家主の明渡し請求についての正当事由と借家の明渡料の相場
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2023.9.18mf更新
相談:不動産
もう3年前から、マンションの一室を借りています。ある日、突然、大家さんから立退きを求められました。大家さんは、マンションを取壊して、新しく、マンションを建てるそうです。
すぐ明渡さなければいけないでしょうか。
明渡料は、通常いくらくらいの金額でしょうか。どうしたらよいでしょうか。明渡料を請求して良いでしょうか。
回答
不動産の有効利用を図り、貸主は、古い建物を壊して、建て直すためとか、明渡(立退き)を求めるとの事情が多いです。
正当事由
貸主の「改築のため」とか、「売却のため」との理由での明渡しは、法律上、難しい面があります。もし、借家人が、話し合いによる明渡しを拒否したら、貸主は、契約を解除し、裁判により、判決を取らねばなりません。裁判所が、貸主を勝たせる確率は、非常に低いでしょう。
借家人を保護している強力な「借地借家法」により、「正当事由」(借地借家法28条)がないかぎり、貸主は、貸貸借契約を解除できません。この「正当事由」の条件を満たすことはなかなか難しいです。近年は、明渡料(立退料)を支払うことで、正当事由が備わるとする判決が多いです。
明渡料の相場
では、借家の明渡料は、どのくらいの金額が適当でしょうか。
借地権は、裁判所の許可を得て譲渡できますが(借地借家法第 19 条)、借家権については、このような規定がないので、借家権の価値を決めるのは難しいのです。
借地権価額は、相続税法上、更地価格の 60 パーセントとか、70 パーセントとか、決められています(路線価図では 20 〜 90 パーセント)ので、判定は比較的楽に算定できます。借家権は、相続財産としては評価されません。しかし、建物に賃貸者契約が設定されている場合は、減額評価事由として借地権割合を減額します。例えば、建物の評価が1000万円の場合、この建物が賃貸されていると、30%の 300万円が減額されます。従って、借地権割合は、30%と言えます。
収用などの場合の基準
公共事業のための収用の場合の基準では、借家に対する補償は、引越し料、次の家を借りる仲介料などの実費と権利金および家賃差額最高 2 年分です(公共用地の取得に伴う損失補償基準第 34 条)。
家賃差額とは、同程度の建物を賃借するとして、現在の賃料が安く、新しい建物の賃料が高い場合にはその差額を最高 2 年間だけ補償するとの趣旨です。
相続税評価基準では、借家権割合は、その土地の借地権価格の 30 パーセント(東京の場合)と決められています。この解釈からは、借家権価格は、借地権割合に 30 パーセントを乗じて算定し、更地価格の 18 パーセント(借地権割合が 60 パーセントの場合)ないし 21 パーセント(借地権割合が70パーセントの場合)になります。
不動産鑑定をすると、借家権は、借地権価格の 30 パーセント(住宅地)、40〜50 パ−セント(商業地)との鑑定が出ることが多いようです。
経験的に、賃料の 1 年分とか、3 年分とか言う人がいますが、明渡料は家賃の何年分が適当であるとの根拠はありません。これまで、受け取った賃料を 10 年分全部返すほどの立ち退き料を払った例もありました。
結局、明渡訴訟では貸主が負ける確率が高いことを前提にして、明渡料は当事者の力関係で決めることになります。
相続税の基準は高過ぎ、収用の基準はやや低いいですので、この範囲で交渉で決めることになります。
判例
判例に現れた明渡料(立退料)、裁判所は、特記なき限り東京地裁
- 東京地方裁判所令和4年7月20日判決
(3)そこで、適切な立退料について検討すると、前記認定事実によれば、本件鑑定において、本件建物の借家権価格(立退料)は、本件更新拒絶がされた令和元年11月1日時点で1640万円、鑑定が実施された令和3年12月22日時点で1580万円と評価されている。本件鑑定は、不動産鑑定士の資格を有し、当事者とも利害関係の認められない鑑定人が、実地調査を行った上で、本件訴訟において提出された証拠等も参照しながら、その専門的知見に基づき、本件建物の借家権価格(立退料)を算定しており、前提事実を誤認している点や評価の過程に不合理な点は特段みられないことも踏まえると、本件鑑定の結果は十分に尊重するべきである。加えて、本件鑑定においては、移転補償額としての試算価格に、借家権割合法による試算価格の50パーセントを加算する方法で借家権価格(立退料)の評価が行われているところ、鑑定人は、被告が主張する本件建物において本件店舗の営業の継続を必要とする事情、取り分け被告が本件店舗に投下した初期費用がほぼ回収できない段階で立ち退きを迫られたことに加え、本件デザイナーによる内装や本件店舗のトイレ内の有名アーティストによる絵やサインが有力な宣伝効果を有することを前提として、それらが立ち退きにより失われることも十分に考慮した結果として、上記のような評価方法を採用していることからすると、本件鑑定による評価額は正当事由を補完するに足るものというべきである。
(4)以上検討してきたことを総合すると、本件更新拒絶の時点で、原告において、本件ビルに入居するテナントに退去してもらった上で、本件ビルを解体撤去して、新たな建物を建築する必要性はそれなりに高度なものであったと認められる一方、被告においても本件建物で本件店舗の営業を継続する必要性があること自体は否定できないものの、被告が本件店舗の営業の継続ができなくなることによる支障はおよそ立退料の支払によって補えないものとはいえない。そうすると、本件鑑定において、被告が本件店舗の営業を継続する必要性として挙げる事情を十分に考慮した上で評価された本件更新拒絶時点での立退料1640万円を原告が支払えば、本件更新拒絶の正当事由は補完されるというべきである。
