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風のささやき

街の食欲

いつの間にかのっぽのビルが
空にすくっと伸びて威圧する

そう言えばクレーン車が
随分と急がしそうに
その手を動かしていた
後ろめたさを感じているように
黒い機械油の匂いが風に
引き千切られていた

このビルが完成したら
小難しいたくさんの顔が
蟻の巣のような地下鉄から
這い出してくる
砂のような忙しさを集め
目を血眼にして

鉄筋の骨組みを
風に晒す最上階に
残された金属の破片が
太陽を反射している
巨大な存在を誇示するように

少し前までここに
何があったのか思い出せない
毎日その横を
通り過ぎていたのに

まるでそこだけすっぽりと
記憶喪失にやられたようだ
何の思い出もコトリとも音を立てない
僕はまたいつもの手慣れた
知らぬ存ぜぬの足を速めて

忘れられるがままの街では
姿を失うものが
根こそぎ消される

圧倒的なビルの質量の前に
確かにあった家、庭、お店
その笑い、哀しみ、悔しさも
童話の脇役より
たやすく忘れられてゆく

そうしてみんなが
にこやかに褒め讃えるのだ
素晴らしいビルが建ちましたな
また世の中が進歩しましたな なんて

僕はとらわれ過ぎかも知れない
考えてなくてもいいことに

素晴らしい出来事に
難癖をつける足掻きも
止まらない街の食欲に
食べつくされてしまう

(その前に春風に
 この身をゆだね去ろうと
 一生懸命に この手
 差し出しているのだけれどな)

目まぐるしく変わり続ける街の風景に。Last Updated 2026/05

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