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「白隠禅画をよむ―面白うてやがて身にしむその深さ」芳澤勝弘(著)(ウェッジ 2012年12月)

→目次など

■300年前の世に生まれ劇中劇、メビウスの環、疑似的三次元の人物などの手法を用いた楽しい禅画を描き、すべての人々に禅を説いた僧■

2007年に「日本美術が笑う―縄文から二十世紀初頭まで」という展覧会が開催されたそうです。 このとき、若冲、円空らとともに展示されたのが、白隠の禅画でした。

私は、この本で初めてその存在を知ったのですが、まず、描かれた人々のユニークで、人間の本質を表現している様子に驚きました。 さらに、さまざまな手法を用いてあることと、まるで漫画のキャラクターのように同じ人物が何度も登場していることに、当時からこのような現代的な表現があったのかと驚かされました。

白隠関係の他の本を見ると、本書で紹介されているような多くの面白い禅画を残したことよりは、臨済宗中興の祖として、また厳しい修行によって悟りを得た人物としての位置付けが大きいようですが、むしろ少し滑稽を加えることで現実に近づくことができるとでもいうような日本人の伝統的な精神構造を持ち続けた人物なのではないかと、(少しも知りはしないで生意気ですが)私は感じてしまいました。

少し長くなりますが、「白隠禅画の特徴と意味」の項の途中までを引用します。

白隠禅画の特徴と意味
  白隠禅画の特徴は、これまで「戯画」と呼ばれてきた具象画にこそ、端的に表れているのではないかと私は考えるのです。 本書で取り上げる白隠禅画は、主としてそのようなものです。
  それらの禅画は、画も賛も複雑な背景(コンテキスト)を下敷きにしたもので、先行する何かをふまえるところがあり、それが重層をなしています。 その文脈は、経典や禅録、古典漢文の故事、そして、和歌、説話、謡曲、狂言、浄瑠璃、流行り歌、俗謡、さらには民俗など、じつに多岐多様です。 賛に書かれている言葉の意味がふまえているところを検証していけば、そこに深い意味があることがわかってくる、そのような画賛です。
  さらには引喩、暗示、パロディ、地口(語呂あわせ)、そして「軸中軸」「劇中劇」などという、現代的テクニックを先取りしたような仕掛けで、見る者を軸中に巻き込んだりもします。 このような技法は、現代ふう、というか西洋ふうに説明するならば「間テクスト性(インターテクスチュアリティ)」と呼ばれるようなものです。
  しかし考えて見れば、かつては私たち日本人の伝統文化の根幹になっていて、いまや現在人の教養からすっかり遠くなってしまった漢詩(特に禅詩)というものの仕組みが、 そもそも「間テキスト性」そのものといえるでしょう。 たとえば、五言絶句ならばわずか二十字、七言絶句ならば二十八字という極度に制限された字数を用いて、限りなく豊かな情報を盛り込まねばならない。 それが漢詩というものです。 そのためには、わずかに二字だけを用いて先行する作品を盛り込んだりし、ひとつの詩に複数の典故を引用していることもしばしば見られます。 テクストの五言はラテン語のtextus(織られたもの)だそうです。 ところが一方で、東洋では漢詩のことを繍段(ぬいとりされた織物)といい、詩文を作ることを、布を切りそろえるという意味の漢字「裁」で言い表すこともあります。 情報の集まり(テクスト)を織物に比するところは、洋の東西を問わず共通していることは興味深いところです。 白隠の方法も、そのような東洋文化の伝統的特色を受けて独自に発展されてものだろうと思います。
  そして、一方で白隠はときにはまるで「漫画」と思えるような絵も描いています。 特に、登場人物の台詞を入れたものなどは、ほとんど現代の漫画に通じるものがあり、三百年前にこのような表現があったことは、きわめて注目すべきことです。 しかし、それは単なる漫画かというとそうでもなく、そこにまた深い意味が隠されているのです。 本書でもそのような作品を取り上げます。 - 18-19ページ

このように説明されているとおり、本書で取り上げられた禅画には、賛の言葉や絵の内容に隠された意味を探る解説が付されています。 逆に解説が付されていなかったなら、賛も読めず、隠された文脈も知るはずのない私にとっては、ちんぷんかんぷんで終わってしまいます。

しかし、楽しい絵や不思議な絵を見ているうちに、込められた深い意味など読み取れなくても良いのではないかという気持ちになってきます。 賛が読めないことは困りものですが、賛の言葉さえ説明してもらえれば、あとは勝手に楽しんでも許してもらえそうな気がするのです。

とはいえ、そのように興味を引いて、いつしか禅の世界に引き込むことこそが白隠禅師の狙いであるのかもしれません。 実際、解説を読んでいき、先程までわからなかった細部に隠されたメッセージを知ると、次にはそれを他の人に解説したくなってきます。 同時に、多くの隠されたメッセージを通じて、自然の中で生きることこそ本来的であるとする東洋の知恵に触れていくことにもなります。

本書は、多くの工夫が施され、親しみやすい形でメッセージを伝えている、白隠禅師の多くの戯画に触れることができる貴重な本です。

カラー印刷された口絵ページの内容を以下に示します。

番号 名称 備考
口絵1 半身達磨図
口絵2 隻履達磨図
口絵3 乞食大澄図
口絵4 自畫像
口絵5 雷神図 禅図中の書状も読めるように書かれている
口絵6 鳥刺し図 疑似的三次元
口絵7 毛槍画賛図 王様は裸
口絵8 お福お灸図 もじり
口絵9 大文字屋かぼちゃ図 囃し唄を題材
口絵10 びゃっこらさ図 白狐を擬人化
口絵11 すたすた坊主図 東海道に多くいた乞食坊主
口絵12 提灯釣鐘図 古い諺を題材
口絵13 布袋提灯釣鐘図 古い諺を題材
口絵14・15 布袋吹於福図 福(人々の福寿)を願う布袋(白隠)
口絵16 お福団子図 狂言・俗謡を引く
口絵17 お多福粉引歌図 重要キャラクターの一人、お多福
口絵18 布袋吹於福図
口絵19 鍾馗鬼味噌図 言葉遊び
口絵20 富士大名行列図 「達磨の真骨頂」
口絵21 三保松原富士図
口絵22 富士大名行列図 口絵20と同じ題材
口絵23 鍾馗と福神図 軸中軸
口絵24 大黒天曼茶羅図 軸中軸
口絵25 傀儡師図 劇中劇・サイズの不統一
口絵26 布袋携童図 ふたつの別の出典を持つ賛
口絵27 小車の翁図 ふたつの別の出典を持つ賛
口絵28 猿曳翁図 軸外の観賞者たち
口絵29 朝鮮曲馬図
口絵30 曲馬図
口絵31 十界図 観音図の発展
口絵32 観音図 閻魔に見立てた観音
口絵33 芋洗図 184

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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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