- 東京地方裁判所平成29年5月11日判決
被告は,本件建物と同程度の広さの店舗の賃料を1か月35万円として差額賃料の2年分を計上するが,本件店舗はわずか約18平方メートルにすぎず,原告提示の近隣物件の賃料に照らすと,同等物件の賃料を1か月30万円として差額賃料は1か月10万円程度とするのが妥当であり,その2年分は240万円にとどまり,移転契約費用は2か月分の賃料60万円,引越費用は被告主張の30万円と概算するのが相当と認められる。
(中略)
そこで,上記各認定事実その他の本件に顕れた一切の事情を考慮すると,本件契約の解約申入れについて正当事由の不足を補完するのに相当な財産上の給付額は900万円と認めるのが相当である。
判決が認めた家賃などと明渡料(立退料)、特記なき限り東京地裁
判例秘書で、検索語を「立退料」として、検索された判例中、立退料と引換えに明渡を認めた判例を挙げました。
家賃/月 | 事情 | 明渡料(立退料) | 判決日 |
30万円 | 賃貸期間満了 | 2037.5万円 | R4.8.3 |
15.18万円 | 他室は退去済 耐震補強工事に経済的合理性がない | 4540万円 |
R4.7.28 |
22万円 | | 1640万円 | R4.7.20 |
61.38万円
| | 2043.3万円 | R4.6.27 |
31.6万円 | 借家権価額1230万円、移転費用2120万円 | 3200万円 | R4.5.31 |
20.9万円 | | 855.9086万円 | R4.5.25 |
9.7万円 | | 820万円 | R4.4.28 |
9万円 | | 400万円 | R4.4.27 |
7.2万円 | | 450万円 | R4.4.20 |
10万円 | | 926万円 | R4.3.16 |
77.6611万円 | | 3180万円 | R4.2.28 |
102.6666万円 | | 3000万円 | R4.1.19 |
6万円 | | 250万円 | R3.12.24 |
6万円 | 賃料及び共益費の合計額の6か月分 | 27万円 | R3.12.14 |
62.48万円 | | 4055万円 | R3.11.10 |
21.6106万円 | | 1838.2万円 | R3.11.10 |
44万円 | | 1500万円 | R3.8.18 |
13.09万円 | | 400万円 | R3.5.24 |
120万円 | 耐震耐火性能悪い | 5238.3万円 | R2.12.10 |
7.5万円 | 賃料の4年分以上 | 400万円 | R2.3.31 |
330万円 | | 3億5400万円 | R2.3.24 |
57.626万円 | | 2330万円 | R2.3.12 |
4.8万円 | 家賃の20月分 | 100万円 | R2.2.18 |
9.5万円 | | 228万円 | R2.1.20 |
60.1万円 | | 3000万円 | R2.1.16 |
8.2万円 | | 90万円 | R1.12.12 |
20万円 | | 500万円 | R1.12.6 |
33.0352万円 | | 3326.2433万円 | R1.12.5 |
46.5705万円 | 歯科診療室 | 3億円 | R1.12.4 |
1.75万円 | | 42万円 | R1.11.18 |
3.5万円 | | 80万円 | R1.10.28 |
21.276万円 | | 5523.0616万円 | R1.10.8 |
44万円 | | 3000万円 | R1.9.3 |
5万円 | | 200万円 | R1.7.9 |
9.7万円 | | 500万円 | H30.6.11 |
15万円 | | 1556.4万円 | H30.3.7 |
10.3万円 | | 802.1万円 | H30.2.22 |
5.5万円 | | 1000万円 | H30.2.16 |
4.8万円 | | 50万円 | H30.1.26 |
8万円 | | 601.7万円 | H29.12.25 |
25.4254万円 | | 998万円 | H29.10.30 |
12.3万円 | 理髪店を経営 | 972万円 | H29.7.18 |
40.4250万円 | | 6180.98万円 | H29.6.23 |
20万円 | 焼肉店 | 900万円 | H29.5.11 |
577.7600万円 | | 6億2723万8000万円 | H29.2.17 |
4.5万円 | | 43.2万円 | H29.2.14 |
9万円 | | 350万円 | H28.12.22 |
7.5万円 | | 200万円 | H29.1.17 |
9万円 | | 350万円 | H28.12.22 |
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124.4万円 | | 1億3313万円 | H28.5.12 |
4.75万円 | | 300万円 | H28.3.23 |
6.6万円 | 耐震性に劣る | 100万円 | H28.7.12 |
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