相続債務がある場合の遺留分侵害額の計算方法/弁護士の法律相談
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2022.11.16mf
相談:債務がある場合の遺留分
私の父は、不動産(約21億円)、預金9000万円、銀行債務が約2億円ありました。父は亡くなる10日前に、「前妻(既に死亡)との間の娘(長女)に不動産を遺贈する。私と母には預金を1/2ずつ相続させる」との遺言を書きました。
当然、私の母と私は、前妻の娘に対し、遺言無効確認請求、予備的に遺留分侵害の訴えを提起しました。
裁判所は、遺言無効の主張は無理と言い、今、和解の話になっています。和解では、遺留分が問題となっています。問題は、遺言に関係なく、債務は法定相続すると聞いておりますので、遺留分を計算する場合、私たちが相続した債務はプラスすべきだと思うのですが、いかがでしょう。
今、頼んでいるの弁護士の意見は、やや、ピンとはずれなのです。
前妻(死亡) | = | 父(被相続人) | = | 母 |
| | | | | | |
| 娘(長女) | | 私(長男) | |
相談者は、セカンドオピニンを求めて法律事務所を訪れ、
弁護士の回答を求めました。
回答:相続債務をプラスする
遺留分は、
被相続人が、遺言などで処分できない相続人の権利です。しかし、債務については、相続人は法定相続分に従って相続します。そこで、遺産に債務がある場合の遺留分侵害額を計算するには、遺留分不足額に承継した債務額をプラスします。
遺留分を計算するには、
民法903条では、まず、プラスの遺産を計算し、そこから債務を控除します。これが遺留分の基礎となる財産です。
あなたの場合、遺留分の基礎となる財産は、21億円+9000万円−2億円=19億9千万円です。
遺留分割合は、妻は4分の1(1/2×1/2)、長男は8分の1(1/2×1/2×1/2)です。計算すると、母親の遺留分は4億9750万円、あなたの遺留分は2億4875万円です。
ところが、債務は法定相続分通りに承継されますので、前妻の娘5000万円、母親1億円、あなた5000万円ずつ債務を承継(相続)します。
遺留分侵害額、遺留分侵害割合は下記の通りです。
遺留分侵害額(遺留分不足額)=遺留分−得た財産+相続債務
| | 遺留分侵害額 |
遺留分侵害割合= |  |
| 遺留分を侵害する遺贈・贈与額 |
| |
あなたと母は、遺留分減殺請求をすれば、長女が相続した不動産に対し遺留分侵害割合の持分を持ちます。
承継した債務をプラスするのは、相続人に認められた処分されない権利が遺留分だからです。別の言葉で言えば、遺留分額だけは承継させるためです。
遺留分侵害額の計算
遺留分の基礎となる財産 | 21億円+9000万円−2億円 | 19億9千万円 |
遺留分:母 | 1/2×1/2 | 4億9750万円 |
遺留分:長男 | 1/2×1/2×1/2 | 2億4875万円 |
相続で得た財産:母 | | 4500万円 |
相続で得た財産:長男 | | 4500万円 |
相続債務:母 | 法定相続 | 1億円 |
相続債務:長男 | 法定相続 | 5000万円 |
遺留分侵害額:母 | 遺留分−得た財産+債務 | 5億5250万円 |
遺留分侵害額:長男 | 遺留分−得た財産+債務 | 2億5375万円 |
遺留分侵害割合:母 | 遺留分侵害額/侵害遺贈額 | 55250/210000 |
遺留分侵害割合:長男 | 遺留分侵害額/侵害遺贈額 | 25375/210000 |
これは、大雑把な計算です。正確には、遺留分減殺対象の遺贈額は、受遺者の遺留分および相続債務をマイナスして算出するでしょう(参考:受遺者の遺留分を超える部分が減殺される)。
保証債務がある場合の遺留分侵害額の計算
保証債務は、原則として、遺留分計算の債務としません。すなわち、民法1029条にいう「債務」には含まれません。
主たる債務者が弁済不能の状態にあるため保証人がその債務を履行しなければならず、かつ、その履行による出損を主たる債務者に求償しても返還を受けられる見込みがないような特段の事情が存する場合は、民法1029条にいう「債務」にします(下記東京高裁の判決、通達参照)。
判決
-
最高裁判所平成21年3月24日判決
相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合には、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、相続人間においては当該相続人が相続債務もすべて承継したと解され、遺留分の侵害額の算定にあたり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されない。
- 最高裁平成8.11.26判決
被相続人が相続開始時に債務を有していた場合における遺留分の侵害額は、被相続人が相続開始時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに法定の遺留分の割合を乗じるなどして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定する。
- 東京高等裁判所平成8年11月7日判決
保証債務(連帯保証債務を含む)は、保証人において将来現実にその債務を履行するか否か不確実であるばかりでなく、保証人が複数存在する場合もあ
り、その場合は履行の額も主たる債務の額と同額であるとは限らず、仮に将来その債務を履行した場合であっても、その履行よる出捐は、法律上は主たる債務者に対する
求償権の行使によつて返還を受けうるものであるから、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため保証人がその債務を履行しなければならず、かつ、その履行による出捐
を主たる債務者に求償しても返還を受けられる見込みがないような特段の事情が存在する場合でない限り、民法1029条所定の「債務」に含まれないものと解するのが
相当である
参考
- 相続税法14条1項
前条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る。
-
相続税法基本通達(昭和34年1月28日直資。最終改正平成15年課資2−1)14−3
(1) 保証債務については、控除しないこと。ただし、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため、保証債務者がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償して返還を受ける見込みがない場合には、主たる債務者が弁済不能の部分の金額は、当該保証債務者の債務として控除すること。
(2) 連帯債務については、連帯債務者のうちで債務控除を受けようとする者の負担すべき金額が明らかとなっている場合には、当該負担金額を控除し、連帯債務者のうちに弁済不能の状態にある者(以下14-3において「弁済不能者」という。)があり、かつ、求償して弁済を受ける見込みがなく、当該弁済不能者の負担部分をも負担しなければならないと認められる場合には、その負担しなければならないと認められる部分の金額も当該債務控除を受けようとする者の負担部分として控除すること。
登録 2009.12.12
港区虎ノ門3丁目18-12-301(東京メトロ神谷町駅1分)河原崎法律事務所 弁護士河原崎弘 03-3431-7161