This is a Japanese translation of R. W. Chambers' 'The Demoiselle D'Ys' from "The King in Yellow". Translation by The Creative CAT.

R. W. チェンバース『黄衣の王』より「ドモワゼル・ディー」です。通常「イスの令嬢」「イースの令嬢」と訳される作品です。原文は例えば Project Gutenberg の The King in Yellowの項目 で読めます。


然れども我は信ず
真実が隠されたりと
ヘラクレトスの唱うる暗窖に
我は落ち行きたりと

ドモワゼル・ディー

R. W. チェンバース作
The Creative CAT訳

「我が身に余る程佳き物三つあれかし。然り、四つ目は我知らず:
「空を飛ぶ鷲の様、巌の上の大蛇の様、大海を行く船の様、しかして、乙女を伴う男の様。」

I

荒れ果てた情景が身にしみてきた。私は腰を下ろし、事態を直視しようとした。できることなら、現在の地点から抜け出せるようなランドマークを思い出せればいいのだが。海さえ見えればこっちのものだ。崖からグロワ島が見えることを私は知っていた。

銃を下ろし、岩の陰に跪いてパイプに火をつけた。腕時計を見ると、四時になろうとしていた。どうも日の出の頃にケルセレを出て以来道に迷い通しだったようだ。

ケルセレにある断崖から昨日グルヴァンと見下ろしたものが、今私が道に迷っているこの陰気な原野であった。水平線まで続くそれらの草地は牧草地と同じ海抜に見えた。なんとも距離を見誤らされたものだが、ケルセレからは草の多い窪地に見えたものが、ハリエニシダとヒースに覆われた巨大な渓谷だったのであり、巨石が散在するかに見えたものが、実際には花崗岩の途方もない崖だったのである。

「よそから来た人には良くない場所ですよ。」と、グルヴァン老人は話していた。「道案内を頼むのが良いでしょう。」 私はこう答えた「道に迷ったりしないさ。」 今私は道に迷い、海風を顔に受けながら座り込んでパイプを吹かしている。四方のどちらを向いても原野が広がり、一面花をつけたハリエニシダとヒースと花崗岩の巨石だ。木は一本も見えず、人家など言うまでもない。しばらくして、私は銃を取ると、日に背をむけてとぼとぼと歩きだした。

絶え間なく行く手を横切る騒々しい水の流れを追ってもほとんど意味がなかった。それらは海に向かうのではなく、原野に開いたいくつもの窪にある、葦の生えた水たまりへと流れ込んでいくからだ。いくつかの流れを辿ってはみたのだが、結局は沼地やシギのいる小さな池にたどり着いただけだった。静かな池のシギはきょろきょろと頭を起こすと、恐れをなして飛び去っていった。私は疲れを覚え始めた。日はますます傾いていき、水平線をなす黄色いハリエニシダと原野の水たまりを光らせていた。

一歩一歩巨人のようになっていく自分の影に導かれながら、私は進んでいった。ゲートルにまとわりつくハリエニシダを踏み分けると、茶色の地面に花が散り、行く手には押し寄せる茂みが覆いかぶさった。ヒースの薮から飛び出したウサギがワラビの中を去って行き、沼地の葉蔭から野鴨の眠そうな鳴き声が聞こえた。一度など狐が行く手を横切り、勢いのよい流れから水を飲もうと立ち止まった時には、脇の葦から鷺が重々しく羽ばたいていった。私は振り返って太陽を見た。それは平野の縁に触れんばかりであった。ついに私は、これ以上進むのは無駄で、少なくとも今夜一晩は原野の中で野営をすることは避けがたいと決断すると、そのまま倒れ込んでしまった。暖かな夕陽が斜いに私の身体を照らしたが、海からの風が強くなってきた。私は濡れた狩猟用のブーツから全身に震えが広がるのを感じた。頭上高く舞うカモメは時に急降下し、白い紙の小片のように見えた。少し離れた沼地から寂しい鴫の声が聞こえた。次第次第に陽は平原に沈んでいき、残照が天頂に輝いた。蒼ざめた金から桃色へ、さらには鈍い火の色へと変化する空を私は見つめていた。すぐ上には小さな虫たちが雲をなして踊り、その上では静かな空に一羽のコウモリが高く低く飛んでいた。突然茂みの中に何かが落ち、私は眠気を振りはらって目を開けた。一羽の大きな鳥が、目の前で羽ばたいていた。その瞬間、動くこともできず目を見開いていると、何かがシダの中を飛び退いていき、鳥は舞い上がり、茂みに突入した。一瞬、私はハリエニシダの中で立ち尽くした。近くのヒースの薮から争う音が聞こえ、やがて静かになった。銃を構え進んだが、ヒースの所に来た時にはそれを再び下ろした。驚いたことに、一匹の野兎が地面に倒れている。死んだ野兎の上には大きな鷹がいて、かぎ爪の一つを獲物の首深く、もう一つを動かなくなった脇腹に差し込んでいた。私は声もなく立ち止まった。だが犠牲者の上に立つ鷹のことで驚いたのではなかった。そのようなものは一再ならず見たことがある。私を驚かせたのは、鷹の両のかぎ爪に取り付けられた鎖のようなものであった。鎖からはそりの鈴のような金属片がぶら下がっている。鳥は獰猛な黄色い目をこちらに向け、また曲がった嘴を獲物に突き刺した。その時、ヒースの中を駆け寄る足音が聞こえ、一人の少女が目の前の隠れ処に飛び込んでいった。私には目も向けず、娘は鷹の方に歩み寄り、手袋をはめた手を鳥の胸元に差し入れ獲物から引き離した。次いで手際よく鳥の頭に小さな覆いをかけ、篭手の上に乗せ、屈んで野兎を掴んだ。

