『デュエット』 ドリス・デイ・アンド・アンドレ・プレヴィン

 
                   ドリス・デイ
 プレヴィンが亡くなった僅か3ケ月後の2019年5月、歌手ドリス・デイの訃報が飛び込んできました。もう随分長いこと忘れてしまった感があり、彼女の大ヒットソング「ケ・セラ・セラ」を誰かがカバーした時に思い出されるくらいでしたが、97歳の長寿を全うされたのだと感慨もひとしおでした。

 そこでふたりの冥福を祈って聴いたのが『デュエット』。1960年、ドリス・デイ38歳、プレヴィン31歳頃の録音です。「このアルバムを聴くまではドリス・デイを名歌手だなんて絶対言っちゃいけない」とある米国のファンはコメントしていますが、まさにその通り、この2年前にヒットした「ケ・セラ・セラ」しか知らない御仁はドリス・デイを語れません。声の美しさは言うまでもなく、流れるようなフレージング、完璧なピッチ、申し分ないディクション(英語の苦手な私でもいくらかは聞き取れる)、彼女の切れ味のいい粋な歌い方は、日本風に言えば(容姿のことではなく)「小股の切れ上がった」といった表現がピッタリです。一方その彼女をエスコートするプレヴィンのピアノは軽妙洒脱の一言。ジャズだけではないですが、少人数でのセッションではヴォーカルは主役としても、必ず各楽器が主張する時間をもうけるのが倣いのようで、聞きたくもないのに各プレーヤーの腕前の披露が順番に始まるのが常ですが、そうしたことがこのアルバムでは全くないため安心して聴くことができます。
         『デュエット』 ドリス・デイ・アンド・アンドレ・プレヴィン    ドリス・デイ アンドレ・プレヴィン
 1960年、プレヴィンはユニヴァーサルのスターだったドリス・デイにハリウッドで初めて出会います。もっともハリウッドの映画撮影所で、お互い数え切れないほど出会い損ねてはいたのでしょうが、その初めて会ったときに彼らは互いの関心事に共通性が多いのを知りその日の午後、ドリス・デイはプレヴィン作曲のバラードを歌ったとされています。以来ドリス・デイとプレヴィンのコンビは繰り返しリハーサルを重ね、そしてベースのレッド・ミッチェル、ドラムスのフランキー・キャップと共に彼らはコロムビアのハリウッド・スタジオで記念すべき名盤を生み出したのです。

 なおこのCDですが残念なことにひとつだけ欠点があります。誰も言ってなかったことですが、ようやくアマゾンのコメント(2017年)で指摘されているのを見つけてホッとしました。「声が右チャンネルから再生され、ピアノが左チャンネルから再生されるため、中央がぽっかり無音状態で空いてしまっており、不自然極まりない。」と。

 確かにとても不自然な録音になっていて、ヘッドフォンで聴くとケーブルの断線かコネクタの接触不良かと思ったくらいです。ただ私が聴く限り、歌は確かに右チャンネルだけからですが、ピアノは両方(右は少し弱い)のチャンネル、ベースとドラムは両方から聞こえてきます。中央が無音状態というのは、音の分離がきついためもしかしたら左右のスピーカーの距離が開きすぎているのかもしれません。たぶんリリースされてから米国では指摘はあったのだと思います。ドリス・デイが晩年に発売した『マイ・ハート』というアルバムにこのプレヴィンと録音した曲が1曲だけ収録されていて(「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ(My One and Only Love)」)、その録音は普通に聴くことができます。この『デュエット』も編集し直して再リリースされることを切に願うばかりです。ドリス・デイの最高の歌唱が聴けるアルバムなのですから。

           ドリス・デイ マイ・ハート     ドリス・デイ ゴールデン・ガール
 このアルバム『デュエット』の全曲はYouTubeで聴くことができます。ここで試したら是非CDを買って聴いてみてください。

Doris Day , Andre Previn - Duet - Full Album - Vintage Music Songs

 この『マイ・ハート(My Heart)』は驚くこと勿れドリス・デイ87歳の時にリリースされた29枚目にして最後のスタジオ・セッションによるアルバムなのです。13曲中、3曲は以前発売された昔の録音(そのうちの1曲は前述したプレヴィンとの曲)、1曲は2004年に亡くなった息子のテリー・メルチャーの歌、ドリス・デイの新録音が9曲、87歳とは思えない見事な歌唱を聴かせてくれます。

 ドリス・デイの録音をもうひとつ、『ゴールデン・ガール(Golden Girl)』を聴きました。彼女が米コロンビアに残した名唱の数々を綴った2枚組コンピレーション・アルバム(1944-1966年)で、その中の「イッツ・マジック(It's Magic)」が私の大好きな歌なのです。この曲の歌詞がレハールのオペレッタ『メリー・ウィドウ』で歌われる「唇は黙し、ヴァイオリンは囁く」と少し通じるところがあるからです。曲の雰囲気も似ていますが、何よりヴァイオリンに喋らせるところが同じ発想なのですね。

You sigh, the song begins, you speak and I hear violins. It's magic.
 あなたのため息は 歌を歌い始めるように聴こえ
 あなたの話し声は ヴァイオリンの音色のよう
 これってマジックよね・・・        『イッツ・マジック』

Lippen schweigen, 's flüstern Geigen. Hab mich lieb!
 唇は黙し、ヴァイオリンは囁く
 私を愛してください、と!         『メリー・ウィドウ』

 この曲は、映画『カサブランカ』で有名な監督マイケル・カーティスによる『洋上のロマンス』(1948年公開、日本劇場未公開)で映画初出演だったドリス・デイが歌った曲で、米国ビルボードのベスト・セラー第2位を獲得するなど大ヒットとなりました。映画でのドリス・デイは観客の前で歌うシーンということもありハイ・テンションで歌い出しますが、CD化されている演奏はしっとりとした歌いまわしになっています。オーケストラ伴奏もCDの方がエッジの効いたストリングスによる水際立ったアレンジとなっていて見事な演奏を聴かせてくれます。

              洋上のロマンス      ドリス・デイ 洋上のロマンス
 映画のドリス・デイが歌うシーンはYouTubeで見ることができます。
Doris Day - It's Magic - Romance on the High Seas (1949) - Classic Movies - Cine Clásico
 CDと同じ音源はここで聴けます。
1948 HITS ARCHIVE: It’s Magic - Doris Day (her original version)

 『メリー・ウィドウ』からの「唇は黙し、ヴァイオリンは囁く」はここ。プラシド・ドミンゴ(T)とオルガ・ペレチャッコ(S)、ヴァイオリン・ソロはライナー・キュッヒル。
Plàcido Domingo & Olga Peretyatko Lippen schweigen/von F.Lehár



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