Lucanus dybowski dybowski Parry, 1873

ユーラシア大陸及び台湾産ミヤマクワガタの近縁な種と亜種




ユーラシア大陸の西側に広く分布する ヨーロッパミヤマクワガタ Lucanus cervus の仲間に対し日本産ミヤマクワガタ Lucanus maculifemoratus の近縁種は大陸の東側に広く分布しており、かっこよく言えば東西で双璧をなしている両グループでクワガタの中でもこのミヤマクワガタを耽溺(たんでき)し夜な夜な酒を飲みながら眺め、寝床に入り目をつぶるとミヤマの姿が現れると言う 危ない面々も少なからずおられると思う。 そんな妄想が頭の中を巡る中、奴隷的労働から解放され少し時間もできた。という事で暇に任せて久々にクワガタ話題、ユーラシア大陸東側のミヤマを少しだけ。

世界で初めて世界のクワガタを載せた 水沼,永井(1994) 世界のクワガタムシ大図鑑では大陸や台湾などに産する ミヤマクワガタ Lucanus dybowski など幾つかの種と日本産ミヤマクワガタを比べて外見上の違いは少なく更に小型個体では区別が難しくこれらを日本産の亜種 として扱った。藤田 (2010) 世界のクワガタムシ大図鑑はこれをほぼ踏襲している。 Huang & Chen (2010) Stag Beetles of China I は台湾、ユーラシア大陸東部、東南アジアなどのミヤマクワガタを詳細に比較しゲニタリアの写真なども載せた解説図鑑で 古い文献にあるミヤマクワガタの記載図なども載っている。この解説図鑑では日本の Lucanus maculifemoratus と大陸の Lucanus dybowski を別種として扱い大陸と台湾に分布する近縁種の幾つかは Lucanus dybowski の亜種としている。

ここでは幾つか近縁種の写真を載せてみた。







Lucanus dybowski dybowski  Parry, 1873


アムール川流域(Dauria *)で採集された個体により1873年に著名な昆虫学者 Parry, Frederick John Sidney 氏によって記載され 採集者ポーランド系フランス人Jean Thadée Emmanuel Dybowski 氏に献名された。文献によっては dybowskyi とか dybowskii と綴られているが記載文では dybowski となっている。 採集されたダウリア地方 (州) をGoogleマップで捜すとアムール川源流、モンゴル、中国、とロシアの国境地域で ( ザバイカルと沿アムール西部の17世紀以前のダウール族支配下の地 ) かなり内陸である。 手元にある標本は全て極東ロシアの日本海に面した沿岸地域で得られたものでナホトカあたりから N.Koria 国境近くまでのラベルが付いている。写真上段一番左は71mm。ロシア内の生息地域に関して、 RED BOOk OF THE AMUR REGION (2019 Russia) で調査されておりアムール地域が北限でハバロフスク地方南部、ユダヤ自治州で記録されているが稀で、沿岸地域ではシホテ-アリニ (Сихотэ-Алиня) の 西から良く見られると書かれている。樺太南部(サハリン)と間宮海峡を挟んだロシア沿岸地域あたりから N.Koria 国境まで広く分布しているようだ。 最近の記録ではLamellicorn Beetles (Coleoptera, Scarabaeoidea) of the Islands of the Peter the Great Gulf, Sea of Japan (Primorsky Krai of Russia) by Vitaly G. Bezborodov (2023) にロシア沿岸地域に隣接する島々 Putyatin Island. や PoPov Island. でも7月中頃から8月にかけて少数採集されているとの記述がある。 また、ミヤマクワガタを研究し多くの素晴らしい図と文献を残している Louis PLANET 氏は ESSAI MONOGRAPHIQUE PSEUDOLUCANE II 1901-1902 の中にウラジオストクから近い小さい離島アスコルド島 (Аскольд) から得られた♀の図を載せている。 ロシアは広大な面積を持ち西方にはヨーロッパミヤマ Lucanus cervus が分布し更に樺太南部 (サハリン) には日本産と同じミヤマクワガタ Lucanus maculifemoratus も分布 (林長閑 1987) している。





Lucanus dybowski dybowski Parry, 1873


朝鮮半島からのもので左側と中央の2頭が N.Korea から一番右が S.Korea産。N.Koreaの 虫 (標本です) は1990年代頃に比較的よく日本に入って来ていたが現在どうなのかは知らない。一番左のものはサイズが71.5mm,