娘は獲物の両脚に紐を通し、ガードルにそれを止め、再び隠れ処を通り抜けようと歩き始めた。娘が通り過ぎようとしたとき、私は帽子を掲げ、娘も私に気づいたが、ほとんど心動かされた様子がなかった。あまりにも驚き、鮮やかな手並みに見とれていたため、救い主が現れたのだということに気づきもしていなかったのだ。だが、娘が行ってしまうと、そのことを思い出した。風荒ぶ湿地で野宿するつもりがなければ、今すぐ声を出してみなければならなかったのだ。声をかけるとすぐに娘はたじろいだ。前に歩み出てみると、娘の美しい碧眼に恐怖の色が浮かんだように思えた。だが、私が惨めたらしく自分の苦境を説明すると、その顔には血の気が浮かび、困ったように私を見た。

「まさかケルセレから来たのではないのでしょう!」 娘は繰り返した。

娘の甘い声にはいささかもブレトン訛がなく、私が知るいかなるアクセントとも異なっていた。だがなお、そこには以前耳にしたことがあるような、どこか奇妙でつかみ所のない何かがあった。とある古い歌の主題のように。

私は自分がアメリカ人であり、フィニステールには不案内であること、趣味で狩猟を行っていることを説明した。

「アメリカ人ですか、」同じように音楽のような音色で繰り返した。「私はこれまで一度もアメリカ人を見たことがありません。」

少し口ごもった後、娘は私を見ながら言った: 「夜通し歩いても、もうケルセレには着けませんわ。案内人がいても。」

嬉しいニュースだった。

「でも、何か食べたり休んだりできる野良仕事の小屋だけでもないだろうか。」

鷹は娘の腕で翼を振るわせ頭を振った。娘はその艶やかな背をなで、私の方を見た。

「周りをごらんなさい。」娘は優しく言った。「この湿地の果てが見えます? 東西南北どちらを見ても、沼地と荒野、それ以外の何かが見えますか?」

「いや。」

「この湿地は荒涼とした寂しい所です。入るのは簡単だけれど、出られない人もいます。農家の小屋もありません。」

「わかった。ケルセレの方角を教えてもらえれば、明日、来た時よりは時間をかけずに帰れるだろう。」

娘はほとんど哀れみの表情でまた私を見た。

「ああ、来(きた)ることは易く数刻にて足りる。然れども去ることは違う。何世紀もかかることがあるのですよ。」

耳を疑いつつ私はまじまじと娘を見つめた。口を開こうとしたその時、娘はベルトから笛を取りだし吹いた。

「腰を下ろして楽にしてください。」娘は言った。「長い道のりでお疲れでしょう。」

ひだのあるスカートをまとめると、私についてくるようにと促しながら、ハリエニシダの間を平岩に向かって淑やかに進んでいった。

「すぐに来ますわ」と言うと、岩の端に腰掛け、私を招いて反対側に座らせた。夕暮れの残照は色あせ始め、薔薇色のとばりに覆われて一番星が微かに瞬いた。南を目指す水禽の群れが波うつ長三角形をなして頭上を過ぎ、辺りの沼には千鳥が呼び交していた。

「とても美しい所です…ここらの湿地は。」娘が静かに言った。

「美しいが、よそ者には厳しいな。」私は応えた。

「美しくまた厳しいのですよ、」夢見るように娘は繰り返した「美しくまた厳しい。」

「女性と同じだ。」私も馬鹿なことを言ったものだ。

「おお、」少し息を詰まらせながら叫び、娘は私を見た。娘の黒い目が私の目と合い、怒っているような、驚いているような、そのような様子に思われた。

「女性と同じとは」、ため息まじりに微かな声で繰り返した。「なんて惨いことを!」 一息つくと、自分自身に言って聞かせるように「この人はなんて惨いことを言うのかしら。」

どのように謝ればいいものか、私にはわからなかった。他愛のない会話ではあっても、愚行であり、娘は大変戸惑ったようであった。それと知らぬうちに、何かとても酷いことを言ったのかも知れないと思うようになり、フランス語には外国人が陥りやすい恐怖の陥穽があるということを思い出した。何を言うべきか思いを凝らしていると、沼地を渡って人声が聞こえ、娘は立ち上がった。

「いいえ、」青白い顔に微かに笑みを浮かべて娘は言った。「貴方の謝罪は受け付けません、ムシュー、そのかわり、お返しに貴方が間違っていることを証明しなければなりませんわね。ほら、アスチュールとラウルが来ましたよ。」

