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「たかが菜っぱの話しから――現代食べもの文化考」白根節子 (著)(ダイヤモンド社 1979年11月)

→目次など

■1961年の練馬「村」の様子から始まり、昭和54年時点でとらえた食の安全を脅かす社会の変化を伝え、"所沢生活村"設立に至った安全な食べものを得る取り組みを描く。■

一般向けの古書即売会に通うようになり、これまで何冊か「昔の本は素晴らしい」と感じる本と出会ってきあましたが、この本もその一冊でした。

本書は、変わりゆく社会の中で食の安全が脅かされていることを感じとり、この社会の流れを変えたいと、生産者と提携して安全な食べものを消費者に届け、生産者を支援する所沢生活村の設立に至った、白根節子さんによる著書です。

「画一化」「病める生きもの」「生活革命」の三部構成になっています。

冒頭に、著者が住み始めた1961年の練馬の様子が描かれています。まだ農家が点在しており、「つみごえ」(台どころの生ゴミに草やわらを加え、し尿をかけたもの)が行われていたということです。私は当時の東京近辺の様子を知りませんのでこのような記述を読むと、特に都市近郊で急激に暮らしや地域社会が変化したのだということに驚きます。東京オリンピックの直前なのですね。

その後に記されている農家が農業をやめて農地を切り売りして自動車を購入したり、ガソリンスタンドの経営に乗り出したりし、地域社会が変容していく経緯は、日本中どこでも起き、今も起きている変化を簡潔にまとめた記述になっています。

さて、本書で一番驚かされるのは、食の安全をめぐるさまざまな問題にいち早く着目してある点です。「近代栄養学は人間の飼料を作る」という言葉は、今の食の状況を表した言葉としてあまりにも適切であると感じます。石油タンパクの研究の話は初耳でした。出産後に乳房の形を崩したくないと注射で母乳の出るのを止めておくことを勧める看護婦、退院時に渡される明治乳業のミルク、哺乳瓶を洗うためにと開発された合成洗剤など、私たちの暮らしを不自然な状態に変えていく経済活動や価値観の怖さが具体的に記述されてもいます。私が数年前に初めて知ったいわゆる「中華料理店症候群」についても記されています。学校給食をめぐっては余剰食品の押し付け、マナー教育と称したお手拭きの押し付けが指摘されており、情報を集めながら主体的に判断する生活者としての著者の態度が見てとれます。

「病める生きもの」を読むと、農家の実情が見えてきます。睡眠時間を削って労働しないと追いつかない作業量。三年毎に入れ替えなければならない土。大量の廃棄ビニール。F1種の問題。農薬や肥料の使用を前提とした品種改良。同じく薬漬けでしか育たないように改良された動物たち。工場に詰め込まれて育つ鶏や豚。取引先が財閥系(本書では三井系)によって垂直統合されているために、がんじがらめにされ、利益を出せない農家の実情。牛の配合飼料として財閥系企業が導入したナフサの副産物ダイブ。また、塩の問題にも触れてあり、「あらしお」「天塩」などとして売られている商品が輸入塩と輸入ニガリだけから作られていることが記されています。

このように、自分で現地に足を運んだり、自分自身や家族の経験を元にして食の安全が大きく脅かされていることを知った著者が設立した「所沢生活村」の様子が「生活改革」に記されています。この部分にも「収穫のリズムに合わせた食生活を」という言葉が標語化して、消費の都合ではなく自然な作物の生育の都合に合わせて消費していく姿や、農薬を使うなと言われてもそれではまともにできない野菜もあるという実情、土のついていないきれいな野菜を望んで脱退していく仲間の様子が記され、真摯な取り組みに基づく実感のこもった記述になっています。

35年前の本から私たちが知るのは、こうした努力がどのような成果を生んだのかということです。社会の趨勢は、本書で指摘されている問題点がさらに深刻化した方向へ進んでいるのではないでしょうか。

本書の著者である白根さんは、2003年時点では有機農業推進協会事務局長でした。1999年に改定されたJAS法が改正で導入された有機農産物の検査認証制度に基づく認定を行っている協会です。この制度には、本当によいものを作っている農家は認定を受けていないという問題が指摘されています。

このように一冊の本を起点として社会と個人の動きを見るとき、規模を拡大していき、すべてを管理しつくそうとする文明と、その文明に加担しながら、管理の対象としてただただ窮屈になり、選択肢をなくしていく個人の生活が見えてくるように私は思います。

内容の紹介


(「遺伝毒性」の勉強会で講師になった国立ガンセンター研究所の河内卓ドクターがが喫茶店でコカ・コーラを注文した後の言葉)
「いや、この中のカラメルソースは安全です。同じカラメルソースでも、みなさんが使っているショウユやソースに入っている物、あれははっきりした遺伝毒性を持っています。 でもこれは内緒ですよ。後で業界の圧力が大変ですから」 - 63ページ


先日の農林水産省野菜試験場育種部長の話の中にも「日本の農業がおかしいのは、食管のせいです。なにしろ米は、品種改良から種保存、そして米の保管まで政府でするのですからね」という言葉があった。 - 98ページ


一方、家畜の糞尿も、やはり廃棄物となり、公害のもととなっている。たとえそれを肥料として土に入れようと、健康な土とはならず「廃棄物を処理したこと」にしかならないのではないか。現在の畜産動物は不健康であり、その糞尿には、異物や問題のある微生物が含まれていると説く人もいる。 健康な土には、健康な家畜の厩肥を発酵させて作った良質の有機質肥料を戻さなくてはならない。しかしその循環は断たれている。 - 132ページ


「ところで、いわゆる闘う女たちの中では、食べものとか食べ方とかを重視しない人がいることにちょっと驚きました。 先日も女性解放の運動をしている友人に会ったら『あなたたちよくやっているわね。私はそんな暇ないわ』って、やや軽蔑をこめたいい方」
そういえば、私もいわれた経験がある。 「女性を解放するにはまず、炊事の合理化。 インスタント食品をうまく食生活に取り入れることが、どれほどこの合理化に役立っているか」と。 そういう彼女自身は、工業食品に侵蝕され、資本の論理から解き放たれていないことになるのだが。 - 187ページ

本書に限らず、狩猟採集社会を基準としてあらゆる書物を読むようになった私からすると、本書に書かれているあらゆる問題は、人が定住して農耕を始めたことに原因を持っており、人為による食の管理をやめないかぎり解決されないことのように思えます。



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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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