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2016.1.13mf
まかせるとの遺言の効力
弁護士河原崎弘
相続の相談
叔父が亡くなりました。叔父の配偶者(叔母)は4年前に亡くなり、子供はいません。亡くなるまで、主に、姪の私が面倒を看ていました。
死後、遺品を整理していたら、遺言書が見つかりました。内容は、概略、次の通りでした。- 自分が、昔、勤務した団体への寄付(金額は書いてない)。
- 姪の私(相談者)にもお礼(金額は書いてない)をしなければならない。
- 遺産(自宅を含め約5千万円)については、姪の私にまかせる
遺言が、曖昧なので困りました。この場合、私は、どうしたら、よいでしょうか。
回答
相談を受けた弁護士が調べると、
遺言は自筆証書遺言で、法定相続人は8人いました。弁護士は、悩みました。なぜなら、この遺言では、登記所も登記を受け付けてくれないし、銀行も預金の払い戻しを認めません。
まかせる(任せる)との文言の遺言では、ほとんど、効力がないのです。任せるとは、与えるとの意味はないとの趣旨の判例もあります。さらに、寄付をする金額も書いていないし、世話をした相談者に支払う金額も書いてないのです。
しかし、相談者は、できるだけ、叔父の意思を通したい(遺言通りにしたい)と弁護士に伝えました。
遺産分割協議
登記所や、金融機関で効力がない、曖昧な遺言でも、裁判所は、遺言として扱い、検認手続き、遺言執行者選任手続きは可能です。なお、判のない(無効な)遺言でも、裁判所は、検認してくれます。
そこで、弁護士は、相談者が申立人となり、検認申立をし、さらに、自分(弁護士)が遺言執行者の候補者となり、遺言執行者選任の申立をしてもらうことになりました。
幸いなことに8人の法定相続人は、皆、穏やかで、相続人の間には争いがなく、相談を受けた弁護士が遺言執行者になれました。もし、相続人の間で争いがあれば、裁判所が持っている名簿に基づき第三者である弁護士が遺言執行者に選任されます。
弁護士は、遺産目録を作り、相続人全員に対し、叔父の意思を伝えました。そして、遺産分割の基本的な案を作りました。
内容は、株式、不動産など全ての遺産を売却して、遺産を、次のとおり分けるというものでした。
- 故人が、かって勤務していた団体に2千万円を寄付する。
- 世話をした姪(相談者)に1千万円を与える。
- 残り2千万円を8人の相続人に法定相続分に従って、分ける。
相続人全員が、この内容の遺産分割協議書に同意し、判を押しました。
これができれば、後は、
遺産の分配と寄付の実行です。それでも、戸籍謄本を集めること、各相続人から判をもらうことなどに時間がかかり、1年ほどの期間が経過しました。
感想
これまでの裁判所には、「任せる」との文言を遺贈とは認めない傾向がありました。それなら、この遺言は何であったかが問題となります。やはり、「姪の判断で自由に処分してくれ(あるいは、姪に対する包括遺贈)」の意味ではないかとの疑問があります。
「任せる」との言葉に、(辞典では)与えるとの意味はないことを理由に、遺言の解釈をし、効力を否定することは、一般人の意思を推測する方法として、おかしいです。一般人は辞典を見ながら遺言を書くわけではありません。
登記所は、「全て任せる」との遺言で登記を認めます。金融機関は、今のところ、「全て任せる」との遺言での払い戻しを認めません。
判例
- 東京地方裁判所平成27年10月28日
判決
(3) これに対し第3遺言は,第1遺言と異なり,遺言書である旨の表題が付されていない上,末尾の署名部分が「Aより」と手紙のような記載になっており,
それが遺言の趣旨で作成されたものであるか否かは一見して明確ではない。また,「X1に此の家全部まかせます」「中山の家は全部X1にまかせます」との記載があ
るものの,「私Aの事もX1の意見に従ってまかせます」という,Aが存命中の自らの看護や生活の方針を原告に一任したともみられる記載もあり,本件土地建物を原
告に取得させることを意図していたか否かも一見して明確ではない。
<中略>
第3遺言は,@前記2(3)のとおり,「遺言書」との表題がなく,A末尾の署名部分が「Aより」と記載されていることや,内容的にも,介護のあり方をめぐって時