二人の男が夕暮れの中からぼんやりと見えてきた。一人は肩に袋をかけ、もう一人はトレイを運ぶウェイターのように、輪を抱えていた。肩ひもで下げられた小ぶりな輪には三羽の鷹が覆いをかけられたままとまっており、一羽一羽にチリンチリンとなる鈴がつけてあった。少女は鷹匠に歩みよると、くるりと腕をまわして自分の鷹を輪に移した。鷹はおとなしく、覆いをかけられた首を振ったり、羽毛を振るわせてチリチリ鈴の音をたてたりしている仲間と一緒になった。もう一人の男は前に出て、うやうやしく屈み、野兎を取り上げて獲物をいれる袋にしまった。

「私の騎乗猟犬係たちです。」 少女は優雅に振り向くと私に話しかけた。「ラウルは良い鷹匠です。いずれ大いなる猟師になってもらいます。アスチュールは比類なき者です。」

二人の静かな男たちはうやうやしく私に会釈した。

「ムシュー、私は貴方が間違っていることを証明するつもりだと言いませんでしたか。そこで貴方は我が家にお越しになり食事をとり、雨風を避けるという礼儀をお示しになる。これが私の報復です。」

答える間もなく、娘は鷹匠に声をかけ、鷹匠はすくさまヒースを渡り始めた。娘は私に優美な仕草を見せると、鷹匠に続いた。私には分からなかった。自分がどれほど感謝しているか、娘にそれを分かってもらえるだろうか。だが、露のおりたヒースを歩きながら、娘は私の話を聞きたがっているようだった。

「疲れきっているのではなかったの?」娘は聞いてきた。

娘がいることで、私は自分の疲労感をきれいさっぱり忘れており、私はそれを伝えた。

「ご自身の慇懃な態度は大時代めいているとお思いではありませんか。」娘はいい、私が戸惑いがっかりするのを見て静かに続けた。「おお、私はそれが好きですよ。時代遅れのものは何でも好きなんです。貴方が素敵なことをおっしゃるのを聞くのが嬉しいんですよ。」

周りを囲む湿地は亡霊のような霧の帳に覆われ、今や静まり返っていた。千鳥は鳴き交わすことをやめ、私たちが通り過ぎる際、コオロギや他の小さな生き物たちはすべて沈黙していたが、通り過ぎた後でそれらが再び鳴き始めるのが聞こえるような気がした。背の高い二人の鷹匠はヒースをかき分けながらずっと先に行っており、私たちの耳に、鷹の鈴がつぶやくように微かに聞こえてた。

突然、目を見張るようなハウンド犬が霧の中から飛び出してきた。犬は次から次へと現れ、半ダースかそれ以上の犬が私の隣の娘にじゃれついてはねている。娘は手袋をはめた手で犬にそっと触れ、何か不思議な言葉をかけて静かにさせた。それが古いフランス語の草稿に見かけた言葉だということに私は気づいた。

その時、鷹匠に抱えられた輪にとまった鷹たちが羽根を打ち合わせ叫び始めた。するとどこからか荒れ地を渡る狩の角笛が聞こえた。犬たちは私たちの前から飛び退き、夕闇の中に消えていった。鷹たちは止まり木の上で金切り声を上げて羽ばたき、少女は角笛のメロディに続けて小声で歌いだした。透明にまた甘美に、娘の声は夜気の中を流れていった。

狩人、狩人、もっと追え
逃げろやロゼッテ、ジェネトンよ
トントン、トンテン、トントン
でないと、夜が明けるとすぐに
愛の夜守が去るからに
トントン、トンテン、トントン

娘の美しい声に耳を傾けている間にも、遠くの方に見えた灰色の塊がどんどん大きくなり、目前に迫ってきた。大混乱している犬と鷹のただ中を陽気な角笛が鳴り渡っていった。門の篝火がちらちらと見え、開かれた門扉から光が漏れていた。ぐらぐらする木橋は、私たちが堀を渡った背後で巻き上げられた。堀を渡った先には四方を壁で囲まれた小さな石造りの庭があった。開いた出入り口から男が一人やってきて、私の隣の少女に一礼し杯を示した。娘は手にした杯を唇にあて、それを下ろすと私の方に向き直り小声で言った。「どうぞ、歓迎いたします。」

この時、鷹匠の一人がもう一つの杯を持ってきた。だが、鷹匠は私にそれを渡す前に少女に示し、娘は香りを確かめた。鷹匠は身振りで受け取るよう示したが、娘は少しの間ためらった後、私の方に歩み出、娘自身の手でそれを渡してくれた。めったにない程丁寧な行為であると思ったものの、自分が何を期待されているのか、全く理解の埒外にあった。少女の顔は真っ赤になった。もうじっとしてはいられなかった。

「マドモワゼル、」口ごもりながら私は言った。「貴女が危機からお救いになった余所者、危機の何たるかを知ることもなかったその者が、この杯を飲み干させていただきます。フランスで最も寛大にして優美なる女主人に。」

「神の名かけて」私が杯を傾けると、娘は十字を切りながらつぶやいた。戸口に進みながら愛らしい仕草で私の方を向き、手を取り、口には言葉を繰り返しつつ、家の中へと導いた。「ようこそおいで下さりました。ようこそこのシャトー・ディーに。」

II

翌朝角笛の音で目を覚ました私は、古風な寝台から飛び起き、カーテンが下がった窓の所に行った。奥まった小さな羽目板から陽の光が漏れていた。中庭を見下ろそうとした時、角笛が止んだ。

