番を表すものです

「はい...」マチコが言った。

「この“4型・分泌装置/T4SS”は...

  どんな細菌にあるかというと、“ピロリ菌”が持っています。“ピロリ菌”というのは、“致死力の

ある・・・病原菌の1つ”です...

  そして、良く知られているように、胃を住処(すみか)としています...胃の表面を覆う上皮細胞

付着して...“周囲を・・・自分に適した生存環境”...に変えているのです...」

「うーん...」マチコが、頭を反対側にかしげた。「“ピロリ菌”はさあ...テレビのコマーシャル

も、よく出て来るわよね、」

「そうですね...

  ええ、いいですか...では通常...強力な胃酸が、ほとんどの菌を殺してしまいます。とこ

ろが...“ピロリ菌”胃酸に対抗して、“ウレアーゼ”という酵素を放出し...“局所的に・・・胃

酸を中和”...しているのです」

「そうか...」マチコが、頭に手をやった。「それで...胃酸では、殺せないんだあ...」

「そうです...

  全ての“ピロリ菌”が、病気を起こす/病原菌ではありませんが...胃潰瘍(いかいよう)“胃ガ

ン”の原因となる“ピロリ菌”は...“細菌の中では・・・ 唯一 ・・・ ガンを引き起こす”...とい

うことで、知られています」

細菌なのに...」千春が言った。「ガンを、引き起こすんですか?」

「そうです...」アンが、優しくうなづいた。

「今...」千春が言った。「よく話題になっている“子宮けいガン”は...ワクチンで予防できるわ

けですよね...これは、どういうものなのかしら?」

 

「そうですね...」アンが、ゆっくりと脚を組み上げた。「いい質問ですわ...

  “子宮けいガン”は...確かに、ワクチンで予防できます。このガンの原因ほぼ100%が、

“ヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)という...ウイルスの感染によります。

  ウイルスだから、ワクチンがいいわけですが...これは...“ウイルスが・・・引き起こすガ

ン”...ということになりますね、」

「はい...」千春が言った。

「アン...」マチコが言った。「C型肝炎もさあ、ウイルスが引き起こすのではなかったかしら?」

「そうです...

  C型肝炎は、ガンではありませんが...C型肝炎ウイルス(HCV)感染することで発症する、

ウイルス性肝炎1つです...ただし、ここから、“肝臓ガン”になるケースがあるわけです。

  でも、いいですか...逆に“肝臓ガン”視点から見ると...ほとんどが、B型肝炎ウイルス

(HBV)か、C型肝炎ウイルスの、“持続的感染から来る・・・慢性・肝疾患(/ほとんどは肝硬変)、に

よって発生しています。

  つまり、これらのB型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルスは、“肝臓ガン”を引き起こす元凶とも

言えるわけです。直接の引き金になるものではありませんが、“ガンに結び付く・・・怖い因子”

ですわ...」

「はい...」マチコが、うなづいた。

 

「さあ...」アンが、姿勢を正した。「話を戻しますが...

  “子宮けいガン”“肝臓ガン”も...ウイルス感染によって引き起こされるガン...だというこ

とですね。そして、“細菌では唯一・・・ピロリ菌が・・・胃ガン”...を引き起こすことが分かって

いる、ということです」

「はい!」マチコが、大きな声で言った。

「ええ...」アンが、モニターを見ながら言った。「...“病原性/ピロリ菌”は...

  “4型・分泌装置/T4SS”を使って...“CagA”という“エフェクター・タンパク質”を...宿

主細胞に注入します...

  “CagA”の、実際の役割は分かっていません。しかし、最近の研究によれば、このタンパク質

は、上皮細胞の表面に...“ピロリ菌”が付着するための・・・受容体を増やす作用”...が

あるようです。

  ええと...また...“CagA”/タンパク質は...胃の細胞の、シグナル伝達直接操作して、

細胞“伸張”“拡散”、最終的には“細胞死(アポトーシス)を促し...“潰瘍・・・胃潰瘍を・・・作

る”と...考えられています」

「うーん...」マチコが、ゆっくりと腕組みをした。「“CagA”/タンパク質は...

  シグナル伝達を...直接操作して...宿主細胞コミュニケーション・システムを...乗っ取

っている...わけかしら...?」

「そうですね...」アンが、頭をかしげて言った。

「だけどさあ...」千春が、マチコの方を向いて言った。「頭がいいわよね...」

  マチコが、コクリとうなづいた。

 

  〔4〕 様々な病原菌の・・・宿主細胞への侵入

                            


食中毒サルモネラ菌

     wpe89.jpg (15483 バイト)                         


「ええ...」アンが言った。「いいですか...

  “O−157(O抗原が157番の大腸菌/腸管出血性大腸菌O−157)“ピロリ菌”は...細胞内に侵入しな

くても、病気を引き起こせます。この事については、すでに説明しているわけですね。

  これらに対し...“サルモネラ菌(/大腸菌の近縁種)は、細胞の壁を通りぬけて、体内に入り込

み、病気を引き起こします。“サルモネラ菌”は、世界中で、毎年10億人以上の人々に、下痢

引き起こしています...こと、ヒト下痢を引き起こす、ということに関しては、大したものです」

「うーん...」千春が、前髪を手ですいた。「“サルモネラ菌”というのは、よく聞くわねえ...

  私の知っている食堂でも...“サルモネラ菌”で、食中毒を起こしたことがあるのよ。しばらく、

評判になっていたわよ、」

「うん、」マチコが言った。

“サルモネラ・食中毒”は...」アンが言った。「代表的な、感染型/食中毒1種です...

  “食中毒性・サルモネラ菌”は...ペットや、家畜腸管に、常在菌として存在しています。こ

れは、“人畜共通感染症”となるものです。汚染された食品などが、食中毒の原因になります。

でも、康なヒトの体内には、“サルモネラ菌”はほとんど存在しないと言われていますわ」

「ふーん...」千春が、うなづいた。

ペットにも...」マチコが言った。「いるのかしら?」

「そうですね...

  “サルモネラ菌”は、もともと、自然界のあらゆる場所に生息しています。家畜ペット鳥類

爬虫類両生類が...保菌していると考えられています。ペットも、当然、入りますわ」

「はい、」千春が、うなづいた。

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「アン...

  私は、食中毒にはなったことがないんだけど...それは、どんな症状なのかしら?」

「そうですね...

  この際ですから...“サルモネラ菌”による食中毒について、一応説明しておきましょう。“サ

ルモネラ・食中毒”症状としては...“通常は・・・12時間〜36時間にわたって・・・激しい、腹

痛、下痢、吐き気、嘔吐、発熱”...が現れます。

  “サルモネラ菌”特徴としては...“熱に弱く・・・十分な加熱を行えば死滅”、します。正確に

は、熱抵抗性(加熱に対する抵抗力)は...“60℃/3.5分間の加熱で・・・菌は大幅に減少”し...

“60℃/20分間の加熱で・・・菌はほとんど死滅”...します」

「はい...」マチコが言った。「要するに、加熱をすればいいわけね?」

「そうですね...

  “いも煮会”などで、熱が鍋の中心にまで届かないと、逆に増殖させてしまうことがあります。注

意が必要ですわ。大きな鍋などを使う時には、」

「はい、」マチコが言った。「そうかあ...“いも煮会”などでは、大きな鍋を使うわよね、」

「うん、」千春が、うなづいた。

 

「ええと...」アンが言った。「話を、本題に戻しましょう...

  この“サルモネラ菌”ですが...この病原菌が、私たちの体内で生き残り増殖をするために

は...腸管の表面をおおうう上皮細胞の壁を、通り抜ける必要があるのです。細胞の内部

する必要あるのです。

  “ピロリ菌”のように、上皮細胞付着して、コトが足りるわけではありません。また、“O−

157”のように、宿主細胞の上に“台座”を作るわけでもありません。最初に言いましたように、

それぞれに、独特の戦略を持っているのです...」

「はい、」マチコが言った。

「ええ...侵入最初の段階で...

  “サルモネラ菌”は、上皮細胞“エフェクター”を注入します。これには、“3型分泌装置の1種

/サルモネラ病原島1/SPI−1”を使います」

「うーん...」マチコが言った。「すごい名前の装置を使うんだあ...“サルモネラ病原島1/SPI

−1”かあ、」

「そうですね...」アンが、微笑を浮かべた。「分類上、こういう名前になったのでしょう...

  ともかく、この“エフェクター”は...“O−157”台座形成と同様に、“アクチンをつなぎ替え

て・・・細胞膜にヒダを作らせる”、ということです。

  “アクチン”というのは、前にも説明したと思いますが、“筋肉を構成する・・・タンパク質の1種”

です。筋肉の収縮は、この“アクチン”“ミオシン”との相互作用によるわけですね。そとて、この

“アクチン”は、筋肉以外種々の組織細胞にも存在します。そこで、細胞運動に関与してい

るのです」

「ええと、アン...」マチコが、頭を揺らした。「もう1つの、“ミオシン”というのは...どういうもの

なのかしら?」

「あ、はい...

  “ミオシン”というのは...これも、“筋肉を構成する・・・主要なタンパク質”ですわ...棒状の

構造で、“アクチン”と共に...“アクト・ミオシン・・・と呼ばれる構造体”を作ります。

  ええと...これは今、外山さんたちのやっている...ATP(アデノシン3リン酸/生物体の共通エネルギー)

ともつながります...“ミオシン”には、“ATP分解酵素の働き”もあるのです。ATPが最初に

されたのも、この“筋肉の収縮”だったと思います」

「うーん...はい、」マチコが、テーブルの上で、両腕を開いて置いた。

「ええと...ともかく...

  “ミオシン”には、“ATP分解酵素の働き”もあり...ATP分解のエネルギーを用いて、“アクチ

ンと滑り合うことで・・・筋原繊維(きんげんせんい)の収縮が起こる”...とされています。これが、

いわゆる...≪すべり説≫...と呼ばれているものですね。一応、小耳にはさんでおいて欲し

いと思います」

「すぐ、忘れてしまうわよね...」千春が、明るく言った。

「それで、結構ですわ...」アンが、しっかりと、うなづいた。「でも...

  次に聞いた時は、この記憶がよみがえり...その時は...“多分・・・記憶”されます。それで、

記憶できない時は...その次に出会った時に、記憶されるでしょう」

「うーん...」マチコが、感心してうなづいた。「そういうものかしら、」

「そういうものです...

  なにもかも、覚えこむ必要はありませんわ。理解することが、大事です。データは、データ・ベ

ースに、キッチリとありますもの、」

「はい、」千春が、うなづいた。

 

「ええと...」アンが、モニターに目を流し、口に手を当てた。「今度は、筋肉の話になってしまい

ましたが、また本題に戻りましょう...」

「はい、」千春が、白い歯を見せた。

「ええと...最初から話しましょう...

  “サルモネラ菌”は...まず、上皮細胞“エフェクター”を注入する、ということですね。これに

は、“3型分泌装置の1種/・・・サルモネラ病原島1/SPI−1”を使います。

  この“エフェクター”は、“O−157”台座形成と同様に、“アクチンをつなぎ替え・・・細胞膜

にヒダ”...を作らせるます。そして、“ひだ状の膜は・・・細胞の外側に付着したサルモネラ

菌を囲み・・・細胞の内側に引っ張り込む”...ということです」

「はい、」千春が言った。

「ええ、それから...

