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Last updated 2015.5.15mf
弁護士河原崎弘
競合他社に就職することを制限したい
質問
当社は、金属加工機械の制御装置を製作しています。
最近、退職した従業員が、競争関係にある他社に移籍しました。
当社としては、従業員が退職後に競業関係にある会社への就職を阻止したいのですが。従業員から、その旨の誓約書(契約書)をとると、有効ですか。
相談者は、顧問の法律事務所を訪れ、弁護士の話を聴きました。
回答:競合他社に就職することの制限は合理的である必要がある
一般論として、従業員に競争会社に転職してはいけないとの競業避止義務はありません。
では、従業員が、協業関係にある会社に就職しないとの誓約書を書くと、それは有効か。
これは、難しい問題です。
一般に雇用関係において、その就職に際して、或いは在職中において、
退職後における競業避止義務をも含むような特約が結ばれることはしばしば行われます。被用者(従業員)に対し、
退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は、経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存をおびやかす虞れがあると同時に、被用者(従業員)の職業選択の自由を制限し、又競
争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴います。
そこで、その特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは、
一応、営業の自由に対する干渉とみなされます。特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効です。
被用者は、雇用中、様々の経験により、多くの知識・技能を修得することがありますが、これらが当時の同一業種の営業において普遍的なものである場合、即ち、被用者が他の使用者のもとにあっても同様に修得できるであろう一般的知識・技能を獲得したに止まる場合には、
それらは被用者の一種の主観的財産を構成するのであって、そのような知識・技能は被用者は雇用終了後大いにこれを活用して差しつかえありません。
これを禁ずることは、単純な競争の制限に他ならず、被用者の職業選択の自由を不当に制限するもので、公序良俗に反します。
しかし、当該使用者のみが有する特殊な知識は、使用者にとり一種の客観的財産であり、他人に譲渡し得る価値を有する点において、
上に述べた一般的知識・技能と全く性質を異にするものです。これらはいわゆる営業上の秘密として営業の自由とならんで共に保護されるべき法益です。
そのため、一定の範囲において被用者の競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性があります。
このような営業上の秘密としては、顧客等の人的関係、製品製造上の材料、製法等に関する技術的秘密等が考えられます。
企業の性質により重点の置かれ方が異なりますが、現代社会のように高度に工業化した社会においては、技術的秘密の財産的価値は極めて大きいものです。
従って、保護の必要性も大きいと考えられます。即ち、技術的進歩、改革は、一つには、特許権・実用新案権等の無体財産権として保護されます。
これらの権利の周辺には特許権等の権利の内容にまではとり入れられない様々の技術的秘密−ノウハウなど−が存在し、
現実には両者相俟って活用されているというのが実状です。
従って、このような技術的秘密の開発・改良にも企業は大きな努力を払っているものであって、
このような技術的秘密は当該企業の重要な財産を構成するのです。従って、このような技術的秘密を保護するために、
当該使用者の営業の秘密を知り得る立場にある者、たとえば技術の中枢部にタッチする職員に秘密保持義務を負わせ、
又右秘密保持義務を実質的に担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効です。
そこで、会社としては、競業避止義務を内容とする契約書を締結する場合は、合理的な内容にし、
従業員の権利を不当に制限しないように配慮する必要があります。
