研修期間中に賃金が発生するか
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弁護士河原崎弘
相談
先日、日本語学校の求人に応募しました。
初め2日間の研修(必須)を受けました。
担当者は、研修の前に、「この研修2日間は給料(賃金)は発生しない」と説明していました。
しかし、職場で時間的な拘束がある以上、賃金が発生するのではないでしょうか。
弁護士の回答
問題は、相談者が、労働者として、働いたかです。
労働者とは、他人の指揮命令ないし具体的指示の下に
労務を供給する者をいい、これに該当するか否かは、仕事の依頼、業務従事への指示等に関する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、場所的・時間的拘束性の有無等を総合的に考慮して判断されます。
研修には、種々なものがありますので、賃金発生の有無は、具体的には、「研修」の形態によっても決ります。
入社までは従業員でないので、使用者は、内定の段階では、労働者に対し、研修を義務付けることはできません。それなのに、義務的な研修が行われると賃金が発生する可能性があります。
賃金発生の有無は、概略、次の通りです。参加が義務的とは、強制的であること、すなわち、業務命令であることです。
雇用契約前(入社前) | 参加が任意の研修 | 賃金は発生しない |
参加が義務的
| ほとんどの企業において賃金を支払っていない。 しかし、賃金は発生する可能性ある。 |
雇用契約後(入社後) | 労働時間内
| 賃金は発生する
|
労働時間外で参加が任意
| 賃金は発生しない
|
労働時間外で参加が義務
| 割増賃金が発生する
|
相談者の場合、賃金は発生しないとの説明を受けています。そこで、賃金は発生しない契約があると考えられます(下記判決)。他方、勤務する前の研修ですが、義務的なものです。従って、賃金が発生する可能性があります。
相談者の場合は、研修期間中の賃金は発生している可能性があるでしょう。
入社前研修は多いですが、実際のところ、賃金を支払っている例は少ないでしょう。
なお、職場実習を兼ねた研修であっても、正職員より低い給与で雇用するということであれば、問題はありません。
研修期間中でも、その地域の最低賃金以上の額を支払う必要があります。ただし、使用者が都道府県労働局長の許可を受ければ、最低賃金の適用を除外されます(最低賃金法第7条)。社会保険及び労働保険のいずれも加入させる必要があります。
判決
- 東京地方裁判所平成19年3月19日判決(出典:判例秘書)
(1)まず,原告の供述によれば,原告は,もともと,一家でマレーシアに永住するという希望を有しており,Bに就職するのも,そのための手段にすぎなかったこと
が認められる上,Bへの就職の話が,当初から,現地での採用扱いにするという前提で進められていたことは前提事実(1)のとおりである。
(2)しかも,Bが行っている業務に関する知識を原告が有していなかったため,平成16年12月1日からおよそ3か月間の予定で,被告Y1及び被告Y2において,
それぞれゴム製造販売に関する研修を原告が受けることになったことは前提事実(3)のとおりである。
そうすると,原告は,あくまでもBでの就労に備え,Bが行っているゴム製造販売に関する知識やノウハウ等を習得するために上記研修を受けていたのであって,
上記(1)の事情をも斟酌すれば,上記研修が,被告Y1及び被告Y2における業務ないしその一環としてされていたと評価することはできない。
(3)そして,上記研修期間中,被告Y1及び被告Y2から原告に対し,アルバイト料の名目で金員が支払われていたことは前提事実(3)のとおりであるが,上記
(2)の事情をも踏まえれば,これも,証人A及び証人Dが証言するとおり,仕事を辞めたために収入がなくなった原告の生活費を援助するために被告Y1及び被告Y2
から支給されたにすぎないと認めるのが相当である。
(4)これに対し,原告は,平成16年12月中は被告Y2に,平成17年1月は被告Y1で雇用されていたとか,アルバイト料の名目で支払われた金員を給料だと思
っていたと供述するが,上記のような認定,判断に照らし採用できない。
(5)そうすると,そもそも,原告が,上記研修期間中,被告Y1に雇用されていたと認めることはできないし,原告が,平成17年2月14日以降,新たに被告Y1
に雇用されたと認めるに足る証拠もない。
したがって,被告Y1に対し,平成17年2月14日以降の賃金の支払を求める原告の請求は理由がない。
- 最高裁判所平成17年6月3日判決(出典:判例時報1900号168頁
)
3 研修医は,医師国家試験に合格し,医籍に登録されて,厚生大臣の免許を受けた医師であって(医師法(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下同じ。)
2条,5条),医療行為を業として行う資格を有しているものである(同法17条)ところ,同法16条の2第1項は,医師は,免許を受けた後も,2年以上大学の医学
部若しくは大学附置の研究所の附属施設である病院又は厚生大臣の指定する病院において,臨床研修を行うように努めるものとすると定めている。この臨床研修は,医師
の資質の向上を図ることを目的とするものであり,教育的な側面を有しているが,そのプログラムに従い,臨床研修指導医の指導の下に,研修医が医療行為等に従事する
ことを予定している。