  この、“3型分泌装置の1種/サルモネラ病原島1/SPI−1”から注入された、“エフェクター”

は...サルモネラ菌感染症特徴でもある... “下痢” も、引き起こします...

  そして、さらに“サルモネラ菌”は、腸管上皮細胞から別の細胞へと、感染を拡大して行くわ

けですね」

「うーん...」マチコが言った。「“サルモネラ菌”か...大したものよね、」

「そうですね...」アンが、うなづいた。「いいですか...

  マクロファージや、好中球(こうちゅうきゅう/多核白血球の1種)や、樹状細胞など...いわゆる、“自

然免疫系”で働く免疫細胞は...通常は、どんな侵入者も...“取り込んで・・・破壊”します。

これを、貪食(どんしょく)と言います。

  したがって...これらの免疫細胞は...“貪食細胞/食細胞”とも言います。この貪食では、

取り込んだ細菌などを、でできた“食胞”という液胞隔離します。そして、殺菌分子を送り込

み、分解します」

「うーん...」マチコが言った。「そんな風にして、貪食して行くわけね?」

「そうです...」アンが、トン、と眼鏡の真ん中を押した。「いいですか...

  “サルモネラ菌”は...腸管表面に並ぶ上皮細胞を通りぬけ...反対側で待ち受ける

疫細胞/マクロファージ等に到達します。すると、当然、貪食されて、“食胞”隔離されるわけ

ですが...ここで“サルモネラ菌”は...再び、“エフェクター”を使います。

  ここでは、第2の、“3型分泌装置/・・・サルモネラ病原島2/SPI−2”を展開し...“エフェク

ター”分泌して...“食胞”の中を、“安全に増殖できる環境・・・天国”に、変えてしまうわけ

です。

  “エフェクター”は、殺菌分子が入れないように...“食胞の・・・膜を改造” し...処刑室

避難所/天国に変えてしまうという...手品のような芸当を、やってのけるわけです」

「頭がいいよね...」千春が言った。「でも、さあ...どうしてそんなに、“うまいこと”が、できる

のかしら?」

「うん...」マチコが、うなづいた。「塾長が言っていたわね...

  リアリティー世界はさあ...“過不足がなく・・・全てがうまく結び付いている”...というわ

けよね。そこでさあ...“意味のある偶然の一致(/ユング心理学の共時性・・・シンクロニシティ)が、いっ

ぱい生まれて来るらしいわよ...私には、よく理解できないけどさあ、」

“意味のある・・・偶然の一致”...?」千春が、マチコに聞いた。

「そう...」マチコが、うなづいた。「“偶然の一致・・・共時性”は...よくあるわよね、」

「うーん...」千春が、うなづいた。「それは、そうだけど...」

「そうですね、」アンが、ニッコリとうなづき、体をゆっくりと揺らした。「“偶然の一致”は、よくあり

ますわ...その時空構造解を求めるには、現在はまだ無理でしょう...

  “この世界は・・・ストーリイが・・・巧妙に織り上げられている”...ことは、確かです。それ

が、“絶対主体性の・・・意識の内側の事象”なのか...“相互主体性・・・客観的事象”なの

かも...まだ、十分には、“解明/・・・構造化”されていません...」

「うーん...」マチコが、腕組みをした。「法則性のようなものも...分からないのかしら?」

「これから...

  “文明の第3ステージ/意識・情報革命”パラダイムが...本格化し、探求が深化して行け

ば...そうした根源的領域にも、分け入って行くのだと思います。私たちはまだ、“意識/心の

領域”を、“物理科学/物の領域”のようには...体系化できていません」

「うーん...難しいのかあ、」

「そうです...」アンが、うなづいた。

 

                wpe89.jpg (15483 バイト)   


  アンが、両手を後ろへ回し、赤毛を絞った。そして、頭を左右に振った。

「さあ、いいですか...」アンが言った。

「はい...」マチコも、体を左右に揺らし、うなづいた。

腸チフス原因菌である...」アンが言った。「“チフス菌(サルモネラ菌の1種/・・・サルモネラ菌は大腸菌

の近縁種感染でも...“3型分泌装置の1種/サルモネラ病原島2/SPI−2”は、重要な役

を担っています」

“チフス菌”は...」千春が言った。「“サルモネラ菌”1種だからですね?」

「そうです...」アンが、うなづいた。「“サルモネラ菌”は...“サルモネラ病原島2/SPI−2”

を使って...体中を循環する、血流リンパ組織系貪食細胞の...“食胞”の中を生き延び

ることができます。

  つまり、貪食できないということですわ...そして、腸管から遠く離れた、肝臓脾臓などの組

織に到達し...増殖することができるわけです」

「はい、」マチコが言った。

「ええ...」アンが、モニターをスクロールした。「そもそも...

  腸チフスというのは...“腸チフス菌”による伝染病ですが...“通常では・・・7日〜20日間

の潜伏期の後・・・全身倦怠/寒気とともに・・・発熱”...します。そして...“特有の熱型を示

し・・・約3週間後に解熱”...します。

  くり返しますが...“チフス菌/腸チフス菌”は、“サルモネラ菌”1種です。そして、“サルモ

ネラ菌”は、“大腸菌”近縁種だということですね...

  こんな身近病原菌が...このような高度“エフェクター”を...使いこなしているということ

ですね。私たちの身の回りには、驚くべき...“生体・テクノロジーの・・・大海”...が、意味も

なく、茫洋と、横たわっていますわ...」

「はい...」マチコが、肩をかしげた。「私たちには使い切れない、“宝の山”ということかしら?」

「そうですね...」アンが、優しくうなづいた。

「でも、さあ...」千春が言った。「病原菌というのは、頭がいいよね...ひょっとして、私たちよ

り、頭がいいんじゃないかしら?」

「うーん...」マチコが、首をかしげた。

 

「ふふ...」アンが、口に手を当てた。「うーん...

  お二人は...病原菌が、“頭がいい・・・ずる賢い”...ということに、関心がおありの様子で

すね。何度も言うように、それは、非常に哲学的な課題ですわ...

  高杉・塾長の、“36億年の彼/ニューパラダイム仮説”によれば...地球圏の全生命体

が・・・ 地球・ガイア/36億年の彼/超越的人格 と・・・不可分にリンク...しているという

ことです。

  ≪仮説≫ですから、今後の検証になりますが、“何かの叩き台”にはなるかも知れませんね。

これは、逆に言えば... 地球・ガイア と・・・ 不可分にリンク していることが・・・生命体の

条件、になります。

  そして、それゆえに... 地球圏の全生命体 は・・・ 一体/不可分のヒエラルキー を構

成し・・・ 膨大な生体情報を共有している ...ということです。

  そして... 新陳代謝 のプロセス性・・・ マイナスのエントロピー に・・・ 命の本質 があ

る”...ということの、ようですわ」

「はい...」マチコが、うなづいた。「“HIV/エイズウイルスの・・・狡猾(こうかつ)さ”も...その

をかいている、ということですね?」

「ええ...そうかも知れません」

「マチコ先輩も、難しいことも言うんだあ...」

「そう...」マチコが、コクリとうなづいた。「私は、塾長のアシスタントですからね、」

「マチコさんは、最も古いメンバーだそうですね?」アンが言った。

「そう...響子よりも、少し古いかしら...」

「ふーん...」千春が言った。

「ええと、いいですか...」アンが言った。「この...

  ≪ニュー・パラダイム仮説≫によれば... 食物連鎖の喧騒 も・・・ 腸内細菌叢/腸内

フローラの喧騒 も・・・ 全て同格 、ということですわ。全ては... 地球・ガイア の中の・・・

 壮大な新陳代謝 の流れ...ということです。分かりますか...?」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「“巨大な 生命潮流 ・・・命の流れ”があり...その中

に、“私たちも・・・何らかの形で・・・ 連動して存在 している”...ということかしら?」

「そうですね...

  膨大な数量の昆虫 が・・・生まれながらにして スーパー能力を獲得 し・・・緑のジャン

グルの、 冒険旅行 に旅立って行くのも・・・その能力が 36億年の彼/ 地球・ガイアとリン

していればこそ・・・備わるもの・・・”...だということですわ。

  そう思えば... 生も死もなく ・・・ 命のプロセス性 が・・・ 波のように渡って行く風景

・・・それが、 生態系/水の惑星/地球生命圏 の姿”...なのかも知れませんわ...」

「うーん...」マチコが、頭を反対側に振った。「アン...それは...

  高杉・塾長たちが言っている...“新しい価値観”...ということなのかしら?それに、近い

ような気がするけど...?」

「そうですね...

  私たちも、これから参加して、考察を進めて行くことになりますが...“新しい価値観/候補

の1つ・・・存在の覚醒”...に属する概念かも知れません。

  塾長たちの考察では...“文明の第2ステージ/エネルギー・産業革命”パラダイムは、ま

もなく終息するようです...“新しい概念の確立”を、急ぐ必要がありますわ」

「はい...」マチコが、コクリとうなづいた。

在郷軍人病/レジオネラ感染症レジオネラ菌     

                        


「さあ...」アンが言った。「話を進めましょう...

  “宿主細胞の中で・・・長時間生き伸びる能力”は...結核レジオネラ感染症など...重度

の感染症を引き起こす...多くの病原菌共通します。

  中でも、特筆すべき存在は、“レジオネラ菌”でしょう。この病原菌は、“4型分泌装置/T4SS”

を使って、80種類以上もの“エフェクター”を、“貪食細胞/マクロファージなど”に注入します。

  その“エフェクター”で...“食胞”である“食胞膜”を改変し...殺菌分子の入った“リソソ

ーム(細胞小器官の1つ)を、近づけないようにするのです。

  これは...実際、素晴らしい能力であり、素晴らしい進化ですわ。こうした生物情報系が、私

たちの現代科学でも、ようやく捕捉できるようになって来たということです...」

「うーん...」マチコが、うなづいた。「アンや、外山さんの...

  生物情報科学/バイオインフォマティクスというのもさあ...そういう背景から出てきた学問

かしら...?」

「そうです...

  バイオインフォマティクスというのは...生命科学において、新たに蓄積されてきた膨大なデ

ータを...最新の情報科学的手法によって...定量的に扱う学問分野です。

  私も外山も、第一線を離れて、こんな仕事をしていますけど...こちらの方が、自由でやりが

いのある仕事ですわ。どんな領域にも首を突っ込んで行けます。そして、バイオインフォマティク

に、縛られることもありません...“新しい価値観/存在の覚醒”...なども、考察できるわ

けですわ...」

「うーん...だんだんと、高杉・塾長に、似てくるわねえ...」

「そうかも知れませんね、」アンが、明るく、はずんだ声で言った。

 

「アン...」千春が、体を乗り出した。「気になっていたんだけど...“レジオネラ菌”は、何処で

増えるのかしら?肺で、増えるのかしら?」

「あ、はい...

  “レジオネラ菌”は...“貪食細胞”破壊処理するために隔離した、“食胞”の中で増殖しま

す。そして、それを破壊し、次の細胞に侵入して行くわけですね...」

「はい...」千春が、うなづいた。

「ええ、いいですか...