就業制限には限度があるのです。特に、就職禁止期間をあまり長くすると契約は無効と判断されるでしょう。
- 同業他社への就職を制限する期間を1年以内とする。2年は微妙、3年を超えると、契約は無効でしょう。
- できたら、地域も限定する。
- 従業員に対し、競業避止義務の内容を十分説明する必要があります。説明が不十分なので、契約は無効とした判決もあります。
- 代償金を支給する。
- 競業避止義務に違反した場合には、従業員は、退職金を返還するとの規定を設ける。
実例ですが、「競業避止義務に違反した場合は、退職金を半額にする」との規定は、地裁では労働基準法16条に違反し無効と判断されました。高裁では逆転し有効と判断されました。下記最高裁の判決では有効と判断されました。これは、微妙な問題を含んでいます。
従業員が競業避止義務に違反した場合、会社は従業員に対し損害賠償請求や、差止め請求ができます。しかし、損害賠償額の証明は難しいです。
判例
-
昭和45年10月23日奈良地方裁判所判決
秘密保持義務と2年間は競業関係にある会社への就職を禁止した、
会社と従業員間の契約を有効とした(判例時報624号78頁
)。
- 昭和52年8月9日最高裁判決
同業他社への転職者に対する退職金の支給額を一般の退職の場合の半額と定めた退職金規定は有効である。
原審確定の事実関係のもとにおいては、会社が営業担当社員に対し退職後の同業他社への就職をある程度の期間制限し、右制限に反して同業他社に就職した退職社員に支給する退職金の額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることは、労働基準法3条、16条、24条及び民法90条に違反しない(労働判例371-14)。
- 大阪地方裁判所平成12年6月19日判決
使用者が、従業員に対し、雇用契約上特約により退職後も競業避止義務を課すことについては、それが当該従業員の職業選択の自由に重大な制約を課すものである以上、
無制限に認められるべきではなく、競業避止の内容が必要最小限の範囲であり、また当該競業避止義務を従業員に負担させるに足りうる事情が存するなど合理的なもので
なければならない。
前記認定によれば、被告高田らの原告での業務は、単純作業であり、原告独自のノウハウがあるものではなかった。また本件規定は、同じ現場に原告と競業する他社が
存在し、人材の欠員、増員に関し、どちらか先に取引先(訴外会社)に気に入られる人物を提供した方がその利益を得るという状況下で、単に原告の取引先を確保すると
いう営業利益のために従業員の移動そのものを禁止したものである。そして原告における被告茅野の年収は約366万円(税込み)、被告高田の年収は約323万円(税
込み)と決して高額なものではなく、また退職金もなく(〈人証略〉)、さらに本件規定に関連し原告は従業員に対し何らの代償措置も講じていなかった(当事者間に争
いがない事実)。
以上を総合考慮するならば、本件規定が期間を6か月と限定し、またその範囲を元の職場における競業他社への就職の禁止という限定するものであった
としても、被告高田らの職業選択の自由を不当に制約するものであり、公序良俗に反し無効であると言わざるを得ない。
- 大阪地方裁判所平成17年10月27日決定
- 特許事務所経営の債権者が,本件事務所を退職した債務者らに対し,退職後2年間の競合特許事務所等での就業禁止を求めた件につき,本件就業禁止条項にいう,本件事務所の顧客にとって競合関係を構成する特許事務所等とは,債権者の依頼者が債権者に依頼している同一分野において,その当業者から依頼を受けている結果,債権者の依頼者が依頼したとすればコンフリクトを生じ,弁理士法31条によりその依頼を受けることができない特許事務所等をいうと限定的に解釈するのが相当である
- 本件事務所の従業員が同事務所の顧客と当業者の関係にある企業等の知的財産部等に就職することが類型的に最も秘密漏洩の危険が高い行為であるから,本件就職禁止条項においても,まず第一にその関係にある企業等の知的財産部における就労等を禁止してしかるべきであるが,本件誓約書においては,当該部門における就労を何ら禁止しておらず,その場合の秘密漏洩防止のためには守秘義務条項を設けているにとどまるのであるから,本件就業禁止条項が,債権者が主張する目的達成のために最も合理的で必要最小限の規制であるかについては疑問が残る