Lucanus dybowski dybowski Parry, 1873


S.Korea の鬱陵島(ウルルン島)採集のラベルが付く、だが採集者は不明で来たものに残念ながら完品は無かった。数頭の標本をジーッと眺めた結果、大腮が S.Korea 本土のものと比べて若干湾曲が強く下側に 向かっても湾曲が少し強い。日本産ミヤマクワガタ Lucanus maculifemoratus は多くの離島に生息するが伊豆諸島のものは亜種とされている。離島と言えばクワガタ好きなら 皆んな大好き対馬だが、甲虫研究の大御所 林長閑氏は文一総合出版 日本の昆虫⑧ ミヤマクワガタ (1987)の中でミヤマクワガタ基本型の分布地の一つとして 対馬をあげている。この本が発行されてからずいぶん経つがミヤマクワガタに関して多くの知識を得られる必見の書である。





Lucanus dybowski dybowski Parry, 1873


中国産でサイズは全て65mm前後、一番右のものは Lucanus jilinensis として記載者から送られてきた標本だがパラタイプではない。李景科 (1992) THE COLEOPTERA FAUNA OF NORTHEAST CHINA P-68 にある記載文に図は無くホロタイプは遼寧省銭山産との記述。Krajik(2001) LUCANIDAE of THE WORLD では亜種  Lucanus maculifemoratus jilinesis Li 1992 とされている。水沼,永井(1994) 世界のクワガタムシ大図鑑では Lucanus dybowski と同じものと思われると 書かれ、後に発行された図鑑などでは Lucanus dybowski のシノニムとして扱われる事が多い。





Lucanus dybowski taiwanus Miwa, 1936 


和名タカサゴミヤマクワガタとして馴染みのあるクワガタで台湾産ミヤマクワガタの中でおそらく一番多く日本に入って来ている種で昔大発生した地域があると聞く。 写真の標本上段左が80mm。近縁種の中で一番大型になり超大型の迫力に目が眩む事もしばしばである。 台湾は九州ほどの面積だが昆虫の種類は多くクワガタ好きには興味がつきない素晴らしい島だが 台湾の虫について古くからの虫屋さんに聞いた話として、曰く台湾の虫 (標本です) は昔大量に日本に来ていたので今まで沢山見てきたが近年台湾から来る 甲虫は昔よりサイズが明らかに小さくなってしまったのだ! と言う。この話を聞いたのは数十年も前の話なのでそれよりも更に数十年前と比較した話だと 思うのだがクワガタも昔はもっと平均サイズがデカくてデカかったとか!




Lucanus dybowski lhasaensis Schenk, 2006


ANIMMa.X, No.15,April 2006 で Lucanus lhasaensis として記載され p.14 (5a) に 56.5mm のタイプ標本が載るが 写真右側個体のように大腮が直線的で記載名はチベットのラサに由来したとある。Huang & Chen (2010) ではタイプ標本の産地ラベル Tibet (Xizang), Linzhi, Fa-Mu-Dui, 2500-4000m に関して正確なデータではないと書いている。写真の標本 左が65mm 右59mm 四川省産。





Lucanus boileaui Planet, 1897


LE Naturaliste 1897 P205-206 P226(♀) で Louis PLANET 氏により記載され、同僚の M.H.Boileau 氏に献名された。記載に使用された 2♂ の標本はパリ自然史博物館所蔵のものと、もう一つは M.R.Oberthur 氏のコレクションで、 記述には Lucanus maculifemoratusLucanus dybowski と同じグループで共通点が多く足は美しい黄色とあり、別のページ (P-226) には♀についても説明がある。 手元にあるこの種と同定されている写真の標本は頭部のいわゆるハコ (耳状突起) の張り出しが丸く強いが、記載図の個体の頭部は張り出しが弱い。 パリ自然史博物館の標本の方はラベルが詳しいものでなく採集地のラベルが付く個人コレクションの標本と比較して産地が推定されているようだ。 これと似た状況がLucanus cervus poujadei の記載の際にもあって始めパリ自然史博物館所蔵の詳しい 産地が不明の標本で記載され、更に数年後の論文で正確な産地ラベルが付いた個人コレクション標本と比較し産地が確定されている。その為 Lucanus cervus poujadei に関して長い間混乱した。




 

左は Lucanus boileaui Planet, 1897記載図。  右は Lucanus dybowski dybowski Parry, 1873 の図。 LE Naturaliste 1897より Louis PLANET による図。


日本産ミヤマの近縁種は Lucanus dybowski を筆頭として何時かは生息地をみたいと思っているのだが、まずは近いところからと考えるとロシア、、。 関東からだとウラジオストクまでなら韓国より近くて二時間少しで行けるらしい。以前からロシア沿岸地域へ行ってみたいと思っていたが現在 (2023) の状況ではしばらく叶いそうにない。



2023/10/01 - A.CHIBA - fwhz5092@nifty.com