相談:年配の上司に誘惑された娘
私の娘は、学校を卒業し、テレビ局に勤めました。勤めて1年位して、上司(37歳、妻と子どもがいる)が嘘を交えて娘を誘い、肉体関係を持ちました。娘は19歳でした。男性は、「妻とは寝室も別で、うまくいっていない。妻と別れて結婚したい」と言い、娘に交際を迫りました。娘は男性経験がなかったため、考えが浅く、結婚してくれるものと思い、ずるずると関係を続け、妊娠してしまいました。
娘が妊娠した頃から、男性は離れて行きました。その後、娘は男の子を出産しました。
男性は、出産費用として10万円くれましたが、その頃は、もう娘からは完全に離れていました。
生まれた子どもは可愛いのですが、娘が哀れでなりません。娘は、慰謝料は請求できないのでしょうか。子どもの養育費はどうですか。
娘を伴い、母親が法律事務所を尋ね、弁護士の意見を聴きました回答
原則・・・婚約は公序良俗に反し無効
娘さんが妻ある男性との間で結婚の約束をしても、それは公序良俗に反して無効です(民法90条)。法律は、このような約束を保護しません。
従って、原則として慰藉料は認められないでしょう。判例
- 東京地裁昭和58年10月27日判決(判例時報1114号59頁、判例タイムズ517号132頁)は
以下のとおり、慰謝料請求を認めませんでした。
妻帯者である男性が27歳の独身女性に対して「妻と離婚して結婚したい」などと詐言を用いて10年余りにわたつて情交関係を継続した場合、双方の年齢、経歴、情交に至る経緯などからみて、情交関係継続の責任は双方の共同責任であるとして、
民法708条の法の精神に反するとして、女性から男性に対する貞操等侵害を理由とする損害賠償請求を排斥しました。
同じような判例は、多いです。
例外・・・愛人の権利が認められた
しかし、女性が男性に妻がいることを認識している場合でも、例外的に、不倫関係でも貞操侵害として慰謝料が認められたケースがあります。男性が「事実上離婚している」などと嘘を言っている場合、年齢差が大きく男性が女性を支配している場合など、男性側の違法性が著しく大
きいと評価できる特殊、例外的な場合に限り、愛人から男性に対して慰藉料請求が許されるのです。
昭和44年9月26日の最高裁の判決では、「女性側における動機に内在する不法の程度に比し、男性側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、貞操等の侵害を理由とする女性の男性に対する慰藉料請求は、許される」と述べています。
不倫相手の男性が。「妻と離婚して、あなたと結婚する。結婚しなかった場合は、慰謝料399万円を支払う」との誓約書を書いた場合、誓約書を有効とし、慰謝料399万円を認めた判決もあります。
次のような場合に、愛人の女性から男性に対する慰藉料が認められます。愛人の女性の行為は違法だが、男性の行為は、もっと違法性が強い場合です。
小 | < | 著しく大 |
女性側の違法性 | < | 男性側の違法性 |
注目すべきは、裁判所は、男性と愛人(不貞関与者)の交際を共同不法行為として、男性の妻から愛人に対する慰謝料請求を認めながら、他方で、愛人から男性に対する慰謝料請求を認めている点です。
下記の図の通りです。以後の判例は下記表の通りです。

本件では、
娘さんは、男性に対し、慰謝料請求ができ、子供の養育費 も請求できます。慰謝料は200万円〜300万円、養育費は、男性の収入によります。
他方で、娘さんは、男性の妻に対し慰謝料支払い義務があります。金額は100万円くらいでしょう。
下に判例に表われた慰謝料金額を表にしました。左側の慰謝料は、昭和44年以前は、認められませんでした。
判決日 | 不貞関与者(愛人)→不貞配偶者 | 配偶者(妻)→不貞関与者(愛人) |
S44.9.26 | 60万円 | |
59.1.19 | 70万円 | |
59.2.23 | 250万円 | |
H4.10.27 | 300万円 | |
15.6.24 | 200万円 | 80万円 |
19.2.15 | 438万円 | 165万円 |
23.12.13 | 75万円 | 150万円 |
判例
-
最高裁昭和44年9月26日判決(判例時報573-60):
女性が19歳で、異性に接した体験がなく、思慮不十分であるのにつけこみ、妻子ある上司の男性が積極的に接触し、嘘を言い、肉体関係を持ち、離婚して女性と結婚すると誤信させ、女性が妊娠し出産し、捨てられたケースでは、女性から男性に対する金60万円(消費者物価指数を加味し、平成25年現在の価値に直すと、約194万円)の慰謝料請求が認められました。妻子がある男性と婚姻外関係を持ち慰謝料が認められたのは珍しいです。
-
名古屋高裁昭和59年1月19日判決(判例時報1121-53):
また、32歳の警察官の男性が、21歳のスナック勤務の女性に、被害者として事情聴取の際に逢う約束をし、取調官として相手の心理的に弱い立場あるのを付け込んで、肉体関係を持ち、一時は同棲し1年ほど交際し、「結婚する」と嘘を言い、女性が妊娠し、出産したケースでも、金70万円(消費者物価指数を加味し、平成25年現在の価値に直すと約78万円)の慰謝料が認められました。
この女性は、交際期間中に一度バーテンと肉体関係を持っていますので、この判例は一般化できない特殊な例でしょう。