- 本件就職禁止条項は,一方当事者である債務者らのみに対し,競合する特許事務所への就職を禁止する義務を負わせるのみらなず,同義務を履行するために,まず当該条項の意味内容を正確に把握したうえで,本件事務所の全顧客の依頼案件を把握するとともに,同一分野について,再就職しようとしている特許事務所等が当業者から依頼を受けているか否かを調査するといった義務を事実上負担させるものであって,同人らの職業選択の自由を大きく制約するから,債権者は,信義則上,債務者らに対し,本件就職禁止条項の意味内容を明確に説明するとともに,債務者らが同条項を容易に履行できるように必要な情報を提供する義務がある
- 債務者らは補助業務に従事していたにすぎず,本件事務所を退職後,早急に再就職が求められている状況において,本件就業禁止条項により,事実上,従前の経歴が活かせる特許事務所等への再就職を断念させることにもなりかねないほど,大きな制約を与えるというべきで,にもかかわらず上記制約に対する代償措置が何ら採られていないなどの点を総合考慮すれば,本件就職禁止条項は,債務者らの職業選択の自由を不当に制約するものであって,公序良俗に反し無効であるとして,就業禁止仮処分命令申立が却下された
- 東京地方裁判所平成21年5月19日判決
(4)ア また,反訴被告は,反訴被告の主張(2)において,本件各競業禁止特約のうち,本件株式譲渡契約引抜禁止特約が公序良俗に反すると主張するが,上記(3)ア(ア)の説示のとおり,契約当事者が自らの権利又は利益を制限する内容の合意をしようと
も原則として自由であるので,この合意も当然に有効であるといわなければならない。
イ(ア)しかも,本件株式譲渡契約引抜禁止特約は,反訴原告ベルシステムの従業員の引き抜き等を禁止するものであるから,本件
株式譲渡契約競業禁止特約とは異なり,直接に反訴被告の職業選択を制限するものではないものである。
また,本件株式譲渡契約引抜禁止特約に基づく制約は,反訴被告の取締役退任後2年間に限られている。さらに,反訴被告が反訴原
告ベルシステムの従業員を雇用する必要性が大きい場合は,反訴被告が反訴原告ベルシステムの事業と競合する事業を行う場合である
と考えられるところ,反訴被告は,本件サービス契約競業禁止特約及び本件株式譲渡契約競業禁止特約に基づき,反訴原告ベルシステ
ムの取締役を退任後2年間は,かかる業務に従事することを禁止されるので,その期間内は反訴原告ベルシステムの従業員を雇用する
必要が大きいとはいえないというべきである。
そうすると,本件株式譲渡契約引抜禁止特約によって生ずる反訴被告の不利益は小さいといわなければならない。
(イ)他方,反訴被告が反訴原告ベルシステムの代表取締役を21年間務めていたことからすれば,その従業員との間に相当の信頼
関係があると認められるので,反訴被告が反訴原告ベルシステムの従業員に対する勧誘等を行った場合,これらの従業員が反訴原告ベ
ルシステムを退職し,その業務執行が滞るおそれは大きいというべきである。
したがって,本件株式譲渡契約引抜禁止特約によってかかる事態の発生を防止する必要性は大きいといわなければならない。
(ウ)以上の諸事情に照らすと,本件株式譲渡契約引抜禁止特約によって生じる反訴被告の不利益は小さく,他方で,反訴原告ベル
システム及び反訴原告NPIの利益を保護する必要性は大きいと認められるので,反訴被告の不利益を理由として本件株式譲渡契約引
抜禁止特約が公序良俗に反すると解することはできないというべきである。
その他,反訴被告の主張にかんがみ,本件訴訟記録を精査しても,本件株式譲渡契約引抜禁止特約が公序良俗に反することを裏付け
る事情を認めるに足りる的確な証拠はない。
(5)したがって,本件各競業禁止特約は,いずれも公序良俗に反しないというべきであるから,反訴被告の主張(2)はすべて理
由がない。
- 東京地方裁判所平成21年11月9日判決(労働判例1005号25頁)
原告会社が,元従業員である被告に対し,退職直後に競業他社に就職したことが退職金不支給(返還)事由に該当すると主張して,被告に支給した退職金相当の利得金等の支払を求めた事案について,原告会社の競業禁止等条項は,合理性を有するとはいえず,公序良俗に反し無効であるとして,原告会社の請求を棄却した