  “レジオネラ菌”は、80種類以上もの“エフェクター”を使いますが...これらの中で、私たちに

その機能が分かっているものは、ほんの1握りです。そして、その機能の1つが、まさに処刑場

安全な場に変えているわけです...」

“食胞”を、安全な場所に変えてしまうということでは、“サルモネラ菌”と同じですね?」

「そういうことです...」  

                               


「この、レジオネラ感染症というのは...」マチコが言った。「確か...“在郷軍人病”とか、言う

のではなかったかしら?」

「そうですわ...」アンが言い、ゆっくりと脚を組み上げた。「文献によればですね...

  1976年のことですね。アメリカ/ペンシルベニア州/フィラデルフィアホテルで開催され

在郷軍人会参加者や...そのホテル周辺の通行人などに...“原因不明の・・・重症肺

炎が集団発生”...罹患者(りかんしゃ)/221名のうちの死亡/29名...と報告されたようです

ね...

  犠牲者は、34人とも、36人ともするデータもあります...おそらく、入院の後、ある程度の時

間が経過し、死亡に至った感染者もあったものと思われます。この時、米国/疾病管理センター

(CDC)が、初めて“レジオネラ菌”という、致死性病原菌を発見しています」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「ええ...原因は...もちろん、この“レジオネラ菌”です...

  まず、“レジオネラ菌”を体内に取り込んだアメーバが...エアコンを通じて、会場となったホテ

ル内飛散し...多数の参加者や、通行人肺奥に、入り込んでしまったようですわ...

  つまり、“レジオネラ菌”の含まれた、水冷式空調装置の水が飛散し、“飛沫感染/エアゾル感

染〜空気感染”したものと見れています」

「うーん...」マチコが言った。「“飛沫感染/エアゾル感染”なのかあ...」

「ええと...そうですね...

  “空気感染”“飛沫感染”というのは...日本では、しばしば混同して使用されているのでしょ

うか、」

「どう、違うのかしら?」

“飛沫感染”を起こす病原体というのは...水分を含んでいて、そう遠くまでは飛びません...

およそ、1m程度の距離でしょうか。つまり、“感染距離が短い”のです。病原体も、比較的大き

わけですね...

  “空気感染”する病原体の方は...小さくて/5µm(マイクロメートル/100万分の1m)以下で...

分を含まないので、“遠くまで飛ぶことが可能”です...したがって、感染範囲も広くなるわけで

すね、」

「うーん...」

「ちなみに...

  “レジオネラ菌”は、日本では空気感染のようですが...欧米では、“空気感染”の範疇には

入っていないようですわ。この辺りは、どうなっているのでしょうか...私にも分かりません...

  ともかく...“レジオネラ菌”は、“ヒトからヒトへの・・・直接感染”は証明されていません。その

ため、米国/疾病管理センター(CDC)でも、隔離適応疾患から除外されているようですね。こう

したことから...麻疹・水痘・結核などの“空気感染”と、レジオネラは異なるようですわ...」

「ふーん...」マチコが、口に手を当てた。「それでさあ...要するに、どうなのかしら?」

「そうですね...」アンが、笑ってうなづいた。「実際のところは...

  レジオネラ感染症は...多量の、“レジオネラ菌”が...エアロゾルとなって吸い込まれた場

合に...確実に、発症するようですわ...

  それから、“どの程度の時間・・・空気中に漂うのかは不明”ですが...肺胞領域に達すること

を考えると...アメーバなどの共生原虫から飛び出した状態...ということでしょうか...ええ、

詳しくは、その方面のホームページをご覧ください...」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「ええと、千春さん...」アンが、千春の方に顔を向けた。

「はい、」

ヒトの体の外/自然界では...

  “レジオネラ菌”は...  アメーバなどの、共生原虫の中で増殖します。そして、その共生原虫

破壊し、他の未感染・原虫へと、増殖の場を求めて、移動して行くわけですね...」

「はい、」千春が言った。「自然界では、アメーバなどの中で増殖するわけですね...」

「そうです...」

 

「さあ...」アンが言って、モニターの方に首を伸ばした。「在郷軍人会ですから...

  高齢者/お年寄りが、集合していたわけですね。不幸な偶然が幾重にも重なり...感染が拡

し、歴史に名を残すことになりました。

  “レジオネラ菌”は...まさに、老人たちの肺奥に吸い込まれ、ヒト肺胞にあるマクロファー

が、貪食したわけです。ところが...この病原菌は、“4型分泌装置/T4SS”を使って...“エ

フェクター”マクロファージに注入し、処刑場安全な場所に変えてしまったわけです」

大勢の人が、犠牲になりましたね...」千春が言った。「何も、悪いことをしていないのに、」

「そうですね...」アンが、目を閉じて、うなづいた。「さあ...いいですか...

  “レジオネラ菌”の振る舞いを見れば...豊富な分泌機能の、元々の由来が分かります。明ら

かに、彼等の分泌機能は、ヒト病気を起こさせるために、進化して来たのではありません。お

そらくは...土の中にいる単細胞生物からの、攻撃を回避するために、進化したものです。

  それが.... 1976年・・・フィラデルフィアのホテルで...在郷軍人会のメンバーと...

史的・遭遇戦を展開することになったわけです。そして、不幸にも...まさに、装備訓練におい

て、“レジオネラ菌”の方が...“古参の老兵”圧倒していたわけですね...

  よく調べれば、分かると思いますが...これは、恐るべき...“意味のある・・・偶然の一

致”...によって、引き起こされています...」

「うーん...」マチコが、うなづいた。「在郷軍人会かあ...軍服を着たお爺ちゃんたちが、大勢

いそうな所ね、」

「ええ...くり返しますが...

  “レジオネラ菌”は...通常では、土壌アメーバ取り込まれても、“4型分泌装置/T4SS”

使って、生き延びることができます。アメーバには、ヒト“貪食細胞”よく似た機能があるわけ

ですね。“レジオネラ菌”発見と、名前の由来も、先ほど述べたように、在郷軍人会アメーバ

に関連しているわけです。

  在郷軍人病の発生したホテルでは...“レジオネラ菌”アメーバに取り込まれていました。

そして、エアコンを通じて在郷軍人老人たちの肺奥に吸い込まれたわけです...

  あとは...ヒト肺胞にあるマクロファージ貪食し...“食胞”の中に、殺処分するために、

隔離されたわけです。でも、“レジオネラ菌”は、アメーバに取り込まれた時と同じように、“4型分

泌装置/T4SS”を使って、“エフェクター”を注入し、そこを楽園に変えてしまったわけです...」

「ふーん...」千春が言った。「チャッカリしてるわねえ...」

「アン...」マチコが言った。「“レジオネラ菌”名前は...アメーバから来ているのかしら?」

「いえ...」アンが、眼鏡の縁を押した。「名前の由来は...

  “Legion/レジオン/退役軍人会/在郷軍人会”から来ています...最初に発見されたのが、

その時で...致死性“レジオネラ菌”が、広く知れ渡るようになったわけです」

「うーん...」マチコが、腕組みをした。「在郷軍人会から、来ているのかあ...」

「そうです」 

  〔5〕 検問パトロールをすり抜けて・・・     

               

 
「ええ...」マチコが言った。「私と、アンは...

  “2010年・・・記録的・・・猛暑の夏”を、軽井沢基地で静養しました。浅間山“鬼押し出し”

へもくり出し、八ヶ岳野辺山の方へもドライブに行きました。

  野辺山1998年の...《折原マチコ、星野枝折・・・国立天文台・野辺山を見学”》...以

来ですから...ええと...13年ぶりぐらいかしら...あ、ボス(岡田)の方は、こちらへどうぞ...

                                         <国立天文台・野辺山へのドライブ>

  うーん...ともかく...それ以外は、あまり外出もせず...基地の中で過ごしました。茜さん

堀内さんも来ていたし、にぎやかでしたよ...でも、ともかく、暑い夏でした...」

 

「ええと、千春は...」マチコが、横の石清水千春の方を見た。「...ネット系/スケバン番長

して...渋谷や、池袋なんかへ行っていたのかしら?」

「はい...」千春が、うなづいた。「【茜・新理論研究所】ユキちゃんを...何度か連れて行っ

たよ...あの子、東京を全然知らないし...原宿へも2度行ったよ」

「みんなにも、紹介したのかしら?」

「うん...

  スケバン仲間としてではなく、私の妹分として紹介したよ。マチコ・先輩にも、言おうと思ったけ

ど、“クラブ・須弥山”弥生さんが、“大丈夫よ”って言うし、」

「そうね...」マチコが、うなづいた。「でもさあ、ユキちゃんも、もう、そんな年なのかあ...」

「ええと、いいかしら...」アンが、話に割って入った。「さあ...始めましょう」

「はい、」マチコが、うなづいた。「うーん...もう、9月の中旬なのよね、」

「そうですね...」アンが、外の草原の陽射しを眺めた。「ともかく...大変な夏でした」

 

  アンが、長い赤毛を、サラリと首筋の方へもってきた。そして、また、航空・宇宙基地/赤

い稲妻 シンクタンク・赤い彗星ビル/2Fの窓から、南東方向の草原を眺めた。数日前

までの熱気も取れ、ようやく、季節が秋に変わろうとしているのが分る。

「ええと...」アンが、赤毛を絞った。「いいですか...」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「ええ...

  “殺菌を・・・専門とする免疫細胞”を...病原菌が、自分の住処(すみか)に仕立て上げるという

のは...まさに、“ケタ外れた・・・能力”と言わざるを得ません...

  この辺りからも...病原菌が、如何に多様な手段で、細胞のもつシステムを、勝手にいじくり

回し、それを自分のものとして利用しているかが分かります。細胞レベル分子レベルでの、“病

原菌と・・・ヒトの関係”というものを、私たちは、あらためて、しっかりと認識する必要があります」

「うーん...」マチコが、しっかりと、うなづいた。「まさに、さあ...

  “勝手知ったる・・・他人の家”、という感じよね...ヒトの細胞に関しては、病原菌の方が、

よりも詳しいんじゃないかしら?」

総合的な認識があるかどうかは別として...数倍も、詳しいかも知れませんね」

HIV(エイズウイルス)もさあ...」マチコが、作業テーブルに置いた両腕を置いた。「ものすごいわよ

ね!」

「そうですね...」アンが、口に手を当て、うなづいた。「まさに、狡猾(こうかつ)と言うのでしょう...

本当に、免疫システムの裏まで、知りつくしているようですね」

「ともかく、さあ、堂々と侵入してくるわよね...

  ヒトの細胞は、これは本当に私のものなのか、分からなくなってくるわよね。この体は、私たち

のものではなくて...“色々な微生物の・・・乗合バス”のようなものではないのかしら?」


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「そういう考え方も...」アンが、深くうなづいた。「ありますわ...

  でも、その前に...私とは...何か...ということですわ。アイデンティティー(自己同一性)とは、

何か...何処までが自分で、何処までが他者/自分以外のものなのか...その境界線は、

か...本当に、分からなくなることがあります。

  そのことについて...猛暑の夏も終わったことですし...ここで、少し考察して置きましょう」

「はい、」千春が、請け合った。

「ええと...」アンが、少し肩を回した。「あそこに...

  ポンちゃんが、私に用意してくれた...サンドイッチの残りがありますね。あれは、後で、私が

食べるわけですが...まだ、あのサンドイッチと私は、別々の存在です。では、先ほど食べた分、

胃の中におさまったサンドイッチの方は...私であり...私は、アイデンティティーを感じるもの

なのでしょうか?」

「うーん...」マチコが、指を組み合せた。「消化されて...体の組織の中に取り込んだら...そ

れは、自分のものになのではないかしら...?」

「そうでしょうか...?」アンが微笑し、首をかしげた。「いいですか...

