ぶらり滝巡り 宝龍の滝
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1.宝龍の滝 ・落差105m。熊野の滝
2.次の滝・稲荷の滝 ・落差46m。那智の滝の次の滝
3.三重の滝 ・三重の流れの滝
4.文蔵の滝 ・轟音と滝からのシャワー
5.竜門の滝 まわりは遺跡が一杯の滝
 
宝龍の滝和歌山県新宮市熊野川町滝本 地図

新宮へいった折りに、脇道にそれて宝龍の滝に走った。国道168号線を新宮から奈良方面に走り、赤木川を越え小口・滝本方面に走る。ここはその昔、仕事でよく来たところである。
ぶらり滝巡り 宝龍の滝
周辺の滝本、鎌塚、畝畑は過疎地の多い和歌山でも特別過疎の地域でもある。
畝畑へ行く道に「辞職峠」といわれる場所がある。昔は木の伐り出しで栄え、多くの人が暮らしていたらしいのだが、私が新宮で仕事をしていた昭和50年ころには、わずかに2軒が残っているだけであった。山を管理している方と、かなり高齢のおばあさんが住んでいるだけであった。
村落は新たに木が植えられて、どこが家でどこが学校だったかも判別できなかった。各村には昭和35年に道がついたということで、それまでは山越えだったのである。私の仕事は、その山越えにある道についた設備をメンテナンスしていたので、この峠越えを何回かやった。
昼休みに山の上で弁当を食べながら先輩が、

「この「辞職峠」は、小学校の先生が畝畑に赴任してくる時に、あまりの道の遠さに辞職を考えた」

という話や、警察官が畝畑まで日常的に見回りに行かなければならないことに辟易して辞職を考えた、という話を教えてくれた。
そんな集落のさらに奥に、宝龍の滝がある。
「宝竜の滝」の看板があるので、そこを右折する。道はついてが狭隘な道で、慣れないと危ない。
熊野川町がもうすぐ終わるころに、道路左手に「宝龍滝」という小さい木の看板がある。
そこを左折しさらに狭隘な道をいくと車をおける場所がある。
このあたりは駐禁なんてないので楽である。
目指す滝は、5分程で着く。
かなり手前から滝の音が聞こえてくる。
岩越しに滝の頭部が見えてくる。滝は梅雨時でもありかなりの水量で、滝壺に近寄ると水のほとばしりで生じる風で体が揺れる。
しぶきが霧になって体を包んでくれる。気持ちいいが、カメラなどはすぐ水滴が着くので注意が必要である。
宝龍の滝は、熊野の滝らしいすばらしい滝である。
ぶらり滝巡り 宝龍の滝 ぶらり滝巡り 宝龍の滝 ぶらり滝巡り 宝龍の滝
ぶらり滝巡り 宝龍の滝 ぶらり滝巡り 宝龍の滝 ぶらり滝巡り 宝龍の滝

これだけの水を毎日落とし続けてまだ枯れないということは、すばらしいことである。ミネラルをたっぷり含んで、熊野川に、そして熊野灘にその栄養を届けているのである。

宝龍の滝は、落差51mで北西を向いている。この滝の滝壺に行こうと思えば、足下のしっかりした履き物で行かなければいけない。岩が丸く絶えず濡れており、滑りやすいので危険である。

この滝を見た後、那智勝浦町の色川までの県道があるので、その道を走った。何となく不安がよぎる道であったので、慎重に運転した。
不安というのが、このあたりの山からの落石が道に散らばりその小石のどれもがサヌカイトを割ったように鋭利なものばかりであったからである。
しかしその不安は的中した。
いきなりタイヤのひとつがパンクしてしまったのである。
スペアがあったので走る分には問題はなかったが、タイヤのサイドウォールがナイフで切ったように裂けて使い物にならなくなった。
熊野川から那智勝浦までの山越えをするときは、気をつけなくてはいけない。
(2000年6月11日)
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次の滝 和歌山県有田郡有田川町延坂

和歌山の地図を見ていると、滝が多い。山が深く森が深いということがわかる。次の滝近くに「次の滝」があることを知り、いくことにした。

滝へは金屋町に入り役場前を過ぎ424号を北に少し走り県道168号線へと右折する。約3.5kmほどで大薗地区に入る。そこに看板があるので、左折し山に向かう。

なぜ次の滝かというと、日本一の落差を誇る那智の滝の「次」にいい滝という理由らしい。早月谷川の渓谷、早川峡にかかり、滝壺の裏の空洞から滝をみることができるので、裏見の滝ともいうらしい。
車を麓の空き地に置き、民家の間を歩く。
麓を見える集落が、いかにも谷間の里山という感じでいい。