- 大阪地方裁判所平成23年3月4日
判決(労働判例1030号46頁)
退職後の競業避止義務を定めることについては,労働者の生計手段の確保に大きな影響を及ぼすことから,その効力については,慎重に判断することが必要であり,競
業避止を必要とする使用者の正当な利益の存否,競業避止の範囲が合理的な範囲に留まっているか否か,代償措置の有無等を総合的に勘案し,競業避止義務規定の合理性
が認められない場合には,これに基づく使用者の権利行使は権利の濫用として許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると,確かに,原告らの年収は,比較的高額なものであると認められること,被告の隣には競業他社であるI理研が存在することが認められ,こ
れらの点からすると,競業避止義務を定める必要性があるようにも思われる。
しかし,証拠(〈証拠略〉,原告ら)及び弁論の全趣旨によると,めっき加工等の原告らが
従事していた業務内容は,秘密性を有するかどうかは別として,専門的な技術等が必要となるものであり,かかる業務に従事していた者が他に転職等する場合には,代替
性に乏しく,限られた範囲でしか就労の機会を得ることができないと考えられること,被告における競業避止義務の期間は1年間と比較的長いこと,退職金は支給される
ものの,その額は競業避止義務を課すことに比して十分な額であるか疑問がないとはいえないこと,以上の点にかんがみると,本件就業規則における競業避止義務規定に
は合理性があるとは解されず,この点をもって,退職金支払請求権が発生しないとは認められない。
- 東京地方裁判所平成23年5月12日判決
- 被告Aは,チームのミーティング等において部下の従業員に退職して新会社(競業会社)に移ることを話し,新会社の説明会を開催する等し,在職中に原告X社の取引先を担当する従業員に対して新会社に移るよう勧誘する等して,Aおよび被告Cが在職中にその地位を利用して部下の従業員らに対して積極的に勧誘行為をしたことが懲戒解雇事由に該当するとされ,一斉退職の結果としてX社の業務に支障が生じることを十分に認識しており,このような行為によってX社の取引先2社への売上げが0円になったことに照らせば,それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったとされ,退職金の返還請求が認められる。
- 退職後2年以内に会社の許可なく同業他社に就職しまたは同業の営業を行ったことが明らかになった場合に退職金の返還請求(支払った退職金と自己都合退職者の2分の1の額との差額相当分の返還請求)ができる旨の規定は,功労報償的な性格を有する退職金規則上は不合理なものであるということはできず,あくまで退職金の返還条件を定めたのみであって一般に退職後の競業行為を禁止して従業員の職業の自由を不当に拘束するものでもない。
- 丁事件原告Dは在職中に新会社の準備を計画的に進め,X社の取引先を担当する従業員らに対して新会社に移るよう積極的に勧誘し,取引先に対して新会社の利益のために営業活動をしていたことが,懲戒解雇事由に該当するとされ,このような行為による従業員の移籍の状況,X社の上記取引先への売上げの落込み,従業員の引抜き行為の態様にかんがみれば,それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったとされ,退職金請求が認められない
- 丁事件原告Eは部下の従業員に関して新会社への移籍についての管理を行い,新会社へ移籍予定のX社の従業員に対して新会社の業務に関する説明を行い,X社に対してこれらの移籍予定の従業員に関する虚偽の報告をし,X社の取引先に対して移籍予定の従業員の情報を提供する等,従業員の引抜き行為に積極的に重要な役割を果たし,X社の取引先に対
して新会社との取引の働きかけを行うことに重要な役割を果たしたことが,懲戒解雇事由に該当するとされ,X社の上記取引先への売上げの落込み等に照らせば,それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったとされ,退職金請求が認められない。
登録 2004.8.2
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