  食物は...1部は、ATP(アデノシン3リン酸)になり...筋肉を動かし...新陳代謝 し...また、

1部のものは...エントロピーとして排泄されて行くわけですね。その何処に...私たちは、

イデンティティーを感じたらいいのでしょうか?」

「そうかあ...」マチコが、天井を見上げた。

「そもそも...

  サンドイッチは...私のアイデンティティーの中を...ニュートリノのように、貫通して行くだけ

ですわ...私の1部が、サンドイッチスイカや...朝飲んだコーヒー1杯などというのは、私の

人格にとっては、恥かしいことではないかしら...?」

「でもさあ、アン...

  完全に否定するのは、難しいんじゃないかしら...アンの1部に...朝のんだコーヒー1杯

加わっているのは...本当のことだし...そのサンドイッチだって、確かに、食べているんだし」

「それは...」アンが、腕組みをした。「事実ではありますが...

  問題は...アイデンティティー/自己同一性を感じるか...ということですわ。私の人格に、

1杯のコーヒー...過去に飲んだ、何百杯のコーヒーが...大きな顔で、占有しているものなの

でしょうか?」

「うーん...」マチコが、肩を大きく揺らした。「それも、そうか...

  食欲や、食感という...のど越しなどがさあ...それは、“私のものだ!”...と思うのでは

ないかしら?」

アイデンティティーとは...」アンが、首をかしげ、目を閉じた。「物質的なものではなく...

神的なもの...ということかしら?」

「うーん...そういうことかしら...?...」

「それでは、逆に聞きますわ...

  生物体としてのとは...何処までが私なのでしょうか...私たちがこの夏...軽井沢基地

相互作用をした...軽井沢の空気や、軽井沢の野菜や、私たちの排泄物は...私ではない

のでしょうか?

  いえ、現在...まさに、私の中に入り込んで、ひと仕事をし...もうすぐ出て行く、酸素という

分子/は、私なのでしょうか...それとも、私ではないのでしょうか?」

「うーん...ややこしいことを、聞くわねえ...」

「ふふ...」アンが、楽しそうに笑った。「そもそも...

  生物体というのは、こうした酸素分子/に限らず...膨大な元素エネルギーや、それか

ら、情報というものを...新陳代謝しています。こうした、膨大な物質素粒子エネルギー

が...“生物体の中で発火し・・・1枚の布模様を・・・織り上げている”...ようですわ、」

「うーん...“1枚の・・・布模様”...かあ。塾長が、よくそんなことを言うわよね...」

「そうですね...

  まるで...意味ある布模様のように・・・縦糸と横糸で・・・命を紡ぎ・・・新陳代謝し・・・

永遠のもの”...としているようですわ。私たちは...“時間軸の上に開示された・・・布模様

の・・・ロセス性の影を...生物体/生命体”...と、みなしているのかも知れません」

「うーん...」マチコが、首をかしげた。「そうなのかしら...?」

「いいですか...

  私たちは...“生物体/生命体の・・・1側面”でしか...この世界をというものを、見ていな

いのかも知れません。あるいは...生命体の実態というものは・・・布模様の小さな形では

なく・・・布全体/生態系・開放系システム全体/全・地球生命圏”...で連動しているもの

かも知れませんね、」

「塾長の言う...“36億年の彼”のように...かしら?」

「うーん...そうですね...

  縦糸横糸と・・・時間糸が・・・自ら・・・壮大に織り込まれて行く姿”...なのかも知れま

せん。“何もない”、ということはないのです。何かが、今、ここに...眼前しているわけです。

  “デカルトの根本原理”...我思う・・・ゆえに我あり・・・...は、現代人の私たちにとって

も...“この世”に打ち込まれた強力なアンカー(碇/いかり)として...依然として、不動のもので

すわ...」

「うーん...」マチコが、コクリとうなづいた。

  千春も、むっつりと口を尖(とが)らせ、ポツリとうなづいた。


ペスト菌/赤痢菌・・・>          h4.log1.825.jpg (1314 バイト)   wpe89.jpg (15483 バイト)   house5.114.2.jpg (1340 バイト)

                 


「ええと...」アンが言った。「次は...“ペスト菌”ですね...?」

「はい...」マチコが、モニターを見てうなづいた。

ネズミから....」アンが言った。「ヒトへ感染する“ペスト菌”というのは...

  実際には、さらにノミを介して...ヒト血流中直接侵入し、感染します。ノミというの

は...実際に、見たことがあるかしら?」

ノミかあ...」マチコが、宙を見た。「直接は、見たことがないわねえ、」

「千春さんは、どうかしら?」

「うん...」千春が、肩をかしげた。「見たことがないよね...

  シラミというのもさあ...本当は、よく知らないし...芭蕉の俳句なんかに、出て来るよね、」

日本では...」アンが、トン、と眼鏡の真ん中に指を当てた。「そうかも知れませんね...

  (ノミ)(シラミ)というのは、かつては私たちを大いに悩ませた...ええと...これらは、

ですね。今回は、急ぐ仕事ではないので、ノミシラミについても、一応説明しておきましょう。

知っているようで、意外と知らない人が多いようですから」

「うーん...」マチコが、うなづいた。「そうなのよね...」

  アンが、ゆっくりと、ミミちゃんの横の電子辞書を取り上げた。電源を入れ、広辞苑ではなく、

大辞泉の方を開いた。科学用語の説明などでは、こっちの方が、要点をうまくまとめているこ

ともある。それから、マチコの電子辞書ももらい、広辞苑を出し、比較してみた。

「ええと...」アンが言った。「ともかく...

  (ノミ)というのは...ノミ目(のみもく/生物分類上の階級の1つ/界・門・綱・目・科・属昆虫総称です

ね...体長は2〜3ミリメートル...後脚が発達しよく跳びます...哺乳類鳥類外部寄生

し、血液を吸います。そして、ペストなどの伝染病媒介することがある...ということです」

「うーん...」マチコが、両手を組んだ。「血を吸う時に...“ペスト菌”注入するわけね?」

「そういうことですね...

  (シラミ)の方は...シラミ目...広義には、ハジラミ(羽虱)を含めた...昆虫の総称です。

これも、哺乳類皮膚外部寄生し、血液を吸いますわ」

シラミも、血液を吸うわけね、」マチコが言った。

「そういうことですね、」アンが、うなづいた。

 

「アン...」千春が、テーブルに両肘をついた。「昆虫の総称とかいうけどさあ...そもそも、

というのが、よく分からないよ...何が昆虫なのか...」

「はい、はい...」アンが、微笑し、優しくうなづいた。「そうですね...

  確かに、その通りですわ...昆虫というのはですね...ええと、これは...節足(せっそく)動物

・門(もん/生物分類上の階級の1つ)の、1つ(こう/生物分類上の階級の1つ)ということになります。ともか

く...“昆虫は・・・全動物種の・・・4分の3以上を占める・・・大軍団”...ですわ。実に、

様性に富んでいます。

  細菌古細菌動物植物等分類系統樹については、これは複雑になりますので、別の

機会に話しましょう。ともかく、今回は、昆虫に絞って説明します」

「はい、」千春が、髪を縛っているリボンに手をやった。

「ええ...

  昆虫特徴的なことは、まず...“体全体が・・・頭・胸・腹部の・・・3つに分かれている

ことです。トンボクモが、分かりやすいですし...もそうですね...セミカブトムシ

類もそうですわ...カエルは、違いますよ...カエルは、両生類です...」

「はい、」千春が、ニコリとうなづいた。「ハチも、昆虫なのかしら?」

「あ、そうですね、」アンが、うなづいた。「ハチも、立派な昆虫です...そうですね、ハチが最も

分かりやすいかも知れませんね...スズメバチなどは、典型的な姿かも知れれません...」

「はい...」千春が、嬉しそうに両手を握った。

「辞典から...」アンが言った。「もう少し補足すると...

  頭部には...1対の触角と、複眼...そして、ふつうは3個の単眼を持ちます。例えば...

などは、3角形の頭部両側に複眼を持ち、その間に、単眼3個あります。つまり、このよう

な状態だということです。

  人類文明が、もし、この...複眼単眼システムを・・・1つでも解明できれば・・・視覚

についての知識は・・・飛躍的に増大する”...ことになるでしょう。でも、残念ながら人類文明

は、まだ、それらを解明できる水準には達していませんわ。

  “文明の第3ステージ/意識・情報革命”進展し...“情報運搬エネルギー・・・生体科学

文明”本格化して行けば...“生物体の・・・複雑系”に関しても...相当に理解が進むはず

です」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「ええ、それから...

  昆虫については...“噛む・・・舐める・・・吸う・・・などの型”があります。そして、胸部

には...“3対の脚”...があります」

「うーん...」マチコが、ため息と一緒に、うなづいた。

「ふふ...このぐらいにしておきましょうか...でも、もう一言だけ...付け加えておきまょう。肝

心なことです」

「はい、」

「そもそも、昆虫は...

  2対(はね/昆虫のはね)がある、“有翅(ゆうし)昆虫”と...の無い“無翅昆虫”大別されま

す。そして、昆虫は...成虫になるまでに、“脱皮”“変態”をくり返すわけですね...」

“変身”するんだあ...」千春が、明るく笑った。「かっこいいわね、」

「ふふ...

  昆虫は...地球生態系動物種の中では....“最も・・・多様性分化が進み・・・成功し

ている種の形態...ではないでしょうか。こうした方面は、専門ではないので、これ以上のこと

は言えませんが...」

「はい...」千春が言った。

「ともかく...

  “昆虫は・・・地球上でもっとも繁栄している・・・動物種”...ということです。これまでに知

られている種類だけでも...“約80万種”あります。実際には...150万種以上とも...300

万種以上とも...あるいは研究が進めば、数百万種(/1説では数千万種)に達するとも...推定さ

れていますわ...」

「ふーん...」マチコが、肩をかしげた。

「また、すでに、絶滅してしまった種も多くあるわけです」

「はい...」千春が、うなづいた。

「こうした“種や・・・多様性”が、今...」マチコが言った。「どんどん失われているわけよね...」

「そうですね...」

               wpe89.jpg (15483 バイト)        

「ええ...」アンが言った。「(シラミ)に、話を戻しますが...

  シラミというのは、体はふつう紡錘形(ぼうすいけい)で、扁平です。目は退化しています。シラミは、

ノミなどと違い、宿主の体から離れると、まもなくんでしまいますわ。この点は...細菌ウイ

ルスの違いのようですね...つまり、シラミは、宿主細胞なしでは、生きていけないわけです」

「はい、」マチコが、うなずいた。

「さあ...」アンが言った。「先ほどの...元の話...の続きになりますが...