滝への道は、季節は桜の終わり頃で八重桜がまだ咲いていた。
10分ほど登ったところで
、滝の音が聞こえだす。
落差は46mということで、那智の滝の3分の1である。水量もそれほど多くないが山深いなかで、堂々と流れ落ちていた。


「次の滝」は予想以上に見応えのある滝であった。
那智の滝の次にいいというのがよくわかる。
滝壺よりも頂上の落ち込むところが面白い。
水も綺麗であった。

滝壺でしばらくいたあと、滝の上まで坂を上り、落ち込みを覗いたが、かなり深くえぐられ、太古からこの滝があったことを伺わせた。

さらに上の滝の源流に向けても綺麗な山道があり、途中に架かっている橋の上で昼食を食べた。
次の滝
(途中の案内板)
次の滝
(道の駅で弁当を。そのとき通った観光バス)
次の滝
(滝の展望台から)
次の滝
(滝の裏から) 
次の滝
(滝までの道から見える集落) 
 次の滝
(途中の道) 
 次の滝
(木の間に滝が見えてくる)
 
次の滝
(おっかなびっくり滝を)
 
次の滝
(何万年もの月日が岩を穿ってこうなった) 
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稲荷の滝和歌山県有田川町楠本
次の滝から生石高原に向う道筋にあるこの滝は、それほど大きくない。
高さ約
10メートルで谷間の岩盤を流れ落ちている。
先ほどの次の滝からすると見劣りするが、立派な滝である。

「稲荷」というから、せめて祠でもあるのかと探したが無かった。
滝は藪の中を落下している。

道からだと少し見づらい。
滝は、どんなに小さくても何となく不思議なパワーがあって、心を癒されいらいらを鎮めてくれる不思議な力を持っている気がする。だから古来から人は滝をあがめてきたのだと思う。 
稲荷の滝
(道から稲荷の滝を)

(滝の前にある橋)
稲荷の滝
(滝上まで行ってみた)
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三重の滝  和歌山県かつらぎ町大字平 地図
三重の滝は 場所は和歌山県の北部にあたる、かつらぎ町北部(かつらぎ町平)、大阪との県境近くにある。三重の滝
国道480号父鬼街道を柿の里、四郷から旧道の細い道を行くと神社の鳥居が見える。
空き地に車を駐車して鳥居をくぐり少し歩くと奥の宮神社があり祠がある。
それぞれ辯才天、札布大神、種痘大神の3社が祀られている。
それぞれの祠は、仏画等が描かれ、面白い。
じっくり見たい。
こんな山奥に、と思ってもよくよく考えれば、その昔は幹線道路からそう遠くないところにあった。
大阪から山越えをして、休憩にお参りしていく、そして滝があれば楽しさも倍になる。

滝へは、鬱蒼とした道をさらに奥に進む。まもなく鳥居があり、それをくぐると広場があり、その中央に一言主さんが祀られている。
かわいいが立派な祠があり、極彩色絵が描かれたなかなかの社である。

三重の滝その右側をまわったところに三重の滝がある。
三重の滝は、上から順に名前がある。
聖宝の滝、不動の滝、潮(うしお)の滝の三つの滝を称して三重の滝と言うらしい。「みえのたき」かなと思っていたが、「さんじゅうのたき」という。
椿が咲いていた。

4月だったが雨でもあり、寒いくらいであった。
三重の滝 三重の滝 三重の滝
三重の滝 三重の滝 三重の滝
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文蔵の滝  和歌山県かつらぎ町東谷  地図

文蔵の滝
(しぶきでレンズも曇る)
文蔵の滝
(駐車場横にある案内板)
文蔵の滝
(それほどきつくない坂を行く)
文蔵の滝三重の滝を見た後、ナビに沿って走ると、小さな看板があり文蔵文蔵の滝の滝の入り口がわかる。
駐車場があり車を駐め、その脇の石段を上がる。
短い上り坂を登り切ったところに、ステンレスの鳥居がある。それをくぐり進むがこのあたりから滝の音がドウドウと轟いている。
それとともに春とは思えない冷気が体を包む。
玉砂利を踏みしめ、今度は赤い鳥居をくぐると七大龍王の祠があってさらに轟音が大きくなる。
滝は川の奥にある。