昨夜の二人の鷹匠の兄弟であろうか、ハウンド犬の群れの真ん中に一人の男が立っていた。背中に湾曲した角笛を紐で結び、手に長い鞭を持っていた。犬どもはキャンキャン鳴き叫び、物欲しげに男の周りを駆け回っていた。壁に囲まれた庭からは馬の蹄の音も聞こえてきた。

「はいどう!」ブレトン語で一声叫ぶと、蹄の音をけたてて二人の鷹匠はハウンド犬と共に中庭に馬を進めていった。二人の腕には鷹がとまっていた。その時別の声が聞こえ、私の胸の血潮はたぎった。「ピリゥ・ルイよ、よく犬を追うのです。拍車と鞭とを惜しむべからず。汝ラウル、汝ガストンよ、epervier (ハイタカ)はそれ自身が愚かなるにあらず、仮にも汝の最善を尽くすならば、鳥への礼を果たしなさい。Fardiner un oiseau アスチュールの腕上にては難からぬこと mué の如し。しかるに汝ラウルにとりては hagard を統べること易からざらん。彼の鳥は先週二度に渡り獲物を前に au vif (痛々しくも)いきり立ち、囮を用いおりしも beccade (カワカマス)を見失いたり。鳥は愚かなる branchier の如し。Paitre un hagard n'est pas si facile. (hagard を飼うは容易なことではない。)」

夢でも見ているのだろうか。ハウンド犬の吠える声や、馬の歩みに合わせて鷹の鈴がチリンチリンと鳴る音と一緒に、黄ばんだ草稿で読んだ鷹狩りの言葉、忘れられた中世の古フランス語をこの耳で聞いているとは。娘はまた忘れられた言葉を甘く口にした:

「よもやお前が longe を縛り付け汝の hagard au bloc を棄てむとするならば、ラウルよ、妾は何も言うまい。なんとなれば、心地よき汗の一日を調教宜しからぬ sors によって台無しにするなどいとも哀れなること故。Essimer abaisser (餌を加減する)—これが恐らくは最も良き方法ならん。Ca lui donnera des reins. (これで腹をくくってかまえることができる)。 妾はおそらく鳥を求むることに性急だったのだ。à la filière (段階を追い) d'escap (基礎を)習うには時間がかかるものだ。」

そこで鷹匠のラウルは鐙の上で頭を下げ答えた: 「お嬢様がお望みでしたら、儂は鷹を飼い続けます。」

「それが妾の希望だ。鷹狩りのことは分かっているが、哀れなる我がラウルよ、なおお前は妾に、大いに Autourserie (オオタカ流)の訓練を授けなければならぬ。ピリゥ・ルイ殿、お乗りなさい!」

狩人は拱道に飛び込んでいき、すぐさま黒く強靭な馬に乗って戻ってきた。騎乗猟犬係が同じく馬に乗りその後に続いた。

「ああ!」娘は歓喜の叫びを上げた。「グルマール・ルネ、疾く、疾く! ピリゥ殿、角笛を吹き鳴らしなさい。」

中庭一杯に狩りの角笛の銀の音楽が鳴り響いた。ハウンド犬は門を駆け抜け、蹄のギャロップが舗装された庭から飛び出していった。跳ね橋を通る時にはことさら大きく響き、急に小さくなったかと思うと、荒れ地のヒースとワラビの中にくぐもっていった。角笛の音は遠く、さらに遠くに去り、やがて角笛の音に代わって雲雀の声が耳に入るようになった。室内の誰かと話す声が下の方から聞こえてきた。

「あの狩を惜しかったと思ってはいないの。また出直します。ペラージェ、旅人への礼儀を心得なさい!」

邸の中からわなわなと弱々しい声が返ってきた。「Courtoisie (かしこまりました)。」

私は裸になり、寝台の脚の所の石でできた床に置かれた陶器のたらいの中で氷のような水を浴び頭から足の先までごしごしこすった。その後自分の衣服を探した。それらは見当たらなかったが、驚いたことに扉のそばの長椅子の上に山のような衣服が置いてあった。自分の服がないため否応なく、それらの豪華な衣服を着ることになったわけだが、それらは私の服を乾かしている間用に違いない。一揃い全てがあった。帽子、靴、手織りの布で誂えた銀白色の狩用ダブレット。だが、ぴったりした衣類と縫い目のない靴は今世紀のものとは思えず、中庭の三人の鷹匠たちの変わった衣類のことを思い出した。今時あのような服はフランスやブルターニュのどんな場所でも用いられていないことは確かだ。だが、服を着て窓の間にある鏡の前に立って初めて、自分の装いがこの頃のブレトン人というよりも、中世の若い狩人のようだということに気づいた。私はうろたえて帽子を脱いだ。このような奇妙な格好で階下に姿をみせるべきなのだろうか。それは避けがたいようだった。自分自身の服はなくなっていて、この古代の部屋には呼び鈴がなく、召使いを呼ぶことができなかった。そこで、私は帽子に付いている鷹の羽毛を取り除くと、そのまま扉を開け階段を下った。

