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「老いはこうしてつくられる―こころとからだの加齢変化 (中公新書)」正高 信男 (著)(中央公論新社 2000年2月)

→目次など

■「こうれいしゃ」と書くよりも「高齢者」と書く方がさっと理解でき、「ずきずき」や「がんがん」と表現することが難しいという不思議■

またぐことができるはずのバーがまたげないというのはどういうことでしょうか。人は非常に正確にこのような判断(アフォーダンスの知覚)を無意識に行います。ただし、高齢になれば肉体が衰えるために再調整が必要です。このとき、情緒的幸福感の高い高齢者はうまく再調整出来るのに対し、低い高齢者はまったく再調整が行われないようです。

「駐車をきんしする」「駐車をえんしする」「駐車を禁止する」「駐車を近視する」。意味を持つ文と持たない文をかなと漢字で並べました。意味を持つかどうかを判断しやすいのはどれでしょうか。漢字ではないでしょうか。高齢者になるとこの違いがさらにはっきりします。(高齢者向けにとかなで書くことはかえって迷惑になります)。

高齢者に対して育児語で話しかける人があります。高齢者は否応ない状況を除いて、育児語による話しかけを許容してなどいません。

「今9万円もらえるのと、一年後に10万円もらえるのとどちらを選びますか」「今8万円もらえるとの、一年後に10万円もらえるのとどちらを選びますか」といった質問をしてみます。20代、30代の若者はいますぐを選びがちです。年齢があがるほど、金額が多いほうを選ぶようになります。ところが70代になると、金額が極端に少なくてもすぐに欲しいひとと、差が極端に小さくても後でもらうことを選ぶ人、中間の人の3通りに分かれます。中間のグループが一番情緒的幸福感が高いのです。

高齢者は感情の動きが鈍いように感じられます。ところが実際には若い世代と変わることのない感情の動きがあり、表情に出にくいだけであるという実験結果が出ています。表情を隠して動作だけを見せるようにすると、高齢者の感情の強度を正確に読み取りやすくなりもします。

この本の著者は、当時、京都大学霊長類研究所の助教授です。霊長類の研究は、それを通じてヒトについて理解しようとしています。そのため、本書にサルは登場しませんが、上のように、実験の手法には、言葉を使えないチンパンジーなどを対象として、どうすれば目的の情報を取得できるのか工夫を重ねることに似た工夫が感じられます。

これらの実験の結果を見ると、肉体が年をとったからといって知能や感情は年をとるわけではないことを痛感します。また情緒的幸福感の重要性や、年寄り扱いされることで心も老いていくこともわかります。かつてのように、肉体が衰える前に亡くなる人が多く、障害を抱えて生きる人も少なかった社会と違って、肉体の衰えや障害を抱えながら、知能や感情は健康で若い頃と同じままで生きる人が多い社会。だからこそこの社会は難しいともいえそうです。

高齢者は漢字のほうが理解しやすい、育児語の使用は基本的に反感を持たれる、情緒的幸福感の重要性など、私にとって思いがけず収穫の多い本でした。

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内容の紹介


(「痛みをどう表現するか」より)
  ことばによる表現というと、身体機能とはまったくかけ離れた、脳で行われる認知機能だけが活躍する知的営為であるかのような印象を私たちは往々にして持ちますが、そういうイメージでは、言語をたいへん矮小化してしまうとらえ方と言わざるをえないでしょう。 ヒトは見たもの、さわったもの、味わったもの、嗅いだものを、考えたことと同時に、ことばにして相手に伝えようとします。 ですから、社会によって共有された記号体系としての重要な役割を果たしているとはいえ、やはりきわめて私的な、からだを通した体験とぶつかりあう場があることを無視できないのです。 - 53ページ

発音したときの違いを感じにくくなることが、オノマトペによって痛みを表現しにくくなることの原因であると考えられています。言葉にとって体感が重要であるという点でも注目すべき内容であると思います。


(「高齢者は自分たちの表情も誤解している」より)
  高齢者の感情表出は、実際に当人が感じているより、周囲には起伏を欠いていると受けとめられると書いてきましたが、ここでいう「周囲」には、本人以外の高齢者が含まれているようなんです。 つまり表出するときには、高齢者は独特の仕方(あまり感じたことを外に表さないように)で笑うものの、ほかの高齢者の笑いを理解するときは、自分たちよりも若年の年代のものと同じように「誤解」してしまっている。
  さらに、こうした傾向は、この章の冒頭で紹介した、「年をとると、性格が顔に出る」傾向が顕著な高齢者で、よりはっきり出るらしいということもわかってきました。 たとえば、きつい表情がふだんの顔立ちとして、きざみこまれてしまっているような人のことです。 - 83ページ

高齢者に限らず、感情の起伏を表情に表しにくい人がいるようです。ここでは、顔の左右が非対称である人のほうが表情がわかりにくいという傾向が認められています。感情の起伏に違いはありません。いろいろと考えさせられる実験です。


(「「検出」と「認知」過程の相互独立」から、刺戟の検出→特徴分析→認知という順序づけの誤りについて)
  ところが、われわれの現実のこころは、実はこういう図式どおりには作用していないらしいということが最近、わかってきました。 なるほど情報が三つの段階を経て、取り扱われていくことは、まちがっていないらしい。 じゃあ従来の考えの、どこがおかしかったかというと、三つの段階に順序づけ(階層づけ)を行った点にあることが、明らかになってきました。
  といっても、いちばん最後に意味の認知が行われる点には、疑問をさしはさむ余地がありません。 ただ従来の図式では、まず最初に刺激の検出がなされ、検出されたものについて、特徴抽出が次に実行されると、当然のように順序を設定していたのですが、どうもそうではないようなのです。
  詳しい内容を書くことは、こころの老いという本題からはずれるので省いて、結論だけ紹介すると、刺戟の検出と特徴抽出は、生体内で、互いに独立に行われているらしいということが、判明してきたのです。 ですから、受け手が注意を向けている刺激対象のみが、当人によって処理される情報のすべてとは限りません。 むろん、存在が検出されていないのに特徴抽出されるならば、その情報の処理は、本人の自覚を伴わず実行されることになります。 - 169-170ページ

映画館でコーラの売り上げが上がったことで有名なサブリミナル効果ですが、特徴抽出という処理が行われていることを知ると、改めて、その不思議さ、怖さを考えさせられます。


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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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