追伸・こちら特別配達課

 「たった1省が権力を志向しようとも、大蔵通産に警察自治といった内務省系が幅を利かせる霞ヶ関ヒエラルキーを飛び越え、目立つ『特配課』なる組織を派手に立ち回らせることは難しいと思うのだが。やはり次官局長に大臣をも含めた『郵政族』に連なる面々の思惑を越えた高みで権力を束ねる権力が暗躍し、かくも奇妙な『特配課』を後押しし成り立たせていると考えるのが自然で、だとすれば反権力と言いつつ働く現場の人々の純粋な思いを利用した権力に、やがて気付き挑むのがスジだろう」。

 なんてことを蛇足と称して感想に書いて、小川一水の「こちら郵政省特配課」(朝日ソノラマ、530円)を読んだファンの人なり作者の人に、きっとムッとされたこととは思うけど、リアルなディティールをちょっとだけオーバーにしたところに、もしかしたら生まれるかもしれない非日常的なシチュエーションを描くことで、ガチガチの日常に悩む人たちの溜飲を下げさせようとする内容の物語で、ベースとなる日常が最初からズレてしまっていては、それこそ本末転倒というもので、不遜にもちょっとばかりの蛇足を付けさせてもらった。

 時は流れて霞ヶ関では省庁再編で「郵政省」という名が消えて、「郵政事業庁」なんてものに業務が移管されてしまうという事態。くわえて郵政三事業の民営化をかねてから主張する小泉純一郎が総理大臣に就任し、さらには近畿では郵政局郵便局が一丸となった感すらある参議院議員選挙での違反といった問題が表面化。郵便事業を取りまく環境は、いちだんとアッチッチの状況にある。

 政治に経済に社会といったシビアな現実が、この何年かの間によりいっそうリアルなものとして誰しもの身に迫って来ているなか、たとえ「こちら郵政省特配課」の続編が書かれても、シビアな現実とリアルなディティールを折り込んでかつ、エンターテインメントとして面白い話が果たして存在できるんだろうか? という不安があった。

 ところが、というかさすが、というか、刊行された続編の「追伸・こちら特別配達課」(朝日ソノラマ、552円)は、言いがかりめいた蛇足を完璧以上に跳ね返すディティール面での確かさを設定に持たせ、政治は混乱し経済は破綻し社会は沈滞気味という、この厳しい状況なんかも巧みに折り込んんだ上で、あるかもしれないシチュエーションを描き出していて驚いた。そのシチュエーションの上で動く人々の、リアルな心情に根ざした信念を持っての行動が生み出す物語にも圧倒的な面白さがあって、エンターテインメントとして読んで心から楽しめる。

 ちょっと前まではNTTにすら軽く見られていた郵政省の次官という、同じ本省次官の中でも格が幾つか下がる身でありながら、落ち目の役所の地位を何とかして押し上げようと打ち出した窮余の一策が、「ありとあらゆるものを届ける」ことを仕事にした「特別配達課」。その活躍もあって、郵政省が総務賞へと吸収され、郵便事業が郵政事業庁へと分離された後も、勇退することなく長官におさまった水無川が、次に考えたのが日本中の配送業務をオール自動化してしまおうという構想だった。

 もとより配達にかける面々のプライドやら使命といったものとはお構いなしに、役所の地位向上と自身の目的達成のために作られた「特配課」。次なる目的が配達の自動化となった以上、「ランボルギーニカウンタック」から新幹線からロケットからなにからなにまでをフルに使い、体を張って配達するのが仕事の「特配課」の面々は用済みとなる訳で、機先を制するように「特配課」に長官の手先が送り込まれ、機材の没収と課員の身柄拘束が行われようとしていた。

 もっともそこは足の速さで鳴る「特配課」のメンバーたち。追手をかわし東京を逃げ出し仇敵だった民間の輸送会社と協力しながら、人が手で運ぶ配送業務の優秀さをアピールして、水無川の「G−NET」構想を封じ込めようとする。一致団結・一転突破のメンバーたちの頑張りに、「特配課」の課長の伝を頼っての政治家の力を借りた封じ込めもあって、「G−NET」構想の実現に陰りが見え始める。かかる事態に水無川は、高速の自動配送網をフルに活用できる仰天のプランをぶち挙げて、「特配課」との抗争に一気にケリをつけようとした。

 ケーブルテレビのケーブル1本引くのに、とんでもない書類と申請があちらこちらの役所に必要なこの国で、長官といえども役人でしかない水無川が、自分の構想をたったいひとりで押し通そうとしては無理がある。そこでたとえば長老国会議員への根回しとか、ゼネコンも含めた幅広い企業への効果の波及とか、構造改革が叫ばれるご時世に相応しい省力化・省人化の可能性といった、推進するに必要な政経面での理由付けがちゃんと描かれているのが、社会人生活も長くなって世の中の仕組みに多少なりとも通じている人間にも、納得感を与える。

 小説のアイディアの核として持ち出された以上、ともすれば絶対的な正義とされがちな「特配課」の存在にも、構造改革、民営化といった時代の”要請”を受けてしっかりと突っ込みを入れ、政治的経済的社会的に妥当な結論まで出している。その結論へと至るプロセスも、ともすれば青臭いとか理想論だと笑われそうな主張に、現実を踏まえた反論を行った上で、説教臭さを感じさせることなく感動のうちにまとめあげてあって、読んで好感が持てる。

 なによりも水無川が「G−NET」の構築に燃えた真の理由の心に響くことといったら。国益はいうに及ばず省益ですらなく、局益、課益にも至るような狭い範囲でのナワバリ争いを繰り返し足を引っ張り合いながらも、それが競争となり切磋琢磨を生み結果的に国益になるんだとうそぶくエゴとプライドのカタマリのような人間たちが、この国をどんどんと悪くしている状況を見るにつけ、たとえ手段に至らない部分はあっても、人情に根ざして国民益を目指そうとした水無川の行動には共感を覚える。

 リアルな部分でのリアリティに関しては文句なし。市販車がテール・トゥ・ノーズやらサイド・バイ・サイドやらを繰り返しながら、峠のくねくねした道を競い合う行動レースの描写は、ドライビングテクニック的にもチューンナップテクニック的にも真に迫っていてスリルも面白味も満点。京都の街を走る郵便配達員の苦労も、実際に見て歩き聞いて回った成果が出ているようで、読んでいて主人公たちが直面するさまざまな苦労の場面が目に浮かぶ。

 政治も経済も社会もしっかり取り込みつつ、人情の暖かさ素晴らしさもしっかりと描ききった感嘆と感動の1作。蛇足はもういらない。


積ん読パラダイスへ戻る