  “ペスト菌”というのは...ノミを介して、血流中直接侵入し...感染するということでし

た。さて、そこで...血流中巡回パトロールしている免疫細胞/マクロファージなどが...“ペ

スト菌”を取り込んで、殺そうとするわけですね。

  ところが...“ペスト菌”は、“3型分泌装置/T3SS”を使って、“エフェクター”免疫細胞に注

入するわけです。分かっているだけでも、4種類“エフェクター”が、共同で作用しているようで

すわ。そして、自分が取り込まれてしまう前に、いわゆる貪食機能を、無力化してしまうわけです。

  そうやって、“ペスト菌”を表面に付けた免疫細胞は...血流に乗って、リンパ腺に行き着きま

す。そこで、“ペスト菌”増殖し...いわゆる、“腺ペスト”の語源ともなった、“リンパ腺の腫(は)

れ”を引き起こします」

“ペスト菌”感染すると...」マチコが言った。「“リンパ腺の腫れ”...を引き起こすわけかし

ら?」

「そうです...」アンが、うなづいた。「いいですか...

  多くの病原菌は...宿主細胞シグナル伝達系免疫応答を、再操作すための...“分泌

装置”を、進化させて来ています...」

「はい...」

 

「そこで...

  赤痢の原因である“赤痢菌”ですが...このは、感染の過程で、幅広い戦略を採用してい

病原菌の...代表例と言っていいでしょう...」

「はい、」千春が、うなづいた。

“赤痢菌”は...

  DNAを見ると...無害大腸菌と、非常によく似ているそうです。でも...“3型分泌装置/

T3SS”を使って、25〜30もの“エフェクター”を注入し、 “サルモネラ菌”のように、宿主細胞

自分を取り込ませます。

  そうやって、宿主細胞に入った“赤痢菌”は...細胞骨格を操作して・・・細胞内を移動

・・・さらに隣の細胞へと侵入...するわけです。こうやって...“細胞の外で待ち構える

・・・免疫細胞抗体との・・・接触を回避している”...わけです。

  これも...非常に、賢いやり方ですわ。こんな手法は...古典的な、【自然淘汰説】【突然

変異説】から、非常に素直な形で生み出されて来たものではありませんわ...」

「アン...」千春が言った。「“赤痢菌”というのはさあ...

  いえ、赤痢の方かしら...それは...どういう病気なのかしら。聞いたことはあるんだけど、」

「あ、はい....」アンが、うなづいて、マウスに手を伸ばした。「そうですね...

  それを、説明してありませんでした。赤痢原因となるのは、“赤痢菌”ですが...そもそも

とは...“法定・伝染病”1つです。

  これは、【伝染病・予防法】規定されている、悪性急性伝染病ですわ。“医師の届け出義

務”があり...“患者の隔離/強制入院”...それから、“消毒等”が...規定されています」

「はい...」千春が言った。「大変なんだあ...」

「いいですか...」アンが、指を立てた。「ただし...

  この“法定・伝染病”ですが...【伝染病・予防法】は... 1998年廃止され...新たに、

【感染症法“感染症・予防法”“感染症・新法”とも言う...が制定されました。現在は、“法

定・伝染病”といえば、もっぱら、【家畜・伝染病・予防法】に定められた、“家畜・伝染病”を指し

ます。

  ちなみに...この新しい、【感染症法/感染症・新法は...従来の【伝染病・予防法】

【性病・予防法】【エイズ・予防法】3つ統合して、 1998年制定されたものです。

は、 1999年4月1日です。

  ええと...その後... 2007年4月1日に...【結核・予防法】統合されています。法律

としては、さらに統合的に網を広げ、全てを網羅(もうら/残らず取り入れること)しているわけですわ、」

「ふーん...」マチコが、肩を左右に大きく振った。「ともかく、“手抜き”ではないんだ...」

「もちろんです...」アンが、赤毛を指ですいた。「いいですか...

  それでも...伝染病本質というものは...変わりません。法律が変わっただけで、伝染病

は依然として、ヒトにとっては最大級の脅威です。そういうことで...ここでは、私たちが習った

旧/“法定・伝染病”について...簡単に、述べておきましょう...」

「はい...」千春が、うなづいた。


            


「ええと...」アンが、コントローラーで、スクリーン・ボードを操作した。ボードに、“旧/法定・伝

染病”を表示した。

「懐かしいですね...」「まず、日本では...

  “コレラ...赤痢...腸チフス...パラチフス...痘瘡(とうそう/1980年にWHOが絶滅宣言)

そして...発疹チフス...猩紅熱(しょうこうねつ)...ジフテリア...流行性・脳脊髄膜炎...

ペスト...日本脳炎...”...この“11種類”が...“旧/法定・伝染病”でした。

  ええと、あと...“指定・伝染病”の...“急性・灰白髄炎(ポリオ)...ラッサ熱...”...も、

同様の措置を取るように...指定されていました」

「うーん...」マチコが言った。「ペスト赤痢も...“法定・伝染病”に入っているわけなんだあ、」

「そうですね...

  それで、赤痢ですが...これは、急性“消化器系・伝染病”1つです。“法定・伝染病”とし

ては、“細菌性・赤痢...アメーバ・赤痢...そして、疫痢(えきり)...を合せて、赤痢と、呼

びます」

「はい...」

赤痢は...」アンが、手をすり合わせた。「熱帯や...亜熱帯地方に多く発生しますわ...

  主に...“飲食物を介して・・・経口感染”します...

  ええ...日本においては、アメーバ赤痢は少ないですね。したかって、日本においては、多く

“赤痢菌”による、“細菌性・赤痢”を指します...

  症状としては...2日〜4日潜伏期間の後、高熱を発します。そして、連続的便意を催し

て...主に、粘液質血便を出します...」

「それは...」マチコが、目を丸くした。「大変よねえ...ビックリするんじゃないかしら?」

「うん...」 千春が、真剣な顔でうなづいた。

「当然...」アンが言った。「そうでしょうね...

  “法定・伝染病”ですから...“患者の隔離/強制入院”...という運びになります。その代わ

り、費用地方自治体負担します...ええ、法改正になっているので、詳細は分かりません

が、いずれにしろ、公費負担は変わらないと思いますわ...強制入院ですから...」

「うーん...」マチコが言った。「赤痢は...“隔離/強制入院”になるということね...」

 

「そうです...」アンが、うなづいた。「さあ、話を戻しましょう...

  “赤痢菌”は...無害の大腸菌と、よく似ているということでしたね。でも、それは、DNAが似

ているという話であって、とても無害とはいえない暴れん坊です。

  まず、“3型分泌装置/T3SS”を使って、25〜30もの“エフェクター”を注入し... サルモ

ネラ菌のように・・・宿主細胞に・・・自分を取り込ませる”...ということをやります。

  ええ...“赤痢菌”が使う、免疫回避のシステムや、再プログラミング手法というのは...

まだ完全には分かっていないようです。

  ただ...“エフェクター”の幾つかは...細胞内シグナル伝達系直接作用し...感染

細胞が発信する・・・遭難信号の幾つかを・・・打ち消すこと・・・が知られている”...ようで

すわ。

  ただし...“全ての信号が・・・消されてしまう・・・わけではない”...と言います。“赤痢菌”

は...ある程度の信号を残し・・・樹状細胞(/貪食細胞)を・・・感染部位に引き寄せる...

という作戦も取るらしいのです。

  そして、“赤痢菌”は...この籠絡(ろうらく/巧みに手なづけて、自分の思いどうりに操ること)した免疫細胞

侵入し、“トロイの木馬(/紀元前13世紀頃のトロイア戦争で、木馬に兵を潜ませて城内に侵入し、落城させた)に仕立

て上げ...腸管上皮細胞層通過するようですわ」

「うーん...」マチコが、腕組みをし、頭をひねった。「賢いわねえ...異常なほどに...」

「そうですね...

  でも...病原菌も、そのぐらいの智慧/戦略性がなければ...“厳しい生存競争を・・・勝ち

抜けない”、ということでしょう。ともかく...素晴らしい進化・・・多様性・複雑系への・・・分

化”...ですわ。

  生きる・・・存続する方向への・・・強力なベクトルが作用...しているのでしょう。まず、

それが、その...意思力が・・・生物体の第1の特徴...なのかも知れません。

  でも、一方...そうした...意思力・・・存続する方向と力・・・生存するベクトルが・・・最

初から備わっていた”...とも言えます。もちろん、これは、【自然淘汰説】や、【突然変異説】

などとも違います。

  私たちは、“36億年の彼”とのリンクで...“全体性が・・・フィード・バックしてきたもの”

と考えていいるわけですね...」

「つまり...」マチコが言った。「その...

  深遠な智慧/深遠な全体性は・・・”...“36億年の彼”とのリンクで...ええと...

ローバル・ブレインから・・・ガイア・フィールドに・・・提供されている...ということかしら。

塾長の、受け売りですけど、」

「そういうことですね...」アンが微笑して、頭をかしげた。「これは...

  あくまでも、高杉・塾長の、≪ニュー・パラダイム仮説≫から導いたものですわ。でも、今後、

“文明の第3ステージ/意識・情報革命”本格化して行く中で...“何かの・・・叩き台”には、

利用されるかも知れません...私たちも、できるだけのことは、やって行くつもりですが...」

  千春が、コクリとうなづいた。

「ともかく...」アンが言った。「“赤痢菌”が...

  腸管上皮細胞層通過する時...上皮細胞破壊されるために...赤痢に特徴的な“激

しい下痢”が起こるわけですね、」

「それで...」マチコが言った。「血便も出るわけか、」

「そうです...」アンが、うなづいた。「“トロイの木馬”を仕立てても、腸管上皮細胞層を通過

するのは、相当の抵抗があるようですね、」

「うーん...」マチコが、うなづいた。

獲得免疫系もだます・・・ 病原菌     wpe8B.jpg (16795 バイト)   

                    


「さあ...」アンが言った。「話を進めましょう...

  いいですか...病原菌がだますのは、“自然免疫系”だけではないのです。“獲得免疫系”

で働く、“T細胞”“B細胞”までもだますのです。

  これらの“T細胞”“B細胞”というのは...特定の病原菌を、表面の特徴(/抗原)によって認

識するように...“自然免疫系”によって訓練されているわけです。ところが、病原菌の中には、

これらの“T細胞”“B細胞”から...“のがれる術(すべ: 手段、方法)を、持つもいるのです...」

「あの...アン...」千春が言った。「いいかしら?」

「どうぞ、」アンが、千春に顔を向けた。

「前に、聞いたと思うんだけど...“自然免疫系”“獲得免疫系”は、どう違うのかしら?」

「ああ、はい...」アンが、大きくうなづいた。「1度聞いても、覚えられるものではありませんわ。

分からなかったら、何度でも聞いてください」

「はい、」

「ええと...“自然免疫”“獲得免疫”との...違いということですね...

  まず、 “自然免疫”とは...ある種病原体に対して...生体/ヒトの体が、生まれながら

に持っている抵抗性のことですわ。これは、“先天性免疫”とも言います。“獲得免疫”は、これと

逆の意味になるわけですね」

「はい...」千春が言った。

“自然免疫系”で...

  最初に異物を発見するわけですが...ここでは“自然免疫”の、マクロファージ樹状細胞

どが働きます。つまり、体に入った異物を、これらの貪食(どんしょく)細胞が、片っ端から食べて分

します。これらの細胞は、食べる量に限界があります。満腹になると、死んでしまいますわ」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「真面目ねえ...それで、死んでしまうなんて...」

「美しい話ですわ...勤勉で、非常に優秀な...私たちの1部です...

