自損事故を起こした従業員に対する会社の求償権/弁護士の法律相談
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2023.1.12mf
弁護士河原崎弘
相談:自損事故で会社から求償されている
私は、32歳、大手の運送会社に勤務して 5 年になります。先日、会社の勤務としてトラックを運転中、居眠りをして、車をガードレールに衝突させてしまいました。
幸い、物損事故だけで終わりましたが、積荷の破損および会社の車の修理で280万円かかりました。このたび、会社から私に対し、修理代など全額の求償がありました。
上司は、「毎月の給料から10万円ずつ支払えばよい」と言うのですが、私に支払い義務がありますか。会社が、保険に入っていれば、済むことだから、会社にも責任があると同僚は言うのですが。
相談者は、弁護士に相談するため区役所の法律相談室を訪れました。
弁護士の回答:全額を支払う義務はない
会社(使用者)は、責任ある従業員(被用者)に求償できる
従業員が事故を起こし、他人に損害を与えた場合、会社は責任を負います。その場合、損害を賠償した会社は、従業員に対して、求償できます(民法715条3項)。
求償の割合
従業員は、責任を負い、会社は、従業員に求償できます。
他方、裁判所は、
会社にも、事故を防止すべき責任があったとして、通常は、全額の求償は認めません。一般的に、従業員が業務遂行過程で会社に損害を与えた場合、従業員は会社に対し全部の責任を負わないのです。
従業員の負担割合を考慮する際の要素として、従業員の過失の程
度、使用者側の管理体制、従業員のおかれている状況等があります。
判例に現れたものでは、従業員の責任が、ゼロ、5%、20%、25%、50%などがあります。
逆に、損害を賠償した被用者から会社に対する求償を認めた判決もあります。
従って、あなたの場合も20%くらいの損害賠償義務を果たせばよいのです。これは自損事故だけでなく、第三者に損害を与えて会社が賠償した場合も同じです。会社の求償権は制限されるのです。
ただし、従業員に大きな過失があった場合は、従業員の責任割合は大きくなります。それでも、30%くらいです(下記浦和地裁の判決)。労働者は、保護されています。
従業員に故意があった場合は、100%の責任を負います。
判例
従業員の責任を否定した判決
- 大阪地方裁判所岸和田支部昭和51年6月9日判決
若年の一被用者で且つ老齢の両親を扶養し、経済力の乏しい被告博に転嫁した上、これに求償を求めうるとすることは、公平と
使用者の被用者に対する民法715条3項に基づく求償権の行使が公平と条理に反し許されないとした(求償権の割合ゼロ)
- 福岡高裁那覇支判決平成13年12月6日(労判825号72頁)
一般区域貨物自動車運送事業を営む会社が、会社所有のクレーン車を運転中にクレーンのブームを歩道橋に衝突させるという交通事故を起こした労働者に対し、民法709条およぴ715条3項に基づいてなした、本件事故によって生じた損害の賠償請求につき、労働者に重過失があったとは認めがたいこと、会社が適切なリスク管理を怠っていたこと、すでに総損害額の4分の1に当たる42万円を弁済していたことから、さらに損害賠償金の支払いを求めたり求償権の行使をすることは、損害の公平な分担の見地から許されないとされた(M運輸事件)。
- 東京高裁判決平成14年5月23日(労判834号56頁)
ワラント取引をしていた顧客からの説明義務違反を理由とする損害賠償請求訴訟に敗訴して賠償に応じた証券会社が、担当職員に対して雇用契約上の注意義務に違反した重過失があるとして職員就業規則に基づいてした損害賠償請求が、担当職員に重過失がないとして棄却された(つばさ証券事件)。
従業員の会社に対する求償を認めた判決
- 最高裁判所令和2年2月28日判決
このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。
従業員に責任の一部を認めた判決
- 最高裁判所昭和51年7月8日判決
使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、
使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の
配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をするこ
とができるものと解すべきである。
原審の適法に確定したところによると、(一)上告人(使用者)は、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売を業とする資本金八〇〇万円の株式会社であつて、従業員約五
〇名を擁し、タンクローリー、小型貨物自動車等の業務用車両を二〇台近く保有していたが、経費節減のため、右車両につき対人賠償責任保険にのみ加入し、対物賠償
責任保険及び車両保険には加入していなかつた、(二)被上告人美留町A(被用者)は、主として小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗
務するにすぎず、本件事故当時、同被上告人は、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞しはじめた国道上を進行中、車間距離不保持及び前方注視不
十分等の過失により、急停車した先行車に追突したものである、(三)本件事故当時、被上告人Aは月額約四万五〇〇〇円の給与を支給され、その勤務成績は普通以上
であつた、というのであり、右事実関係のもとにおいては、上告人がその直接被つた損害及び被害者に対する損害賠償義務の履行により被つた損害のうち被上告人Aに
対して賠償及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の四分の一を限度とすべきであり、したがつてその他の被上告人らについてもこれと同額である旨の原審の
判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
- 浦和地裁昭和57年6月30日判決(判タ478号88頁)
被告(被用者)が、前記説示の
ような帳簿、棚卸しの制度の不備につけ込みこれを悪用して前記各不正行為をしたとの事情も推認され、この両者の事情を総合考慮すると、右原告(使用者)の運営上の不備が前記
損害の増大に寄与した割合は、ほぼ3分の1程度(正確には32.37%)とみるのが相当で、原告の右過失を相殺すると、原告の前記損害のうち被告の支払う