大部屋の階段を降りた所に暖炉があり、その横にブレトン人の老婆が座って編み物をしていた。私が降りていくと老婆は顔を上げ気さくな微笑を見せた。ブレトン語で私の健康を祈る言葉をかけてくれたので、私は笑ってフランス語で応えた。その時、我が女主人が現れ、私が挨拶すると優美な応答を返してくれ、私の心は震えた。黒々とカールした美しい頭には頭飾りが冠せられ、こうなると自分の着ている衣服の年代の謎などどうでも良くなってしまった。ほっそりした体は銀で縁取られた手縫いの狩衣によって、この上もなく美しく繊細に引き立てられ、篭手の上には気心の知れた一羽の鷹がとまっていた。何の飾り気もない様子で手を取って、中庭の庭園に私を導いた。テーブルの前に腰掛け、いとも甘美に私を誘い隣に座らせた。娘は柔らかい奇妙なアクセントで、昨夜はどう過ごされましたか、貴方がおやすみになっている間に老いたペラージェが衣装を整えましたが、お召しになるのに大層ご不便ではございませんでしたか、と聞いてきた。私は自分の着てきたものが庭の壁に日干ししてあるのを見つけ、それらが厭わしくなった。今纏っている上品な衣装と比べるとあんなのは悪夢のようなものだと冗談めかして話したが、娘はそれを真に受けた様子で頷いた。

「では、どこかにやってしまいましょう。」静かな声で娘は言った。私は驚き、なんとか説明しようとした。この地では衣服を贈るのが歓迎の印ということになっているのかも知れないが、誰からもそのような歓迎を受けて良いものとは思えないだけではなく、このままフランスに帰ったら、あり得ない姿だとして大変目立つに違いないと。

娘は首を可愛らしく振ると声に出して笑った。古いフランス語で何か言ったが、私にはその意味が分からなかった。そこにペラージェが小走りにお盆を運んできた。お盆には牛乳の入った二つのボウル、白パン一斤、果物、ミツバチの巣の大皿、細口瓶に入った深紅色の葡萄酒が載せてあった。「ご存知ですか、わたくしはまだ朝食をいただいていませんの。貴方と一緒にいただきたかったものですから。ですが、もうお腹がぺこぺこです。」娘は微笑んだ。

「貴女の言葉を忘れるくらいなら、死んだ方がましですよ。」ついこう口走ると、私は赤面した。「私のことを気違いだと思うだろうな」と独り言で加えて。だが、娘は私の方を向いて、瞳を輝かせた。

「ああ、」娘は低く呟いた。「ムシューは騎士道の何たるかを全てご存知なのだわ—」

娘は十字を切り聖餐のようにパンを切り分けた— 私は座ってその白い手を見つめていた。目を合わせるだけの勇気がなかったのだ。

「お召し上がりにならないの? どうしてそんなに具合が悪そうなんですの?」

何故かって? ああ今やそれは分かっていた。そう、我が唇でその薔薇色の両手に触れることができるなら、私は命を投げ出すだろうと— 今や私は了解していた。昨夜荒れ地で娘の黒い瞳を覗き込んだ瞬間から、私は恋に落ちていたことを。突然の激しい情熱に、私は言葉を失った。

「何か気がかりなのではありませんか?」娘は再び聞いた。

自滅を語る男のように、私は低い声で答えた: 「ああ、私はそわそわしています。貴女への恋に。」娘は心動かされた様子もなく、返事もしなかった。我を忘れて、同じ勢いで私は唇を動かしつづけた。「思慮深き貴女にとりてはいとも軽き不束者たるこの私、貴女の大いなるご歓待と優しきお持て成しに野蛮なる厚顔もて応えんとするこの私、私は貴女を愛しております。」

「汝を愛す、貴方のお言葉は大変愛しゅうございます。わたくしも貴方を愛します。」

「されば、私は汝を得ん。」

「受け取りなさい。」

だが、私はその間ずっと座ったまま黙って娘を見つめ続けていた。娘も口を開かなかった。手のひらに甘い顔を乗せ、私の方を向いて座り、私の目をじっと見つめて。二人とも人語では何も話さなかったが、心と心で話し合い、私は全身の血管に若さと恋の喜びが駆け回るのを感じ胸を張った。娘も夢から覚めたように美しい顔を明るく輝かせ、私の眼を何か問いたげな眼差しで覗き込み、私の心は歓喜に震えた。私たちは朝餉を始め、二人のことを話した。私は自分の名を伝え、娘も自分の名を語った。ジャンヌ・ディー嬢である。 

娘は父母の死について語り、防塁を巡らした小さな農場で過ごしてきた孤独な十九年を語った。他には乳母のペラージェ、騎乗猟犬係のグルマール・ルネ、四人の鷹匠ラウル、ガストン、アスチュール、および父に仕えてきたピリュー・ルイ殿がいるだけだった。荒れ地の外には出たことがない—。また鷹匠とペラージェ以外には人を見たこともなかった。ケルセレのことをどのように耳にしたのか覚えていない。多分鷹匠たちが話していたのだろう。乳母のペラージェからは 狼男と炎の女ジャンヌ・ラ・フラムの伝説を聞いていた。亜麻布を紡ぎ刺繍している。気晴らしと言えば鷹とハウンド犬だけである。荒れ野で出会ったとき、私に声をかけられたのにびっくりして倒れそうになった。本当のことだが、崖の上から海を行く船を見た事がある。だが馬を乗り回している荒れ野に関しては、見渡す限り生きた人間の影すらない。未踏の荒れ地で道に迷った者は荒れ地に魅入られてしまい、誰一人帰ってくることがないという言い伝えを老ペラージェが教えてくれた。本当のことかどうかは知らないが、私に会うまではそれについて考えたことがなかった。鷹匠たちが外の世界に出たことがあるかも、その気になれば出ることがあるのかどうかも分からなかった。乳母のペラージェはこの家の書物を読むようにとも教えたが、それらは数百年を閲したものである。