そして,研修医がこのようにして医療行為等に従事する場合には,これらの行為等は病院の開設者のための労務の遂行という側面を不可避的に有す
ることとなるのであり,病院の開設者の指揮監督の下にこれを行ったと評価することができる限り,上記研修医は労働基準法9条所定の労働者に当たるものというべきで
ある。
- 東京地方裁判所平成17年1月28日判決(出典:労働判例890号5頁)
ウ(ア)そして,効力始期付の内定では,使用者が,内定者に対して,本来は入社後に業務として行われるべき入社日前の研修等を
業務命令として命ずる根拠はないというべきであり,効力始期付の内定における入社日前の研修等は,飽くまで使用者からの要請に対する内定者の任意の同意に基づいて実施されるものといわざるを得ない。
(イ)また,使用者は,内定者の生活の本拠が,学生生活等労働関係以外の場所に存している以上,これを尊重し,本来入社以後に
行われるべき研修等によって学業等を阻害してはならないというべきであり,入社日前の研修等について同意しなかった内定者に対し
て,内定取消しはもちろん,不利益な取扱いをすることは許されず,また,一旦参加に同意した内定者が,学業への支障などといった
合理的な理由に基づき,入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは,これを免除すべき信義則上の義務を負っていると解するのが相当である。
エ 以上を総合すると,本件内定は,入社日において労働契約の効力が発生する効力始期付のものであって,原告が直前研修を含め
た本件研修への参加に明示又は黙示的に同意したことにより,原被告間に本件研修参加に係る合意が成立したが,当該合意には,原告
が,本件研修と研究の両立が困難となった場合には研究を優先させ,本件研修への参加をやめることができるとの留保が付されていた
と解するのが相当である。
なお,このことは,本件内定が就労始期付であるとしても,入社日前に就労義務がない以上,同様と解され
る。
- 東京地裁平成14年12月25日(出典:労働経済判例速報1838号3頁)
1 労働者とは,労働の対償として契約に定められた賃金を支払われる者をいうから(労働基準法9条,11条),同法にいう労働
契約とは,使用者が労働者の労務の提供の対償として報酬を支払うものをいうと解される。また,民法623条によれば,雇用契約は,
雇用者が被用者に対し,労務に服することに対する報酬を与える約束をするものをいうと解される。
2 前記争いがない事実及び証拠(甲1,証人B,原告本人)によれば,原告は,被告との間で,3月11日,本件契約書(甲1)
のうち,日付,研修生の氏名,身元保証人の住所,氏名等以外の部分を記載した書式を交付され,その後,これに署名押印して提出す
ることで,本件契約書に記載された内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結したところ,本件契約書には,「当規則は,研修
を要するピアノ技術者に適用する。研修期間中は,本人の技術の向上と会社の利益に貢献することのバランスをとる前提で業務に従事
する。ピアノ販売に関する総合的な知識・経験の修得も目的とする。」とその目的が記載され,当初6か月は無給とされ,研修の期間
は最長2年間で,「研修生の採用は研修開始後1か月に1次判断をしその後,3か月毎に試験を実施して進級を判断することを原則と
する。正社員として採用する場合は,一通りの課程終了後,試験を実施する。終了後は優先的に,正社員採用を考慮するが,期間中に
将来社員としてふさわしくないと考えられる場合は,ただちに当契約を解除できる。」旨記載され,<労働の対償としての賃金を支払う
ことやその金額,賃金支払開始の具体的時期についての記載はなく,報酬ないし賃金の支払が当事者の合意の内容となっていないこと
が認められる。
そうすると,本件契約には労働契約の不可欠の要素である労働の対償として支払われる賃金についての合意がないから,本件契
約は労働契約ではないというべきであるし,同様の理由で雇用契約ではないというべきである。
3 本件契約書は,「研修生(社員)採用規則」と表題され,「給与・休暇等の規則は,・・・この雇用契約を締結する上で,現行
の労働基準法に当てはまらない事を了解する。」「労働時間」「労働契約書」等との記載があるが,当該契約が労働契約か否かは,契
約書の個々の文言に捕らわれることなく,その実質により決せられるべきであるから前記判断を左右しない(なお,本件契約書には,
「現行の労働基準法に当てはまらない事を了解する。」として,労働基準法の適用を排除する旨の合意をした旨の記載があるが,労働
基準法は強行法規であり,労働契約である限り当事者間において適用を排除する旨の合意をしてもその合意は無効であるから(労働基
準法1条2項,13条),本件契約書にこの文言があることは,本件契約が労働契約ではないことの根拠とはならないというべきであ
る。当裁判所が本件契約を労働契約ではないと認定したのは,この文言を根拠としてではない。)。
原告は,被告との間で,研修のため当初の6か月間は無給であるが見習社員とする雇用契約(労働契約)を締結した旨主張する
が,賃金の額や賃金支払開始時期について何ら具体的な約束がなされていない契約を,雇用契約ないし労働契約であるということはで
きないから,採用できない。
4 したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の賃金請求はいずれも理由がない。
2012.3.19