  人体60兆個の細胞は、みんなそうですよ。想像を絶する精緻さ正確無比任務の遂行

能力反乱を起こすのは...アレルギーや...ガン細胞の発現や...それから、遺伝的疾患

などが、非常にマレに起こります。

  しかし、そうした中で...新陳代謝し...子孫を残し...進化し...リレーして行くので

す...結果が、次の始まりに、結びついて行くのです。そういう意味において、こういう流れに

は、間違いというものがありません。

  “死”や、“進化の袋小路”でさえ...広い視点から見れば、それは失敗でも間違いではなく、

“生命潮流”の1節(ひとふし)なのです。

  そうしたものを含め、生命潮流の大河・・・命のベクトル増殖という力と存続という方向

の...エネルギー/情報”は...茫々と流れて行きます。そして、まさに私たちは...“その

生命潮流の大河の・・・真只中/先端を・・・今・・・”...突き進んでいるのです...」

  マチコが、小さくうなづいた。

 

「あら、あら...」アンが、赤毛を撫で上げた。「難しい話になってしまいましたわね...

  ええと、いいですか...“自然免疫”に対し、“獲得免疫”とは...生まれた後に、細菌

イルスの...“感染”“予防接種”などによって...“後天的に獲得する免疫”のことです」

「うん...」マチコが、考えながらうなづいた。

「この“獲得免疫”には...

  “自ら抗体を作る・・・能動免疫”と、“他の個体が作った抗体による・・・受動免疫”...が

あります。

  また...“自然免疫”“先天性免疫”と呼ぶのに対し...“獲得免疫”“後天性免疫”と呼

ばれるわけですね...いいですか?」

「はい...」千春が言った。

「ええ...」アンが言った。「せっかくの機会ですから...もう少し説明しましょうか...

  “獲得免疫系”というのは...具体的には、キラーT細胞や、免疫系の司令官/ヘルパーT

細胞や、B細胞などになります。この辺りの役割については、HIV(エイズウイルス)の関係で、何度

か説明して来ています。これからも、しばしば出て来ますので、注意して聞いていて下さい...」

「はい、」千春が、うなづいた。

 

「ええと...」アンが、口に手を当てた。「そもそも、“免疫”とは...

  病原体毒素外来の異物自己の体内に生じた不要成分を・・・非自己として識別し

排除しようとする・・・生体防御機構の1つ”...ということですね。

  私たちの体は...“特定の病原体に・・・1度感染して回復できると・・・その病原体に

抗性を持ちます。この、同じ病気に・・・2度かからなくなることを・・・免疫を持つと言いま

す。

  この免疫システムというのは、特に脊椎動物で発達している生体防御システムです。“自然

免疫は・・・動物・植物に共通してみられる免疫系ですが...脊椎動物を除いた・・・多細

胞生物には・・・獲得免疫は無い...ようです」

「うーん...」マチコが言った。「でもさあ...

  “免疫”があると...どうして、“2度と・・・感染しなくなる”のかしらかしら...それが、分から

ないわね、」

感染はするのです...」アンが言った。「でも...

  “メモリーT細胞”などに、“感染克服時のデータ”保存されていて...それが再び必要になっ

た時、素早く呼び出され、“感染克服時のデータ”で、素早く対応するわけですわ」

「うーん...なるほど、」

「ところが...

  免疫細胞感染するHIV(エイズウイルス)の場合は...まず、そのデータベース/“メモリーT細

胞”感染し...そこを破壊して...システム・ダウンさせてしまうわけです。HIV狡猾さは、

 これだけではありませんが、免疫系をメチャクチャにする術(すべ)には長(た)けています」

「うーん...」マチコが、首を左右に振った。「ひどいことをするわよね、」

「でも...いずれ、その狡猾さも、克服されるでしょう...

  さて、いいですか...この“免疫システム”には...先天的に備わる“自然免疫系”と、後天

に備わる“獲得免疫系”があるわけですね。それから、システム的に分類すれば...“細胞

性免疫”“体液性免疫”の、2つに分けることも出来ます。

  “細胞性免疫”は...貪食細胞マクロファージ樹状細胞...それから、T細胞B細胞

などですね。

  “体液性免疫”の方は...抗原に対して・・・血液中抗体が・・・反応する免疫”です。こ

れは主に...B細胞で産生される・・・免疫グロでリン...によって行われます」

「うーん...」マチコが言った。「“免疫グロでリン”というのは...何かしら?何処かで、聞いた

ことがあるんだけど、」

「そうですね...」アンが、うなづいた。「耳に残る名前かも知れませんね...

  “免疫グロでリン”というのは...抗体としての構造・機能を持つ・・・一群の・・・血清タ

ンパク質ですわ...血液リンパ液の中に含まれる、“ガンマ・グロブリン”ほとんどは、こ

れで...形質細胞などで・・・生成”、されます...」

「うーん...」マチコが、口にコブシ当てた。「...“ガンマ・グロブリン”、ですかあ...」

「説明が...」アンが言った。「少し難しくなってしまいましたが、いいですか、千春さん?」

「あ、はい...」千春が、コクリとうなづいた。「大丈夫じゃないけど...ええ、大丈夫です」

「ふふ...そうですか...」アンも、ニッコリと顔を崩した。

                         house5.114.2.jpg (1340 バイト)    

「さあ...」アンが、脚を組み上げ、モニターをのぞいた。「それでは、話を進めますよ...

  病原菌は、こうした“抗体”に捕まらないようにするために...“表面タンパク質を・・・定期的

に変化”させたり...“抗体”分解する酵素を分泌したりして...免疫系攻撃から逃れようと

します」

「うーん...」マチコが、肩をかしげた。「HIV(エイズウイルス)もそうだけど...

  病原体というのは...私たちが一般的に認識しているよりも...はるかに狡猾なのではない

かしら。それに、病原菌免疫システムの間で...そんな激しい攻防を展開しているなんて、知

らなかったわねえ、」

「でも...」千春が、マチコを見た。「免疫システム味方というのは、心強いわね。勤勉だしさ

あ...私などと違って、」

「そうよね、」

「でも...」アンが言った。「(まれ)に、暴走することがありますよ...

  “全身性エリテマトーデス”は...“膠原病(こうげんびょう)1種ですね。厚生労働省“特定疾

患”にも指定されていますが、実はこの疾患は...免疫システムの暴走と考えられています。こ

れは、全身の臓器炎症が起こるために...症状は様々ですが、若い女性に多い疾患です。

  女性は、子供を産むためなのでしょうか。男性よりも、免疫系が強く調整されています。そうし

た意味では、男性よりも強いわけですが...こうしたマイナスの影響もあるわけです...」

「うーん...」マチコが、肩をかしげた。「私はさあ、アン...

  免疫システムが...“自己と・・・非自己”...自己の体内に生じた・・・不要成分/ガン

細胞を・・・非自己と識別”...するのが、すごいと思うわよね... 

  “自己と・・・非自己”境界というのは...太陽系星間空間境界のようなものかしら。

陽系の果てでは...“太陽風の終末・・・終端衝撃波”が...星間空間との境界を形成し、物理

的境界となっている、というわよね。そういうものかしら?」

「うーん...」アンが、首をかしげた。

「アン...」マチコが言った。「このページの最初の頃に...

  人間/ヒト/生体アイデンティティーのことを言っていたでしょう...“人間の境界”というの

は...精神的なものも含めて...太陽系“物理的境界/太陽風の終末/終端衝撃波”の、

“巨大な球形の形成”のようなようなもの...ではないのかしら...?」

「さあ...」アンが、顎にコブシを当てた。「どうかしら...

  マチコは...相変わらず、独特の思考回路を持っているようですね...うーん...太陽系

“星間空間との境界”ですか...?...」

“人間の境界”って...そんなものではないかしら?」

「そうですねえ...」アンが、キイボードを叩いた。「マチコの、この考え方は、しばらく預かって置

きましょう。私も、マチコの言う“人間の境界”について、じっくりと考えてみましょう...たたし、簡

単に、結論の出る問題ではありませんわ...」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「塾長ならば...

  この世は・・・巨大な1つの全体”...であり...この世は・・・主体性の重ね合わせ状

態が・・・結晶化している...などと、言うのかも知れませんね...

  でも、が感じる・・・人間的な・・・互主体性世界は...マチコの言うようなものかも知

れません。また...“そういうパラダイムの・・・内部に存在している”...からかも知れませ

んが...“事実・・・私たちは・・・そう感じる”...わけですね...」

「はい!」マチコが、両手を握り、コクリとうなづいた。「そうなのよね...」

 

「ええと...」アンが、モニターに目をやった。「何処だったかしら...ああ...はい...ここです

ね...

  話を戻しますが...ともかく、“赤痢菌”などの幾つかの病原菌は、自分貪食した免疫細胞

が...“抗原提示して・・・獲得免疫系を訓練...するのを邪魔し、自分に対する...抗体

が作られるのを・・・妨害...したりします。非常に、複雑なことをしますわ...」

「うーん...悪い奴らよねえ、」

「そうですね...」アンが、笑った。「そんな智慧が、何処から来るかということですね...

  それから、また...“サルモネラ菌”は、自分貪食した免疫細胞が、“獲得免疫系”細胞

と接触する前に...宿主細胞シグナル伝達系操作し、自殺させることも出来るのです」

「うーん...それも、困るわねえ、」

「それが...

  “病原菌の・・・1つの側面/実態”...ですわ。“多剤耐性菌の出現”なども、そうなのでが、

私たちは、病原菌というものを...もっと、“動的な・・・ダイナミックな存在”としてとらえる必要が

あるのかも知れません。

  緑膿菌(日和見感染菌)や、アシネトバクター(土壌や水の中によく見られる細菌)のような...ごく身近な細

でも...それが、“36億年の彼”リンクしているのであれば...変容は無限です...」

「また...インフルエンザシーズンが来るわよね、」

「そうですね...」

  〔6〕 病原菌の戦略/生存競争を勝ち抜く!    wpe89.jpg (15483 バイト)
 

                        


「ええ...」アンが、モニターに目を流した。「さあ、いいですか...

  病原菌が...宿主/ヒトの体内で増殖すには...細胞シグナル伝達系を改変し、免疫防

御システム籠絡(ろうらく)するだけでは、十分とは言えません。宿主の体内には、“宿主と友好

的な・・・細菌集団”もいるわけですね。増殖するには、それらとの攻防もあるわけです」

「うん、」マチコが、うなづいた。

「最近まで...

  微生物学者免疫学者には、事実上、無視されていたようだと言っていますが...ともかく、

そうした“既存の・・・敵性細菌集団”との、生存競争にも勝たなければならないわけです。これは

これで、免疫システムとは、異なる種類の戦いになります」

「うーん...」マチコが、顎に手を当てた。「そりゃあ、そうよね...」

「...体の表面には...

  消化管表層も含めてですが...膨大な数量“共生細菌”が棲みついています。例えば、

大腸の内容物には、1グラム中600億もの細菌が含まれています。これは、地球上の全人口

10倍に相当する数ですわ...病原菌は、こうしたものを、相手にしなければならないのです」

「はい、」千春が、頬に手を当ててうなづいた。

「さあ、こうした...

