アンドレ・プレヴィン没後1周年

アンドレ・プレヴィン 
 この文章を書いている2020年2月28日は指揮者、作曲家、ジャズ・ピアニストとして多彩な足跡を残したアンドレ・プレヴィンが亡くなって1年目という日になります。昨年亡くなってから折につけてプレヴィンが遺したCDを何枚も聴いて故人を偲んできました。元々私はプレヴィンが指揮する演奏を熱心に聴いたわけではなかったのですが、プレヴィンがガーシュインの『ラプソディー・イン・ブルー』を自らピアノ独奏を受け持ちながら指揮した演奏を興奮しながら聴いたことを昨日のように鮮明に憶えています。それは高校生の頃でFM放送をカセットテープに録音して何度も繰り返し聴いたものです。大学に進学した頃、友人の家でプレヴィンの指揮するチャイコフスキーの『くるみ割り人形』の全曲のLPレコードを聴かせてもらったこともありました。

             ラプソディー・イン・ブルー   くるみ割り人形

 自分で初めて購入したプレヴィンのLPは確か社会人1年目の時でピアノを弾いた1枚、ヤン・ウク・キム(ヴァイオリン)、ラルフ・カーシュバウム(チェロ)と録音したラヴェルとショスタコーヴィチのピアノ・トリオでした。2枚目、3枚目はその翌年と翌々年に購入した、ヴァイオリンのイツァーク・パールマンと録音した自作のジャズアルバム、『チョコレート・アプリコット』と『イッツ・ア・ブリ−ズ』。室内楽プレーヤーとして巨匠たちの時代が終わった後の新しい時代の風を感じさせる好演に喝采すると同時に、当時絶頂期にあったパールマンを上手にのせながら楽しそうに演奏するジャズプレーヤーとしての側面を見せてくれました。この程度でわかった顔をするなとジャズファンからは怒られそうですが・・・。

      ショスタコーヴィチ ピアノ・トリオ   チョコレート・アプリコット   イッツ・ア・ブリーズ

 CDの時代になって翌年の1986年、ようやく指揮者としてのプレヴィンの演奏を買ったのはリムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』とその翌年に買ったメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』。共にウィーン・フィルを指揮したもので肩の張らないリラックスした中でウィーン・フィルの美点をさりげなく聴かせてくれる演奏に好感を持ったものでした。

             シェヘラザード    真夏の夜の夢

 1988年にシカゴに出張した際に購入したCDがリヒャスト・シュトラウスの『メタモルフォーゼン』(1988年録音)。どんな店だったかの記憶はありませんが、税別で$15.99でした。当時のレートは1$=\125くらいだから\1,999プラス税金。当時日本で輸入盤のCDは\2,000から\2,500くらいが相場だったからほんの少し安い買い物だったことになります。出張には必ずポータブルCDプレーヤーを持って行ったのでホテルの部屋で何度も聴いたものでした。R.シュトラウスの作品はCDの時代になってすべてカラヤン指揮のベルリン・フィル(それしか発売されていなかったかな)で聴いていてカラヤンの大上段に構えたところが耳についていただけに、R.シュトラウスの別の良さを味わうことができました。

      メタモルフォーゼン   ツァラトゥストラはこう語った   英雄の生涯

 その後、プレヴィンはTelarcレーベルにウィーン・フィルを指揮してR.シュトラウスの作品を続けて録音します。交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』、交響詩『死と変容』(1987年録音)、交響詩『英雄の生涯』(1988年録音)、『アルプス交響曲』(1999年録音)、交響詩『ドン・ファン』、交響詩『ドン・キホーテ』(1990年録音)が発売されると直ぐに買い求めました。また同じ頃、ドイツ・グラムフォンに『家庭交響曲』(1995年録音)、『オペラからの管弦楽作品集』(1992年録音)も録音しています。どれも指揮者よりもウィーン・フィルが前面に出ていて、R.シュトラウスの音楽の特質であるオーケストラの機能性と音楽的効果が最大限に引き出された演奏だと思います。

      アルペン交響曲   ドン・キホーテ   オペラからの管弦楽作品集

 これらの録音に先立つ1980年代前半にプレヴィンはウィーン・フィルのメンバーと室内楽をいくつか録音しています。モーツァルトのピアノ四重奏曲第1番と第2番(1981年録音)、ブラームスのピアノ五重奏曲(1984年録音)をいずれもウィーン・ムジークフェライン四重奏団。さらにはモーツァルトのピアノ協奏曲第24番と第17番(1984年録音)でウィーン・フィルを指揮しつつ独奏ピアノを美しく弾いています。1990年にはウィーン・フィルとヨハン・シュトラウスの喜歌劇『こうもり』を録音しましたが、ご愛嬌だったのでしょうかその後指揮者として本格的にオペラの世界へ進むことはありませんでした。『こうもり』の他にはラヴェルの歌劇『スペインの時』と歌劇『子供と魔法』のロンドン交響楽団との録音があるのみです。『子供と魔法』は2回も同じロンドン響で録音しているのも興味深いところです。

      モーツァルト ピアノ四重奏曲   ブラームス ピアノ五重奏曲   モーツァルト ピアノ協奏曲

 しかし、作曲家としてプレヴィンはオペラを2曲遺しています。テネシー・ウィリアムズの劇作に基づく歌劇『欲望という名の電車“A Streetcar Named Desire”』と歌劇『逢いびき ”Brief Encounter”』。前者はヴィヴィアン・リーとマーロン・ブランドが主演し、エリア・カザンが監督をした同名の映画、後者は『アラビアのロレンス』(1951年製作)で有名な映画監督デヴィッド・レーンが監督した同名の映画(1945年製作)をオペラ化したものです。オペラは映画で使われた音楽とはもちろん無関係ではありますが、『欲望という名の電車』の映画音楽はアレックス・ノースによるジャズ・テイストの音楽、『逢いびき』ではラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が全編にわたって流れていることから、プレヴィンの音楽もそれぞれの作品でいくらかのインスピレーションを映画から与えられているようです。同時代の作曲家による作品のようにいわゆる「現代曲」によくある十二音技法の流れを汲む難解さがないところは好感が持てます。

           欲望という電車    逢いびき

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