子供にしか見られないような甘く真摯な風情で、娘はこれらのことを語った。私のファーストネームは娘にとって口にしやすいものだったようだ。というのも私はフィリップといい、フランス人の血を引いているに違いないからである。娘は外界のことをそれほど知りたそうではなかった。おそらく、それを知ると乳母の物語に対する興味や尊敬を失うことになると思ったのだろう。

私たちはテーブルについたままだった。小さな野鳥が足下まで恐がりもせず飛んできて、娘はそれらに葡萄を投げ与えていた。

私は漠然と出発について話し始めた。だが、娘の耳には入らないようであった。気がつけば、私はここに一週間留まり、一緒に鷹やハウンド犬と狩をすると約束していた。またケルセレに一旦行った後再度ここに戻り、娘を訪ねる許しまで得ていた。

「もちろんですわ、」娘は無邪気に言った。「貴方が行ったきりになってしまったら、私はどうしていいか分かりません。」 己の恋心を告げて娘に衝撃を与える権利など自分にはなかったのだと分かっていた私は、座ったまま息をすることすら躊躇われた。

「何度も来ていただけますか?」

「何度も。」

「毎日?」

「毎日。」

「おお、」娘はため息をついた。「私はとても幸せです—一緒に私の鷹を見てください。」

娘は立ち上がると、またも子供が何かを手に入れようとする際の無邪気さで私の手を取った。私たちは庭を散策し、果物の木々を抜けて小さなせせらぎで仕切られた芝生に出た。所々に草が茂った芝生には十五から二十本くらい木の切り株があり、二つを除いて、それらの上には鷹がとまっていた。鷹は切り株にひもで結わえられ、ひもはかぎ爪のすぐ上の所で鋼のリベットで止められていた。止まり木から楽に届く距離に、澄んだわき水が小川となり曲線を描いていた。

少女が現れると、鳥たちは盛んに鳴き声を上げた。だが、娘は一羽一羽をみてまわり、頭を撫でたり腕にとまらせたり屈んで足緒の長さを調節したりした。

「可愛くありませんこと?」娘は言った。「ほら、falcon-gentil (可愛い、優雅な鷹) です。私たちはこれを『下品だ』と言っています。獲物に直行するからです。こちらは青い鷹です。鷹狩りでは『上品』です。獲物の上を舞い、頭上から下降するからです。この白いのは gerfalcon (北方の大鷹、古フランス語) です。これも『上品』ですわ! こっちは小長元坊、この tiercelet は falcon-heroner (鷺鷹?)です。」

私はどうやって鷹狩りの古語を覚えたのか聞いたが、思い出せなかった。思うに、娘はそれらを本当に小さい頃父親から教えられたのだろう。

続いて娘は私をそこから連れ出し、巣立ちする前の幼い鷹を見せ、説明した「この鳥たちは鷹狩りでは niais といいます。」「branchier は巣立ったばかりで枝から枝に飛べる位の幼い鳥です。換羽していない若い鳥は sors、捕獲した後に羽根が生え変わったら mué です。換羽後の野生の鷹を捕まえることができたら、私たちはそれを hagard と呼びます。ラウルは最初に鷹にものを着けることを教えてくれました。そのやりかたを教えましょうか。」

娘は鷹に囲まれて小川の土手に座り、私はその足下に横になって話を聞いていた。

ディー嬢は薔薇色の指を一本立てながら重々しく語り始めた。

「まずはじめに、鷹を捕えなければなりません。」

「私はもう捕えられているよ。」

娘はなんとも可愛らしく笑い、貴方は『上品』だから dressage (調教)するのは難しいのではないかしらと言った。

「私は既に飼いならされてしまって、ひも付き鈴付きだよ。」と私は返した。

娘は嬉しそうな笑い声をあげた。「おお、私の勇敢な鷹さん、では貴方は呼べばちゃんと帰ってくるのね。」

「私は貴女のものです。」重厚に私は応えた。

娘は座ったまましばし口を閉ざしていた。やがて、頬を染めて指を立て、また話し始めた。「お聞きなさい。わたくしは鷹狩りの話をすることを望みます—」

「拝聴いたします。ジャンヌ・ディー伯爵夫人」

だが娘はまたも白昼夢に落ち込んでいき、遠い眼を何か夏の雲の向こうにとどめた。

「フィリップ、」ようやく口を開いた。

「ジャンヌ、」と私はささやいた。

「これが全て—私が望んだことの全てなの、」ため息をつき、「フィリップとジャンヌ。」

娘は手を私に向かって延ばし、私はそれに唇で触れた。

「私を受け取ってね。」娘は言った。今度は肉と魂がユニゾンを奏でて。

しばしの後、娘は再び口を開いた: 「一緒に鷹狩りのことを話しましょう。」

「さあ、」私は応えた「私たちは鷹を捕まえたところだった。」

ジャンヌ・ディーは両手で私の手をとり語った。若い鷹を腕に止まるまでに教え込むのがどれほど果てしない忍耐力を必要とすることなのか、鳥はどんなふうにすこしずつ鈴や紐や chaperon à cornette (尼さんの頭巾)に慣れていくのかを。

