コラムシフト 第2回 『ハサミ男』・XTC・スタックリッジ by 渡辺英樹



 99年の8月、一冊の本が本屋の店頭に並んだ。講談社ノベルスから出た殊能将之『ハサミ男』である。第13回メフィスト賞受賞のシリアル・キラーを扱った本格ミステリであり、たまたま本屋で『ハサミ男』を手にとった本誌関係者渡辺啓一は、面白そうだなとぱらぱらめくっているうちに、冒頭の献辞に目をとめた。「長電話につきあってくれた/藍上雄さんに捧げる」。啓一は驚いた。「藍上雄」と言えば、本誌で日本SFの書評を担当している、あの藍上雄氏のことではないのか。ということは、この作者は……。本を買って家に帰るや否や、すぐさま、彼はパティオやネットの掲示板にこのことを書きこみ、情報を募った。谷山、田中、鵜飼などから次々と応答があり、ついに8月16日に磯達雄から真相が明らかにされた。皆の予想通り、『ハサミ男』の作者殊能将之は、名古屋大SF研OBで本誌執筆者でもあったT氏その人であり、磯くんと藍上雄氏には本が出るまでそのことを黙っていてくれと頼んであったのである。体調を崩して東京から郷里に戻って以来、ほとんど音信不通状態が続いていただけに、突然のT氏作家デビューに対する皆の喜びはひとしおであった。かくいう私も、インド旅行から帰ってきた日にそのことを知り、いてもたってもいられなくなって旅行疲れの身体に鞭うって(おおげさ)本屋をハシゴし、手に入れるやすぐに読み終わり、傑作と確信した次第である。

 その後8月末に、第二作の取材のついでに、名古屋にまで足を伸ばしたT氏と久しぶりに会うことができたが、まったく以前と変わらぬ様子、話し振りで安心した。ミステリ界での評価はなかなか高く、「このミス」では堂々9位を獲得。最近では「小説すばる」2月号の対談で笠井潔も『ハサミ男』の名を挙げ、サイコキラーと本格を融合した作品として誉めていた。

 今号には「ミルキーネット便り」がないので、この場を借りて、本誌関係者の声をパティオから拾ってみよう。「在学中からその才気には幾度も驚かされましたが、ようやく晴れて表舞台で活躍してくれると思うとなんか嬉しいです。今の出版状況で専業作家として身を立てていくのはなかなか大変だと思いますが、頑張って欲しいですね。」(名和文人)「読んでて『ええっ!?』っと声を出してしまいました。ちょっと前にも同じ『ええっ!?』を発した記憶があるなあと、思い出したのが『今はもうない』。」(HARASINA)「多分僕はお話をさせていただいたことはないと思います。みかけたことはあるかな? ともかく天才の誉れ高かったことは覚えています。」(鵜飼伸光)などなど。まあ、とにかく幸先の良いデビューを飾った殊能氏の今後の活躍に大いに期待したい。二作目は講談社ノベルスより4月発売予定。本誌読者でまだ『ハサミ男』を読み終えていない人がいたら、すぐさま本屋に走ってほしい。

 さて、題名に惹かれてか、音楽雑誌でのレビューも多い『ハサミ男』であるが、中でも「ストレンジ・デイズ」6号での米田郷之氏のレビューはなかなか鋭いものがあった。70年代ブリティッシュ・ロック専門誌とも言うべき「ストレンジ・デイズ」であるが、本誌関係者渡辺睦夫も最新アメリカン・ロックについて連載コラムを書いているので、本屋で見かけたら是非手にとってみてほしい。それはともかく、「ストレンジ・デイズ」3号に載っていたXTCのインタビューには笑えた。リーダーであるアンディ・パートリッジは今でもロンドンから百キロほど西の田舎町スウィンドンに住んで活動を続けているのだが、自分の故郷であるこの町について、こう語っている。アンディ「イングランドではジョークのタネになるような町なんだ。日本でどこか笑いものにされるような町ってあるのかな? この町から来たというだけで笑われるような……」インタビュアー「どこでしょうね……」アンディ「ナゴヤかい?(周囲が笑う)やっぱりそうか、ナゴヤなんだ(笑)」。おいおい。誰だよ、アンディにナゴヤが笑い者になるような町だなんて教えたやつは? まあ、あながち外れでもないなと思ってしまうような気の弱さが名古屋人の特色かも知れないが。ますますXTCに親近感を持ってしまった。

 XTCと同じくイギリスの田舎町(スウィンドンからもう少し西のブリストル)に住んで活動しているバンドに、スタックリッジがある。こちらは76年にいったん解散して以来の再結成だから、ほぼ15年ぶりにアルバムを発表したわけだが、これが大傑作! ジョージ・マーティンがプロデュースした3rdを始め旧譜も傑作揃いだけれど、新譜「サムシング・フォー・ウィークエンド」(ヴォイスプリント/VPJ116)はもっと凄い。ビートルズが今も活動していたらこんな音楽をやっていたんではないかと思われるサウンドやメロディに、レノンそっくりのジェイムズ・ウォーレンの歌声(特に4曲目)。とにかくブリティッシュ・ロック・ファンは必聴である。

(つづく)



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