  膨大敵性勢力を、病原菌はどう処理しているのでしょうか...分かっていることで、最も明

確な戦略1つは...“下痢を起こすこと”です。そして、敵性勢力一時的にでも、“洗い流し

てしまう方法”です。

  それから...“参考文献”の著者が...共同研究者と共に行った研究があります。これによ

ると、“マウスの・・・病原性大腸菌”一種が、腸で炎症反応を引き起こし・・・自然免疫細胞

を引き寄せて・・・腸内の常在菌の一部を殺菌させる”...ということを、明らかにしています。

  これは、“エフェクター”を使って...宿主細胞シグナル伝達操作する...というもののよ

うですね、」

「ふーん...

  自然免疫細胞/マクロファージなんかを引き寄せて...常在菌を殺させるわけですかあ。そ

んなことが、出来るのかしら...」

「出来るようですね...」アンが、唇を結んだ。「...ええ、したがって...

  そのような状態にして...栄養を奪い合うというライバルがいなくなると...病原菌は急速に

増殖し、優勢になります。でも、やがて病原菌に対する“獲得・免疫系”活発化して来ます。そ

して、最終的には、病原菌免疫細胞によって排除されます」

「はい、」マチコが、小さくうなづいた。

「そして...再び腸内の常在菌が増え...感染前ほぼ同じ状態に戻るようですね、」

「うーん...」

「ええ...同じように...

  “マウスの・・・サルモネラ菌”の場合は...“宿主の腸内細菌の組成に応じて・・・自分の行

動を選択”...しています。通常は、サルモネラ菌チフスのような、全身性の感染症を引き起

こします。

  でも...あらかじめ、高濃度抗生物質を与え、常在菌組成を変えたマウスでは、サルモ

ネラ菌は腸でだけ病気を起こすようになります。

  つまり...“通常の腸内細菌との・・・競争がある場合には・・・これを避けて全身感染を引き起

こし”ますが...腸内細菌組成が変わっていて、そこが棲みやすいとなると、サルモネラ菌

腸内に留まろうとするのでしょう」

「そうかあ...」マチコが言った。「あえて、全身感染する必要がないというこね」

「でも...」アンが肘を立て、微笑して手を開いた。「...不思議ですね...

  それを...1個病原菌頭脳で、判断できるものかしら...第一、細菌という単細胞/複

雑系の中に、私たちのような頭脳はありませんわ...HIV(エイズウイルス)でもそうですが、あの

さ、完璧性は、ただ事ではありません。何処に...あんな戦略性が詰まっているでしょうか?」

「うーん...

  やっぱり...“36億年の彼”との...リンクということかしら...?その、“リンクが切れた時

に・・・生物体は単なる有機物の塊になる”という...塾長の仮説のように、」

「それも...“1つの考え”でしょう...

  でも...現代科学/現代医学では、まだ、そのようなものは認められていませんわ。あまりに

も、飛躍し過ぎた考えです」

「でもさあ...他に、うまい考えがあるのかしら?」

「そうですね...」アンが、頭をかしげた。「でも、もし、そのようなものが認められるにしても...

  それは、“文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代が、本格化してからでしょう...」

「うーん...」マチコが、顎にコブシを当てた。

 

  〔7〕 対・細菌の・・・新たな武器の創出!      

             


「ありがとう、ポンちゃん!」マチコが言い、コーヒーカップを少し回した。

「オウ...」ポン助が言い、窓の方を見た。そして、千春のコーヒーカップを置いた。「寒くなったよ

な、」

「ねえ、ポンちゃん...」千春が言った。「焼き芋が食べたいわね、」

「オウ。窯に火を入れるから、時間がかかるぞ」ポン助が、空になった盆をワゴンへ戻した。「注文

がまとまれば、持って来るよな、」

「じゃ...」アンが、コーヒーカップを取り上げた。「私もお願いしようかしら。《危機管理センター》

へ持って行くから」

「じゃあ、窯に火を入れるか...」

「ともかく、さあ、」マチコが言った。「全部持ってくれば、みんなの所へ配るわよ」

「そうだよな...」ポン助が、天井を見た。「それじゃ、注文を取るか...」

  3人は、コーヒーを飲みながら草原を眺めた。空に重く雲が下がり、薄暗く、寒々としていた。枯

れたススキの穂が波打っている。窓ガラスで時々、ピシ、と小さな音がした。

「霰(あられ)かしら?」アンが言った。

「うん、」マチコが、うなづいた。「雪になるのかしら?」

「散歩は、中止ね」千春が、マチコに言った。

「あら、雪の中の散歩もいいわよ。アンは、行くでしょう?」

「うーん...寒そうね...ふふ...様子を見てからにしましょう」

  千春が満足そうに、白い歯を見せ、コーヒーカップを口に当てた。

「暖かくして行けばいいわよ」マチコが言った。「長靴をはいて、さあ...」

「ふーん...」アンが、笑って首をかしげた。「散歩も...悪くはないかしら、」

「風がおさまれば、考えてもいいけど」千春が、譲歩した。

「うん...」マチコが、窓ガラスに当たる霰を見ながらうなづいた。「雪になると思う?」

「そうですね...」アンが、天空を見て言った。「風が落ちれば、雪になるでしょう」

「オレは、」ポン助が、片手でワゴンを押した。「焼き芋の窯に火を入れて来るぞ」

「お願いね、」千春が、ポン助に手を上げた。「昼までにできるかしら?」

「できるよな...」ポン助が、背中で言った。


                house5.114.2.jpg (1340 バイト)  


「さあ...」アンが、コトリ、とコーヒーカップを脇に置いた。「始めましょうか...」

「はい、」千春がうなづいて、椅子を引いた。

病原菌が...」アンが言った。「...宿主体内で、様々な細菌接触すれば...

  相手が無害な細菌であれ有害な細菌であれ...それは、“新たな武器を・・・入手/交換す

る・・・絶好の機会”...となるわけです。それが、“細菌の世界”...です。

  実際に...多くの病原菌が、無害な細菌から遺伝子を獲得し、“新たな武器”進化させて来

ています。“細菌の世界”では、“分泌装置”“エフェクター・タンパク質”など、いわゆる“病原因

子”を作る遺伝子を、“腸管の中で・・・共有” しているようなものです」

  マチコが、コーヒーカップを傾けて飲み干した。

「こうした意味では...

  “腸内環境は・・・細菌遺伝子の・・・巨大なインターネット...に似ています。細菌はここ

で、“新たな病原性・遺伝子”獲得することによって...“新しい宿主に・・・感染する能力”

身につけたり...“攻撃性が・・・より強くなったり”するわけです」

「例えば、どんなことかしら?」マチコが聞いた。

「例えば、“致死性・大腸菌/O−157”です...

  この病原菌は、 1970年代初めて登場するわけですが、元々は比較的無害な大腸菌が、

“3型・分泌装置/T3SS”や、“志賀毒素(激しい下痢や腎臓疾患を引き起こす)を作る遺伝子を獲得し

たことにより、強毒化したと言われています」

「それじゃ...」千春が言った。「“O−157”は、最近になって、出現したということかしら?」

最近強毒化し...顕在化したということです」

「ふーん...」マチコが、腕組みをした。

人類の・・・新たな武器!           wpe89.jpg (15483 バイト)   house5.114.2.jpg (1340 バイト)

                    


「さあ...」アンが、顔を上げた。「話を進めましょう...

  病原菌が使う、“戦略兵器・・・毒素注入装置”...“3型・分泌装置/T3SS”や、“4型・分

泌装置/T4SS”などが発見されたことにより...人類は、抗生物質とは異なる方法で・・・

細菌を直接攻撃する・・・新しい治療法”を...入手できそうだということです」

抗生物質とは違う、“新たな武器”かあ...」マチコが、口に手を当てた。「それは具体的に、ど

んなものになるのかしら?」

「ええと...“参考文献”著者のグループでは...

  “分泌装置”に関する知見を...“O−157”に対する、新たなワクチン開発に応用して来たそ

うです。この“O−157・ワクチン”には、“3型・分泌装置/T3SS”1部と、幾つか“エフェク

ター”が含まれていると言います」

“分泌装置”1部と...“エフェクター”かあ...」

「そうですね...

  この“O−157・ワクチン”学習した“獲得免疫系”は...ええと...“O−157”が、“3型・

分泌装置/T3SS”を使用する前に...これを認識し、無力化できるのだそうです。ただし、こ

ワクチンヒト・ワクチンではありません。牛・ワクチンです」

「うーん...ワクチンかあ、」

「あ...」アンが、マチコの前に手を立てた。「でも、いいですか...

  家畜である約半数には、“O−157”無症状のまま、棲みついているのです。その病原

牛の排泄物を通して、人間食物飲料水に広がってしまうわけです。つまり、その感染経

遮断するために、必要なワクチンという事になります」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「ええと...

  カイワレ大根が、“O−157”汚染されたと疑われ、ニュースになったのは、 1996年です。

あのように、農産物畜産物汚染され、感染症を引き起こすのは、感染経路遮断できなかっ

たという事ですね。【H5N1・鳥インフルエンザ】感染拡大もそうですね...」

新型インフルエンザになるという、強毒性ウイルスね、」

「そうですね...

  ともかく、この“O−157・ワクチン”は、“O−157”を元から取り除き、人間への感染経路

することができます。現在、カナダで実際に使用されていて...ええと...アメリカでも認可

申請中ということです」

 

  アンが口に手を当て、モニターに目を落とした。アンが資料を読んでいる間、マチコと千春は窓

の外を見ていた。視界が悪く、草原が吹き付ける霰で白っぽくかすんでいた。

「ひどい天気になって来たわねえ、」千春が言った。

「うーん...どうやら雪になりそうねえ、」マチコが言った。

 

「ええ...と...」アンが、顔を上げた。「いいですか...

  この他にも...“病原菌を・・・無力化する・・・独創的な手段は...色々と開発されつつあ

ります。病原菌の、“病原因子”が明らかになれば、その“遺伝子の発現を抑え・・・病原菌を

害な菌に、変えられる可能性゛があります。

  また病原菌の、付着因子を・・・阻害する物質を作れば、“感染の・・・足がかりを奪うこ

とができます。すでに、“病原性・大腸菌の・・・付着因子を阻害する薬剤が、ヒトでの臨床試

を終えています」

「はい、」マチコが、うなづいた。

「それから...

  “細菌間の・・・コミュニケーションを阻害する方法も...考えられています。大腸菌のよう

細菌は、常在菌宿主細胞から出る“化学シグナルを・・・聞いて”...腸内での自分の位置

を判断していると言います。そして、この情報をもとに、攻撃開始決定を下すと言います」

「うーん...そんなことまで分かるのかしら?」

「そうですね...それから“参考文献”に、“緑濃菌”面白い例が紹介されていますわ...ええ

と...」

“緑濃菌”というのは...日和見(ひよりみ)感染菌ですよね?」

「そうですね...

  病原性弱いのですが、院内感染原因になります...ええと...この“緑濃菌”は、で、

“バイオフィルム”と呼ばれる、“薄層状のコロニー”を作ります」

「はい、」

「最近...これは...デンマーク/コペンハーゲン大学の研究チームですが...

  この“バイオフィルム”の成分が、“免疫細胞の接近を知らせる・・・警報シグナル、となって

いていること...そして別の細菌に、“免疫細胞を殺す・・・ペプチド(アミノ酸の短い鎖)を分泌させ

ていることを...明らかにしています」

「ふーん...」マチコが、頭の後ろに両手を回した。「それが...ええと...何だったかしら?」

“緑濃菌”が...で作る、“バイオフィルム・・・薄層状のコロニー”ワルさです...