「いっとう最初は鷹たちが食欲旺盛であることが肝要です。そこから少しずつ、鷹狩りで pât と呼ぶ所の食事を減らしていきます。幾晩もそうすると鳥たちは au bloc (餌付けされた一団)になります。hagard に腕におとなしく止まるよう言い聞かせてしまえば、次は餌の所に寄って来るように教えられるようになります。pât をひもや leurre (おとり)の先に付けて、私が餌を頭の上で振り回すとすぐに飛んでくるまで仕込むのです。最初は鳥が来たら食べ物を地面に落として食べさせます。少しすると鳥は、私が頭の上で振り回したり地面の上で引き回したりして動かす leurre を捕えられるようになります。こうなると、狩りで獲物を襲わせるのは簡単です。忘れずに 'faire courtoisie à l'oiseau,' 即ち鳥に獲物を味見させることですね。」

娘の話は、鷹が大騒ぎを始めたので途切れた。longebloc に巻き付いたので、娘は長さを調整するために立ち上がった。だが、鳥はばたばたと羽ばたき続け、金切り声をやめなかった。

「一体どうしたのかしら。フィリップ、何か見えますか。」

騒ぎは今では他の鳥にも広がり、全ての鳥が金切り声をあげ、羽ばたきを繰り返していた。見回したものの、始めはそれらしい原因となるものは見えなかった。次いで私は、瀬のほとりの平岩の上に眼をやった。そこに娘が上がったのだ。するとその巨石の表面をゆっくりと進む灰色の蛇が見えた。蛇の頭は平べったい三角で、燃えるような眼が覗いた。

「蛇だわ。」娘は静かに言った。

「危なくないのかな?」

娘は頸部にある黒いV字型の模様を指した。

「噛まれたら確実に死にますわ。毒蛇です。」

二人は爬虫類がすべすべした岩の上をゆっくりと這い、あたたかな陽なたの部分に進んでいくのを見つめていた。

私は前に出て、蛇の様子を見ようと思ったが、娘は腕にすがりつき叫んだ。「だめ、フィリップ、よして。私は心配なの。」

「私のことが?」

「貴方のこと、愛するフィリップのことが。」

そこで私は娘を腕に抱き、唇を合わせた。口をつく言葉はただひたすら「ジャンヌ、ジャンヌ、ジャンヌ。」 おののく娘を我が胸に納めた時、草の中の何ものかが足を打ったが、私は意に介さなかった。何ものかは今度は踝を打ち、鋭い痛みが体中を貫いた。麗しのジャンヌ・ディーの顔を見下ろし、口づけを交わし、力一杯娘を持ち上げ、遠くに投げ飛ばした。屈んで毒蛇を踝から引きはがすと踵でその頭を踏んだ。私は衰弱し、無感覚になっていったのを覚えている。—私は地面に崩れ落ちていったのを覚えている。かすんでいく眼に見えたのは、すぐ上にかがみ込むジャンヌの蒼白な顔であった。我が眼が光を失うときにもなお、我が首を抱きしめる娘の腕とやつれた唇に押し当てられた娘の柔和な頬を感じていた。

* * *

目が覚めた私は、周囲をおそるおそる見回した。ジャンヌはいなかった。水の瀬と平らな岩が見えた。すぐ傍らの草むらに潰された毒蛇が見えたが、鷹も blocs も消えていた。私は急いで立ち上がった。庭も、果樹も、跳ね橋も、壁で囲まれた中庭もなくなっていた。空っぽな頭で、蔦に覆われ崩れかかった灰色の廃墟を眺めた。廃墟をおしのけて巨木が何本も立っていた。感覚を失った足を引きずりながら登っていくと、同時に、一羽の鷹が廃墟に立つ木の上から飛び立ち、空に舞った。次第に小さくなる円を描きながら高度を上げ、かすかになり、頭上の雲の中に消えていった。

「ジャンヌ、ジャンヌ、」叫んだが、声は唇で死に絶え、私は雑草の中にがっくりと膝を折った。神の思し召しで、それと気づかず頽れた所の前に、ぼろぼろになった石碑があった。我らが悲しみの聖母の像が彫ってある。私は冷たい石に刻まれたマリヤ様の寂しい顔を見た。聖母の足許には十字架と茨があり、その下に次のように記されているのが読めた。