折考え方を異にしていた原告と被告に対するAの意向と理解することも可能である記載や,被告に対し「私のからだがいろいろあってとても大変ですのでどうかくれぐ
れも仲良くして一人残らず皆元気でやって下さい。是非是非けんかもなく仲良くして下さいませ」と,Aが生存中のことを意識したような記載もあり,全体として原告
と被告に向けたAの心情を記載した手紙のような体裁とも受け取れるものであること,B第1遺言と異なり,実印が押捺されていないことについての説明もないことか
らすると,第3遺言をAが遺言の趣旨で作成したとは解し難い。
(5) 以上によれば,第3遺言の記載は,作成当時におけるAの心情を記載したものと認めるのが相当であり,本件土地建物を原告に相続させることを意味する
ものと認めることはできない。
- 大阪高等裁判所平成25年9月5日判決(判例時報2204−39)
このような本件遺言作成当時の事情及び亡太郎の置かれていた状況にかんがみると、「私が亡くなったら財産については私の世話をしてくれた長女の甲野松子に全てまかせますよろしくお願いします
」という本件遺言は、参加人が主張にするような遺産分割手続を委せるという
意味であるとは考え難く(本件遺言が遺産分割手続をすることを控訴人に委せる趣旨であるとすると、そもそもそのような遺言は無意味である。)、亡太郎の遺産全部を控訴人に包括遺贈するする趣旨のものであると理解するのが相当である。
- 大阪地方裁判所堺支部平成25年3月22日判決
これらの点と、本件遺言において、「財産については…甲野松子にすべて任せます」との表現が用いられていること、亡太郎夫婦がZに入所した後は、預貯金の払戻
し等は原告が自らないし亡太郎の補助者として行い、亡太郎も原告が最も預貯金等の状況を把握していることは承知していたことを総合すると、本件遺言は、亡太郎の
預貯金の払戻し等の手続を行い、財産の所在を最も良く把握している原告に対し、遺産分割の手続を中心となって行うよう委ねる趣旨であると解するのが相当である。
- 東京高裁平成9年8月6日決定(家庭裁判月報50巻1号161頁、判例タイムズ臨時増刊1005号170頁)
一審の横浜家裁は、審判において、「遺産相続については、一切妻にまかせる」旨の遺言は委託の内容が包括的白紙的で具体性に欠ける等の点において無効であるとして遺言執行者選任申立てを却下した。
この審判
に対する抗告審において、東京高裁は、本件遺言の趣旨は、遺産一切を妻の自由処分にまかせ同人に包括的に遺贈する趣旨と解することもできないではないから、本件遺言は一見明白に無効とはいい難く、別途訴訟手続でその効力を確定すべきものであり、その無効を前提に遺言執行者選任申立てを却下するのは相当でないとして、原審判を取り消して差し戻した
- 東京高等裁判所昭和61年6月18日判決(判例タイムズ621号141頁)
一郎は、昭和35年ころ茶道を通じて訴外人と知り合い、それ以来交際を続けていたが、
昭和54年9月30日妻春子が死亡してからは訴外人を思う気持ちが募り昭和55年ころには結婚を申し込む
などその交際は深まつていつたところ、昭和56年9月10日浦和市立病院に入院するに当たり、その前日で
ある9日、丙野家の財産は全部訴外人にまかせる旨を記載した本件遺言書(甲第2号証)を作成し、これを訴
外人に交付したことが認められる。
前記遺言が本件土地を訴外人に遺贈する趣旨を含むものであるか否かにつき検討するに、〈証拠〉によると、本件遺言書には丙野家の財産は全部訴外人に
「まかせます」との記載があるけれども、「まかせる」という言葉は、本来「事の処置などを他のものにゆだねて、自由にさせる。相手の思うままにさせる。」ことを意
味するにすぎず、与える(自分の所有物を他人に渡して、その人の物とする。)という意味を全く含んでいないところ、本件全証拠によつても一郎の真意が訴外人に本件
土地を含むその所有の全財産を遺贈するにあつたと認めるには足りない。
<<中略>>
右認定の事実関係によると、一郎が本件遺言によつて本件土地を含む全財産を訴外人に遺贈する意思を表示
したものと認めることは困難である。
2012.5.9
港区虎ノ門3丁目18-12-301(神谷町駅1分)河原崎法律事務所 弁護士河原崎弘
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