- 東京地裁昭和59年2月23日判決(判例タイムズ530号178頁):
原告(看護婦)が被告(眼科医)との前記情交関係を解消して別れることを決意し、原告・被告間でそのことを合意した後、原告が被告の子を出
産しようとしていることを知つた被告において、右出産を避けるため、
真実は妻と別れて原告との情交関係を復活したり結婚したりする意思
がないのに、あたかもその意思があるような態度を示し、それを理由
に原告に中絶を求めるのは、たとえ、それが原告が被告の子を出産す
ることを望まぬ周囲の者に反対された結果やむなく行つたものである
にせよ、とうてい許されるべきことではないというのが相当であり、
これによつて原告に対し精神的苦痛を与えた点において、被告は、原
告に対する不法行為責任を免れないというのが相当である。
そして、これに対する慰謝料は、本件にあらわれた前示諸般の事情
を総合考慮すると、250万円をもつて相当とするというべきである。
三 しかるところ、被告は、原告の本訴請求は不法原因給付の規定
の精神に照らして許されない旨抗弁するので、この点について入るに、
原告と被告の情交関係が現行婚姻制度のもとで法的に承認されるべき
ものではなく、現今の世間一般の倫理思想からみて許されないと評さ
れるものであることは否定し難いところであるから、被告の右主張は
あながち理由のないものではないというべきである。
しかしながら、ひるがえつて考えてみるに、被告はとりもなおさず
自から右情交関係を結んだ一方の当事者にほかならず、元来、自から
右のごとき関係を清算すべき立場にあつた者であるのに、原告が被告
の子供を出産しようとしているのを知るや、これを阻止するため、被
告との右情交関係を清算しようとしている原告に対し、真実はその意
思がないのにあたかもその意思があるかのごとき態度を示して前示のごとく申向け、結局、原告をして中絶に応ぜしめたものであり、その
許されるベきでないことは前示のとおりであるから、原・被告間にお
ける不法性を比較すれば、被告の方が著るしく大きいと評するのが相
当である。原告に前示のごとき不法性があるからといつて、被告に対
する損害賠償請求を許されないものとするのは、いささか酷にすぎる
というべきである。
よつて、被告の右抗弁は、採用できない。
- 京都地裁平成4年10月27日判決(判例タイムズ804号156頁)
以下は、男性に妻のあることを知りながら情交を結び内縁関係に入つた女性(19歳)から、
男性(26歳)に対する内縁関係(同居期間2か月)の不当破棄を理由とする損害賠償請求が認容された例です。
以上の認定事実に基づき検討するに、被告は、妻子があるにもかかわらず、当時19歳で未婚の原告に対し、「妻とは別れる」と言いながら交際を重ね、妊娠させた上、一旦は原告と内縁生活に入り、子を出産させたが、その出産直後に、一方的に別れたものであつて、原告及びA(子供)の今後の生活等も考えると、被告が原告に与えた精神的苦痛は大きいものがある。
他方、原告は、被告に妻子があるのを知りながら同人と交際したものであつて、被告の離婚する旨の言葉を信じていたとはいえ、このような結果になつたことについて、原告にも幾分か責任があることは否定できない。
これらの事情のほか、原告の年齢、両名の内縁生活の期間等を総合して判断すると、原告の精神的損害に対する慰謝料として、300万円の損害賠償を認めるのが相当である。
- 東京地方裁判所平成15年6月24日判決(判例秘書)
離婚したなどの虚を言い、愛人と交際を続け、その後、まだ離婚していないことが愛人に発覚し、愛人に子供を生めせた男性に200万円の慰謝料支払い義務を認めた。なお、男性の妻からは女性に対して80万円の慰謝料を認めている。
- 東京地方裁判所平成19年2月15日判決(判例秘書)
女性(愛人)の交際相手の(妻と離婚し女性と結婚する旨約束した)男性に対する婚約不履行による(不法行為に基づく)438万円(誓約書で約束した399万円および弁護士費用39万円)の損害賠償請求を認め、男性の妻から女性(愛人)に対する不法行為に基づく165万円の損害賠償請求をいずれも認めた。
- 長野家庭裁判所諏訪支部平成23年12月13日判決
不貞配偶者が愛人に支払う慰謝料を75万円とした。愛人は妻に150万円の慰謝料の支払いを命じられている。
相談者の場合
判例では、女性が若く、思慮分別のないことに、男性が付け込んだ、ひどいケースです。慰謝料が認められましたが、金額は小額です。
以上の判例を考えると、娘さんは、当時、未成年でしたので、100万円〜250万円位の慰謝料は認めてもらえます。子どもの養育費は認められるでしょう。
娘さんは弱い立場にいます。そこで、相手の男性と話し合い、娘さんと子供の今後の生活費などにつき書面で取決めたらいかがですか。男性と別れることを前提にした娘さんと子供の生活費についての契約は、次の判例をみても、法律上有効です。
判例
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東京地裁昭和51年5月26日判決(判例時報838号57頁)
妾に対する財産的利益供与の契約が、妾とその子の生活維持に必要な範囲内のものであるとして公序良俗に反しないとされた。同じような判決はいくつかあります。