  これが、警報シグナルになっていて...別の細菌に、免疫細胞を殺すペプチド分泌させてい

る...ということですね」

「うーん...悪い奴ねえ...」

「つまり...そういう“仕組み”が、しだいに明らかになって来ているということですわ」

    

「いいですか...」アンが、マチコと千春に、交互に微笑してみせた。「もう少しです。頑張りましょ

う」

「はい!」千春が、ホッ、としてうなづいた。

「ええ...いいですか...

  病原因子を・・・病原菌への攻撃の標的とする...メリットとして...“病原因子”は通常

は、“宿主外での・・・細菌の生存に・・・必要とされていない”...という点があげられます」

「...?...どういうことかしら?」マチコが聞いた。

「つまり...

  従来抗生物質は...“病原菌を・・・徹底的に殺すものでした。それに対して、細菌の

コミュニケーションや・・・病原性が生じるステップを・・・阻害する手法というのは...病原

を・・・生かしたまま無害化する、というものになる...ということです」

「すると...どうなのかしら?」

「そうですね...

  まず...ともかく、“新たな武器”を入手できるということです。それから、病原菌“新薬”

対して耐性を獲得するにしても、“これまでよりも・・・時間がかかる”...と考えられます」

「そうかあ...」マチコが、肩を左右に揺らした。

病原菌の・・・競合相手増強>               house5.114.2.jpg (1340 バイト)

                 wpe89.jpg (15483 バイト)       


「より、間接的に...」アンが、モニターを一瞥(いちべつ: チラッと見ること)した。「病原菌の、勢力を

退させる方法としては...

  “病原菌に・・・非友好的な環境をつくる”、という方法もあります。この方面では、“宿主細菌

/常在菌を・・・病原菌の競合相手に変えられないか”...という研究が、多くの研究者によっ

て、活発に進められています」

  マチコが、うなづいた。

「すでに...

  プロバイオティクス(乳酸菌などの無害な細菌)や、プレバイオティクス(有益な細菌の増殖を活性にする糖類)

摂取することによって、“病気を防ぐ”という考え方は、一般的にも広く知られています。多くの人

々は、ヨーグルトなどを食べて、常在菌の割合を増やそうとしていますね。

  でも...今のところは、“友好的な細菌の中で・・・どれが最も有益か”を決められるほどに

は、厳密な検証は行われていません。また、“感染した病原菌を・・・打ち負かすほど・・・強力

な菌”...も見つかってはいないようです」

「うーん...」マチコが、肩をかしげた。

  アンがリモコンを使い、スクリーンボードの画像を切り変えた。


                         house5.114.2.jpg (1340 バイト) 


「ええ...」アンが、眼鏡の隅を押した。「一方では...

  “ヒトの免疫細胞の・・・病原菌の撃退能力を高める方法”...の開発も進んでいます。す

でに、多くの“免疫・刺激物質”が、副作用の少ない添加剤として、ワクチンに少量入れられ、広

く使われています。いわゆる、アジュバント(ワクチン増強剤)として使われているわけですね。

  それから、“自然・免疫応答”強めたり改善したりする、“新規・薬剤”開発されつつありま

す。治験初期段階に入ったものもあるようですわ。こうした方法は、“他の治療法もサポート”

できるわけです。それから、“感染を防ぐ”ことにも使えますし、“感染症を治療することも可能”

ということです」

“免疫・刺激物質”かあ...ワクチン添加されているわけね?」

「そうですね。これは、《ワクチンとアジュバント》で詳しく考察しています」

                                                              <・・・・・詳しくは、こちらへどうぞ>     

「はい」                                          

「ええと...

  このような目的で、“新規・薬剤”開発するにあたり、最も難しい問題となるのは...宿主

傷つけてしまうような、有害な炎症反応と・・・有益な炎症反応とを・・・区別する”ことだと言

います。“有益”炎症反応には...侵略者と戦う、免疫細胞招集する作用があるわけです」

“害”のある炎症反応と、“益”のある炎症反応とを、区別するのは難しいわけなんだあ」

「そうですね...

  でも、この問題解決できる可能性は、高まっています。カナダ/ブリティッシュ・コロンビア大

学/“参考文献の著者たちのグループ”/ハンコック(Robert Hancock)の...『宿主防御ペプチド

に関する研究』に基ずく...“薬”があるそうです」

「うーん...ややこしい言い方ねえ...」

「ふふ...」アンが、口に手を当てた。「いいですか...ここは、この論文の言いたいことの1つで

しょう。しっかり聞いて下さい。最新情報です」

「はい、」マチコが、微笑して口を結んだ。

  千春も、額をこすって首を伸ばした。

「いいですか...

  免疫細胞は...病原菌感染に応答して...小さな“ペプチド(アミノ酸の短い鎖)を作ります。そ

して、その中には、細菌細胞膜を通り抜けて“侵入者を・・・直接殺すものや...シグナル

物質として“免疫細胞の・・・増援を呼び寄せるもの...があります」

「うーん...」マチコが、コクリとうなづいた。

“参考文献の著者たちのグループ”発見し...

  “IDR−1”と名づけたペプチドは...このうちの後者/シグナル物質の方に入ります。“IDR

−1”は、樹状細胞を刺激して、病原菌と戦うマクロファージを呼び寄せための、化学シグナル

放出させます。

  そして、ここが肝心なのですが...この時、激しい炎症反応を誘発する“腫瘍壊死因子/TNF

−α”など...“特定タイプのシグナル因子は・・・発信されないのだそうです。動物実験では、

この“IDR−1”は...“炎症反応を低く抑えたまま・・・有益な免疫細胞を・・・感染部位に招

集した”、ということです」

「つまり...非常にうまく行った...ということかしら?」

「そうですね...」アンが、強くうなづいた。「詳しいデータはありませんが、そのようです」

 

「ええと...」アンが、モニターに目を投げた。「これで、最後になりますね...

  ともかく...“病原菌が・・・私たちの免疫細胞の・・・シグナル伝達を操作できるなら・・・

私たちも同じことができるはず”...ですわ。ここ20年ほどで、病原菌病気を起こす仕組み

に関する知見が、急激に増えてきています...いずれ、可能になるでしょう」

「うーん...“シグナル伝達の操作”かあ...そういう時代に、なって来たということかしら?」

「そうですね...」アンが、目を細めた。「病原菌が...“病原性を発揮する・・・巧妙な仕組み”

は、益々、詳しく分かって来ています。病原菌は、自らの道具に、何度も微調整を重ね、“宿主と

ともに進化”してきたようです。

  つまり...“病原菌が・・・巧みな戦略を隠し持っているのなら・・・私たちも同じようにすれ

ばいい”...わけです。病原菌宿主侵略し...“出し抜く時に使う・・・特殊なやり方”...

研究すれば、免疫系の仕組みや、病気の発症過程に対する理解も、深まるということですわ。

  また、宿主・常在菌・病原菌の間での、シグナル伝達に関する知識も増えて来ています。こうし

た方面からの...“新たな感染防御策や・・・治療方法”も...考案されて来ています」

「こうした方法なら、」マチコが言った。「薬剤耐性は出ないのでしょうか?」

「それは、どうでしょうか...でも、これまで以上に、時間がかかと思います」

「はい...」マチコが、うなづいた。

「ええと...

  最後と言いましたが、もう1つ...“ゲノムから見た・・・病原菌の風景”を...考察しておきま

しょうか。ここは、大事な所ですから、付け加えておきます」

「はい」マチコが言った。

  〔8〕 ゲノムから見た・・・病原菌の風景          


                     wpe89.jpg (15483 バイト)         

マチコです...」マチコが、両手をついて頭を下げた。「2011年ですね...

  1月も末になってしまいましたが、明けましておめでとうございます。石清水千春は、スキーに

出かけて骨折し、まだ復帰できません。このページは、最後のまとめだけですので、アンと2人だ

けで行います。ともかく、新年早々のトラブルですが、今年もよろしくお願いします...」

「そうですね...」アンが、微笑してうなづいた。「ここは、ザッと、簡単に説明しましょう...

  これは、“参考文献”日本語訳した、大阪大学/大学院/医学系研究科/戸邉亨(とべとおる)

准教授による囲み記事を参照します」

「はい、」マチコが、うなづいた。

「この研究室では...

  “O−157”を中心に、“病原性大腸菌”感染や、発病メカニズムを...そしてその進化や、

出現メカニズムについても...研究を進めているようです」

「はい...」

「この方面での、日本の研究グループの仕事は...

  “O−157・堺株(1996年に・・・大阪府/堺市を中心に、大規模な感染事例を引き起こした細菌株)全ゲノム配列

解読を、約10年ほど前完了しています。

  以後、病原性メカニズムについて...ゲノム情報に基づいた、網羅的な研究が進んでいるよ

うですね」

「ええと...これか、」マチコが、スクリーン・ボードに、“O−157”を関連情報の図解を表示した。

ゲノム情報も出ていた。

  アンが、眼鏡を指を押し、スクリーン・ボードの方を見上げた。

「ええ...」アンが、口に手を当てた。「それじゃ、ボードの方を説明しましょうか...

  ヒトの病原菌研究における...最大の難題は...“感染の状況を・・・実験室では・・・厳

に再現できない”...ということです。ヒト病気をおこすの多くは、“ヒトに・・・特異的に感染”

するものだからです。マウスなどの実験動物には、感染もしないし、病気も引き起こさないのです」

  マチコが、うなづいた。

「したがって...

  研究は、“培養細胞”を使うか...マウスなどの実験動物に、“ヒトと同じような症状を引き起

こす・・・類似の病原菌”を使って...感染実験を行うしかないということです。これらは、類似し

ていても・・・実際のヒトの感染とは異なる”...ということですね」

「うーん...そのギャップを埋めるのが、“ゲノム情報”になるわけかしら?」

「そうですね...」アンが、微笑を浮かべた。「いいですか...

  これらの方法でも...疑似的な実験ゲノム解析とを・・・組み合わせる”ことで...“病原

因子”機能や、役割や、重要性を明らかにし、病原菌の感染の・・・全体像を再構成するこ

とは、可能だと言います。ここで一定の成果が上がれば、次に“臨床試験”に進むわけです」

「そうかあ...」マチコが、髪を撫でた。「でも、さあ...難しそうよね...」

「そうですね...」アンが、うなづいた。「簡単ではありません...

  病気を引き起こす仕組や...宿主側からの反撃に対する対抗手段は...非常に複雑です。

私たちが、これらを理解すには、まだまだ多くの研究が必要です。細菌ゲノムデータベースも、

さらに充実して行かなければなりません」

「はい、」

「さあ...」アンが両手を上げ、赤毛を絞った。「今回は、ここまでにしておきましょうか」

「あ、はい!」マチコが、うなづいた。

 

           wpe89.jpg (15483 バイト)          wpeA5.jpg (38029 バイト) 


「ええ、マチコです!

  長い間、ご静聴ありがとうございました。千春も、ドロップ・アウトし、私

たちも少々疲れ気味です。でも、これで、細菌/病原菌というものについ

て、少しは分かって来たと思います。これからは、細菌病原菌に対す

る接し方も、少し違ってくるのではないでしょうか。

  ええ、少し休息をとりますが...次の展開に、ご期待下さい!」

 

 

 

 

 

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