「逝ける魂に祈れかし
若き令嬢
ジャンヌ・ディー
ここに眠れり
外つ国びとフィリップを愛せしが故
キリスト紀元1573年」

しかし、冷たい石板の上には婦人用の手袋が一つ、なおも温もりと香気をとどめていた。


notes

固有名詞の表記

DEMOISELLE D'YS は Ysのお嬢さんという意味で、「イースの令嬢」「イスの令嬢」というのが定番の訳かと思います。ここでYsはブルターニュの伝説に現れる神話的な都市のことかも知れません(普通「イース」と呼びます)。ブルターニュの言葉がフランス語とどの程度類似しているか確かめていません(ネットで検索できるブレトン語の辞書では解らない)が、ここではフランス風に「ドモワゼル・ディー」と仮名書きしておきます。また、美しいヒロインの名前 Jeanne d'Ys も「ジャンヌ・ド・イース」ではなくフランス風に「ジャンヌ・ディー」と表記することにします。Hastur はH.P.L.読者を始めCthulhuな方々には「ハストゥル」「ハスター」として知られているでしょうが、これもフランス風に最初のアッシュを落としておきます。

次に、カタカナ書き固有名詞他の原語を挙げておきます。

作中ジャンヌ嬢は Count の女性形である Countess と呼びかけられています。これは「伯爵の奥さん」の他に、「本人が伯爵の地位をもつ女性」として使わることもある単語です。ジャンヌ嬢は独身ですから後者の意味で用いているはずで、「伯爵夫人」と訳すと少し含意を持たせ過ぎかもしれません。

悪夢のフランス語

ありがちといえばありがちな筋の、短い怪談話ですが、なかなか詩的です。ただし、古いフランス語が大量に現れ、付け焼き刃のフランス語ではほとんど歯が立ちませんでした。19世紀のアメリカ人はこのような単語も平気だったのでしょうか。私の眼から見ると恐ろしい教養です。

例えば巻頭詩

"Mais je croy que je
Suis descendu on puiz
Tenebreux onquel disoit
Heraclytus estre Verité cachée."
の意味は Greg Mosse 氏の投稿 を参考にしました。この引用部分を含む詩句は アデライーデ で読むことができます。

また、ジャンヌ姫が歌う歌は

"Chasseur, chasseur, chassez encore,
Quittez Rosette et Jeanneton,
Tonton, tonton, tontaine, tonton,
Ou, pour, rabattre dès l'aurore,
Que les Amours soient de planton,
Tonton, tontaine, tonton."
ですが、ここで les Amours はキューピッドのことです。訳文中にうまく盛り込めなかったのでここに書いておきます。tonton はフランス語で「おじさん」という意味です。tontaine は普通のフランス語の辞書には載っていません。これらはオノマトペとして用いられているというMartin Sorrell氏の解釈を採用しました。なお、これに似た詩がネット上に見つかります→ LA CHASSE

フランス語で書かれた語句の意味を、わかる限り載せます。いくつかは本文中に散らしてあります。 フランス語事典 及び La chasse au vol にある フランス語の鷹狩り用語辞典 が大きく役立ちました。

epervier
ハイタカ
niais
愚か、単純な。ここでは作中に説明があります
faites courtoisie a l'oiseau
鳥に礼儀を持たせる
Fardiner un oiseau
fardiner が解らない。un oiseauは「一羽の鳥」
mué
moulting bird。作中に説明があります
hagard
「野生に見える」。成長した後に捕えられた鷹
au vif
痛い所を
beccade
鳥に与える小さな餌という意味もあります
leurre
ルアー。おとり
branchier
作中に説明があります
Paitre un hagard n'est pas si facile."
「hagardはそうやすやすと草を食んだりしない。」
longe
鷹の脚紐
hagard au bloc
係留されて一塊になったhagard
sors
sortir 軍隊の「ソーティ」、外出、退出。ここでは作中に説明があります
Essimer abaisser
狩りをよくするように、餌を減らすこと
Ca lui donnera des reins.
「そいつのおかげで腰が据わる。」
à la filière
段階を追って
d'escap
基礎を
Autourserie
オオタカなどに関係のある
tiercelet
草原の鷹で、雄の方が雌より小さく、1/3くらい
faire courtoisie à l'oiseau
「鳥に礼儀を払うこと。」 作中に説明があります
MEDIEVAL WOMEN - Scriptorium: hunting (falconer) も興味深いでしょう。

百年戦争

人名もなんだかわけありです。これまた教養の差を感じる部分です。もっと世界史(といっても中国・欧州だけだったなあ)を勉強しておけばよかった。ジャンヌ・ラ・フラム Jeanne la Flamme 「炎の女ジャンヌ」こと Jeanne de Flandre はモンフォール伯 Jean de Montfort の妃で、ブルターニュ継承戦争においてナントを制圧しようとするフィリップ六世に対し砦に立てこもりながら徹底抗戦、英軍の救援を待ったという勇ましい女性指導者です。Histoire de Bretagne en imagesに絵があります。ジャンヌという女傑は他にもいて、復習の女神、ジャンヌ・ド・ベルヴィル Jeanne de Belleville も百年戦争の豪傑。ご主人を惨殺されたため激怒、破壊活動を繰り返し、後に海賊として名を売りました。これもフィリップ六世が敵役。ジャンヌといえばジャンヌ・ダルク Jeanne d'Arc も有名です。こちらはもう少し後の時代の人で、この物語の一世紀前にあたります。また聖女マルグリットが「ブラザー・ペラージュ」です。


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Uploaded on 22, Feb., 2007. Corrected on 24,25,26, Feb., 2007. Addition on 3, Mar., 2007
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by The Creative CAT, 2007-