べき額は、金1000万円をもつて相当とする。ーー山形食品事件、被告に不正行為があった例である。
- 名古屋地方裁判所昭和59年2月24日判決
使用者がその事業の執行につき被用者が起こした自動車事故により損害を被った場合において、使用者の被用者に対する賠償及び求償の範囲は信義則上損害額の2割に制限されるとした
- 名古屋地裁昭和62年7月27日判決(判タ655号126頁)
我が国でも遅くとも昭和31年以降機械保険がもうけられ、これに加入していれば
従業員の過失により機械の受けた損害についてもこれを填補できたことが認められること、これに本件事故が重大とはいえ深夜勤務中
の事故であつて前記五1(一)記載のとおり被告に同情すべき点のあることや同6記載の原告会社における物損事故に対する取扱の状
況及び同8(二)(三)記載のとおりの処分をうけていることなど本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、被告が賠償すべき金額としては前記333万6000円の4分の1に相当する83万4000円(千円未満切り捨て)及び弁護士費用として10万円と各定めるのが相当である。
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大隈鉄工所事件
- 大阪高等裁判所平成13年4月11日判決
運送会社の従業員が運転業務に従事中に事故で会社の車両を破損させた場合において、会社の従業員に対する損害賠償請求が信義則により5パーセントの限度で認容された
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東京地方裁判所平成15年10月29日判決(判例タイムズ1146号247頁)
従業員に全損害の25%の責任を認めた。
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東京地方裁判所平成15年12月12日判決
しかし,使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損失を被った場合,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の
内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防ないし分散についての配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上
相当と認められる限度において,被用者に対し同損害の賠償を請求することができるものと解すべきである(最高裁判所昭和51年7月8日第1小法廷判決・民集30
巻7号689頁参照)。そして,原告の就業規則が「従業員が故意又は重大な過失により会社に損害を与えた場合は損害の一部又は全部を賠償させることがある」旨定
めるのも(前提となる事実),上記と同様の観点から,過失が軽過失に留まる場合は不問とし,故意又は重過失による場合であっても,事情により免責又は責任を軽減
することを定めたものと解される。
しかるところ,前記認定事実及び証拠によると,@本件取引と同様にして被告がAに引き渡した車両12台分は代金が決済され,原告はこれにより1台あたり20な
いし30万円程度の販売利益を得ていること,AAが退職時に原告に対し負担していたオデッセイの代金約305万円は本来回収不能となるはずのところ,Aが前記一
連の行為にによって得た金員により返済がされていること,B本件はCM店の売上げ実績を上げたいという被告の心情をAに利用された結果であって,被告が直接個人
的利益を得ることを意図して行ったものではないと認められること,C被告が店長に就任する前,CM店は業績の上がらない店舗であったが,被告は,店長に就任した
後同店の販売実績を向上させたこと(証人C,被告本人),DブロックマネージャーのCは,各店舗毎に販売目標を設定した上,各店長に対し「とにかく数字を上げろ。
手段を選ぶな。」等と申し向けるなど,折に触れては目標を達成するよう督励し(証人C),売上至上主義ともいうべき指導を行っていたこと,E原告は,直営販売店
には,他の直営店が仕入れたものの買い手がつかない在庫車両の販売をノルマとして割り当てており,Aとの取引対象となった27台の中にはこのような車両も含まれ
ていたことが認められる。
これらの事情を総合して勘案すると,原告は,信義則上,上記損害の2分の1である2578万3800円の限度で被告に損害の賠償を求めることができるとするの
が相当である。
従業員に損害全額の責任を認めた判決
- 東京地方裁判所平成18年2月15日判決
争点(2)(原告の被った損害−民法七一五条三項に基づく求償金)について
被告は、平成一三年五月ころから、広島営業所が小僧寿し等に納入するマグロにつき、独自の判断で、小僧寿し等に告げることなく、キハダマグロをメバチマグロと
偽って納入するという本件偽装販売行為をなしたことは前記一のとおりである。
そして、被告は、本件偽装販売行為により、小僧寿し等に対し、キハダマグロをメバチマグロと偽って納入したことによる損害を被らせたところ、被告の使用者であ
る原告は、加ト吉及び小僧寿しとの間で、平成一三年一月三〇日、原告が小僧寿しに対し、賠償金合計一八〇万四〇五七円を平成一四年七月末日までに分割して支払う
旨の和解をし、また、寿し花館との間では、平成一四年二月一九日、原告が寿し花館に対し、賠償金一五六万九三八一円を本来の請求金額から控除することにより負担
する旨の和解をしたこと、原告は、小僧寿しに対し、平成一四年七月末日までに上記金額を支払い、寿し花館に対し、同年二月末日までに、上記金額を負担したことは
前記一(1)サ及びシのとおりである。
そうすると、原告は、その事業の執行につきなされた被用者である被告の本件偽装販売行為により、使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき上記の和解
金相当の損害を被ったものと認められるところ、被告のなした本件偽装販売行為の態様等に照らせば、民法七一五条三項に基づき、被告に対し、原告が被った上記損害
の全額につき求償権を行使することができ、上記和解金合計三三七万三四三八円及び弁済日の後である平成一四年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合に
よる遅延損害金を請求できるものというべきである。
登録 2009.5.5