文蔵の滝は、宿山、三国山を源流としており、雨の後でもありかなりの水量で落ちている。
文覚上人の荒行の地であるというが、10mもある滝。
この滝にまともにうたれたら寒さとともに、どこか痛めそうな気がする。

くつを脱ぎ川の中に入り、滝の全体を見たいと思ったが、川の深さとも相まってしぶきが半端じゃないためカメラの水濡れが心配で、パスした。
せっかく来たのだからと上から見ようということにし、そこを後にした。

クルマを滝の上流らしきところに駐め、水の流れる音をたよりに滝の上を目指した。
道のない山の中を苦労して20分ほど行くと滝口に出る。水は勢いよく滝壺向けて流れ落ちていた。
夏にもういちど来ることにし、いったん引き返した。

夏に再び訪れた。今度はKLE400で来た。文蔵の滝
駐車場にはスポーツバイシクルがたくさん駐めてあり、階段を登っているとたくさんにサイクリストが降りてきた。挨拶を交わしながら登った。
不動様のところまできて靴を脱ぎ、川に入った。

水はこの暑い夏でもかなり冷たかった。頭の芯がきーんとなった。
今度は滝壺までいけて、その全貌をとらえることができた。
水が落ちる勢いで、風が起こるがかなりの風圧である。
自然のすごさを感じる。

写真を撮っていると、親子連れがやってきた。

和歌山の滝のお勧めのひとつである。

文蔵の滝
文蔵の滝

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文蔵の滝 文蔵の滝
(滝の前にかかるしめ縄)
文蔵の滝
(水が勢いよく流れ落ちる)
文蔵の滝
龍門の滝  奈良県吉野郡吉野町山口   地図

龍門の滝は、竜門岳の南麓を流れる吉野川の支流に懸かる。
滝壺へは階段を降りていく。滝壺の左には江戸期にここを訪れた松尾芭蕉の句碑がある。龍門の滝
松尾芭蕉
 「竜門の 花や上戸の 土産つとにせん 
        酒飲みに 語らんかかる 滝の花」

近くには竜門寺跡があり、この地を訪れた松尾芭蕉は滝の前で酒を酌み交わし俳句を詠っている。
元の道に戻って先に進めば、龍門寺塔跡への横道が左手にある。小さな坂を登るとすぐに柵に囲まれた塔跡がある。
かつてはここに龍門寺の三重塔がそびえていたという。今はもう桧林の中に礎石が残っているだけである。
龍門寺は7世紀白鳳期頃の創建といい、当時は金堂・三重塔・宿坊などの伽藍が建ち並んでいたはずである。久米・大伴・安曇などの仙人がここで修行していたとも伝えられている。
平安期には、清和上皇・宇多上皇・菅原道真ら朝廷の要人も参拝するなど興隆を誇っていたらしい。
こうした廃寺跡を訪れると、なぜ衰退したかが気になる。

昔はこれらの堂塔が立ち並びそれらを見渡すことができるように開けた土地だったのだろう。
今は桧林となり往事の面影はない。
残っていれば国宝級の寺だろう。
小雨の午後、林道は薄暗く道には沢ガニが這い、桧の幹ではヒグラシがカナカナと澄んだ鳴き声を響かせていた。

龍門の滝龍門寺塔跡について
龍門の滝
奈良時代建立の名刹である。
昭和28年奈良県教育委員会の発掘調査で塔跡が確認された。
山の急斜面を削り、小型の自然石を使用した方約6.3メートルの乱石積基壇で、北辺の中央に石段があった。
基壇中央には心礎が残り側柱礎石も完存し、これらは表面平らな自然石を利用している。
柱と柱の距離は33メートル四天柱礎石のみられないことに注目されている。
出土遺物は、古瓦のほか摶仏、鉄製風鐸がある。
文献では三大実録をはじめ、扶桑略記、今昔物語等に散乱し、比曽寺とともに吉野川右岸に並び建つ大寺として特殊な寺格を有していた。また久米仙人の伝説もある。

奈良県教育委員会  
 

龍門の滝 龍門の滝
龍門の滝 龍門の滝
龍門の滝  龍門の滝
龍門の滝
龍門の滝
龍門の滝
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